.hack// Vol.SAO   作:imuka

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第八話

 

 

 第十三層で異常モンスターをデータドレインしてから――半月が過ぎた。

 

 あの一件以来、バグモンスターは周期的に姿を現すようになった。出現間隔はおおよそ3日ごと。発生する場所も時間も法則性はなく、けど確実に、どこかで異常が芽吹いていた。

 その対処に――僕は、ひとり奔走していた。唯一の救いは≪腕輪≫を発現させてから、ソレを感知できるようになったことだろうか。

 

 「……ふー。」

 

 第十七層。廃坑の奥に広がる鉱石採掘場。

 本来なら鉱夫NPCやモンスターの喧騒で満ちているはずのその空間は、不気味な静寂に包まれていた。

 黒い霧を纏い、輪郭を欠損させた影が揺らめく。ポリゴンが時折バグり、ノイズのような音を撒き散らす異様な存在。攻撃を受けても怯まず、削ったはずのHPが即座に回復する――あの、挙動。

 

 「ッ!!」

 

 あの頃(The World)と同じようにデータドレインするにはある程度までモンスターにダメージを与える必要があるため、ダガーを片手に、モンスターへと攻撃を繰り返す。

 次第に状態が変化したモンスターに対して僕は地を蹴り、腕輪に意識を集中させる。データドレインがモンスター貫く。変わらない作業。

 ……ただ、それでも。

 

 (……キツいな)

 

 バグモンスターとの戦闘は、その特異性なのか、バグの影響なのか、精神的疲労が尋常じゃない。

 独りで戦い続けるのは良くないことだと僕は肌でひしひしと感じていた。けれど―――この異常のことを、仲間たちには話せない。――これは僕が背負うべき“責任”だ。

 

 

 だからこそ、誰にも相談はせず。ただひたすら、独りで異常と戦う。

 ただ、徐々に”寝れなくなっていた”のに気がついたのは結構後になってからだ。

 

 

 

 

 

 その夜も――第二十層の森で異常個体を倒し、崖に腰を下ろしていた僕は、重い息を吐きながら夜空を仰いでいた。

 

 冷たい風が、皮鎧の隙間を抜けていく。

 澄んだ空に浮かぶ月が、まるで僕を見下ろすように光っていた。

 

 (アウラ……君は、いまどうしてる……?)

 

 その問いに、答える声はない。

 

 「よぉ、もしかしてお前が……“カイト”か?」

 

 代わりに不意にかけられた声。振り向くと、黒いフード付きの軽装ローブを纏った男が立っていた。気安げな笑みを浮かべ、軽口を叩くような調子で。

 

 「名前はPoH。読み方は“プー”でいいぜ。……レクチャー頼んでいいか? 最近ようやくフィールドに出始めたんだが、いまいち立ち回りがわからなくてよ。」

 

 胡散臭さはあった。けど敵意は見えず、どこにでもいる初心者プレイヤーの一人にしか見えない。僕は警戒しつつも頷いた。

 

 「いいよ。時間もあるし。」

 

 武器の基本操作、立ち回り、攻撃と回避の流れ。実戦形式でPoHに合わせ、丁寧に指導する。彼は一見不器用そうに見えながらも、覚えは異様に早かった。

 ──けど。

 

 「……へぇ。なるほどな。こりゃあ、いい。」

 

 その一言と同時に、彼の空気が変わった。

 

 「え──。」

 

 PoHが獣のように跳ねて、迫ってくる。短剣が顔をかすめた。

 

 「マジでありがとな、カイト。おかげで──殺しやすくなったぜッ!」

 

 ぞっとする殺意が突き刺さってきて、咄嗟に距離を取る。さっきまでの雰囲気は、まるで仮面だったかのように消え失せていた。

 

 「……どういうつもりだ。」

 

 「いやいや、意味なんかねぇよ。」

 

 「ッ!」

 

 今度は短剣が肩口をかすめた。けれど威力は低い。レベル差は大きいはず。

 

 「あぁ……これがレベル差ってやつか。いやぁ、困った困った。殺せねぇなぁ。」

 

 楽しそうに笑いながら、PoHは何度も僕の右腕を狙って斬りかかる。やけに狙いが一点へ集中している。

 

 (右腕―――まさか――?)

 

 胸の奥に嫌な予感が走る。しかし考える間もなく、連撃が迫る。荒々しく雑な動きなのに、迷いがなく、妙に研ぎ澄まされていた。

 

 「なぁ、どうした? お前、俺を殺せるだろ? ソードスキル一発で。……やっちまえよ。」

 

 「……っ。」

 

 できない。

 プレイヤーを──“人”を、自分の手で殺すことなんて。

 

 そんな迷いを見透かしたように、PoHは笑みを深めた。

 

 「だよなぁ。お前みたいなやつが、一番おもしれぇんだ。」

 

 次の瞬間、彼はポケットからアイテムを取り出す。転移結晶の光が身体を包み──

 

 「んじゃ、今日はこの辺で。愉しかったぜ、“カイト”。」

 

 「……っ!」

 

 逃した。

 いや、それ以上に──僕は“PoH”という存在に、何一つ有効打を持てなかった。

 バグでも、なんでもない。ここがデスゲームでなかったなら当たり前に存在する存在。PK(プレイヤーキル)

 

 でも、ここではそれは単なるPKではすまされない。けれど彼はまるで――快楽のために人を殺そうとする者だった。

 握り締めた拳に、力がこもる。

 

 (……放ってはおけない)

 

 ≪SAO≫という死のゲームが、また一歩“深い闇”へと沈んでいった気がする。

 

 

 

 

 

 

 「……それで、最終的にそいつは《転移クリスタル》を使って逃げた。」

 

 ギルド拠点の作戦室。

 僕は、PoHとの遭遇と、その言動を包み隠さず仲間たちに語った。

 

 集まっていたのは、ディアベル、アルゴ、エギル、そしてメンバーの数名。

 張りつめた空気が室内を満たし、誰も軽々しく口を開けない。

 

 「PK……殺意を持って、プレイヤーを狙うヤツ、か。」

 

 ディアベルが苦々しい顔で呟く。まったくいなかったわけじゃない。けれど――

 

 「PoH……聞いたことはねぇな。所属も不明なんだろ?」

 

 エギルが顎を撫でながら低く唸る。その声音には、冗談めかした色は一切なかった。心底うんざりしているのが伝わる。

 

 「PK行為は……今までも、事故や自己防衛の名目で発生してたナ。」

 

 アルゴの声には、普段の軽さを失った警戒の色が混じる。

 

 「ケド、今回は最初から完全に目的が“殺すこと”そのもの……カ。」

 

 「……うん。間違いなく。」

 

 あの男の目。人を殺すこと、そこに一片のためらいも持たない──。

 

 そんな存在が、この世界にいる。しかもそれは、僕がこれまで戦ってきた“異常”ではなく、極めて人間的な“悪意”だった。

 

 「で、どうする? 注意喚起を出すか?」

 

 ディアベルが視線を寄越す。

 

 「出すべきだと思う。まだ被害が広がっていない今だからこそ、警戒を呼びかけなきゃいけない。犠牲は、出すわけにはいかない。」

 

 そう答えながら──僕は胸の奥に芽生えた違和感を押し殺した。

 

 (……相手への不信感……“対立”を煽っている?)

 

 PoHの言動は、相手を殺すことを増長させるように煽る言葉もあった。これはプレイヤー同士を疑心暗鬼に陥れることにつながるかもしれない。

 

 (それでも──言わなきゃいけない)

 

 たとえ不信を呼び起こすとしても。黙っていれば、それこそ彼の思う壺だ。

 

 「……『黄昏の騎士団』として、そして攻略組として。全プレイヤーに向けて“プレイヤーキラーの存在”を通達しよう。」

 

 僕の言葉に、全員が静かに頷いた。

 

 「言葉選びは慎重にな。パニックを起こすのが目的じゃねぇ。」

 

 エギルの低い声に、僕も頷く。

 

 「“殺すために動いているプレイヤーがいる”こと。それを淡々と、事実だけ伝える。それで十分だ。」

 

 「オイラが記事を出す。確認はカーくん頼むゾ。」

 

 「任せた。目立ちすぎないように……でも、目を逸らせないように。」

 

 アルゴが短く頷き、彼女は文章作成へ入る。その背を見守りながら、僕は心の底で確かに感じていた。

 

 (これをきっかけに……この世界の空気が、また、少しずつ、変わり始めるかもしれない)

 

 バグモンスター。

 そして──人間の手による“殺意”の出現。

 

 「……できることを増やさないと。」

 

 誰にも聞こえないように、僕は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 PoHと遭遇してから大きな問題は起きずあっという間に数日が過ぎて。

 その後も僕は――黄昏の騎士団のギルドマスターとしての顔と、“異常”を狩る者としての顔を並行して過ごしていた。

 

 表向きは最前線で戦い、情報を整理し、仲間を導く。

 けれど独りのときは、バグモンスター討伐に奔走し続ける。

 

 「……ふぁ……。」

 

 拠点に戻ると同時に、ベッドに倒れ込む。最近は心の方が限界を訴えていた。

 相も変わらず、バグモンスターとの戦闘は疲労が重い。

 

 (……寝ないと)

 

 それだけを思いながら目を閉じる。仲間と過ごしているときだけは忘れられる。でも、独りになると必ず――考えてしまう。

 僕は朧気ながら昂っている感情を落ち着けようと強く目をつぶった。

 

 

 * * *

 

 

 ギルドの会議室、資料を挟んでディアベルと向かい合う。

 こんなふうに2人で腰を据えて話すのも、実は久々だったりする。

 

 「なあ、アルゴ……最近のカイト、ちょっとおかしくないか?」

 

 ディアベルが腕を組んで眉を寄せる。

 

 「ソウダナ……明らかに覇気がないシ、顔色も悪く感じる。ただ“無茶してる”って話は聞いてないんダガ……。」

 

 そう言いつつ、胸の奥がざわつく。

 

 「じゃあ、単純な疲労か?」

 

 ディアベルが推測するけど、首を横に振る。

 

 「本人に問い詰めても“問題ない”の一点張りダ。……ギルマスの雑務も、攻略組の活動も、情報整理も、前と変わらナイ。なのにあの有様……見えないトコで何かしてる可能性が高いナ。」

 

 ディアベルが深いため息をついた。彼も同じことを感じてるってことだ。

 

 「よし、カイトのスケジュールを洗おう。どこかで無理してる時間があるはずだ。」

 

 「“サブマスター”らしい言葉ダナ?」と軽口を叩いてやると、「心配してんだよ、本気でな。」と返ってきた。

 

 ……やれやれ。こっちも同じ気持ちサ。

 カイトの行動ログを表示させると、2人で確認していく。

 

 「……おい、アルゴ。やっぱおかしいぞ、これ。」

 

 ディアベルが画面を指さした。

 

 「探索時間がいままでの倍……しかも“空白”が多すぎるナ。」

 

 「俺達に秘密にして、何かをやってるってこと……か?」

 

 顔を見合わせたその時――ガチャリ、と扉の音がした。

 慌ててウィンドウを閉じると、そこに立っていたのはカイトだった。

 

 「カイト……?」

 

 思わず声が漏れる。普段通りの姿……のはずなんだけど、瞳の焦点が妙に合ってない。

 

 「寝れないから……ここで寝ていい?」

 

 ふらりと歩み寄り、私達の間に座り込むカイト。机に腕を乗せ、そのまま腕枕で静かに目を閉じた。

 

 「おい……嘘だろ。」

 

 ディアベルが呆然とする。

 わたしは即座に呼吸を確認。整ってる……でも顔色は良くないように――仮想世界では感じるはずは無いのに――感じる。

 

 (ここまで来ると、心配なんてもんじゃないよ……)

 

 そっと彼の髪を撫でてやる。普段なら嫌がるだろうけど、今は――そんな余裕もなさそうだ。

 

 「……これは、さすがに放っておけないな。」

 

 ディアベルの呟きに、わたしも無言で頷いた。

 せめて今は眠らせてやるしかない。

 

 

 

 

 ――そして数時間後。

 

 「ん……ふぁぁぁ……よく寝たぁ……。」

 

 カイトが腕をほどき、気持ちよさそうに伸びをする。

 

 驚くほど晴れやかな顔だ。数時間前の、あの虚ろな目が嘘みたいに。

 

 (……嘘?)

 

 ディアベルと目が合った。お互い、同じことを思ってるに違いない。

 

 「おはよう、2人とも!いやぁ、こういうときこそ仮想世界って便利だよね。椅子で寝ても熟睡感変わらないし!」

 

 屈託のない笑顔。まるで何もなかったみたいに。

 

 「……あ、ああ、そうダナ……。」

 

 わたしもディアベルも、喉まで出かかった「本当に大丈夫か?」を飲み込む。

 

 今は笑ってる。それなら、いいじゃないか。

 

 (……でもたぶん、“一緒にいる時”だけなんダロウナ)

 

 胸の奥が少し痛んだ。独りになったら、またあの目に戻るんじゃないか……そんな予感が拭えない。

 

 「最近、寝つき悪かったんだけどさ……やっぱり、信頼できる人たちと一緒にいると安心できるのかな?」

 

 冗談めかしたその一言に、胸が締め付けられる。

 

 (やっぱり、一人じゃ眠れてないんだ)

 

 だけど今は――

 

「――そっか、そりゃよかったナ!」「まぁ、しっかり休めってこった!」

 

 明るく返す。今は、それが一番の“優しさ”だから。

 

 (今じゃない。今は、まだ――)

 

 わだかまる不安を胸に抱えたまま、わたしとディアベルは“いつも通り”の顔でカイトを見送った。

 次は、絶対に見逃さない。そう、心の奥で誓いながら。

 

 

 





独りになると弱るカイトを書きたかった。
もちろん原因もあります。

PoHの設定も本編とは変更してますね。

ギルドメンバーの行動ログを本人が公表していれば見れる、という設定です。
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