Artificial deterrent ~ Effective concept arms ~   作:Mr.凸凹

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~ prologue ~ 『遠坂 凛編 02』

 

 

 

 何で平然としていられるのよ!

 

 わたしは眼の前の状況にこちらまで漂ってくる刺激に眼に涙を溜めながらただ呆然と見詰めている。

 

「はむ、はむ……もぐ、もぐ……ごっくん……御代り下さい」

「すっ、凄い! あの嬢ちゃん、あの激辛麻婆豆腐を平然と次から次へと完食していってるぞ!」

 

 一般人(モブ)が驚きの声を上げるのも仕方ないわね。

 わたしも眼の前の光景が信じられないもの。

 

 何故こんな事態になったかというと、軍資金も心許なくライダーのお腹一杯現代料理を味わいたいという要望に応える為に紅洲宴歳館・泰山の激辛麻婆を三十分で十杯完食すれば賞金一万円チャレンジにエントリーしている。

 ライダーは額に汗を流しながらも平気な表情で次から次へと激辛麻婆豆腐を平らげていっている。

 

 

 半分位冗談のつもりで完食出来なければペナルティーの支払額が痛いけど、ライダーの鼻を挫いて食べ歩きツアーを最小限に抑える腹積もりだったのが水の泡と消えていったわよ。

 

「ご馳走様でした……うん、中々刺激的な味で美味しかったよ♪」

「アイヤ~お粗末様ネ♪」

 

 ライダーの満面の笑みに甚く感動した様子のオーナーシェフの魃さん。

 まあ、今まで完食したのが某愉悦父娘だけだったみたいだから嬉しんだろうけどね。

 

「凛ちゃん、デザートを注文してもいいかな?」

「もう好きにして……」

 

 わたしは机に突っ伏して白旗を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 冬木市(戦場)を把握する為に彼方此方を歩き回っていると、何時の間にか放課後の時間帯になっていた。

 まあ、ここまで来るのに冬木市の大食いチャレンジを総嘗めしていったのも時間が掛かった要因の一つでしょうね。

 お陰で懐が寒くなるどころか暖かくなったわね。

 でも、儲け分は殆ど既にライダーの買い食いの資金にと露と消えてしまった。

 

 大量の食料と缶チューハイを手に鼻唄を奏でながらご機嫌なライダー。

 幾ら生命力(魔力)消費を抑えるためといっても遠坂家のエンゲル係数は鰻上りになりそうね。

 まだ実力を把握しきれていないのに、この出費は手痛いわね。

 思わず額を押さえてため息を吐いているとよく見知った魔力を感じ取って、同時に視界の端に()()()が映り込んだ。

 

 わたしは人目を避ける様に裏路地へと足を運んだ。

 人影は足音を隠すどころか態と大きな音を立てて追いかけてきた。

 

 暫く歩いて少し開けた場所に付いたのでゆっくりと振り返った。

 そこには予想通りの人影が佇んでいた。

 

「やあ、遠坂♪ 今日は学園をサボってたのに、優雅に散歩かい?」

 

 慎二は愉快そうに表情を歪めながら、こちらをどこか侮る様な視線で眺めてきている。

 そんな視線を物ともせずにライダーは既に表情を引き締めてわたしを庇う様に慎二と対峙している。

 

「こんにちわ、間桐くん……貴方こそ怪我人なのに一人で出歩くなんて無用心ね」

 

 わたしは人知れず呼吸を整えて、眼の前の優男を無意識に侮蔑する視線を込めて僅かに嘲笑していた。

 

 いけない、幾らいけ好かない魔術師()()といっても侮っていい筈がないわよね。

 こんな優男でも魔術師(マスター)の端くれ。倒す時は全力で優雅に、且つ奥の手を隠して挑まないとね。

 

「僕が一人……? アハハハハ! そこのサーヴァントに尋ねてみるといいさ。本当に僕が一人かどうかね! まあ、一応サーヴァントの端くれだから僕のアサシンの気配を微かにでも感じ取れるの当たり前だよね?」

 

 慎二は吹き出しながら隙だらけな姿態を晒している。

 だが何故だか踏み込める気がしない。

 

「凛ちゃんも無意識に感じ取っているみたいだね……その盆暗は一人じゃないみたい。よく感じ取れないけど傍にサーヴァントの気配がするのよ」

 

 ライダーは真剣な表情を崩さずに眼を細めながら慎二を訝しむ様に眺めている。

 

「よかったよ。別に隠しているわけじゃないのに、気付かれなかったらどうしようかって悩むところだったよ」

 

 慎二は大げさに胸を撫で下ろす様にしながら一歩一歩間合いを詰めてくる。

 ライダーは油断なく鉄鎚(ハンマー)を構えて間合いを計っている。

 

 慎二は恐らくライダーの間合いの一歩手前で立ち止まり、厭らしい表情をしながらわたしとライダーを舐る様な眼で足元から頭の先まで見詰めてきている。

 その視線には嫌悪感しか感じられない。

 

「ねえ、遠坂……僕と同盟を組まないか? 御三家の内の二家、僕の間桐家と君の遠坂家が手を組めば聖杯は手に入ったも同然だよ」

 

 慎二は断られる事を想定していないのか、満面の笑みを浮かべながら令呪のある左腕を差し出して握手を求めてきている。

 

「嫌よ!」

 

 わたしは指先一つ触れたくないので、腕を組んだままはっきりと端的に断ってやった。

 

「なん……だとっ……? おい、遠坂!! 僕が折角慈悲を与えてやっているのに、断るってどういう事だよ!!」

 

 慎二は怒りに表情を歪めながら睨み付けてきている。

 慎二の怒りに呼応する様に彼方此方の暗がりから蟲が湧き出る様に現れた。

 慎二の命令一つでこの蟲達は襲いかかってくるだろう。

 わたしはごくりと生唾を飲み込みながら、無意識に懐の形見の取って置きの宝石に手を伸ばした。

 宝石の感触がわたしの心を落ち着かせてくれる。

 

「アンタみたいな後天的な胡散臭い魔術師と組むくらいなら、例え半人前でも真っ当な魔術師である衛宮くんと組んだほうがましよ!」

 

 そう、アイツならわたしを裏切ることなく背中を守ってくれるだろう。

 アイツの笑顔を思い浮かべていると無意識に顔が火照ってくるのが感じられた。

 何故か、ライダーが丸で面白い玩具を見付けた様に微笑みながらわたしを横目で見てきていた。

 

「衛宮だと……!? まさか、あんな奴に比べて僕が劣っているとでも言うのかっ!!?」

 

 慎二は怒髪天な表情で虚空を睨みながら震えている。

 

「あら? 理解力に乏しいわね。自分の実力も把握出来ていないなんて魔術師失格よ」

 

 わたしが人差し指を立てながらウィンクしていると、慎二は怒りのあまり硬直してしまっている。

 

 やっちゃった。少し挑発しすぎたかしらね。

 

 わたしが自分の行いを反省していると、蟲達が蠢きが止まって一斉に物陰へと戻っていった。

 

「……まあ、いいさ。今日のところは引き上げてやるよ。精々、衛宮と乳繰り合ってればいいさ」

 

 慎二は丸で能面の様な表情を浮かべながら幽鬼の様な足取りで歩き去っていった。

 

 

 

 

 

「はぁ~やれやれ……」

 

 わたしは思わずため息を吐きながら、身体を解す様に伸びをした。

 

「凛ちゃん、お疲れ様。……はい。スポーツドリンク、飲む?」

「ありがとう、ライダー……」

 

 わたしはペットボトルを受け取ってゆっくりと口を付けた。

 

「いやぁ~それにしても凛ちゃんもやっぱり女の子なんだね。衛宮って、凛ちゃんの好きな人の名前?」

「うぐっ!!? ごほっ!げほっ! ……なっ!!? なっ!!? ……ちっ、違うわよ!! 」

 

 ライダーの含み笑い混じりの指摘に飲んでいたスポーツドリンクが思わず噎せてしまい吹き出しそうになった。

 今は冬なのに頬どころか耳まで熱い気がするわね。

 

「凛ちゃん、恋は戦争だよ! 頑なに否定している隙に横から掻っ攫われてからじゃ遅いんだよ」

 

 慈愛に満ちた眼で諭す様にわたしを窘めるライダー。

 その表情からは読み取る事は出来ないが、何やら実感が籠っていそうね。

 見た感じ色気より食い気の方が強いのにね。

 

「へぇ~そういうライダーはしっかりとラブロマンスを満喫してたのかしら?」

 

 わたしは反撃とばかりにライダーに聞き返した。

 

「まあ、ね……こんな身形だけれどそれなりに人生を過ごしてきたからね」

 

 ライダーは現代(ここ)ではない過去(何処か)に思いを馳せる様に眼を細めている。

 その表情は儚くそれでいて美しかった。

 

 

 

 

 

 

 新都の下見を殆ど終えて歓楽街を歩いていると前方から見知った二人連れがやってきた。

 

「あれ? 士郎? こんな歓楽街で会うなんて奇遇ね。学生の身分でこんな時間に出歩くなんていけないわよ」

「凛こそ今日は体調を崩して学園を休んでいたのに、出歩いていいのか? しかも、そんな小さな子を連れ回して……って、なるほど使い魔(ゴーストライナー)か」

 

 士郎はライダーを一瞥すると納得した様に頷いている。

 相変わらず半人前にはちぐはぐな程の観察眼ね。

 

「相変わらず眼だけはいいわね。一発で見破ちゃうか……そっちも使い魔(レニー)を同伴しているって事は、相変わらず半人前の癖に首を突っ込んでいるみたいね」

「何分性分なものだからな……そっちは冬木の管理者(セカンド・オーナー)としての見回りだよな?」

「まあね……近々大きな聖杯戦争(イベント)があるからその下見も兼ねてね」

 

 一応士郎の問いかけに間違えはないんだけど、ライダーの要望に応える為に大食いチャレンジ(道場破り)が大半だったからね。

 それに改めて意識すると士郎に対する自分気持ちにはっきりと気づいてしまい照れくさくなってしまった。

 士郎の顔を真面に見ていられなくて思わず眼をそらしてしまった。

 

「ふ~ん……何か俺に手伝える事があったら言ってくれよな。微力ながら力を貸すよ」

「ありがとう。必要になったら声を掛けるわ……じゃあ、そろそろお暇するわね……行くわよ、ライダー」

 

 わたしは気恥ずかしさが募り、士郎の視線から逃げる様に足を向けた。

 

「うん? もういいの、凛ちゃん? 駄目だよ、もっとしっかりとアピールしないと……あたぁ!!?」

 

 わたしと士郎を交互に見ながら含み笑いをしているライダーを照れ隠しに力一杯小突いた。

 

「余計な事言わなくていいの! さあ、きりきりと歩く!」

 

 真っ赤に染まった顔を士郎から隠す様に、足早に士郎の元から去っていった。

 

 

 

 

 

 新都で一番高い高層ビルの屋上。

 夜空に輝く星々に負けじと地上のネオンが光を放っていた。

 

「……で、ライダー。戦場の把握は充分に出来たかしら?」

 

 わたしはビルの縁に腰掛けているライダーの背中越しに訊ねた。

 ライダーは風に揺れる髪を犂ながら眼下に見える街並みを眺めながら優雅に缶チューハイを飲んでいる。

 

「うん、大体把握出来たよ。聖杯から知識を得ているとは言え、やっぱり自分の眼で見て回らないとね……それにご飯も予想以上に美味しかったから大満足したよ♪」

 

 この華奢な身体に見合わないくらい食べてたのにプロポーションが全くと言っていい程崩れていない。

 同じ女性として羨ましい事だ。

 

「さてと……未だ、サーヴァント七騎全て召喚されてないわけだけど、わたしはサーヴァント(ライダー)を手に入れた訳だし……一応教会には報告しないといけないわよね」

 

 あまり乗り気はしないがあの天敵とも言える娘に一目見えないとね。

 電話越しでもいい気がするが、彼女の父親が行方不明になってから疎遠になっているのも事実だし、遠坂の当主として正式に聖杯戦争への参加を表明しないとね。

 

「まあ、今日はもう遅いし……明日でいいわよね?」

 

 わたしは誰ともなしに呟いた。

 

「さあ、明日に備えて今日はもう休みましょう……帰るわよ、ライダー」

「了解、凛ちゃん(マスター)

 

 わたしとライダーは世界の裏側から日常(表側)に戻るために扉を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 冬の寒さが身に染みる朝。

 目覚ましがけたたましい音を奏でてわたしを現へと呼び覚ます。

 

「ふぁ~……もう、朝?」

 

 我ながら朝は頗る苦手だ。

 ぼさぼさに乱れた髪が余計わたしを惨めにしている気がする。

 

「おはよう、凛ちゃん……はい、牛乳」

 

 朝から酒盛りをしていたライダーがコップになみなみと入った牛乳を手渡してきた。

 わたしはのそのそとした動作で受け取り、一気に呷る様に飲み干した。

 

「ぷっふぁ~……よし、眼が覚めた! ありがとう、ライダー。それにしてもよくわたしが目覚めに牛乳飲む事知っていたわね?」

「桜ちゃんが用意してくれてたんだよ……それよりも妹に家事全般任せっきりなのは、乙女としてどうなのかな?」

 

 ジト目でこちらを見詰めているライダー。

 

「うぐぅ!!?……わたしだって稀に料理くらいするわよ。それに適材適所って言うじゃない」

 

 わたしは眼を逸らしながら頭を掻いている。

 

「まあ、いいけどね。ボクだって朝から飲んでるわけだし……ほら、手伝うから着替えて髪を整えに行くよ」

 

 ライダーはわたしの手を引っ張ってクロゼットの前まで連れて行った。

 

「今日はどの下着にするの? やっぱり、この如何にも勝負下着な物? ちゃんと相手の好みはリサーチ済みなの? 少しばかり派手すぎる気がするけど……」 

 

 ライダーは引き出しの奥に隠してあった下着を引っ張り出してきてわたしに突き付ける様に差し出してきた。

 それは黒いレースの入った布地が小さめな下着だった。

 

「ちょっ!!? なっ、何勝手に人の下着に手を触れてるの!?」

「いいじゃないの、別に減るもんでもないし……あっ!? コレ、可愛いぃ~♪ コレなんてどうかな?」

 

 真っ赤になって慌てているわたしに新たな下着を差し出してくるライダー。

 その下着は赤と白との縞模様のブラジャーとパンツのセットで端々にフリルがあしらっている。

 言えない。コレは()()()をイメージした物だって事を……これを買う時は清水の舞台から飛び降りる気迫で買った物だ。

 まあ、恥ずかしくて一度も身に付けた事は無いんだけれどね。

 

「さあ、観念しなよ! 大丈夫、女の子同士だからノーカンだよ♪」

 

 思考の海にダイブしてる間にわたしのパジャマに手を掛けているライダー。

 若干鼻息が荒く、眼も血走っていて、更に舌舐りしていて説得力が皆無である。

 

「おっ、落ち着いて、ライダー!!…… いっ、いやぁあぁあぁ~~!!?」

 

 わたしの金切り声が屋敷中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 朝の爽やかな空気が流れている登校路。

 わたしは優等生の仮面が若干崩れそうになっているのを必死に留めていた。

 叫び声に駆け込んできた桜がいなければ、思わず令呪を使ってしまっていただろう。

 何しろ、パジャマどころか下着まで脱がされそうになっていたんだからね。

 その光景を見た桜は開け放った扉を閉めて、ゆっくりと戻ろうとしていた。

 大きな声で誤解を解いて、ライダーを引き剥がして魔力を込めた八極拳の極意をその身体に叩き込んだ。

 ライダーは持ち前の眼の良さで急所は避けていたが、それでもダメージは免れなかったんでしょうね。

 今は霊体化して静養する様に大人しくしている。

 

「姉さん、大丈夫ですか?」

 

 桜が小声で心配そうにわたしを見詰めている。

 

「大丈夫よ、桜。桜のお陰で最悪な事態は避けられたしね」

 

 わたしは桜を撫でながら微笑みかけた。

 桜は照れた様子で頬を染めながら俯いている。

 

 

 

 

 

 

 校門を潜り抜けた際に、違和感に思わず顔を顰めて立ち止まった。

 

「姉さん?」

 

 不思議そうにわたしを見詰める桜。

 だが、少し遅れて桜も気づいたのだろう。

 その可愛らしい眉を曲げて辺りを見回している。

 

「姉さん、これって……」

「ええ、結界よね……」

 

 魔力を集中させて辺りを見回すと違和感が強まった。

 他の生徒達が立ち止まった私たちを訝しむ様に視線を向けてきている。

 

「取り敢えず、桜……昼休みに屋上に集合ね」

「分かりました、姉さん」

 

 私たちは頷きあってお互いの教室へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 昼休み。

 示し合わせた訳でもないのにわたしと桜と一緒に屋上にやってきた士郎。

 お陰で学校中に噂が瞬く間に広がっていった。

 眼の前の男は膝の上に白猫姿の使い魔(レニー)を乗せて眉を顰めているが、噂の事は毛程も気にしていないのだろう。

 この男は自分に対する有らゆる事に無頓着だ。

 怒りを湛えているのは結界の事だろう。

 一般人を巻き込むなんて魔術師の風上にも置けない所業ですものね。

 ライダーが我関せずとプチ宴会を開いているが、耳だけは此方に向けているようだ。

 

「気が付いたわよね、士郎?」

「ああ……結界の張り主にも検討がついたよ」

「流石ですね、先輩。わたしは結界自体姉さんより気づくのが遅かったぐらいです」

「……で、やっぱり間桐の結界? なんとなく蟲が這い回っている様な気がするのよね」

 

 わたしは込み上がる怒りを堪えながら訊ねた。

 士郎の眼の良さはわたし以上で、今回の様な事態には頼りになる。

 

「まず間違いないだろうな……」

「……って、事は慎二の馬鹿の仕業か。今日はアイツ、学園を休んでいるのよね?」

 

 半ば予想通りの答えが返ってきて思わず士郎を睨みつけてしまった。

 

「ああ、そうだ……気持ちは分かるが俺を睨んでも仕方ないだろう」

 

 士郎は肩を竦めながらもその眼にはわたし以上の憤怒が満ちている様に感じられた。

 

「ごめんなさい……八つ当たりだったわね」

 

 わたしは自分の行動を恥じてしっかりと頭を下げて謝った。

 

「別に気にしてないさ……それで結界の解除を分担してやっていかないか?」

「はぁ~……相変わらず御人好しね。士郎の責任じゃないし、関係ないじゃないの」

 

 相も変わらず自分の事は無頓着なのに、他人の危機には行き過ぎなくらい過剰よね。

 その生き方は危うい。

 何時か士郎は自分の命を顧みずに他人を救う事を優先しかねない。

 少しでもそんな事態から遠ざけないとね。

 

「姉さん。そんな言い方しなくても……」

 

 桜はわたしを窘める様に詰め寄ってきている。

 いや、どちらかと言うと士郎を庇っている様にも感じられる。

 もしかして、桜も―――――

 

「残念ながら無関係じゃないんだよ」

 

 わたしの思考を遮る様に差し出された士郎の左手には見間違えるはずのない令呪が刻まれていた。

 

「なっ!!? 士郎も選ばれたのっ!!?」

 

 迂闊!

 半人前とはいえ、士郎も生粋の魔術師の端くれ。

 選ばれても何の不思議もない。

 桜も口を押さえて驚きの表情を浮かべているものの、どこか予感が当たって悲しみを眼に湛えている。

 ライダーは然りげ無く横目でこちらを窺いながら臨戦態勢を取っている。

 レニーは人型になり士郎を庇う様にわたし達の間に佇んでいる。

 

「だけどまだ令呪(参加資格)は持っていてもサーヴァント(参加条件)は未召喚だ。今朝方魔道書を紐解いて聖杯戦争の事を粗方理解したところさ」

 

 士郎は両手を上げながら争う気はないとアピールしている。

 わたしは一度眼を閉じて心から湧き出る言葉を口にした。

 

「いいわ……何れは敵同士だけど、今は協力しましょう。良いわね、ライダー」

「了解……凛ちゃん(マスター)の意向に従うよ」

 

 ライダーはわたしの方針に賛同してプチ宴会を再開させた。

 

「ほっ……よかったです。先輩と敵対する事になったら悲しんですもんね」

 

 桜は安堵のため息を吐いてから笑顔を浮かべた。

 その眼には士郎が映り込んでおり、若干頬を染めていた。

 

 やっぱり桜の思い人も士郎か。

 因果なものね。姉妹揃って同じ人に恋するなんてね。

 どうするべきか。桜の幸せを願って身を引くべきか、はたまた自分の恋を優先して、桜を始め恋敵達を蹴落とすのか。

 コイツってば見た目もさる事ながら以外に紳士的なところがあって学園の女性とのみならず、内外の女性に人気がある。

 それにあくまで噂だが、夜の街に女性連れで消えて行く事が多々見受けられるとの事だ。

 しかも毎回相手が違うらしい。

 

 取り敢えずこの事は後でゆっくりと考えましょう。

 今は眼の前の事に集中しないと命を落としかねない。

 

 表面上は何事も無い様にお弁当を食べながら士郎と結界の解除範囲を決めていった。 

 そして同盟の証としてお互いの令呪を差し出しあって握手を交わした。

 まあ、士郎の令呪が左手でわたしの令呪が右手なので、わたしは士郎の左手を両手でそっと掴んだ。

 何故か必要のない桜とライダーもしっかりと握手していた。

 何だか照れくさくて脇目も振らずに屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 放課後。

 意図的に細工をして人気の少なくなった学園内を結界を解除するために奔走する。

 わたしが結界を解除しようとして無防備な姿を晒すと、魔法陣から蟲達が湧き出る様に召喚されて襲いかかってくる。

 

「凛ちゃんには触れさせないよ!」

 

 ライダーが鉄鎚(ハンマー)を振るう度に紫電が走って蟲を焼き殺していく。

 

「姉さんの背中はわたしが守ります!」

 

 桜も負けじと己が魔術の素養である架空元素・虚数で生み出した暗黒の渦で蟲達を飲み込んでいく。

 

「Abzug Bedienung Mittelstand」

 

 わたしが結界を解除すると残りの蟲達は今まで同様丸で霞の様に霧散していった。

 

「これで粗方片付いたわよね?」

「そうでしょうね……残りは多分先輩が言っていた基盤になっている魔法陣だけだと思います」

 

 わたしの問いかけに桜が士郎謹製の魔法陣の場所が描かれた見取り図を確認しながら答えた。

 

「じゃあ、早速解除しに行きましょう。桜、ライダー……最後だからって気を抜いちゃ駄目よ」

「姉さんこそ、此処ぞって時にうっかりを発動しないで下さいね♪」

「その言葉、そっくり返すわよ♪」

 

 わたしと桜は戯れあいながらもしっかりとした足取りで歩いて行った。

 

 

 

 

 

「ここね……」

 

 見取り図と照らし合わせて薄暗い理科室へと足を運んだ。

 既にそこは蟲達で埋め尽くされていた。

 

「流石に最後の砦ね……今まで通りにはいかないか。仕方ない、わたしも加勢するから一旦こいつらを一掃しましょう」

「分かりました、姉さん」

「了解、凛ちゃん」

 

 わたしは宝石を取り出して構えた。

 そして魔術を放とうとした瞬間怖気が走った。

 

「危ない、姉さん!!」

 

 逸早く襲撃者に気づいた桜がわたしを庇う様に魔術で投擲剣(ダーク)を弾いた。

 だが弾いた投擲剣(ダーク)に隠れる様に放たれていた投擲剣(ダーク)が桜の胸に突き刺さった。

 

「かはぁっ!!? ねっ、姉さん……」

 

 桜は胸から多量の血を流して倒れ込んだ。

 

「キャァアァ~!!?」

 

 わたしは眼の前の光景にパニックを起こして叫び声を上げた。

 

 ライダーは透かさず襲撃者からわたし達を守る様に立ちはだかている。

 

「さっ、桜!? ねえ、桜!? へっ、返事して!!」

 

 わたしは力なく横たわった血まみれの桜を抱きしめる事しか出来なかった。

 

 にらみ合うライダーと襲撃者のサーヴァント(アサシン)

 その空気を破る様に足音が響き、士郎とレニーがやって来た様だ。

 

「【増援が来たか……このままではこちらが不利だな。撤退するぞ、マスター】」

 

 アサシンが撤退したようだが、パニックを引き起こしていたわたしは気付きもしなかった。

 

「大丈夫か、凛!!?」

「わっ、わたしは大丈夫よ……でも桜がわたしを庇ってっ!!」

 

 わたしはすがる様な眼で士郎を見詰めた。

 

「落ち着いて、凛ちゃん(マスター)! まだ息があるよ!」

 

 ライダーの台詞にわたしははっとなりなり形見の取って置きの宝石を取り出した。

 父さんも桜を救うために使うなら許してくれるだろう。

 

「死なせない……絶対に死なせるもんですか!」

 

 わたしは桜の胸元に宝石を翳して、ありったけの魔力を使用して癒しの力を発動させる。

 

「『―――――Die magische offen―――――Diese Person Wunde heilen!』」

 

 宝石に込められていた魔力を殆ど消費して桜の傷は癒えた。

 だが失った血液は戻っていない。 

 

「よし! 取り敢えず傷は癒えたわ……でもまだ予断を許さない状態だわ。ライダー! 急いで桜を屋敷まで運び込んで!」

「了解、凛ちゃん(マスター)……来い。タングリスニ、タングニョースト」

 

 ライダーが腰に付けていた角笛を吹き鳴らすと雷鳴が走って空間を引き裂くように二頭のヤギに牽かれた戦車が現れた。

 これがライダーの宝具(切り札)たる戦車を牽く二頭のヤギ。

 こんな事でお披露目するのは不本意な筈なのに、嫌な顔一つせずにわたしの言葉に従ってくれたライダーに感謝の念を送った。

 

「ごめんね、士郎……桜の回復に万全を期すために屋敷に戻るわ」

「ああ、気をつけて……」

「ありがとう。貴方も早くサーヴァントを召喚しなさいよ……出して、ライダー」

 

 わたしは動揺を隠す様に士郎に微笑みかけた。

 

「ちょっと待って、凛ちゃん……このままじゃ走る際の雷の音で目立っちゃうから、消音の結界を張ってくれるかな」

「そうね……『――――Das Schliesen.Vogelkafig,Echo』」

 

 わたしが消音の結界を構築すると戦車は物凄いスピードで空を駆けていった。

 

 

 

 

 

 屋敷に戻ると魔術行使用に保存しておいた桜の血液を輸血していった。

 桜の呼吸が落ち着き、峠を越えたようだ。

 だがまだ油断は出来ない。

 

「ライダー、庭に穴を掘るわよ」

「穴? 穴なんてどうするの、凛ちゃん?」

 

 手渡したスコップ片手に不思議そうな顔をするライダー。

 

「勿論、桜を埋めるのよ」

「ふぇ!!? ……なっ、何でっ!!?」

 

 驚きの表情に固まったライダー。

 まあ、不思議に思うのも仕方ないわよね。

 

「遠坂家はこの霊地に居を構えて深い繋がりがあるわ。ここの土地は遠坂の血を引く者にとって自然界の大源(マナ)を効率良く自身の小源(オド)に変換する事が出来るのよ」

「へぇ~なる程……分かったよ、凛ちゃん。桜ちゃんの頭が出るぐらいの竪穴でいいんだよね?」

 

 ライダーは猛然とスコップを持って穴を掘りだした。

 いくら筋力補正のスキルがある装備があるとしても、あの細腕でやっていると違和感があるわね。

 

 暫くするとある程度深い穴が出来上がった。

 

「よし! ライダー、桜をそっと下ろして埋めるわよ」

「了解、凛ちゃん!」

 

 ライダーはか細い腕で桜をお姫様抱っこして穴にゆっくり下ろした。

 そして徐に穴を埋め戻していった。

 

「これで大丈夫ね。後は桜が眼を覚ますのを待ちましょう」

 

 わたしは安堵のため息を吐いて、庭先のベンチに腰掛けた。

 

 

 

 

 

「はっ!!? ここはっ!!?」

 

 ライダーがワインを、わたしが紅茶を、何杯か飲んでいると桜が気が付いた。

 既に月が星空の天涯を登りきていた。

 

「気が付いた、桜! 大丈夫、どこか痛いところはない?」

「姉さん……はい、特に異常はないみたいです。でも何でわたし埋められて……?」

 

 桜は首だけ出している状態で首を傾げた。

 

「取り敢えず掘り出すからじっとしていてね……ライダー」

「はいよっと……」

 

 ライダーはスコップを担いでゆっくりと桜に近づいていく。

 

「あっ、あの~……お手柔らかにお願いしますね」 

 

 桜は引き攣った笑みを浮かべて冷や汗を流していた。

 

「任せておいて♪」

 

 ライダーは満面の笑みを浮かべながら桜を丸で収穫する様に掘りだした。

 

「はふぅ~……そうだ、わたし確か姉さんを庇って……」

 

 掘り出された桜は身体に纏わり付いた土を払い落としながら、自身の置かれた状況を思い出していった。

 

「もう! 心配したんだからね、桜! あんな無茶は今後一切禁止だからね!」

 

 わたしは腰に手を当てながら仁王立ちで詰め寄った。

 

「ごめんなさい、姉さん。心配をお掛けしました……でも、わたしは間違った事はしてないつもりです!」

 

 しょんぼりとしていた桜は、顔を起こすと強い眼差しでわたしを見返してきた。

 

「はぁ……言ったら聞かないのは誰に似たのかしらね」

 

 わたしはため息を吐いて額を抑えながら頭を振った。

 

「そうだ! 姉さん! 先輩はっ!?」

 

 桜は何やら思いつめた様子で詰め寄ってきた。

 

「士郎? 桜の事が心配で学園で別れたけど……何? 何か用事があるの?」

 

 わたしは桜の剣幕に押されながらなんとか答えた。

 

「先輩って未だサーヴァントを使役してない状態ですよね!?」

 

 桜は更に詰め寄って訊ねてきた。

 

「そうね……今夜辺りにでも召喚すると思うけど……って、そうか! アサシン!!」

 

 桜の言わんとしている事に思い当たり思わず舌打ちをした。

 

「ライダー! 急いで士郎の屋敷(うち)に行くわよ!」

「姉さん! わたしも行きます!」

 

 駆け出しかけたわたしの腕を掴んできた桜。

 

「駄目よ! 貴女、未だ本調子じゃない筈よ! 大人しくしてなさい!」

「……分かりました、姉さん。先輩をよろしくお願いします」

 

 わたしが半ば睨み付ける様に言い放つと、桜は自分の状態を理解したのかしぶしぶと引き下がった。

 

「ええ~い! 今夜は大判振る舞いだ!」

 

 ライダーは再び角笛を吹き鳴らして二頭のヤギを呼び出した。

 

「乗って、凛ちゃん!」

 

 わたしはライダーに手を引かれて戦車に飛び乗った。

 

「『――――Das Schliesen.Vogelkafig,Echo』」

 

 わたしが消音の結界を構築すると同時に駆け出す戦車。

 

 待てなさい、士郎!

 わたしがたどり着くまでに死んでいたら承知しないんだからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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