いつか誰かの小話   作:テイラノ

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人を選ぶと思います。
落差が凄まじいです。お気を付け下さい。


伊吹萃香の歴史

ふえ?

 

ドゥウィーあージャパニーズゴブリン

 

って言ったら隣で酒を飲んでた『伊吹萃香』が笑い出した。

 

「あははは!何言ってんのか分かんないけど、面白いな!それ」

 

彼女はそう言うと盃に溢れんばかりの酒を注いだ。

 

私がそれを見ていると、私の持つお猪口にも酒を注いでくれた。

 

ありがとうと言いながら、それをグイッと飲んでしまえば、俄に気分は上々で、調子が上がって目も回る。

 

ある家の、縁側に二人…人間と鬼が酒を酌み交わす。

 

ふと萃香の方を見てみれば、月を眺める横顔一つ。

 

名のある絵画にも劣らない、然れど似合わぬ物憂げな顔を、珍しく思って目が回ったと言いながら、私は彼女に近付いた。

 

「私に見蕩れたか~?」なんて冗談をのたまって、彼女も私の方を見た。

 

暫し、気恥ずかしさも無視をして、互いに見つめ合う。

 

それでも想いが積もって目をそらせば、また快活な笑い声がした。

 

「あっはっは!やっぱり惚れてるな!」

 

恥じる此方の気も知れず、彼女は更に酒を注ぐ。

 

私も秘蔵の酒を開け、お猪口を盃に持ち替えて一気に注いだ。

 

「それじゃあ、もう一杯…乾杯!」

 

互いに酒が混ざるほどに、強く盃を交わしあえば、どちらの味ともしれぬ酒を喉に流し込んだ。

 

普段は固い私の口も、自然と緩んで詞が溢れて、彼女もつられて歌い出す。

 

「さあさ、今宵も良い月明かり、飲んで呑まれてのまにゃ損損…」

 

どこで聞いたかも分からん歌を二人で口ずさむ。

 

二人とも酔ってるもんだから、間は外れるし調子も合わないし、多分、傍から聞く心地は悪いだろう。

 

それでも、楽しい。

 

暫く歌い、違う曲に入ると、彼女が庭で舞い始めた。

 

月下、照らされた彼女の髪と角が、きらきらと輝いて見えた。

 

私よりも細く短いその腕が、か弱く、それでもはっきりとした動きをしていた。

 

小さなその身体が、ふわふわと風に踊らされる木の葉のように軽やかに舞った。

 

私は、歌うのも忘れてその舞に見蕩れてしまった。

 

つい、動きに合わせて身を乗り出せば、彼女は私の手を取り庭に連れ出した。

 

彼女に手を引かれて回転し、宙を舞い、時に静かに、時に激しく見えるように身体を動かした。

 

「あはは、あはははは」

 

舞いながら、彼女は笑った。

 

私もつられて、ふふふと笑った。

 

ああ、なんて楽しいのだろうかと思い、より強く、彼女の手を握った。

 

彼女も笑顔でその手を握り返し、舞を舞い続けた。

 

どれ程舞ったか、空が白み、然れど疲れも忘れる程楽しく思っていたその時、私たちに一陣の風が吹いた。

 

体の「疎」を操っていた彼女は、その風に飛ばされそうになる。

 

私は、そんな彼女を、思わず抱きしめた。

 

飛ばされぬようにと、それでもその体が細く、壊さないようにと、不器用な私では難しい加減をしながら彼女を抱きしめた。

 

「ぁ…」

 

彼女はそんな鬼らしくもない声を出して、私の体を抱き返した。

 

「あ、あぁ、うぅぅぅ…」

 

そして、彼女は泣き出してしまった。

 

静かに叫びながら、彼女はその(かぶり)を振り乱し、泣いた。

 

私は、涙を止める術もなく背中を擦り続けた。

 

途中、頬を伝うものも、彼女に見られぬようにと顔をそらした。

 

風は止み、もう抱き合う必要は無くなったというのに、私たちの周囲には、どちらのものとも知れぬ涙がこぼれ落ち、土に象られる染みが私たちを囲う檻のようになっていた。

 

「…どうしても、行ってしまうの?」

 

泣き疲れ、私の胸に顔を埋めながら彼女は問い掛けた。

 

ごめん、と返せば、彼女はまたその肩を震わせた。

 

「…そっか!」

 

それでも気丈に、彼女は呟いた。

 

「それじゃあ、飲もう!祝いの酒だ!」

 

そして彼女は縁側に腰掛け、再び彼女の盃に酒を注いだ。

 

私も縁側に腰掛け、盃に酒を注ぐ。

 

「旅立つ貴方に、乾杯」

 

互いの盃を鳴らし合えば、酒が混ざって味も分からない。

 

分からない中にしょっぱさが混ざって、また味が変わったよ、なんて言えば、彼女も笑って「飲む度に味が変わる、こりゃあ妙酒だ!」なんて嘯く。

 

そろそろ辛くて、うつらうつらと舟を漕ぎ出せば、彼女が子守唄を歌い出して、より一層意識が沈んでいく。

 

「ありがとう、さようなら」

 

眠りに落ちる直前に、彼女がそう言うもんだから、私も思わず、またね、なんて呟いた。

 

もう会うことは無いというのに、間違えたとも言えぬまま、気付けば日は高く昇り、彼女はいなくなってしまった。

 

名残惜しさも程々に、都で一旗揚げようと、私はそのまま旅に出た。

 

着の身着のまま町に出て、苦労も積もって辛くても、心の隅に彼女がいる。

 

私はそのまま、家に戻ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼は力比べが好きである。

 

何より、真っ直ぐ純粋なものが好きである。

 

彼女も例の外には漏れず、夢追う優しい『貴方』が、その純粋な心が好きだった。

 

故に鬼は純粋である。

 

鬼は『貴方』がいた家に入り浸った。

 

手入れも欠かさず住み着いた。

 

「またね」と言った『貴方』の言葉が頭を離れず、何があってもいいようにと。

 

いつでも『貴方』が戻れるようにと、居場所が残っているようにと。

 

やがて『貴方』の死を風の噂に聞き付けるまで、その家を護り続けた。

 

 

 

 

 

これは悲しい恋物語。

 

恋に恋した人が乞うのは、鬼ではなかった限りの話。




伊吹萃香は酒好きである話。
「バッドエンド」ではないかも知れません。
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