いつか誰かの小話   作:テイラノ

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西行桜の歴史 その二

 

 

儂の歳が、まだ十か十一だった頃から話し始めようか。

 

 

 

毎朝、お前はまともに起きることができずに儂に起こされておった。

 

「お~い、目を覚ませ、飯抜きにするぞ」

 

「飯を抜いたら生きてけない!」

 

儂がお前を起こすと、大体そんなことを叫びながら跳ね起きるもんだから家が傾きそうだった。

 

「阿呆!落ち着け!儂の家が壊れる!」

 

「ああ、すまんすまん」

 

確か、早い内にお前の両親が死んで、儂の家に転がり込んできたんだ。それで、すぐに儂の親も死んでしまって二人暮らしだった。

 

「お前も高貴な血を引いてるなら大人しくしてくれよ、頼むから」

 

「え~、そんなに暴れてないんだけどな」

 

「お前の元の家ならいざ知らず、儂の家はボロいんだよ」

 

「まあまあ、住めば都って言うし」

 

「取り繕えてないだろ、それ」

 

分かった?なんて巫山戯て、話を有耶無耶に持っていくことが何度もあった。

 

「飯を食ったら田んぼのすき込みに行くぞ~」

 

「ええ…足に藁が刺さるから嫌なんだけど」

 

「これだからお貴族様の子は…」

 

そう、お前は貴族の子供だった。

 

それも、漢籍から陰陽道まで、様々なことの博士も任された名家の。

 

だから、何故儂の家に転がり込んできたのか、あの頃は不思議だった。確かに、儂の家も貴族に仕える武者の一家ではあったが、武者と言っても雇われただけの荒くれ者が精々で、そこまで目を掛けられておる訳でも無かったように思われたからな。

 

この理由は後で話すのだが、ともかくお前は何かに付けて怠けたり巫山戯たりするような奴だった。

 

 

 

 

 

 

故に、あの日のこともよく覚えておる。

 

あの日、儂らは偶々用事があって、ある貴族様の屋敷に上がることになった。

 

そこで出会ってしまったのだ。

 

「あら、初めまして。今日は来客があると言っていたけれど、貴方達かしら?」

 

西行寺家の娘、『西行寺幽々子』様に、

 

「お初にお目にかかります。私たちは──の嫡男──と、魂魄妖忌にございます。この度は西行寺様からの通達に応えるべく参上いたしました。」

 

「へ?」

 

お前がこの時、初めて口調を丁寧にしたから儂は変な声しか出せなかった。

 

初対面から一度も、それこそカケラも学のある態度を見せなかったから面食らったなあ。

 

「何をなされているのでしょうか」

 

「この頃読んでる書物があるから、陽の光にでもあたりながら読もうかと思って」

 

「書物ですか…私も共に読んでもよいでしょうか」

 

「は?」

 

この時初めて、お前が字も読めることを知ったんだ。

 

「そうね…読めるの?」

 

「はい。書を読む手ほどきを受けておりました故、容易なものであれば読めると思います」

 

「…」

 

「分かったわ。それなら、いいわよ」

 

「ありがたく存じます」

 

そう言って、お前は読んでいる幽々子様の隣から書を覗き込みだした。

 

ただ、その時のお前の顔と仕草がそわそわして仕方ないから、やはり根は変わらないな、と少し安心したのを覚えておる。

 

その後は、いきなり書物の内容を意見交換して幽々子様と笑いあったり、儂に字の読み方を教えてやると言って書を声に出して読み合ったり、それをさっと置いて、三人で鞠で遊び始めたりしとった。

 

よく分からん儂はされるがままでついていくのがやっとだった。

 

そして、丁度お前の幽々子様との話し方が儂への話し方と似てきた頃に、その頃の西行寺家の主が儂達を呼び出したのだ。儂達がこの屋敷に呼び出された用事について膝を合わせて話し合いたい、とのことだった。

 

「…もう少し、遊んでいたかったのですが」

 

「そうね…機会があったらこの家に寄ってちょうだい。また三人で遊びましょう」

 

「…!ありがとうございます!」

 

そんな感じで、今思うとかなり無礼な態度ではあったが、幽々子様は特に何も言わなかった。儂が言うのもなんだが、お前は視野も狭かったからな。思えば他人との都合が重なっても、周りの様子などお構いなしだった。

 

その後、ご当主様に直々にお会いすることとなった時もそうだった。

 

「此度はお主達の様子を直接見たくて此方に参らせた。見たところ、私の娘と楽しげに遊べるほどに息災なようで嬉しく思う」

 

多分、ご当主様は怒っていらっしゃったと思うぞ。

 

何せ、娘が儂らに誑かされておったのだから。

 

「実は、お主達の面倒は各々の両親から別々に頼まれておった。都合もよかった故、今まで金品等を仕送らせてもらった」

 

それまでの儂達の生活は西行寺家の扶けによって成り立っておったらしい。今となっては思い出すのも難しいが、何度か、家の中に珍しい物や食べ物が置かれていた気もするな。

 

「しかし、このまま仕送りを続けるのもあまり良いとは言えぬ。何より、お前達の才を、見て見ぬふりをして埋もれさせるのも忍びない。そこでだな、お前達のことは好きに扱き使ってよいとも聞いておるし、私に雇われる気はないか?」

 

「はい。よろしくお願いいたします」

 

「……おい、ちょっと待て、決めるのが早すぎるぞ。儂らはこの方のこともよく知らんのに、詳しいことも聞かずに話を進めるな」

 

「そうだ、話は最後まで聞け。…お前達を雇うといっても、何処かの国へ飛ばすようなことはせぬ。…ただ、この家を()()()()欲しいのだ。私は屋敷に居ることも少ない故、あまり気にかけることもできない。偶に帰れたとしても、何処ぞの賊にいつ襲われるとも分からぬ。そこで、お前達にこの家を頼みたい」

 

真っ当な悩みごとに聞こえた。

 

少なくとも、儂達を陥れるような目的は無さそうだった。

 

ここで、またお前が話しだした。

 

「なぜ、私達なのでしょうか?そのお考えで家を守るのであれば、腕の立つ者を四、五人集めれば話は済むと思われるのですが」

 

「ふむ…何故かと言われても、今言ったようにお前達の才能を遊ばせておくのが惜しいから、としか言いようが無い。…無論、その才能を囲い込みたいという思いも無い訳ではないが」

 

「先程から、私たちにはまるで、何か非凡な才が有るようなことを仰られますが、そのような物が私たちに有るとは考えられません。一体何を見てそのようなことを仰られるのでしょうか?」

 

「私も何度か、お前達の様子を直接見たことがある。両親が亡くなろうと諦めることの無かったその心は、お前達の何よりの才だ。それと、お前のことを最もよく知る人間はお前自身では無いかもしれないということを忘れるな」

 

「なるほど。肝に銘じます」

 

そのあとも二言三言質問をした後、やっとお前は引き下がった。

 

そして、儂達は西行寺家をまもることとなった。

 

 

 

 

 

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