いつか誰かの小話   作:テイラノ

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西行桜の歴史 その三

 

儂らが西行寺家に仕えるようになってから幾年が過ぎ、互いに護衛としては申し分ない仕事ができるようになった。

 

儂は家宝の剣も一先ず扱える程度の能力を身に付け、お前は儂に力で劣る部分を搦め手や頭で補うことで西行寺家をまもっていた。

 

振る舞いの一つ一つまで誇りを汚さぬような、整った生活をしておった。

 

しかし、お前の心は、その態度が取り繕った物になろうと変わらなかった。

 

所作を乱すことは無くなっても、思ったことは口から出ているし、素直さが陰ることは無かったのだ。

 

故に、お前の身体も、頭も、行動も、存在も、すべて、西行寺家をまもるためのものになった。

 

そして、何よりも、幽々子様をまもるために全霊を尽くすようになった。

 

そうだというのに、幽々子様の奔放さが、自由なお前を一々振り回して割を食わせておったのを思い出す。

 

幽々子様は、少し目を離せば興味の赴くまま外を歩き回り、疑問を抱けば誰彼構わず問いかけて困らせる。

 

その度に、お前が横から目的を示したり内容を導いたりして手助けしておった。

 

儂としては、幽々子様に仕えるお前が妙に張り切っておった様子が中々忘れられんかった。

 

ふとしたときに遠くを見るような、幽々子様の後をずっと追っておった。

 

どれだけ昔のことだろうと、忘れられないほど、お前は必死だった。

 

 

 

 

さて、記憶を辿れば、思い起こすのに易いものがあり、そんなものほど重要な何かに関わっておる。

 

今、お前に話しておった記憶は、決まって一つの記憶からとりとめも無く思い出されるのだ。

 

 

あれは、月のない静かな晩だった。

 

妖しいモノが訪ねてきたのは。

 

 

 

「今晩は、一晩、泊めていただきたく」

 

門の番をしとった儂の耳に聞こえたのは、女の声だった。

 

その声は、溌剌な少女の声のように朗々と、同時に、妖艶な娼婦の声のように粘ついて聞こえた。

 

声の方向を向けば、笠で顔は見えない上に、垂れ衣で体もよく見えんような、女がいた。

 

まあ、有り体に言うと、不気味だったのう。

 

「何者か、名乗れ」

 

不審な者を通すまいとする、仕事柄の言葉を発したが、内心ではすぐに逃げ出したかった。

 

「“ゆかり”と言いますれば、泊めていただきたく」

 

そんな名前は、それまでに聞いたことが無かった。

 

しかし、“ちよ”とか“さと”とか、聞いたことのある名前と違って小洒落た名前だな、と感じてしまった。

 

「聞いたこともないな、失せよ」

 

それはそうとして、儂は追い返そうとした。

 

ただでさえ不気味な奴を、屋敷には入れられなかったからだ。

 

「そこをどうか、お頼み申し上げます」

 

その後も、女は、何度もどうかどうかと尋ねてきた。

 

「ええい、しつこいぞ。このような晩に出歩くような奴は只人ではない。妖か、盗人か、正体を現せ!」

 

つい昂り、声が多少跳ね上がってしまった。

 

しかし、女は儂の虚勢を見破ったのか、仄暗く見える口元をにっと歪ませてくつくつと笑い出した。

 

ますます気味が悪くなって、儂は何も言い出せなくなってしまった。

 

「…どうしたの、妖忌」

 

「姫様…不審な者を追い払っておりますので、屋敷にお戻りください」

 

しばらく後に幽々子様が出てきてしまい、儂は慌てて、戻られるように言った。

 

ただ、幽々子様はその女を少し見ると、口許を扇で隠しながら考え始めた。

 

「…見るからに妖しい女ね。それに、笠や衣も擦り切れてるわ。一体何処から来たの?」

 

「近頃は諸国巡りをしておりまして、今は伊勢から出雲へ向かう道中になります」

 

「こんな夜更けに何の用事かしら?」

 

「足を挫きまして、次の宿に辿り着けずに困っておりました。そんなときに、この屋敷を見つけたのです」

 

「あら、それは、大変なご苦労をなさったようで」

 

妖しくとも、嘘は言っておらなんだった。

 

儂も、人を見る目はお前や幽々子様に劣らなかった故、その言葉が真であることも理解できた。

 

まあ、幽々子様には違った考えがあるようだったが。

 

「それにしても、正体を現せとはよく言ったものね。私も、事実ではなく真意を聞かせてほしいわ」

 

突然、幽々孑様はそんなことを言い出した。

 

「何のことに御座いましょうか。私の願いは、ただ泊めてほしいということに尽きますれば他にどのような用がありましょうか」

 

「その願いには目的がある筈よ。何故、此処に泊まろうと思ったのかしら」

 

その言葉に、ゆかりという女は顔をますます歪ませた気がしたな。

 

もう、見ていられないほど不気味な貌だった。

 

「そのようなものはありませぬと言い置きますが、どうして、そう感じられたのでしょうか」

 

「…のらりくらりと話されるのは、慣れているのよ。もっとはっきりしてほしいのだけど…」

 

幽々子様はそう言うと、ほんの少し憂うような溜め息を吐いた。

 

多分、幽々子様が言っておったのはお前のことだったのだろう。

 

「貴女も相当に苦労なさっているようですね。そのような者は、意気地がなくつまらないでしょうに」

 

「あら、覚えがあるのかしら」

 

女が共感の言葉を返し、幽々子様は興味を示した。

 

「ええ、まるで霞に話しかけているような心地でした。返ってくる言葉はよくわからないものばかりで、本当に、つまらなかった…」

 

「そう…」

 

その後、暫し、互いに沈黙した。

 

「…暗く、冥い夜の下に、愉しいものを感じまして」

 

儂は最初、それが女の真意であることに気付けなかった。

 

何せ気付いたのはまたしばらく後のこと故、この場では声も出せんかった。

 

「それは楽しそうね。それじゃあ、上がるといいわ」

 

幽々子様はその答えを聞くと、すぐに“ゆかり”を屋敷に上げる決定を下した。

 

突然すぎる出来事だったので、儂は一寸反応が遅れてしまったな。

 

「え、と、幽々子様、それは良くないと存じますが」

 

「あら、こんなに分かりやすい答えを出せるなんて良くも悪くも楽しそうだと思わないの?」

 

「はあ。分かりませんが…」

 

儂は、その時の幽々子様の考え方について行くことが出来かねた。

 

まあ、今でもよく分からないことは多いが。

 

「失礼いたします」

 

戸惑っている内に、“ゆかり”は門の内に入っていた。

 

新月の晩で灯りがないのにも関わらず、“ゆかり”は自然な様子で屋敷の中に案内されていった。

 

「今夜はこの部屋で寝なさい。貴女のことは妖忌に説明させるから、安心してくつろぐといいわ」

 

「誠に、ありがたきことにございます」

 

幽々子様は案内し終えると、御自分の寝所に戻られた。

 

それと同時に、何処からともなくお前が現れた。

 

「おはよう、妖忌。今日は雲一つ無い良い晩だ。それで、この部屋にいるのがご客人、で合ってるか?」

 

「あ、ああ、そうなるぞ」

 

「ふ~ん…」

 

それだけ言うと、お前は“ゆかり”がいる部屋の周りに居座った。

 

理由を聞いても適当にはぐらかされるし、今夜は門の前に居たくないと言うので、儂はお前と交代せずに、門の番に戻った。

 

 

 

 

次の朝、“ゆかり”という女は幽々子様と話していた。

 

たしか、女が旅をしておったのは真のことだが、この家から死の気配がして立ち寄ったとかいうことらしかったな。

 

同じ部屋にお前が座っておったから多少肝が冷えたぞ。

 

幽々子様は色々なことを聞いておったな。

 

年齢を聞いたり東国の話を聞いたり死の気配とは何かを聞いたり…

 

女もころころと笑って楽しそうに話しておった。

 

 

 

話の落ち着いてきたところで、お前が一つ、割って入った。

 

「初めまして、今さらながらではありますが、私は『───』と申します。ところで、一つ聞きたいことがあります。無礼に思われるかもしれませんが、貴女は人間でしょうか?それとも妖怪でしょうか?」

 

聞いた瞬間に女の表情や雰囲気が凍り付いたように見えたな。

 

かくいう儂も、この目で見ていても気付けなかった故、かなり驚きはあったが。

 

「…そうね、何故、私を妖怪などと思ったのかしら」

 

「私は昔から様々なものを学んでおりまして、陰陽や式などについてもある程度分かるのですが…貴女はどうも人間と思えなくて」

 

どうですかね、と聞いたお前の表情が多少こわばっておったのが思い出せる。

 

恐らく、もしものことがあれば身を挺してでも幽々子様を守ろうと思ったのだろう。

 

対して、女の不気味な笑みは深まり、形容しがたいほど見苦しいものになっていく。

 

「フフフ、そうね、私は(あやかし)よ。でも安心なさいな。私は、無為に暴れ回るほど考え無しではないわ」

 

「安心できる要素がありませんが」

 

「…では少し、貴方にだけ力を見せるわ。それで納得出来るはずよ」

 

「はい、分かりま…」

 

その瞬間、お前の表情が惚けるような腑抜けたものになった。

 

幻術の類いだろうが、お前からすれば、何時かけられたのかすら分からなかっただろうな。

 

「変な顔ね。何を見ているのかしら」

 

「さあ、何でしょうね。まあ、彼の望んでいるものには違いないでしょう」

 

女ははぐらかすように幽々子様の言葉に答えた。

 

それにしても、抵抗すらできずに夢を見せられたら為す術もない。

 

しかも、抜け出せないものではなく抜け出したくないものでは性質が悪かった。

 

「とまあ、こんな感じよ。いい夢だったでしょう?」

 

「………確かに、これだけの力があれば、私たちはいつでも殺せますね」

 

目を覚ましたお前は、何故か“ゆかり”殿を睨みつけてそう答えた。

 

「…そういう訳で、私は彼女の『死の気配』に引き寄せられて来たのよ。あと数年もしない内に気配は強くなるでしょうから、貴女たちも覚悟を決めておきなさい」

 

最後に“ゆかり”殿は、儂ら三人にそう言って、旅に戻っていった。

 

 

この時の儂は、『死の気配』について誤解しておってな。

 

あながち間違ってもおらんかったが、『死の気配』を余命と同義に考えておった。

 

 

 

 

故に、覚悟がどういうものであるかも、正しく定まらなかったのだ。

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