木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第一部 地球降下編
第一話 回線落ちしたから地球へ行く


 ゴホン。

 

 私は、この宇宙のあらゆる事象を記録する高次存在……いわゆる「語り部」である。

 

 普段は英雄譚や銀河帝国の興亡といった壮大な歴史を紡いでいるのだが、今回担当することになったのは「引きこもりのニート」だ。

 

 正直、私の無駄遣いだと思う。だが、仕事なので淡々と進めさせていただく。

 

 それでは、太陽系最大の惑星、木星から物語を始めよう。

 

■□■□

 

 木星。

 

 直径約14万キロメートル。地球の11倍の大きさを誇るガス惑星である。

 

 その表面には「大赤斑」と呼ばれる、地球が丸ごと二つ入るほど巨大な嵐が渦巻いている。最大風速は秒速数百メートル。あらゆる物質を粉砕し、飲み込む、死の嵐だ。

 

 ……とまあ、本来なら生物など一秒たりとも生存できない地獄の環境なわけだが。

 

「パリッ、モグモグ……んー、のり塩も悪くないが、やはりコンソメこそ至高」

 

 その暴風の真ん中、致死性の嵐が吹き荒れる中心に、ポツンとコタツが置かれていた。

 

 見えない重力結界に守られたそこは、さながら日本の四畳半アパートのように快適な温度と湿度に保たれている。

 

 一人の「少女(?)」が、あぐらをかいてポテトチップスを食べていた。

 

 おい。緊張感がなさすぎるぞ。

 周囲は地獄だぞ? なぜ実家のような安心感を出しているんだ。

 

 周囲は致死性の暴風圏だぞ? なぜコタツに入っているような安らぎを感じているんだ。

 

 空中に浮かぶ半透明のホログラム・モニターには、地球の深夜アニメが映し出されていた。

 

「おお……! 来たぞ、ついに最終回! 『転生したらスライムの餌だった件』!」

 

 タイトルが酷い。主人公に救いはないのか。

 

 画面を食い入るように見つめるのは、白髪に銀の瞳を持つ美貌の持ち主。

 

 その名はルート。

 

 実年齢数億歳。かつて銀河団を支配した超文明が作り出した、最強の生体兵器「人間(ヒューマン)」の生き残り。

 

 そして現在は――木星に引きこもり、地球の電波をタダ見して暮らす、ただのニートである。

 

 ハイスペックの無駄遣いここに極まれり、である。

 

 銀河を統べる演算能力を、一体何に使っているのかというと……。

 

「くくく、まさか主人公がスライムに捕食される寸前に、ヒロインが『消化液耐性スキル』を授けるとはな……! 熱い! これぞ伏線回収! 吾輩の数億バイトの演算領域を使っても予測できなかった!」

 

 ルートは独りごちて、コーラ(もちろん地球から転送してくすねたものだ)を喉に流し込む。

 

 予測できなかったんじゃない。お前の演算能力の方向性がポンコツ過ぎて、「そんな展開があるわけない」と除外しただけだ。

 

 あと、さらっと窃盗(コーラの転送)を告白するのはやめなさい。

 

 数万年に及ぶ放浪の果て、ルートが見つけた真理。それは「現実はクソだが、フィクションは最高」という事実だった。

 

 この木星の絶対的な孤独を癒やしてくれるのは、遥か彼方の地球から届く、この電波だけだったのだ。

 

■□■□

 

「行けっ、主人公! その新必殺技で、魔王スライムを――!」

 

 物語はクライマックス。

 

 主人公が剣を振り上げ、必殺の光が画面を埋め尽くそうとした、その瞬間。

 

 クルクルクル……。

 

 画面の中央に、無慈悲な円環の理(ローディング)が出現した。

 

 出た。現代人が最も恐れる紋章、「ローディング・サークル」。

 

 映像が止まる。音声が途切れる。

 

 そして、黒背景に白文字で、世界の終わりを告げる文字列が表示された。

 

『 Connection Lost (接続が切れました)』

「…………は?」

 

 ルートの思考が停止した。

 

 数秒の沈黙。

 

 事態を理解した瞬間、ルートの銀色の瞳が見開かれ、血管がブチ切れそうになるほどの激昂が全身を駆け巡った。

 

「ふ、ふざけるなあああああッ!! そこでCMまたぎですらないだと!? いいところだぞ! あと五分で大団円だぞ! ここで切れるのは宇宙条約違反の重罪だぞ貴様ァアアアッ!!」

 

 ドオオオオオオオオンッ!!

 

 ルートの絶叫と共に、彼から溢れ出した余剰エネルギーが衝撃波となって炸裂した。

 

 それは単なる怒声ではない。惑星をカチ割るごとき「神」の力の片鱗だ。

 

 衝撃は木星の厚いガス層を突き抜け、数百年もの間、誰にも止めることのできなかった「大赤斑」の嵐を、一瞬にして消し飛ばした。

 

 やりやがった、この馬鹿。

 

 「続きが気になる」という理由だけで、太陽系の気象図を書き換えやがった。

 

 ガリレオ・ガリレイが見たら望遠鏡をへし折って泣いて謝るレベルの暴挙である

 

 木星の空に、綺麗な星空が見える。

 

 惑星規模の災害を一瞬で晴天に変えてしまったルートは、しかしそんなことには目もくれず、真っ青な顔でモニターを叩いていた。

 

「も、戻らん……! 吾輩のWi-Fiが! 再接続しない!」

 

 そりゃそうだ。お前が嵐を吹き飛ばした余波で、受信アンテナの座標もズレてるぞ。

 

 ルートは即座に原因解析を行った。

 

 木星の受信機に異常はない。ならば原因は送信元――地球だ。

 

 数十年前にルートが日本の山奥にこっそり設置した、中継アンテナ。人間たちにバレないよう、石造りの「(ほこら)」に偽装していたあのアンテナからの信号が、完全に途絶している。

 

「……物理的破壊。誰かが吾輩の祠を壊したな?」

 

 ルートの瞳から、オタクの輝きが消え、冷徹な兵器の光が宿る。

 

 これは侵略ではない。生存権の侵害だ。

 

 アニメの最終回が見られない。それは今のルートにとって、死に等しい苦痛だった。

 

「いいだろう。修理だ。地球への直接出張を行う」

 

 動機が不純すぎる。

 

 だが、彼(彼女?)にとっては、これが聖戦(ジハード)なのだ。

 

 ルートは立ち上がった。

 

 だが、そのまま出発しようとして、ふと鏡に映った自分を見る。

 

 Tシャツに短パン。ポテチの粉がついた指。

 

 うむ、ひどい。どこに出しても恥ずかしい引きこもりだ。

 

「待てよ。せっかく地球の人間どもの前に姿を現すのだ。舐められてはいかん。……そう、あのアニメに出てきた『死神』のように、クールでダークな感じでいくか」

 

 ルートはナノマシンを起動し、瞬時に衣装を生成した。

 

 闇よりも深い漆黒のローブ。

 

 身の丈を超える巨大な大鎌。

 

 白髪の美少女がそれを纏えば、まさに物語から飛び出してきたような「死の超越者」の完成である。

 

 なお、その大鎌はただの飾りなので切れ味は悪い。

 

 形から入るタイプか。一番厄介なオタクだな。

 

「フッ……『恐れよ、我は死神……』。うん、悪くない。角度的にも完璧だ」

 

 鏡の前で何度かキメ顔の練習をしてから、ルートは満足げに頷いた。

 

 いざ、地球へ。

 

 奪われたアニメの続きを取り戻すために。

 

 行ってらっしゃい。そして二度と帰ってこないでくれ。

 

■□■□

 

【合衆国政府 最高機密文書】

発信:アメリカ航空宇宙局(NASA)深宇宙探査局

受信:国防総省(ペンタゴン)、および合衆国大統領

件名:【緊急】木星領域におけるカテゴリーEXエネルギー反応

『観測概要:

協定世界時 16:35、木星表面において物理法則を逸脱した現象を観測。

木星南半球に存在する巨大嵐「大赤斑」が、0.005秒の間に完全に消失した。

当該現象の発生時、木星内部より測定限界値(Error: Over flow)を超えるエネルギーバーストを検出。』

『分析班の報告:

このエネルギー量は「惑星構造維持限界」を一時的に超過。木星が崩壊しなかったのは、奇跡的、あるいは何らかの意図的な力場制御によるものと推測される。自然現象ではあり得ない。』

『脅威認定:

現象発生の直後、大赤斑の中心部より、高密度の質量体が射出されたことを確認。

対象は亜光速で太陽系空間を航行中。

軌道計算の結果、当該物体は大気圏へ突入し、地球・極東エリア(日本列島・中部山岳地帯)に着弾する見込み。』

『追記(担当官手書きメモ):

大統領へのホットラインを繋げ。

神がサイコロを振ったのではない。

何者かが、木星を「蹴り飛ばした」のだ。』

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