木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第八話 修羅場は京都からやってくる・後編

前回のあらすじ:

 

 銀河最強のニート・ルートは、全裸という名の「ありのままの姿」を全世界に晒し、文字通り真っ白に燃え尽きた。

 

 ちなみに胃薬はもはや水なしで飲み込めるようになった。

 

■□■□

 

 【しばらくお待ちください】の文字が消え、配信画面が復旧する。

 

 そこには、地獄絵図が広がっていた。

 

「あ、戻った」

「おかえり」

「さっきのは見なかったことにしよう(保存済み)」

「後ろ! 後ろの死神ちゃん!」

「あしたのジョーみたいになってるぞwww」

 

 画面の右端。

 

 岩壁の隅っこに、体育座りのまま真っ白に脱色した「何か」が存在していた。

 

 ルートだ。

 

 かつて銀河を記録し続けた神の威厳はどこにもない。

 

 口から魂のエクトプラズムを吐き出し、ピクリとも動かないその姿は、完全に燃え尽きた灰ジョーである。

 

「……こら恭介! 何を悠長にカメラを回していますの!?」

 

 そんな屍(ルート)を尻目に、紅が金切り声を上げた。

 

 彼女は顔を真っ赤にし、猿渡に掴みかかっている。

 

「あんな……あんな破廉恥な映像を流して! 今すぐ配信を切って、アーカイブを削除させなさい!」

「断る。貴重な実験データだ」

「貴方は鬼ですか!? あの子の嫁入り前の身体をなんと心得るのです!」

「心外だな。そもそも、屋内で広範囲攻撃魔法(鎌鼬)を使用した貴方の過失でしょう、先生」

 

 猿渡は、レンズの汚れを布で拭きながら淡々と答えた。

 

「狭小空間での風魔法の行使。その結果、対象の衣服(バスタオル)が脱落した。物理的にも法的にも、責任の所在は100%貴方にある」

「ぐっ……そ、それは……!」

 

「正論パンチwww」

「火の玉ストレートすぎて草」

「まあBBAが悪いわな」

「先生、涙目」

「後ろの灰との温度差で風邪ひく」

 

 紅が言葉に詰まる。

 

 確かに、彼女がキレて魔法をぶっ放したのが原因だ。

 

 だが、乙女心(50歳以上)として、このまま引き下がるわけにはいかない。

 

「そ、そうですわ! 貴方たちです!」

 

 矛先を変えた紅が、鬼の形相でカメラレンズに詰め寄った。

 

「視聴者! 今のは事故です! 決して、決して画像として保存などしていませんわね!?」

 

 画面いっぱいに映し出される、金髪美少女(中身はババア)のドアップ。

 

 その威圧に対し、ネットの住人たちが返した答えは――あまりにも正直で、残酷なものだった。

 

「保存しました」

「スクショ余裕でした」

「ごちそうさまでした」

「プリントスクリーン連打しすぎて指攣った」

「今、壁紙に設定したところ」

「クラウドに上げたからもう消えないぞ」

 

「きぃぃぃぃぃッ!!! 破廉恥! 破廉恥ですわーッ!!!」

 

 紅が地団駄を踏んだ。

 

「消しなさい! 今すぐ消しなさい! 従わないと……祟りますわよ!? 末代まで祟って、毎晩枕元に立って説教してやりますからね!?」

 

「ご褒美じゃん」

「枕元に美少女とか最高かよ」

「毎晩来てくれ」

「住所教えるんで祟ってください」

「この狐、チョロすぎて草」

 

「なっ……なんなのですかこいつらは!?」

 

 紅が絶句する。

 

 現代のネット民に「祟り」などという脅しが通じるはずもない。むしろ彼らは、美少女幽霊との同棲生活というシチュエーションに興奮する変態どもなのだ。

 

 猿渡は、呆れ果ててため息をついた。

 

「無駄だ先生。一度ネットに流れたデジタルタトゥーは消えない。諦めろ」

「恭介! 貴方まで……! くっ、なら貴方が責任を取りなさい! せめて貴方の端末のデータだけでも消去を!」

 

 紅は猿渡の腕を揺さぶり、訴えた。

 

「普通の殿方なら、女性の裸を見たらもっとこう、動揺するとか、鼻血を出すとかあるでしょう!? なぜそんなに平然としていられるのです!?」

 

 しかし、猿渡は心底不思議そうに首を傾げたのだ。

 

「は? なぜ私が動揺する必要がある?」

 

 彼は、背景で白くなっているルートを一瞥し、鼻で笑った。

 

「毛並みもない。肉球もない。ただ色素が薄いだけの、ツルツルの表皮サンプルだぞ?」

 

 猿渡は、全世界の視聴者に向かって、断言した。

 

「あんなの、生物学的には0点だ」

 

 凍りつく空気。

 

 ナレーションとして言わせてもらおう。

 

 猿渡よ。お前は今、全人類の性癖と、全銀河のルート信者を敵に回したぞ。

 

 そして何より、目の前の「拗らせ狐」の地雷原を、タップダンスで踏み抜いたことに気づいていない。

 

「……0点……?」

 

 紅の目が泳いだ。

 

(あんなに綺麗な肌なのに……? 神々しいまでの肢体だったのに……? それでも、恭介にとっては0点……?)

 

 かつてのトラウマが蘇る。

 

『君は人間すぎて、萌えを感じない』

 

 5年前、ボストンの学会で言われた拒絶の言葉 。

 

 ここで、彼らの名誉のために――いや、この悲劇の背景を補足しておこう。

 

 紅は50年以上を生きる、幻種としては古参の部類に入る。

 

 そして、幼少期の猿渡にダンジョンのイロハを叩き込んだ師匠であり、彼にとっては命の恩人でもある。

 

 最初の頃は、紅にとって猿渡恭介は、放課後に神社の境内にやって来る、ただの可愛い子どもだった。

 

 幼い頃からダンジョンの生態系に異常な執着を見せていた猿渡少年は、紅の知識と経験をスポンジのように吸収し、優秀な探索者へと成長していく。

 

 だが、読者諸君はご存じだろうか。

 

 幻種と人間とでは、流れる時間の速度が残酷なほど異なることを。

 

 5年、10年。

 

 紅が1ミリも変化しない間に、猿渡は少年から青年に、そして大人になっていた。

 

 そして、いつしか立場は逆転し――気付けば、彼女は教え子に恋をしていた。

 

 いわゆる「光源氏計画」の逆バージョンである。

 

 普通なら、感動的なロマンスだ。

 

 猿渡もまた、美しく成長した自分を導いてくれた師匠に、憧れ以上の感情を抱くはずなのだが……。

 

 残念なことに。

 

 彼女が手塩にかけて育てた少年は、立派な紳士ではなく、「人間の女性(師匠含む)に一切発情しない」という、業の深いモンスターに成長してしまったのである。

 

 育て方を間違えたのか、それとも素材(猿渡)が元から腐っていたのか。

 

 どちらにせよ、5年前のボストン学会。

 

 勇気を振り絞った紅の愛の告白は、猿渡の強固な性癖バリアに弾かれ、ショックで彼女が暴走。

 

 会場が物理的に火の海になるという大参事に発展した。

 

 なお、その際、猿渡は「素晴らしい熱量だ! 先生、今の発火現象もう一度!」とカメラを回していたらしい。

 

 正真正銘の、クソ野郎である。

 

「……ふふ、ふふふ。そうですか。なら、見せてあげますわ」

 

 紅が、ゆらりと立ち上がった。

 

 その瞳に、狂気じみた決意の光が宿る。

 

「0点と言うなら、見せてあげますわよ! 私の……100点ほんきを!!」

「……? 何をする気だ?」

 

 猿渡が眉をひそめた、次の瞬間だった。

 

「んぐぐぐぐぐぐッ!!!」

 

 紅が、仁王立ちのまま踏ん張った。

 

 顔を真っ赤にし、首筋に血管を浮き上がらせ、全身を小刻みに痙攣させている。

 

 魔法の発動ではない。

 

 ここで、読者諸君に解説を挟ませていただく。

 

 彼女の正体は、特級幻種「金毛白面九尾」。 本来ならば、ビル一棟を軽く押し潰すほどの巨大な九尾の狐へと変化する、この国最強クラスの怪物である。

 

 今、彼女が行っているのは、その「巨大化プロセス」を、意思の力と全身の筋肉だけで無理やりねじ伏せ、末端の「耳」と「尻尾」だけを飛び出させて固定するという、物理法則への挑戦だ。

 例えるなら、暴走するジェット機を素手で抑え込みながら、同時に針の穴に糸を通すような精密動作。

 

 失敗すれば、リミッターが外れて巨大化し、このダンジョンごと崩壊させる危険な賭けである。

 

 それを、たかだか「男の性癖」に合わせるためだけに行う。

 

 その執念には、もはや敬意よりも恐怖を感じる。

 

「でろぉぉぉッ! 私の……チャームポイントォォォッ!!」

 

 ボロンッ!!!

 

 効果音と共に、紅の頭頂部から、ふっくらとした黄金色の「狐耳」が飛び出した。

 

 さらに。

 

 ボフンッ!!!

 

 腰の後ろから、ふさふさとした巨大な「尻尾」が弾け飛ぶ。

 

 完全なる獣の特徴。

 

 それは、人間への擬態を完璧にこなす彼女が、羞恥心をかなぐり捨てて生み出した「奇跡(性癖への迎合)」だった。

 

「うおおおおおおおお!!」

「ケモ耳キターーー!!」

「すげえ! 本物だ!」

「クオリティ高すぎんだろ」

「ピクピク動いてる!」

「¥10,000 これは100点」

 

 コメント欄が沸き立つ。

 

 紅は荒い息を吐きながら、ドヤ顔で猿渡を見上げた。

 

「はぁ、はぁ……ど、どうですの……? これなら……文句ないでしょう……?」

 

 全身から脂汗を吹き出しながらのアピール。

 

 普通なら「頑張ったね」と褒めてあげる場面だ。

 

 しかし。

 

 私の目の前にいる男は、普通ではなかった。

 

せ、先生ェェェェェッ!!!

 

 猿渡が、カメラを放り投げて絶叫した。

 

 先程までの冷徹さはどこへやら、彼は血相を変えて紅に駆け寄った。

 

「きょ、恭介……?」

「大変だ! 救急車! いや獣医か!? なんてことだ……!」

 

 猿渡は、紅の頭に生えた「狐耳」を凝視し、悲痛な叫びを上げた。

 

「重篤なアナフィラキシーショックだッ!!」

「……はい?」

「見ろ、この頭皮の腫れ上がり方を! 浮腫(むくみ)が酷すぎて耳の形に変形しているぞ!?」

 

 猿渡は震える手で、紅の狐耳を指差した。

 

「さらに臀部にも巨大な腫瘍が! 一瞬でここまで肥大化するなんて……脳に毒が回って、自分が狐だと思い込む譫妄(せんもう)まで出ている!」

 

 違う。

 

 眼科へ行け。いますぐにだ。

 

 しかし、この狂った科学者の耳には、常識という言葉は届かない。

 

「すぐに処置しないと! じっとしていてくれ!」

 

 猿渡は、紅の背後に回り込むと、その「腫瘍(尻尾)」と「浮腫()」に手を伸ばした。

 

「きょ、恭介!? ち、違いますわ! これは……ひゃうっ!?♡

 

 猿渡の指が、敏感な狐耳の付け根を、ムギュッと掴んだ。

 

「……っ!?」

 

 猿渡の動きが止まる。

 

 触診。

 

 そう、これはあくまで医療行為としての触診だ。

 

 だが、その指先から伝わる感触――吸い付くような弾力、温かな体温、そして極上の毛並み。

 

 猿渡の瞳から、理性の光が消え、代わりにドス黒い欲望が宿った。

 

「……素晴らしい……」

 

 猿渡の声が、ねっとりと低くなる。

 

「(モミモミ……)なんという弾力だ……。ただの浮腫ではない。皮下組織が緻密に再構築されている……」

あ……っ、恭介、そこは……だめ……っ♡

「(サワサワ……)熱を持っているな。血液が集中している証拠だ。……美しい。病的なまでに美しい腫れ方だ……」

ふあぁ……んっ! 声が……出ちゃいますわ……っ!

 

 紅の顔が、茹でダコのように赤くなる。

 

 獣の耳は、彼女にとって最大の急所(性感帯)だ。

 

 そこを、想い人に「腫瘍」扱いされながらも、執拗に愛でられる屈辱と快感。

 

 端的に言って、変態の所業である。

 

「事案発生」

「S氏、目がヤバい」

「おまわりさんこっちです」

「裸はスルーでケモ耳(腫瘍)には発情すんのかよ!」

「S氏の性癖、深淵すぎる」

「先生が乙女になってるwww」

「後ろの灰(ルート)が空気で草」

 

 だが、猿渡の暴走は止まらない。

 

 彼は紅の腰を抱き寄せると、今度は臀部から生えた尻尾に顔を埋めた。

 

「次はこっちの腫瘍だ。……なんて大きさだ。根元はどうなっている? 脊椎と直結しているのか?」

「ひぃッ!? お、お尻は……やめっ……!」

「じっとしていろ! 触診だと言っているだろう!」

 

 猿渡の手が、紅の巫女服の袴の中に、ズルリと滑り込む。

 

「この腫瘍の根源ルートを確認する。粘膜との癒着があるかもしれん」

「ああっ、そこはダメェェェェェッ!!!」

 

 紅の絶叫が木霊する。

 

 そして、猿渡の手が「超えてはいけないライン」を越えようとした、その瞬間。

 

 プツン。

 

 本日二度目の、強制終了(BAN)

 

 画面は再び【しばらくお待ちください】の文字に覆われた。

 

 ……。

 

 …………。

 

 この下りあと何回やるんだろうか。

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