前回までのあらすじ:
猿渡の強引な触診と、紅(特級幻種)の「ケモ耳顕現」により、現場はカオスを極めた。
最終的に紅は、実家の老婆による遠隔説教を受け、黒塗りの高級車にて
嵐は去った。
だが、忘れてはならない。
台風の目が去っても、ここに残っているのは「災害そのもの」であるニート神と、マッドサイエンティストだということを。
■□■□
プツン、ザザッ……。
ダンジョンの闇に、電子音が響く。
暗転していた配信画面に、白いテロップが浮かび上がった。
【配信を再開します】
映像が戻る。
そこに映し出されたのは、いつも通りの薄暗い坑道と、いつも通り偉そうな顔をした白髪のニートだった。
「ククク……見たか人間ども。あの狐女、吾輩の圧倒的オーラに恐れをなして逃げ出したようだな」
ルートはカメラに向かって髪をかき上げた。
嘘である。
誰がどう見ても、実家のババアに怒られて連行された不良娘の図だった。
しかし、コメント欄の信者たちは優しい。
「おかえりー」
「死神ちゃん生きてた!」
「狐さん退場かー、惜しいキャラだった」
「S氏、無事?」
「枠復活助かる」
猿渡は、流れるコメントを一瞥もしない。
彼は冷徹に機材のステータスをチェックしていた。
「……チッ。同接が30%減少したか。やはり『ケモ耳』の集客効果は絶大だったな。紅先生をレギュラーにするべきだったか」
彼は本気で悔やんでいた。
幼馴染との別れを惜しんでいるのではない。「優良コンテンツ」を失ったことを嘆いているのだ。
この男の血は何色だ。たぶんヘックスコード#000000(黒)だろう。
「おい猿渡。腹が減ったぞ。さっきのカップ麺だけでは足りん」
ルートが不満げに声を上げる。
銀河最強の胃袋を持つ彼女にとって、あの程度の食事は前菜にもならない。
「静かになったと思ったらこれだ。……手持ちの食料は底をついた。そこら辺の苔でも舐めてろ」
「なんだと!? 死神に苔を食えというのか! 貴様、地獄に堕とすぞ!」
「あーはいはい。……ん?」
その時、猿渡の足が止まった。
カメラが、通路の脇にある「ある物体」を捉える。
湿った岩陰に、一本のキノコが生えていた。
だが、それはただのキノコではない。
赤、緑、青。
傘の部分が、まるで安物のゲーミングPCのように、激しく七色に点滅発光していたのである。
チカチカチカチカ……。
目に悪い。
生理的に「食うな」と警告している色だ。
だが、ニート神の感性は違った。
「おお……っ! 見ろ猿渡! 『ゲーミングキノコ』だ!」
ルートが目を輝かせて駆け寄る。
「見ろ、この主張の激しい輝き! コメント欄のスパチャと同じ色だ! 光るということは、つまりレア! SSR確定演出の味に違いない!」
違う。
自然界において、その色は「警告色」と言うんだ。
猿渡は冷静にカメラをズームした。
「……ほう。虹色麻痺茸か。中層以下に稀に自生する、強力な神経毒を持つ菌類だな」
彼は一瞬で毒キノコだと見抜いた。
さすが専門家だ。ならば、当然止めるだろう。
ルートが、よだれを垂らしてキノコに手を伸ばす。
「待て、ルート」
猿渡の鋭い声が飛んだ。
おお、やはり止めるか。
なんだかんだ言っても相棒だ。最低限の良心は――
「まだ食うな。カメラのホワイトバランスが合っていない」
前言撤回。
こいつに良心などない。あるのは探究心という名の狂気だけだ。
「えっ」
「止めるんじゃないの!?」
「S氏!?」
「それ絶対毒だって!」
「色がヤバいwww」
「実験台にする気満々で草」
猿渡はコメントの悲鳴を無視し、手帳を取り出してサラサラと何かを書き留めた。
「仮説:人外の代謝機能を持つ被験体において、神経毒が声帯機能に与える影響の観測。……よし」
猿渡は満足げに頷くと、カメラを「録画モード」にして、優しく告げた。
「いいぞ、食え」
「うむ! 貴様もたまには気が利くな!」
哀れなニート死神は、満面の笑みでゲーミングキノコをもぎ取った。
そして、大きく口を開ける。
「いただきまーす! ガブッ!」
ムシャァァァッ!!!
咀嚼音。
毒々しい蛍光色の汁が、口の端から滴り落ちる。
「んぐ、んぐ……ふぅ」
飲み込んだ。
躊躇なく、全部いった。
猿渡がズームする。
視聴者が固唾を飲んで見守る。
「……どうだ?」
猿渡の問いかけに、ルートはキョトンとした顔で首を傾げた。
「んー……なんだこれは。味がしないぞ?」
「味覚麻痺か?」
「いや、なんというか……舌の上でピリピリするというか……そう、例えるなら」
ルートは真顔で感想を述べた。
「9Vの四角い電池を舐めた味がする」
どんな味だ。
というかお前、電池舐めたことあるのか。
「なんだ、ハズレか。期待させておいて――」
ルートが肩をすくめた、その瞬間だった。
ビクンッ。
ルートの身体が跳ねた。
銀色の瞳が、キノコと同じようにRGBの高速点滅を始めた。
「あ、あれ……? な、なんだ……?」
ルートが喉を押さえる。
「お、おい……さわたり……? なんか、へんだぞ……?」
声が。
変わっている。
まるで扇風機の前で喋っているような、あるいは安っぽいオートチューンをかけたような、激しい電子音声になっていた。
「わ、わがはいの……こえが……ビリビリするぅ……!」
「素晴らしい……!」
猿渡が歓喜の声を上げた。
「毒素が神経系に作用し、声帯の振動数を強制的にデジタル変調させている! まさに天然のボイスチェンジャーだ!」
「わらってないで……たすけろ……! ウウウウウウウゥゥゥ……」
ルートが唸るだけで、空間が不協和音で震える。
完全にバグっている。
銀河最強の生体兵器が、毒キノコ一本でポンコツロボットみたいになってしまった。
だが、マッドサイエンティストの実験は終わらない。
「ルート、歌え」
「は……?」
「その状態で発声すれば、音程が自動補正されるはずだ。さっきの『赤いきつね』の歌を歌ってみろ」
「き、きさま……わがはいをオモチャに……!」
「この探索が終わったら特上寿司を奢ってやる」
「♪~~~~ッ!!」
買収完了。
チョロすぎる。
ルートはカメラに向かってポーズを決め、高らかに歌い出した。
「♪あか~いキツネと~ みどりのタヌキ~♪」
上手い。
無駄に上手い。
神経毒による強制ビブラートと、ピッチ補正がかかり、Perfumeも真っ青なテクノポップ調の名曲が爆誕していた。
暗いダンジョンに響き渡る、ケロケロボイスのCMソング。
点滅する瞳。
シュールだ。あまりにもシュールすぎる光景だが、ネット民には大ウケだった。
「クッソワロタwww」
「無駄に神曲」
「サイバーパンク死神ちゃん」
「¥1,000 治療費(ライブ代)」
「¥500 CD出してくれ」
「腹痛いwww」
「S氏の「実験成功」みたいな顔がムカつくw」
スパチャが飛び交う中、ルートは気持ちよくなったのか、二番まで歌い切った。
そして。
「ふぅ……どうだ……カンペキだろ……」
ドサッ。
歌い終わると同時に、ルートは糸が切れたように白目を剥いて倒れた。
猿渡は冷静に脈を測り、「うん、致死量ギリギリだな」と呟いて解毒ポーション(不味いやつ)を口にねじ込んだ。
■□■□
数十分後。
「オエェ……ひどい目にあった……」
復活したルートは、青ざめた顔でフラフラと歩いていた。
毒は抜けたようだが、プライドも一緒に抜けたらしい。
「二度と食わん。あんな電気ビリビリ茸……」
「いいデータが取れた。感謝する」
「貴様、あとで絶対一発殴るからな」
殺伐とした会話をしながら進む二人。
ふと、周囲の景色が変わったことに気づく。
これまでゴツゴツとした岩肌だった壁面が、滑らかな水晶のような質感に変化していた。
足元も、人工的に均されたかのように平坦になっている。
そして何より、空気が重い。
肌にまとわりつくような、濃密な魔素の気配。
猿渡が端末を確認する。
「……おい、ルート。通信状況はどうだ?」
「ん? どれどれ」
ルートが虚空にウィンドウを開く。
彼女の表情が、サッと凍りついた。
「……重い。動画の読み込みが止まったぞ。アンテナピクトが一本しか立っていない」
「やはりか。ここから先は『高濃度魔素領域』。電波が歪曲するエリアだ」
猿渡は前方の闇を睨み据えた。
ブツッ。ザザッ。
配信画面に、四角いノイズが走り始める。
音声が途切れがちになる。
「視聴者諸君。残念だが、ここからは通信が安定しない。我々はこれより、最深部ボスエリアへ突入する」
「圏外」。
現代っ子が最も恐れる、情報の真空地帯。
だが、ルートの反応は、単なる落胆ではなかった。
「……おい、猿渡。この空気感、間違いないぞ」
ルートが低く呟いた。
おちゃらけた雰囲気は消え、その銀色の瞳が鋭く細められる。
「この不快な電波障害……そして、この空間に満ちる『高純度のエネルギー』の波長。見覚えがある」
彼女は、あの日のことを思い出していた。
木星から地球へ降り立ったあの夜。
頑固な爺さん・源蔵から聞いた言葉を。
『祠をぶち壊して、その光る石を持って帰っちまったんじゃよ』
「……間違いない。この奥に、吾輩の祠から盗まれた『御神体(Wi-Fiパーツ)』がある」
ルートが、大鎌(飾り)を強く握りしめた。
彼女の全身から、冗談では済まされないレベルの殺気が立ち昇る。
「見つけたぞ……。吾輩の聖域を破壊し、パーツを盗み、あまつさえ今この瞬間、吾輩のアニメ録画予約を妨害している万死に値する愚か者が……」
彼女は闇の奥、深層への入り口を睨みつけた。
「そこにいるな? 泥棒熊」
猿渡は、隣に立つ相棒の背中を見て、ニヤリと笑った。
「目的は一致したようだな。僕もデータが欲しい。お前はパーツを取り返せ」
「ああ、言われなくともそうする。……教育の時間だ」
殺意の波動に目覚めたニートと、データを欲するマッドサイエンティスト。
ついに犯人の尻尾を掴んだ最悪のタッグが、最後の闇へと足を踏み入れる。
画面のノイズが激しくなる。
ルートの背中が、闇に溶けていく。
その直後。
配信は完全に途絶えた。
真っ暗になった画面の中央に、無慈悲なシステムメッセージだけが静かに浮かんでいた。