木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

14 / 31
誤字報告感謝


第十話 ゲーミングキノコは電気の味がする

前回までのあらすじ:

 

 猿渡の強引な触診と、紅(特級幻種)の「ケモ耳顕現」により、現場はカオスを極めた。

 

 最終的に紅は、実家の老婆ババサマによる遠隔説教を受け、黒塗りの高級車にて強制送還(ドナドナ)されていった。

 

 嵐は去った。

 

 だが、忘れてはならない。

 

 台風の目が去っても、ここに残っているのは「災害そのもの」であるニート神と、マッドサイエンティストだということを。

 

■□■□

 

 プツン、ザザッ……。

 

 ダンジョンの闇に、電子音が響く。

 

 暗転していた配信画面に、白いテロップが浮かび上がった。

 

 【配信を再開します】

 

 映像が戻る。

 

 そこに映し出されたのは、いつも通りの薄暗い坑道と、いつも通り偉そうな顔をした白髪のニートだった。

 

「ククク……見たか人間ども。あの狐女、吾輩の圧倒的オーラに恐れをなして逃げ出したようだな」

 

 ルートはカメラに向かって髪をかき上げた。

 

 嘘である。

 

 誰がどう見ても、実家のババアに怒られて連行された不良娘の図だった。

 

 しかし、コメント欄の信者たちは優しい。

 

「おかえりー」

「死神ちゃん生きてた!」

「狐さん退場かー、惜しいキャラだった」

「S氏、無事?」

「枠復活助かる」

 

 猿渡は、流れるコメントを一瞥もしない。

 

 彼は冷徹に機材のステータスをチェックしていた。

 

「……チッ。同接が30%減少したか。やはり『ケモ耳』の集客効果は絶大だったな。紅先生をレギュラーにするべきだったか」

 

 彼は本気で悔やんでいた。

 

 幼馴染との別れを惜しんでいるのではない。「優良コンテンツ」を失ったことを嘆いているのだ。

 

 この男の血は何色だ。たぶんヘックスコード#000000(黒)だろう。

 

「おい猿渡。腹が減ったぞ。さっきのカップ麺だけでは足りん」

 

 ルートが不満げに声を上げる。

 

 銀河最強の胃袋を持つ彼女にとって、あの程度の食事は前菜にもならない。

 

「静かになったと思ったらこれだ。……手持ちの食料は底をついた。そこら辺の苔でも舐めてろ」

「なんだと!? 死神に苔を食えというのか! 貴様、地獄に堕とすぞ!」

「あーはいはい。……ん?」

 

 その時、猿渡の足が止まった。

 

 カメラが、通路の脇にある「ある物体」を捉える。

 

 湿った岩陰に、一本のキノコが生えていた。

 

 だが、それはただのキノコではない。

 

 

 

 傘の部分が、まるで安物のゲーミングPCのように、激しく七色に点滅発光していたのである。

 

 チカチカチカチカ……。

 

 目に悪い。

 

 生理的に「食うな」と警告している色だ。

 

 だが、ニート神の感性は違った。

 

「おお……っ! 見ろ猿渡! 『ゲーミングキノコ』だ!」

 

 ルートが目を輝かせて駆け寄る。

 

「見ろ、この主張の激しい輝き! コメント欄のスパチャと同じ色だ! 光るということは、つまりレア! SSR確定演出の味に違いない!」

 

 違う。

 

 自然界において、その色は「警告色」と言うんだ。

 

 猿渡は冷静にカメラをズームした。

 

「……ほう。虹色麻痺茸レインボー・パラライザーか。中層以下に稀に自生する、強力な神経毒を持つ菌類だな」

 

 彼は一瞬で毒キノコだと見抜いた。

 

 さすが専門家だ。ならば、当然止めるだろう。

 

 ルートが、よだれを垂らしてキノコに手を伸ばす。

 

「待て、ルート」

 

 猿渡の鋭い声が飛んだ。

 

 おお、やはり止めるか。

 

 なんだかんだ言っても相棒だ。最低限の良心は――

 

「まだ食うな。カメラのホワイトバランスが合っていない」

 

 前言撤回。

 

 こいつに良心などない。あるのは探究心という名の狂気だけだ。

 

「えっ」

「止めるんじゃないの!?」

「S氏!?」

「それ絶対毒だって!」

「色がヤバいwww」

「実験台にする気満々で草」

 

 猿渡はコメントの悲鳴を無視し、手帳を取り出してサラサラと何かを書き留めた。

 

「仮説:人外の代謝機能を持つ被験体において、神経毒が声帯機能に与える影響の観測。……よし」

 

 猿渡は満足げに頷くと、カメラを「録画モード」にして、優しく告げた。

 

「いいぞ、食え」

「うむ! 貴様もたまには気が利くな!」

 

 哀れなニート死神は、満面の笑みでゲーミングキノコをもぎ取った。

 

 そして、大きく口を開ける。

 

「いただきまーす! ガブッ!」

 

 ムシャァァァッ!!!

 

 咀嚼音。

 

 毒々しい蛍光色の汁が、口の端から滴り落ちる。

 

「んぐ、んぐ……ふぅ」

 

 飲み込んだ。

 

 躊躇なく、全部いった。

 

 猿渡がズームする。

 

 視聴者が固唾を飲んで見守る。

 

「……どうだ?」

 

 猿渡の問いかけに、ルートはキョトンとした顔で首を傾げた。

 

「んー……なんだこれは。味がしないぞ?」

「味覚麻痺か?」

「いや、なんというか……舌の上でピリピリするというか……そう、例えるなら」

 

 ルートは真顔で感想を述べた。

 

「9Vの四角い電池を舐めた味がする」

 

 どんな味だ。

 

 というかお前、電池舐めたことあるのか。

 

「なんだ、ハズレか。期待させておいて――」

 

 ルートが肩をすくめた、その瞬間だった。

 

 ビクンッ。

 

 ルートの身体が跳ねた。

 

 銀色の瞳が、キノコと同じようにRGBの高速点滅を始めた。

 

「あ、あれ……? な、なんだ……?」

 

 ルートが喉を押さえる。

 

お、おい……さわたり……? なんか、へんだぞ……?

 

 声が。

 

 変わっている。

 

 まるで扇風機の前で喋っているような、あるいは安っぽいオートチューンをかけたような、激しい電子音声になっていた。

 

わ、わがはいの……こえが……ビリビリするぅ……!

「素晴らしい……!」

 

 猿渡が歓喜の声を上げた。

 

「毒素が神経系に作用し、声帯の振動数を強制的にデジタル変調させている! まさに天然のボイスチェンジャーだ!」

わらってないで……たすけろ……! ウウウウウウウゥゥゥ……

 

 ルートが唸るだけで、空間が不協和音で震える。

 

 完全にバグっている。

 

 銀河最強の生体兵器が、毒キノコ一本でポンコツロボットみたいになってしまった。

 

 だが、マッドサイエンティストの実験は終わらない。

 

「ルート、歌え」

は……?

 

「その状態で発声すれば、音程が自動補正されるはずだ。さっきの『赤いきつね』の歌を歌ってみろ」

き、きさま……わがはいをオモチャに……!

 

「この探索が終わったら特上寿司を奢ってやる」

♪~~~~ッ!!

 

 買収完了。

 

 チョロすぎる。

 

 ルートはカメラに向かってポーズを決め、高らかに歌い出した。

 

♪あか~いキツネと~ みどりのタヌキ~♪

 

 上手い。

 

 無駄に上手い。

 

 神経毒による強制ビブラートと、ピッチ補正がかかり、Perfumeも真っ青なテクノポップ調の名曲が爆誕していた。

 

 暗いダンジョンに響き渡る、ケロケロボイスのCMソング。

 

 点滅する瞳。

 

 シュールだ。あまりにもシュールすぎる光景だが、ネット民には大ウケだった。

 

「クッソワロタwww」

「無駄に神曲」

「サイバーパンク死神ちゃん」

「¥1,000 治療費(ライブ代)」

「¥500 CD出してくれ」

「腹痛いwww」

「S氏の「実験成功」みたいな顔がムカつくw」

 

 スパチャが飛び交う中、ルートは気持ちよくなったのか、二番まで歌い切った。

 

 そして。

 

ふぅ……どうだ……カンペキだろ……

 

 ドサッ。

 

 歌い終わると同時に、ルートは糸が切れたように白目を剥いて倒れた。

 

 猿渡は冷静に脈を測り、「うん、致死量ギリギリだな」と呟いて解毒ポーション(不味いやつ)を口にねじ込んだ。

 

■□■□

 

 数十分後。

 

「オエェ……ひどい目にあった……」

 

 復活したルートは、青ざめた顔でフラフラと歩いていた。

 

 毒は抜けたようだが、プライドも一緒に抜けたらしい。

 

「二度と食わん。あんな電気ビリビリ茸……」

「いいデータが取れた。感謝する」

「貴様、あとで絶対一発殴るからな」

 

 殺伐とした会話をしながら進む二人。

 

 ふと、周囲の景色が変わったことに気づく。

 

 これまでゴツゴツとした岩肌だった壁面が、滑らかな水晶のような質感に変化していた。

 

 足元も、人工的に均されたかのように平坦になっている。

 

 そして何より、空気が重い。

 

 肌にまとわりつくような、濃密な魔素の気配。

 

 猿渡が端末を確認する。

 

「……おい、ルート。通信状況はどうだ?」

「ん? どれどれ」

 

 ルートが虚空にウィンドウを開く。

 

 彼女の表情が、サッと凍りついた。

 

「……重い。動画の読み込みが止まったぞ。アンテナピクトが一本しか立っていない」

「やはりか。ここから先は『高濃度魔素領域』。電波が歪曲するエリアだ」

 

 猿渡は前方の闇を睨み据えた。

 

 ブツッ。ザザッ。

 

 配信画面に、四角いノイズが走り始める。

 

 音声が途切れがちになる。

 

「視聴者諸君。残念だが、ここからは通信が安定しない。我々はこれより、最深部ボスエリアへ突入する」

 

圏外デッドゾーン」。

 

 現代っ子が最も恐れる、情報の真空地帯。

 

 だが、ルートの反応は、単なる落胆ではなかった。

 

「……おい、猿渡。この空気感、間違いないぞ」

 

 ルートが低く呟いた。

 

 おちゃらけた雰囲気は消え、その銀色の瞳が鋭く細められる。

 

「この不快な電波障害……そして、この空間に満ちる『高純度のエネルギー』の波長。見覚えがある」

 

 彼女は、あの日のことを思い出していた。

 

 木星から地球へ降り立ったあの夜。

 

 頑固な爺さん・源蔵から聞いた言葉を。

 

『祠をぶち壊して、その光る石を持って帰っちまったんじゃよ』

 

「……間違いない。この奥に、吾輩の祠から盗まれた『御神体(Wi-Fiパーツ)』がある」

 

 ルートが、大鎌(飾り)を強く握りしめた。

 

 彼女の全身から、冗談では済まされないレベルの殺気が立ち昇る。

 

「見つけたぞ……。吾輩の聖域を破壊し、パーツを盗み、あまつさえ今この瞬間、吾輩のアニメ録画予約を妨害している万死に値する愚か者が……」

 

 彼女は闇の奥、深層への入り口を睨みつけた。

 

「そこにいるな? 泥棒熊」

 

 猿渡は、隣に立つ相棒の背中を見て、ニヤリと笑った。

 

「目的は一致したようだな。僕もデータが欲しい。お前はパーツを取り返せ」

「ああ、言われなくともそうする。……教育の時間だ」

 

 殺意の波動に目覚めたニートと、データを欲するマッドサイエンティスト。

 

 ついに犯人の尻尾を掴んだ最悪のタッグが、最後の闇へと足を踏み入れる。

 

 画面のノイズが激しくなる。

 

 ルートの背中が、闇に溶けていく。

 

 その直後。

 

 配信は完全に途絶えた。

 

 真っ暗になった画面の中央に、無慈悲なシステムメッセージだけが静かに浮かんでいた。

 

Connection Lost

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。