木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第十一話 ゲーミング・クリスタル・ドラゴン

前回のあらすじ:

 

 最強のニート神・ルートと、変態学者・猿渡の凸凹コンビは、ついにダンジョンの最深部へと足を踏み入れた。

 

 だが、そこは現代っ子が最も恐れる場所――圏外オフラインだった。

 

 ちなみに、私の胃薬の在庫はゼロだ。

 

 誰か、笑ってないで救援物資を送ってくれ。これから始まるのは、通信の途絶えた世界で繰り広げられる、誰のためにもならない戦いの記録なのだから。

 

■□■□

 

Connection Lost

 

 配信端末の画面には、無慈悲な白文字だけが静止していた。

 

 つい先刻まで滝のように流れていたコメントも、耳障りなスパチャの通知音も、全てが消え失せた。

 

 残されたのは、ダンジョンの重苦しい静寂と、湿った空気だけ。

 

「……やはりか。完全な『圏外デッドゾーン』だ」

 

 猿渡恭介は、死んだ画面を見つめて淡々と呟いた。

 

 彼は舌打ち一つせず、慣れた手つきで機材のスイッチを切り替えていく。

 

「チッ、同接の収益が途絶えたな。ここからはタダ働きか」

 

 嘘をつけ。お前の目は笑っているぞ。

 

 「視聴者」というノイズが消え、心置きなく目の前の「実験体」に集中できると、そう顔に書いてある。

 

「いいかルート。ここからはオフラインだ。誰も見ていないし、誰も助けに来ない」

 

 猿渡は、カメラの設定を『高画質ローカル録画・データ保存モード』に変更した。

 

「だが、データは残す。死ぬなよ、被写体。お前の死に様をクラウドに上げるまではな」

「……む? おい猿渡、信者どもの声が動かんぞ? 壊れたか?」

 

 ルートが端末をバンバンと叩いている。昭和のテレビじゃないんだから、叩いても直らないぞ。

 

「仕様だと言っただろう。電波がない」

「ム……張り合いがないな。吾輩の美しさをリアルタイムで崇める者がいないとは」

 

 ルートは少し寂しげに唇を尖らせた。

 

 承認欲求モンスターめ。お前のモチベーションはすべて「ちやほやされたい」という一点のみか。

 

 だが、そこは腐っても(元)銀河の支配者。

 

 ルートはすぐにフンと鼻を鳴らし、髪をかき上げた。

 

「まあよい。真の神に観客など不要……だが猿渡、ちゃんと撮れよ? 後でアップロードする用にな? 絶対だぞ? 吾輩のキメ顔、撮り逃したら給料カットだからな?」

「はいはい。さっさと進め」

 

 カメラを意識してチラチラとレンズを見るその姿は、完全に「自撮りに命をかけるインスタグラマー」のそれだった。

 

■□■□

 

 通路を抜けた先には、息を呑むような光景が広がっていた。

 

 巨大なドーム状の空間。

 

 地面も、壁も、天井も。視界の全てが鋭利な水晶で覆われている。

 

 わずかな光を乱反射させ、虹色に煌めくその場所は、まさに「美しき墓場」と呼ぶに相応しい。

 

「おお……! 綺麗だな! まるで課金ガチャの確定演出のようだ!」

「感性が終わってるな」

 

 感動しつつ奥へ進むと、ルートの足が止まった。

 

「む。あれは……」

 

 水晶の柱の陰に、何かがある。

 

 ルートが探していた「泥棒熊」――マッド・グリズリーの変異種だ。

 

 だが。

 

 それはもはや、熊の形をしていなかった。

 

「…………」

 

 水晶に半ば埋まり、融解しかけた肉塊。

 

 鋼鉄よりも硬いと言われるマッド・グリズリーの体毛や骨格が、まるで飴細工のように溶かされ、水晶と同化している。

 

 明らかに「捕食」された跡だった。

 

「Cランク上位の熊が……餌扱いか。生態系のランクが違う」

 

 猿渡の声が、初めて戦慄を帯びた。

 

 熊をゴミのように粉砕したルートも、さすがに眉をひそめる。

 

「ふむ。誰かが先に食べたようだな。食べ残しは感心せんぞ」

 

 そこかよ。

 

 「可哀想」とか「怖い」とかないのか。食育の話をしている場合ではないぞ。

 

 その時だった。

 

 ズズズズズズズズズズ…………

 

 空間全体が震えた。

 

 ルートたちの目の前にあった、巨大な水晶の柱。

 

 そう思っていた「景色」の一部が、ゆっくりと動き出したのだ。

 

 バキキキキキッ!!

 

 光学迷彩(カモフラージュ )が解かれる音。

 

 空間から染み出すように姿を現したのは、全身を鏡のようなクリスタル装甲で覆った、巨大なトカゲ――いや、ドラゴンだった。

 

 結晶捕食者クリスタル・イーター・変異種。

 

 全長二十メートル。

 

 その圧倒的な威容は、まさにこの深層の王。その圧倒的な威容は、まさにこの深層の王。 ようやくまともなファンタジー展開だ。これなら私も語り部として仕事がしやす――

 

 しかし、ルートの視線はボスの顔には向いていなかった。

 

 彼女の銀色の瞳が釘付けになったのは、ボスの胸部。

 

 そこに埋め込まれている、拳大のクリスタルだ。

 

「あっ」

 

 ルートが声を上げた。

 

「あった! 吾輩の祠から盗まれた『御神体』!」

 

 間違いない。

 

 あれこそが、彼女が探し求めていたWi-Fi中継用パーツ。

 

 だが、様子がおかしい。

 

 ボスの膨大な魔力がクリスタルに流れ込み、制御を失って暴走しているのだ。

 

 その結果、クリスタルは激しく明滅していた。

 

、消灯。

、消灯。

、消灯。

 

RGB RGB RGB……!!

 

 凄まじい速度でチカチカと輝くその光は、深層の神秘的な雰囲気をぶち壊す、あまりにも人工的で下品な輝きだった。秋葉原の裏通りでも、もう少しマシなネオンを使っているぞ。

 

 いや、それは秋葉原の裏通りに失礼か。

 

 それを見た瞬間。

 

 ルートの中で、何かが切れた。

 

「…………は?」

 

 低い声。

 

 嵐の前の静けさ。

 

「ああっ!? 吾輩の神聖なWi-Fiパーツが! なんだその下品な配色はァ!!」

 

 ルートが地団駄を踏んで激昂した。

 

安物のゲーミングPCか貴様は!!

 

 怒るポイントがそこかよ。世界の危機とか、生態系の破壊とか、怒るべきことは山ほどあるだろうに。なぜ色彩設計にキレる。

 

「光ればいいと思っているのか! 性能に関係ない無駄なLED装飾! センスがないにも程がある! 中華製の格安キーボードでももっとマシな光り方をするぞ!!」

「いや、そこじゃないだろ」

 

 猿渡のツッコミも虚しく、ルートは大鎌を振りかぶった。ダメだ、この神に美的センスの話をさせてはいけない。

 

「許さん! そのふざけた色彩感覚、吾輩が直々に教育フォーマットしてやる!」

 

 ルートが地面を蹴る。

 

 スーパーヒーロー着地からの、ダッシュ。

 

 速い。カメラですら捉えきれない速度で懐に飛び込み、必殺の大鎌を一閃させる。

 

「砕けろ、ゲーミングトカゲ!!」

 

 ガキンッ!!!!

 

 盛大な金属音が響き渡った。

 

「……ん?」

 

 ルートの手が痺れている。

 

 鎌の刃は、ボスのクリスタル装甲に弾かれ、傷一つつけられていなかった。

 

 読者諸君、思い出してほしい。

 

 彼女が持っているそのカッコイイ鎌。

 

 それはナノマシンで生成された「コスプレ用アイテム(飾り)」であり、切れ味など最初から存在しないことを。学習能力ゼロか。

 

「な、なぜだ!? 吾輩の死神ごっこが通じない!?」

「そりゃそうだバカ! お前の鎌はプラスチックみたいなもんだ!」

 

 猿渡が叫ぶのと同時に、ボスが咆哮した。

 

 ギャオオオオオオオオオオッ!!!

 

 ボスの胸にあるゲーミングクリスタルが、激しいストロボ発光を始めた。

 

 空間に満ちた魔素が帯電し、バチバチと火花を散らす。

 

 ドォォォンッ!!

 

 全方位への放電攻撃。

 

 EMP(電磁パルス)付きの雷撃が、エリア全体を焼き尽くす。

 

「しまっ――」

 

 猿渡が慌てて機材を庇う。

 

 だが、遅かった。

 

 バチッ! プスン……。

 

 手元の高額な計測機器から、嫌な煙が立ち昇る。

 

「ああっ! 僕のスペクトル解析機が! カメラのセンサーが! 締めて二百万円が!!」

 

 猿渡の悲鳴。命よりも機材を心配するその姿勢、ある意味プロフェッショナルだが、今は逃げろ。

 

 そして、直撃を受けたルートは――。

 

「うおっ、ビリビリするぞ!?」

 

 無傷だった。

 

 さすが最強の生体兵器。雷撃程度ではダメージが入らない。

 

 しかし、無傷だったのは「肉体」だけだ。

 

 ボワッ。

 

 静電気の爆発により、ルートのサラサラだった美しい銀髪が、一瞬にして膨張した。

 

 まん丸に。

 

 まるで綿菓子のように。

 

 見事なボンバーヘッド(アフロ)へと変貌を遂げていた。

 

「ん? なんだか頭がスースーするぞ? 猿渡、どうしたその顔は。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

 

 ルートは気づいていない。

 

 自分が今、死神のローブを着たアフロヘアーという、ギャグ漫画の住人になっていることに。

 

 いや、それは元からか。

 

■□■□

 

「まずい、EMPは電子機器の天敵だ! 映像が飛ぶ! データが破損する!」

 

 猿渡は即座に岩陰へと退避した。

 

 この状況で優先すべきは命ではない。SDカードの中身だ。こいつも大概狂っている。

 

「ええい、鬱陶しいピカピカトカゲめ! ならば魔法で黒焼きにしてくれる!」

 

 アフロ死神様は、ビシッと手を突き出し、詠唱を開始した。

 

 銀河を焦がす恒星級の炎魔法。

 

 それが放たれれば、ボスどころかダンジョンごと蒸発するはずだった。

 

「消えろ! 恒星フレアプロミネンス!」

 

 ……シーン。

 

「ボシュッ」と、ライターの種火のような小さな煙が出ただけだった。

 

「……は?」

 

 ルートが自分の手を見つめる。

 

「なっ……!? 出ない!? 魔法が出ないぞ!?」

「周りを見ろ! あのトカゲが魔素を吸っている!」

 

 猿渡が岩陰から叫んだ。

 

 そう、このボスの名は「結晶捕食者」。

 

 空間内の魔素(マナ)を食らい尽くし、自らのエネルギーへと変換する特性を持っているのだ。

 

 つまりここは、魔法使いにとっての「酸素のない部屋」。

 

 しかし、ルートの解釈は違った。

 

「なっ……!? 魔素が薄いだと!? 回線が重いということか!?」

 

 彼女にとって魔力とはWi-Fiの強度と同じ概念らしい。小学校の理科からやり直してこい。

 

「まさか……通信制限か!? まだ月半ばだぞ!? ギガが足りないというのかーッ!!」

 

 違う。そうじゃない。世界の法則をスマホの契約プランで理解しようとするな。

 

 だがパニックになったニートに理屈は通じない。

 

「駄犬! 撤退だ! 相性が悪すぎる!」

 

 猿渡が叫ぶ。

 

「武器は通じない、魔法は封じられた、おまけに機材も壊れそうだ! コスパが悪すぎる! 一度引いて対策を練るぞ!」

 

 賢明な判断だ。

 

 どんな優秀な指揮官でも、ここでは撤退を選ぶだろう。私も帰りたい。今すぐ帰りたい。

 

 だが。

 

「断る」

 

 アフロ頭の死神は、仁王立ちのまま即答した。

 

「はぁ!? 死ぬ気か!?」

「猿渡、貴様には知らせていなかったのだが、実は……」

 

 ルートは、チカチカ光るボスの胸元を睨み据え、静かに告げた。その表情は真剣そのものだが、頭はアフロだ。緊張感が迷子になっている。

 

「今夜24時から『異世界転生したら自動販売機だった』の最終回特番があるのだ」

「…………は?」

 

 猿渡が絶句する。私も絶句した。

 

 そもそも転生して自販機だったとはどういうことだ。デカマクラトンか。

 

「あれがないと、録画予約が間に合わん。リアルタイム視聴もできん」

 

 ルートは、折れかけた鎌を構え直した。

 

「今ここでWi-Fiを取り返さないと、吾輩の推しが……自動販売機としての生涯を終える瞬間を見届けられないのだ!」

「知るかバカ!!」

 

 猿渡の魂のツッコミが木霊する。同感だ。 人類の存亡よりも、自動販売機のアニメを優先する。 これが神の思考回路か。ニーチェも裸足で逃げ出す虚無だ。

 

 だが、ルートは止まらない。

 

「行くぞゲーミングトカゲ! 吾輩の推し活を邪魔する奴は、神罰覿面だ!」

 

 ドンッ!

 

 ルートが地面を踏み抜いた。魔法が使えないなら物理で殴ればいい。 脳筋理論の極致である。

 

 ボスもまた、眼前の小さな敵に対して最大の敵意を向けた。

 

 振り上げられる巨大な水晶の爪。

 

 迎え撃つ、ナノマシン製の飾り鎌。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 激突。

 

 ドガァァァァァァァンッ!!!!

 

 衝撃波が水晶を砕き、破片がダイヤモンドダストのように舞い散る。

 

 力と力。

 

 質量と質量。

 

 一瞬の拮抗。

 

 だが、悲しいかな。材質の差は、気合や推しへの愛では埋まらなかった。

 

 静寂の中、不吉な音が響く。

 

 ピキッ……

 

 ルートの目が見開かれる。

 

 彼女の愛用する「死神の大鎌」の刃に、致命的な亀裂が走っていた。

 

 あーあ。言わんこっちゃない。

 

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