前回のあらすじ:
最深部ボス「結晶捕食者」の放電攻撃を食らったルートは、無傷だったものの、その銀髪が見事なボンバーヘッド(アフロ)へと変貌した。
そして、唯一の武器である「死神の大鎌(飾り)」に、不吉な亀裂が入ったところである。
私の胃薬? もうない。諦めた。
誰か、この茶番劇を終わらせる核スイッチを持ってきてくれ。
■□■□
ピキッ……
戦場にあるまじき、乾いた音が響いた。
ルートの手元にある大鎌の刃に、稲妻のような亀裂が走っている。
誰がどう見ても「限界」だ。これ以上振れば砕け散る。物理法則は、ニートの妄想には忖度してくれない。
しかし、この銀河最強のバカ神は、冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑顔で言い放った。
「ふ、ふむ……。これは『模様』だな。そう、戦いの高揚感に合わせて武器が進化する、いわゆる第二形態へのアップデート演出だ。間違いない」
「現実を見ろ、ポンコツ」
猿渡の冷静なツッコミは、轟音にかき消された。
目の前の巨大なトカゲ(ボス)が、言い訳タイムを待ってくれるはずもない。
ギガガガガガガガガガ…………
ボスの喉奥が、禍々しい深紅に発光した。
臨界点突破。熱線攻撃の予兆だ。
「ぬっ!? まずい、避け――」
ドォォォォンッ!!!
ルートが反応するより早く、極太の熱線が炸裂した。
直撃ではない。だが、着弾した地面が爆発し、その衝撃波がルートを真上に吹き飛ばした。
「熱っ!? 頭が焦げるぅ!?」
宙を舞う死神(アフロ)。
彼女はそのまま、天井の岩盤に頭から激突し――。
ボヨンッ!!!
凄まじい弾力でバウンドした。
静電気で膨張した髪の毛が、高性能なエアバッグの役割を果たしたのだ。
「おおっ!? なんだこのクッション性は!?」
感動している場合か。
その頭は飾りか。いや、今は物理的に飾り(アフロ)になっているが。
■□■□
「走れ馬鹿! 次が来るぞ!」
猿渡が、地面に落ちてきたルートの襟首を掴んで走り出した。
彼の手にはしっかりと、無事だった予備のカメラと記録メディアが握られている。
ズガガガガガガガガガッ!!!
背後から、雨のようなクリスタル弾幕が降り注ぐ。
岩盤が砕け、粉塵が舞う。
二人は命からがら、崩落した巨大な水晶柱の残骸の陰へと滑り込んだ。
「はぁ、はぁ……! おい猿渡! 酷い目にあったぞ! 吾輩のセットしたての髪型が崩れるではないか!」
ルートは煤だらけの顔で抗議した。頭は依然として球体のままだ。
猿渡は荒い息を整えながら、ルートの全身――特にその頭部を一瞥し、冷徹に告げた。
「……チッ。ダメだ。撤収する」
「は?」
「まず、その頭じゃ絵にならん。画面の8割が白飛びしている」
猿渡は、無言で懐から手鏡を取り出し、ルートの顔前に突きつけた。
鏡の中に映っていたのは、死神ではない。
黒いローブを着て、巨大な綿菓子を被った「何か」だった。
ルートは数秒間、瞬きもせずにその姿を凝視し、そして真顔で言った。
「……違う。これは『一時的な魔力膨張』だ。決して、ドリフの爆発コントではない」
「よし、現状認識はできたな。じゃあ帰るぞ」
猿渡はルートの言い訳を無視し、流れるような動作でその襟首を掴み、出口の方へと引きずり始めた。
ためらいは一切ない。これ以上ここにいても、「カッコイイ映像」も「生態データ」も撮れないと判断したのだ。損切りの早さは一流のデイトレーダー並みである。
だが、このニートの執念を甘く見てはいけない。
「い、嫌だァァァッ!! 離せ! 吾輩は帰らんぞ!」
ルートが、猿渡の足にしがみついた。
「言ったろう! 今夜に『自販機』の最終回特番があるのだ! あれの録画予約をするまでは! たとえアフロになろうとも、ここから一歩も動かんぞ!」
「知るか! 家に帰って再放送でも見ろ!」
「再放送では実況スレの勢いについていけんのだァァァッ!」
醜い。
Wi-Fiのコアパーツをかけた戦いとは思えない、あまりにも低レベルな争いが繰り広げられている。
いや、そもそもこの戦いの目的そのものも低レベルか。
その時だった。
ふと、外の爆撃音が止んだ。
「……?」
猿渡が不審に思い、動きを止める。
彼は警戒しつつ、岩の隙間からそっと外を覗いた。
ルートも、「む?」と横から巨大なアフロを覗かせた。
まだ空間には土煙が充満しており、視界は悪い。
だが、上空の裂け目から差し込んだ光が、ちょうど岩陰から顔を出したルートの頭部を照らし出した。
逆光の中、浮かび上がる完全な球体のシルエット。
その完璧なまでの丸さを、ボスが視認した、その瞬間だった。
ピタッ。
ボスの動きが凍りついた。
威嚇のために開かれかけていた顎が、半開きのまま止まる。
そして。
深紅に輝いていたボスの全身のクリスタルが、急速に色を変え始めた。
ピンク。
マゼンタ。
パステルピンク。
禍々しい赤色は消え失せ、まるで原宿のわたあめ屋のような、ファンシーでラブリーな色彩が明滅を始めたのだ。
ピロ……ピロピロピロ……♡
唸り声ではない。
それは、明らかに媚びを含んだ、甘ったるい電子音だった。
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「……は?」
ルートがぽかんと口を開ける。
一方、猿渡の眼鏡の奥が、鋭く光った。
「……なるほど。そういうことか」
「おい猿渡。あいつ、なんか色がキモいぞ。ゲーミングPCの発光パターンが変わったのか?」
「違う。……あれは、求愛行動だ」
猿渡の声は、戦慄と、そして隠しきれない「探究心」に震えていた。
「さっきの目潰しが晴れて、逆光の中に浮かんだお前のアフロ……。あれが、奴には『飾り羽を最大まで広げた求愛ポーズ』に見えたんだ」
孔雀が羽を広げるように。
ライオンがたてがみを誇示するように。
このダンジョンにおいて、アフロ(球体)とは、強さと魅力をアピールする最大の性的シンボルだったのだ。……眼科へ行けトカゲ。
「……はぁ!? な、何を言っている! 吾輩は死神だぞ!? トカゲに求婚される謂れはない!」
「黙れ。これは千載一遇のチャンスだ」
猿渡は、先程までの「撤退」の意思をかなぐり捨て、再びカメラを構え直した。
「撤回する。撮影続行だ」
「なっ!?」
「誘え、ルート。種族を超えた愛の営みを記録する。あわよくば押し倒されろ。その貴重なデータがあれば、学会で伝説になれる」
鬼か。
いや、マッドサイエンティストに人の心を求めた私が間違いだった。こいつの中には「データ」と「ゴミ」の二種類の概念しか存在しない。
「断る! 絶対に断る! 誰がトカゲの嫁になるか! 生理的に無理だァァァッ!」
ルートが絶叫して逃げ出そうとする。
だが、もう遅い。
アフロという名の「
ピロリロリーンッ!!!♡
ボスが、興奮のあまり虹色に発光しながら突っ込んできた。
殺意ではない。
圧倒的な「愛(物理)」のタックルである。
「ひぃぃぃッ!? 来るな! 寄るな! 吾輩の貞操が危ない!」
「逃げるな! 受け入れろ! カメラのアングルがずれる!」
岩場を逃げ回るアフロと、それを追いかけるゲーミングドラゴン。そしてそれを追いかける変態カメラマン。
地獄絵図である。私の語彙力では、この光景の愚かさを表現しきれない。
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追いかけっこは数分続いた。
ボスの興奮は頂点に達し、胸部のクリスタル――Wi-Fiのパーツであり、ボスの心臓部(弱点)でもある部分が、激しく脈動して装甲の外へと剥き出しになった。
まさに、心を開いた状態。
いわゆる「婚姻色」による無防備化だ。
「ルート! 今だ!」
猿渡が叫んだ。
「相手は愛に溺れて隙だらけだ! その愛を叩き込め!」
「言われなくともぉぉぉッ!!」
ルートは涙目で踏み止まった。
もう限界だ。これ以上追い回されたら、精神が崩壊する。
彼女は背中の大鎌を構えた。亀裂のことなど忘れている。
「死ねぇぇぇッ! 変態トカゲ! 吾輩の録画予約を返せェェェェ!!」
ルートは、全身全霊の力を込めて、剥き出しのクリスタルへと鎌を振り下ろした。
神の一撃。
それが直撃すれば、ボスの愛ごと粉砕できるはずだった。
しかし。
神様は残酷だ。いや、こいつ自身が神なのだが、物理法則という神はもっと残酷だった。
インパクトの瞬間。
ガシャァァァァンッ!!!!
盛大な破壊音が、ダンジョンに木霊した。
ボスが砕けた音ではない。
ルートの手の中で、限界を迎えていた「死神の大鎌」の刃が、粉々に砕け散った音だった。
キラキラと舞い散る、刃の破片。
それはまるで、叶わぬ恋の終わりを告げるダイヤモンドダストのように美しく――そして滑稽だった。
ルートの手元に残ったのは、無惨な「棒切れ」だけ。
「…………あ」
ルートの動きが止まる。
目の前には、愛の告白(物理攻撃)を受け止めてもらえると思って目を閉じていたボスの、巨大な顔。
その距離、わずか数十センチ。
ボスが薄目を開ける。
そこには、「あれ?
静寂。
猿渡が、カメラを下ろしてボソリと呟いた。
「……あーあ。フラれたな」
「他人事のように言うなぁぁぁッ!!!」
ルートの絶叫が響き渡る。
武器ロスト。
貞操の危機継続。
そして、私の胃薬在庫ゼロ。
ナレーションとして言わせてもらおう。