木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第十二話 求愛信号がピンク色ってのは常識ですよね

前回のあらすじ:

 

 最深部ボス「結晶捕食者」の放電攻撃を食らったルートは、無傷だったものの、その銀髪が見事なボンバーヘッド(アフロ)へと変貌した。

 

 そして、唯一の武器である「死神の大鎌(飾り)」に、不吉な亀裂が入ったところである。

 

 私の胃薬? もうない。諦めた。

 

 誰か、この茶番劇を終わらせる核スイッチを持ってきてくれ。

 

■□■□

 

 ピキッ……

 

 戦場にあるまじき、乾いた音が響いた。

 

 ルートの手元にある大鎌の刃に、稲妻のような亀裂が走っている。

 

 誰がどう見ても「限界」だ。これ以上振れば砕け散る。物理法則は、ニートの妄想には忖度してくれない。

 

 しかし、この銀河最強のバカ神は、冷や汗をダラダラと流しながら、引きつった笑顔で言い放った。

 

「ふ、ふむ……。これは『模様』だな。そう、戦いの高揚感に合わせて武器が進化する、いわゆる第二形態へのアップデート演出だ。間違いない」

「現実を見ろ、ポンコツ」

 

 猿渡の冷静なツッコミは、轟音にかき消された。

 

 目の前の巨大なトカゲ(ボス)が、言い訳タイムを待ってくれるはずもない。

 

 ギガガガガガガガガガ…………

 

 ボスの喉奥が、禍々しい深紅に発光した。

 

 臨界点突破。熱線攻撃の予兆だ。

 

「ぬっ!? まずい、避け――」

 

 ドォォォォンッ!!!

 

 ルートが反応するより早く、極太の熱線が炸裂した。

 

 直撃ではない。だが、着弾した地面が爆発し、その衝撃波がルートを真上に吹き飛ばした。

 

「熱っ!? 頭が焦げるぅ!?」

 

 宙を舞う死神(アフロ)。

 

 彼女はそのまま、天井の岩盤に頭から激突し――。

 

 ボヨンッ!!!

 

 凄まじい弾力でバウンドした。

 

 静電気で膨張した髪の毛が、高性能なエアバッグの役割を果たしたのだ。

 

「おおっ!? なんだこのクッション性は!?」

 

 感動している場合か。

 

 その頭は飾りか。いや、今は物理的に飾り(アフロ)になっているが。

 

■□■□

 

「走れ馬鹿! 次が来るぞ!」

 

 猿渡が、地面に落ちてきたルートの襟首を掴んで走り出した。

 

 彼の手にはしっかりと、無事だった予備のカメラと記録メディアが握られている。

 

 相棒(ルート)の命よりも、データの保全が優先されているのが清々しいほどクズだ。

 

 ズガガガガガガガガガッ!!!

 

 背後から、雨のようなクリスタル弾幕が降り注ぐ。

 

 岩盤が砕け、粉塵が舞う。

 

 二人は命からがら、崩落した巨大な水晶柱の残骸の陰へと滑り込んだ。

 

「はぁ、はぁ……! おい猿渡! 酷い目にあったぞ! 吾輩のセットしたての髪型が崩れるではないか!」

 

 ルートは煤だらけの顔で抗議した。頭は依然として球体のままだ。

 

 猿渡は荒い息を整えながら、ルートの全身――特にその頭部を一瞥し、冷徹に告げた。

 

「……チッ。ダメだ。撤収する」

「は?」

「まず、その頭じゃ絵にならん。画面の8割が白飛びしている」

 

 猿渡は、無言で懐から手鏡を取り出し、ルートの顔前に突きつけた。

 

 鏡の中に映っていたのは、死神ではない。

 

 黒いローブを着て、巨大な綿菓子を被った「何か」だった。

 

 ルートは数秒間、瞬きもせずにその姿を凝視し、そして真顔で言った。

 

「……違う。これは『一時的な魔力膨張』だ。決して、ドリフの爆発コントではない」

「よし、現状認識はできたな。じゃあ帰るぞ」

 

 猿渡はルートの言い訳を無視し、流れるような動作でその襟首を掴み、出口の方へと引きずり始めた。

 

 ためらいは一切ない。これ以上ここにいても、「カッコイイ映像」も「生態データ」も撮れないと判断したのだ。損切りの早さは一流のデイトレーダー並みである。

 

 だが、このニートの執念を甘く見てはいけない。

 

「い、嫌だァァァッ!! 離せ! 吾輩は帰らんぞ!」

 

 ルートが、猿渡の足にしがみついた。

 

「言ったろう! 今夜に『自販機』の最終回特番があるのだ! あれの録画予約をするまでは! たとえアフロになろうとも、ここから一歩も動かんぞ!」

「知るか! 家に帰って再放送でも見ろ!」

「再放送では実況スレの勢いについていけんのだァァァッ!」

 

 醜い。

 

 Wi-Fiのコアパーツをかけた戦いとは思えない、あまりにも低レベルな争いが繰り広げられている。

 

 いや、そもそもこの戦いの目的そのものも低レベルか。

 

 その時だった。

 

 ふと、外の爆撃音が止んだ。

 

「……?」

 

 猿渡が不審に思い、動きを止める。

 

 彼は警戒しつつ、岩の隙間からそっと外を覗いた。

 

 ルートも、「む?」と横から巨大なアフロを覗かせた。

 

 まだ空間には土煙が充満しており、視界は悪い。

 

 だが、上空の裂け目から差し込んだ光が、ちょうど岩陰から顔を出したルートの頭部を照らし出した。

 

 逆光の中、浮かび上がる完全な球体のシルエット。

 

 その完璧なまでの丸さを、ボスが視認した、その瞬間だった。

 

 ピタッ。

 

 ボスの動きが凍りついた。

 

 威嚇のために開かれかけていた顎が、半開きのまま止まる。

 

 そして。

 

 深紅に輝いていたボスの全身のクリスタルが、急速に色を変え始めた。

 

 ピンク

 マゼンタ

 パステルピンク

 

 禍々しい赤色は消え失せ、まるで原宿のわたあめ屋のような、ファンシーでラブリーな色彩が明滅を始めたのだ。

 

 ピロ……ピロピロピロ……♡

 

 唸り声ではない。

 

 それは、明らかに媚びを含んだ、甘ったるい電子音だった。

 

■□■□

 

「……は?」

 

 ルートがぽかんと口を開ける。

 

 一方、猿渡の眼鏡の奥が、鋭く光った。

 

「……なるほど。そういうことか」

「おい猿渡。あいつ、なんか色がキモいぞ。ゲーミングPCの発光パターンが変わったのか?」

「違う。……あれは、求愛行動プロポーズだ」

 

 猿渡の声は、戦慄と、そして隠しきれない「探究心」に震えていた。

 

「さっきの目潰しが晴れて、逆光の中に浮かんだお前のアフロ……。あれが、奴には『飾り羽を最大まで広げた求愛ポーズ』に見えたんだ」

 

 孔雀が羽を広げるように。

 

 ライオンがたてがみを誇示するように。

 

 このダンジョンにおいて、アフロ(球体)とは、強さと魅力をアピールする最大の性的シンボルだったのだ。……眼科へ行けトカゲ。

 

「……はぁ!? な、何を言っている! 吾輩は死神だぞ!? トカゲに求婚される謂れはない!」

「黙れ。これは千載一遇のチャンスだ」

 

 猿渡は、先程までの「撤退」の意思をかなぐり捨て、再びカメラを構え直した。

 

「撤回する。撮影続行だ」

「なっ!?」

「誘え、ルート。種族を超えた愛の営みを記録する。あわよくば押し倒されろ。その貴重なデータがあれば、学会で伝説になれる」

 

 鬼か。

 

 いや、マッドサイエンティストに人の心を求めた私が間違いだった。こいつの中には「データ」と「ゴミ」の二種類の概念しか存在しない。

 

「断る! 絶対に断る! 誰がトカゲの嫁になるか! 生理的に無理だァァァッ!」

 

 ルートが絶叫して逃げ出そうとする。

 

 だが、もう遅い。

 

 アフロという名の「婚姻フェロモン(視覚情報)」を撒き散らした代償は大きかった。

 

 ピロリロリーンッ!!!♡

 

 ボスが、興奮のあまり虹色に発光しながら突っ込んできた。

 

 殺意ではない。

 

 圧倒的な「愛(物理)」のタックルである。

 

「ひぃぃぃッ!? 来るな! 寄るな! 吾輩の貞操が危ない!」

「逃げるな! 受け入れろ! カメラのアングルがずれる!」

 

 岩場を逃げ回るアフロと、それを追いかけるゲーミングドラゴン。そしてそれを追いかける変態カメラマン。

 

 地獄絵図である。私の語彙力では、この光景の愚かさを表現しきれない。

 

■□■□

 

 追いかけっこは数分続いた。

 

 ボスの興奮は頂点に達し、胸部のクリスタル――Wi-Fiのパーツであり、ボスの心臓部(弱点)でもある部分が、激しく脈動して装甲の外へと剥き出しになった。

 

 まさに、心を開いた状態。

 

 いわゆる「婚姻色」による無防備化だ。

 

「ルート! 今だ!」

 

 猿渡が叫んだ。

 

「相手は愛に溺れて隙だらけだ! その愛を叩き込め!」

「言われなくともぉぉぉッ!!」

 

 ルートは涙目で踏み止まった。

 

 もう限界だ。これ以上追い回されたら、精神が崩壊する。

 

 彼女は背中の大鎌を構えた。亀裂のことなど忘れている。

 

「死ねぇぇぇッ! 変態トカゲ! 吾輩の録画予約を返せェェェェ!!」

 

 ルートは、全身全霊の力を込めて、剥き出しのクリスタルへと鎌を振り下ろした。

神の一撃。

 

 それが直撃すれば、ボスの愛ごと粉砕できるはずだった。

 

 しかし。

 

 神様は残酷だ。いや、こいつ自身が神なのだが、物理法則という神はもっと残酷だった。

 

 インパクトの瞬間。

 

 ガシャァァァァンッ!!!!

 

 盛大な破壊音が、ダンジョンに木霊した。

 

 ボスが砕けた音ではない。

 

 ルートの手の中で、限界を迎えていた「死神の大鎌」の刃が、粉々に砕け散った音だった。

 

 キラキラと舞い散る、刃の破片。

 

 それはまるで、叶わぬ恋の終わりを告げるダイヤモンドダストのように美しく――そして滑稽だった。

 

 ルートの手元に残ったのは、無惨な「棒切れ」だけ。

 

「…………あ」

 

 ルートの動きが止まる。

 

 目の前には、愛の告白(物理攻撃)を受け止めてもらえると思って目を閉じていたボスの、巨大な顔。

 

 その距離、わずか数十センチ。

 

 ボスが薄目を開ける。

 

 そこには、「あれ? 指輪(攻撃)は?」と不思議そうにする、純粋な瞳があった。

 

 静寂。

 

 猿渡が、カメラを下ろしてボソリと呟いた。

 

「……あーあ。フラれたな」

「他人事のように言うなぁぁぁッ!!!」

 

 ルートの絶叫が響き渡る。

 

 武器ロスト。

 

 貞操の危機継続。

 

 そして、私の胃薬在庫ゼロ。

 

 ナレーションとして言わせてもらおう。

 

 神は死んだ(Gott ist tot )

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