木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第十三話 あーあ、気に入ってたのに

前回のあらすじ:

 

 最深部ボスの「求愛行動」に対し、主人公ルートは「死神の大鎌」による必殺の一撃で答えようとした。

 

 しかし、物理法則(神)は残酷だった。

 

 鎌の刃は粉砕され、ルートの手元には無惨な「柄」だけが残った。

 

 現在、ボスは「愛の証(指輪的なもの)」を待って目を閉じている。

 

 私の胃薬? 先ほどAmaz○nでポチったが、配送予定日は三日後だ。間に合わない。私が胃潰瘍で死ぬのが先か、この茶番が終わるのが先か。

 

 ファイッ!

 

■□■□

 

 ダンジョンに、気まずい沈黙が流れていた。

 

 キラキラと舞い散る刃の破片が地面に落ち、乾いた音を立てる。

 

 ルートは、冷や汗で顔面をナイアガラの滝にしながら、震える手で「棒(元・鎌)」をボスの鼻先に突きつけた。

 

「ふ、ふふふ……! 見たか! これこそが、装甲を排除(パージ)した真の姿……! 『死神の杖・ライトニング』だ!」

 

 嘘をつけ。

 

 どう見ても、ホームセンターの園芸コーナーで売っている支柱だ。あるいは、老婆が使う杖ですらない、ただの黒い棒切れである。

 

 しかし、ルートの表情は必死だった。

 

 彼は、この棒が「伝説の武器」であるかのように振る舞うことで、現実(ただのゴミを持っている事実)をねじ曲げようとしていた。

 

 だが、恋する乙女トカゲ)の目は誤魔化せない。

 

 スゥ……。

 

 ボスが、ゆっくりと目を開けた。

 

 そこにあったのは、期待に満ちた瞳。

 

 しかし、視線の先にあったのは、煌めく宝石でも、美しい指輪でもない。

 

 折れた棒だった。

 

 数秒の静止。

 

 ボスの脳内で、事態の処理が行われる。

 

 求愛ポーズ(アフロ)確認。

 

 接近許可。

 

 プレゼント(攻撃)待機。

 

 結果 ―― ゴミ(棒)。

 

 それは、人間に例えるなら、プロポーズの瞬間に婚約指輪の箱をパカッと開けたら、中から使用済みの爪楊枝が出てきたようなものだろう。

 

 侮辱。

 

 裏切り。

 

 そして、弄ばれた乙女心。

 

 ギ……ギギギ…………

 

 ボスの喉の奥から、低周波の振動が漏れ出した。

 

 直後。

 

 ボスの全身を包んでいたラブリーピンクの燐光が、瞬く間に変色していく。

 

 可愛らしい桃色は濁り、澱み、そして――。

 

 ドス黒く、禍々しい怨念の紫へと染まりきった。

 

 キィィィィィィィィェェェェェェッ!!!!!!

 

 鼓膜をつんざく絶叫。

 

 それは威嚇の咆哮ではない。ヒステリックな金切り声だ。

 

「うおっ!? なんか色がヤンデレになったぞ!?」

 

 ルートが素っ頓狂な声を上げる。

 

 ボスが暴れ出した。

 

 もはや魔力による熱線などという上品なものではない。

 

 手当たり次第に岩を砕き、地面を抉り、尻尾を振り回す。純粋な質量と暴力による、八つ当たりの嵐だ。

 

「おい馬鹿! 走れ! 『可愛さ余って憎さ百倍』モードだ!」

 

 猿渡が、嬉々としてシャッターを切りながら叫ぶ。こいつ、修羅場を撮るのが一番楽しそうだな。

 

「わ、わかっている! ……話せばわかる! おいトカゲ! 吾輩が悪かった! その棒はやるから落ち着けぇぇぇッ!」

 

 ルートは棒を握りしめたまま、必死に逃走を図る。

 

 だが、不運の連鎖は止まらない。

 

 ボスの暴走により、天井の鍾乳石が砕け散った。

 

 その衝撃で、地下水脈から漏れ出していた水溜まりが、バシャリと跳ねる。

 

 大量の冷水が、逃げ惑うルートの頭上から降り注いだ。

 

「あ冷たっ!?」

 

 瞬間。

 

 シュゥゥゥ…………。

 

 そんな間の抜けた音がして。

 

 静電気で見事に膨らんでいたルートの銀髪アフロが、水分を含んで重力に負け、一瞬にして萎んだ。

 

 後に残ったのは、頭に濡れたワカメを乗せたような、貧相で情けないペタンコ髪の美少女(?)。

 

「あぁぁぁッ!? 吾輩のセットが! ボリューム感が!」

 

 いや、そもそもセットではないだろ。

 

 ルートが濡れた髪を押さえて悲鳴を上げる。

 

 それを見た猿渡が、冷徹に告げた。

 

「……終わったな。求愛のシンボル(アフロ)消失。これで相手にとって、お前は『裏切り者の詐欺師』ですらなくなった」

「な、何になったのだ!?」

「ただの『食料』だ」

 

 猿渡の言葉通りだった。

 

 ボスの瞳から、知性や感情の色が消える。

 

 そこにあるのは、目の前をチョロチョロと逃げ回る小動物を、プチリと踏み潰したいという純粋な殺意のみ。

 

 ガァァァァァァッ!!!

 

 ボスが跳躍した。

 

 巨大な質量が、ルートの頭上から落下してくる。

 

 回避スペースはない。

 

 背後は壁。左右は崩落した岩。

 

「ひぃぃッ!?」

 

 ルートは反射的に、手持っていた唯一の武器――「棒」を頭上に掲げた。

 

 それは、彼が「死神」になりきるために用意した、こだわりの一品。

 

 たとえ刃が砕けても、柄のデザインやグリップの感触だけは、彼のお気に入りだったはずだ。

 

「折れるなよ!? グリップにこだわった特注品だぞ!?」

 

 ルートの叫びは、虚しく響いた。

 

 ボスの爪が、棒に接触する。

 

 バキンッ!!!

 

 無慈悲な破壊音が、ダンジョンに木霊した。

 

 棒は、飴細工のように容易くへし折れた。

 

 折れた先端が回転しながら宙を舞い、地面に突き刺さる。

 

 ルートの手の中に残ったのは、わずか数センチの、ゴミのような木片だけ。

 

 ……あ。

 

 ルートの動きが止まった。

 

 迫りくるボスの追撃。

 

 シャッターを切り続ける猿渡。

 

 崩れ落ちる天井。

 

 それら全てが、スローモーションのように感じられた。

 

 ルートは、ゆっくりと視線を落とした。

 

 地面に転がる、砕けた刃。

 

 濡れてペタンコになった髪。

 

 そして、へし折られた柄。

 

 彼が地球に来て、アニメを見て、一生懸命考えた「カッコイイ自分」を構成する要素が、すべて消え失せていた。

 

 恐怖?

 

 焦り?

 

 いや。

 

 ルートの顔から、それら人間らしい感情が、急速に抜け落ちていく。

 

 代わりに浮かび上がったのは、底冷えするような「虚無」と、深海のような「不機嫌」。

 

「…………あーあ」

 

 ルートが、つまらなそうに呟いた。

 

「気に入ってたのに。鏡の前でポーズ取るのに、最適だったのに」

 

 カラン、と。

 

 手の中に残っていた木片を、無造作に投げ捨てる。

 

 その動作には、もはや「死神」を演じる道化の姿はなかった。

 

 スッ、と。

 

 彼の銀色の瞳孔が、爬虫類のように縦に細く収縮する。

 

 同時に、猿渡の手元にある計測器が「ERROR」の文字を吐き出してショートした。

 

 空気が、凍りつく。

 

 ボスが本能的な恐怖を感じて動きを止めた時には、もう遅い。

 

 かつて銀河を股にかけた「兵器」が、そこに立っていた。

 

「もういい」

 

 絶対零度の声が、ダンジョンを支配する。

 

「……飽きた。死ね、トカゲ」

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