木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

18 / 31
色がついている?!
評価感謝です。


第十四話 お前がママになるんだよ


 

 前回のあらすじ:

 

 最深部ボス「結晶捕食者クリスタル・イーター」の求愛(物理)に対し、ルートの武器(飾り)は無惨に砕け散った。

 

 武器消失ロスト。貞操の危機。

 

 私の胃壁?

 

 もう、胃薬とか諦めて、座禅で耐えることにしたよ。

 


 

 ダンジョンの空気が、変質した。

 

 それは、気温が下がったとか、殺気が満ちたとか、そういった生物的な変化ではない。

 

 まるで、賑やかな動画の最中に、突然イヤホンのプラグが抜けたような。

 

 あるいは、世界の「解像度」がそこだけ抜け落ちたような。

 

 不自然で、無機質な「静止」だった。

 

「…………あーあ」

 

 ルートが、手の中に残っていた数センチの木片を、カランと無造作に放り捨てた。

 

 乾いた音が、やけに大きく響く。

 

 彼女はうつむいている。表情は見えない。

 

 だが、カメラ越しにその姿を見ていた猿渡恭介の背筋に、冷たい虫が走った。

 

 生物としての本能が、警鐘を鳴らしている。

 

 『あれは、もう別物だ』と。

 

「気に入ってたのに。鏡の前でポーズ取るのに、最適だったのに」

 

 呟きは、感情が抜け落ちて平坦だった。

 

 怒りも、悲しみも、焦燥もない。

 

 そこにあるのは、深い井戸の底を覗き込んだ時のような、底知れない「虚無」だけ。

 

 彼女がゆっくりと顔を上げる。

 

 銀色の瞳。

 

 その瞳孔が、爬虫類のように縦に細く、鋭く収縮していた。

 

 ――ひゅっ。

 

 喉の奥で、悲鳴が凍りつく。

 

 猿渡は見た。その瞳の奥に、人間的な感情が一切存在しないことを。

 

 そこには、敵に対する敵意すらなかった。

 

 目の前の巨大なドラゴンを、彼女は「敵」として見ていない。

 

 道端の石ころ。あるいは、画面上のノイズ。

 

 排除すべき「システムエラー」としてしか認識していなかった。

 

 ギ……!?

 

 襲いかかろうとしていたボスが、空中で硬直した。

 

 本能的な恐怖。

 

 目の前の「小さな獲物」が、突如として「理解不能な災害」へと変貌したことを、その獣の勘が悟ったのだ。

 

 だが、遅い。

 

 ルートは、もはやボスを見てすらいなかった。

 

 彼女はただ、邪魔な汚れを弾き飛ばすように、右手をだらりと持ち上げた。

 

 親指と中指を合わせる。

 

 「デコピン」の構え。

 

「……うるさい」

 

 囁くような声。

 

「消えろ」

 

パチン。

 

 指が弾かれた。

 

 魔法の光も、派手なエフェクトもない。

 

 ただ、指先が空間を叩いただけ。

 

 だが。

 

 その瞬間、世界が一瞬だけ「白黒」に反転した。

 

 ドォォォンッ……!!!

 

 音が、あとから追いついてきた。

 

 衝撃波ではない。空間そのものがねじ切れるような破壊音。

 

 ボスの上半身が、弾け飛んだのではない。

 

 「最初からそこになかった」かのように、分子レベルで分解され、砂のようにサラサラと崩れ去っていく。

 

 圧倒的な理不尽。

 

 指先から放たれた余波は、そのままボスの背後にあったダンジョンの岩壁を貫通し――。

 

 ズガガガガガガガガッ!!!

 

 直径数十メートルの、綺麗な円形の風穴を穿った。

 

 穴の向こうに、外の夜空が見える。月が綺麗だ。

 

 風が吹き抜ける。

 

 静寂。

 

 猿渡は、口を半開きにしたまま、エラーを吐き続ける計測機器を握りしめていた。

 

 恐怖? 驚愕?

 

 いや、理解不能だ。

 

 彼の科学的知識のすべてが、「今の現象はありえない」と叫んでいる。

 

 得体のしれない怪物。

 

 そう表現するしかなかった。

 

 ルートは、結晶の反射する光の下で、ただ静かに佇んでいた。

 

 その背中は、あまりにも遠く、そして恐ろしかった。

 


 

 ガサゴソ、ガサゴソ。

 

「……ない」

 

 ガララッ。ドサッ。

 

「ないぞ……どこだ……」

 

 猿渡が我に返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 先程までの「絶対的な死神」はどこへ行ったのか。

 

 そこには、瓦礫の山に四つん這いになり、必死な形相で地面を掘り返す「残念な美少女」がいた。

 

「お、おいルート……? 何をしている?」

 

 猿渡が恐る恐る声をかける。

 

 ルートは、煤だらけの顔をバッと上げた。

 

 その瞳からは、先程までの底冷えするような虚無は消え失せている。

 

 代わりに宿っているのは、おもちゃ売り場で小銭を落とした小学生のような、必死すぎる焦燥感だった。

 

「ないのだ猿渡! 吾輩のWi-Fiが! さっきまでここにあったはずなのに!」

「……は?」

「まさか、さっきのデコピンで一緒に消し飛ばしてしまったのか!? ああ、なんてことだ! 吾輩の録画予約が! 限定プリンの注文が!!」

 

 頭を抱えて絶叫するルート。

 

 さっきのシリアスを返せ。

 

 私の戦慄を返せ。

 

 彼女は半泣きになりがら、自分が消し飛ばしたドラゴンの灰をかき分けていた。

 

「出てこい! 出てきてくれぇぇぇ! お前がないと、吾輩は木星でただポテチを食うだけの生物に戻ってしまうぅぅぅ!」

 

 切実すぎる叫び。

 

 猿渡は大きくため息をつき、頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。

 

「……あそこだ、馬鹿」

「え?」

 

 猿渡が指差した先。

 

 瓦礫の陰に、キラリと光るものが転がっていた。

 

 赤、緑、青に明滅する、拳大の結晶体。

 

 ボスの心臓部であり、かつてルートの祠から盗まれたコアパーツである。

 

「あ! あった! あったぞ!!」

 

 パァァァァッ!

 

 ルートの顔が、俗物丸出しの輝きに満ちた。

 

「へへへ……よかった……これでやっと、高画質でアニメが見られ――」

 

 ルートが、涎を垂らしそうな笑顔でパーツに触れた、その瞬間だった。

 

 ギュンッ!!!

 

 

「ぬおっ!?」

 

 異変が起きた。

 

 地面に散らばっていたボスの残骸――クリスタルの欠片たちが、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、猛烈な勢いでルートの手元へと集まり始めたのだ。

 

「な、なんだ!? 離れん! 手が、手がぁぁぁ!」

 

 輝きが増す。

 

 ルートの膨大な魔力が、無自覚にパーツへと流れ込む。

 

 そして、光の中で再構築リビルドが行われた。

 

 パァン!

 

 光が弾ける。

 

 ルートがおそるおそる目を開けると、そこには。

 

 手のひらサイズの、つるんとしたクリスタルのトカゲが乗っていた。

 

「……は?」

 

 ルートが固まる。

 

 トカゲも固まる。

 

 そのトカゲは、背中にコアを背負い、つぶらな瞳でルートを見上げ……。

 そして。

 

ッ!!!

 

 激しく、七色に発光し始めた。

 

 眩しい。

 

 目が潰れるほどに原色で点滅している。

 

キュイッ!(ママ!)

「……はい?」

 

 トカゲが、ルートの指にスリスリと、その発光する頬を擦り付けた。

 

 明らかな「刷り込み(インプリンティング)」。

 

 破壊された肉体が、ルートの神の魔力を触媒にして幼体へと転生し、あろうことか目の前の駄神(ニート)を「親」だと認識してしまったのだ。

 

「ええい、離れろ! なんだこの光るナマコは! 気持ち悪い!」

 

 ルートが手を振る。

 

 しかし、トカゲは強力な吸盤でへばりつき、離れない。

 

キュイ〜!(好き〜!)

 

「好かれる覚えはない! 吾輩はさっきお前をデコピンで消し飛ばした死神だぞ!?」

 

 その時、横から猿渡がぬっと顔を出した。

 

「……ほう。興味深い」

 

 彼はスマホの画面を見せつけた。

 

「見ろ、ルート」

「なんだ今は忙しい!」

「アンテナだ」

 

 ルートが視線をやる。

 

 そこには、見たこともない表示があった。

 

 アンテナピクトが枠を突き破り、『∞』の記号になっている。

 

「……む?」

「おめでとう。そいつは、お前の無駄に多い魔力を電気信号に変換し、増幅する『生体ルーター』に進化したようだ」

 

 猿渡は、ビカビカ光るトカゲを指差して言った。

 

「そいつがいれば、地球の裏側だろうが、ラグなしで通信可能だ。理論値で……下り500テラbpsは出ているな」

「ご、ごひゃく……てら……!?」

 

 ルートがゴクリと唾を飲む。

 

 それは、ニートにとっての「聖杯」だった。

 

「だ、だが……! こんなゲーミングデバイスみたいに光るトカゲを連れて歩くなど……!」

 

 ルートは葛藤した。

 

 自分の「クールでダークな死神」というキャラ設定。

 

 そして、目の前にある「最強の回線」。

 

 トカゲはルートを見上げ、期待に満ちた目で(七色に点滅しながら)見つめている。

 

キュウ……(飼って……)

「くっ……! くっ……!」

 

 ルートは天を仰いだ。

 

 穴の開いた天井から、美しい月が見える。

 

 かつて、数多の文明の興亡を、ただ冷ややかに見つめてきたその瞳。

 

 今、そこに宿っているのは――「諦め」だった。

 

「……採用だ」

 

 ルートが、血を吐くように言った。

 

「背に腹は代えられん。……今日から貴様の名は『ルーター』とする」

キュイッ!(わーい!)

 

ッ!!!

 

 喜びのあまり、トカゲの発光パターンが「パーティーモード」に切り替わった。

 

 暗いダンジョンが、ディスコのように照らし出される。

 

「……眩しい。目がチカチカする」

「ネーミングセンスが絶望的だな」

 


 

 こうして、配信は復旧した。

 

 画面の向こうの視聴者たちが目にしたのは、カッコいい死神の姿ではない。

 

 漆黒のローブの袖口から、ド派手な七色の光を漏らしながら、死んだ魚のような目で歩く美少女の姿だった。

 

「何あれwww」

「ゲーミング死神?」

「腕になんかつけてるwww」

「めっちゃ光ってて草」

「隠密行動する気ゼロでワロタ」

 

 神は、最強の回線を手に入れた。

 

 だがその代償として、「闇の住人としての威厳」と、「安眠できる暗闇」を永久に失ったのである。

 

 (※ルーター君は、スリープモードでも常夜灯くらいの明るさで光り続ける仕様です)

 

 私の胃痛?

 

 大丈夫、まだ助か

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。