木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第十五話 空から落ちてきた「神様」

 山腹に、ぽっかりと巨大な風穴が開いていた。

 

 それはトンネル工事のような計画的なものではない。

 

 内側から巨大な質量が、あるいは理不尽なエネルギーが、岩盤ごと空間をねじ切って噴出したかのような、荒々しい破壊の痕跡だった。

 

 巻き上がった土煙が、月明かりの中で白く濁って漂っている。

 

 夜風が吹き抜け、パラパラと小石が崩れ落ちる音が響く。

 

 ……やれやれ。派手にやったものだ。

 

 昨日はとうとう胃が溶けたので緊急手術だった。胃を取り換えるのもこれで何度目か……。保険おりないかな。

 

 その土煙の奥から、二つの人影が現れた。

 

 一人は、ボロボロになった探索者の男、猿渡恭介。

 

 もう一人は、漆黒のローブを纏い、腕に七色に発光するトカゲを貼り付けた美少女(?)、ルートである。

 

「む。……外か」

 

 ルートは眩しそうに目を細めた(もっとも、自分の腕のトカゲが一番眩しいのだが)。

 

 彼女は周囲を見回し、不満げに鼻を鳴らす。

 

「出口が違うではないか。吾輩が入ったのは神社の裏だったはずだぞ」

 

「当たり前だ。お前がダンジョンの構造を無視して、直線距離で壁をぶち抜いたからだろ」

 

 猿渡が眼鏡の煤を拭いながら、冷淡に吐き捨てる。

 

 彼の手には、まだ熱を帯びた計測機器が握られていた。

 

「座標データは取れた。……だが、これだけの騒ぎだ。タダでは済まないぞ」

「ふん、些細なことだ。吾輩は死神だぞ? 道のひとつやふたつ――」

 

 ルートが尊大に胸を張ろうとした、その時である。

 

「こォらァァァァァァッ!!!」

 

 山気をビリビリと震わせるような、雷のような怒号が響き渡った。

 

「ぬ?」

「……来たか」

 

 猿渡が小さく舌打ちをする。

 

 土煙を切り裂いて現れたのは、仁王のような形相をした老人――源蔵だった。

 

 その手には、竹箒……ではなく、対モンスター用の巨大な「パイルバンカー付き戦槌」が握られている。殺る気満々である。

 

「どこのどいつじゃ! ワシの管理する山に風穴を開けたバカモンは!」

 

 源蔵は血走った目で二人を睨みつけ――そして、ルートの顔を見て、動きを止めた。

 

「あ?」

 

 老人の脳裏に、数日前の記憶が蘇る。

 

 深夜の神社。空から落下してきた光の柱。そして、偉そうに「祠を壊したか」と因縁をつけてきた、コスプレ不審者。

 

 記憶の点と線が繋がる。

 

 血管がブチ切れる音がした。

 

「貴様ァ! あの時の隕石女ァ!!」

 

 源蔵が戦槌を振り上げ、猛然とダッシュした。

 

 老人とは思えない脚力だ。さすがは元・探索者である。

 

「またお前か! 前は神社の庭先をクレーターにしおって! 今度は山そのものを破壊するか! 害獣め!」

「む。……ああ、貴様は」

 

 ルートは悪びれる様子もなく、ポンと手を叩いた。

 

「あの夜の頑固ジジイか。そういえば、熊が犯人だと教えてくれたのは貴様だったな。礼を言うぞ」

「礼はいらんから修理費を払え! 警察じゃ! いや、その前に一発殴らせろ!」

 

 迫りくる質量兵器。

 

 ルートは「やれやれ」と肩をすくめ、迎撃しようと指を構える――と、その前に、猿渡がスッと前に出た。

 

「お待ちください、源蔵さん」

 

 よく通る、冷静な声だった。

 

 源蔵の足が止まる。

 

「……あ? 猿渡か? 」

「はい。ご無沙汰しております」

 

 猿渡は煤だらけの顔で、しかし完璧な角度で最敬礼をした。

 

 その態度は、慇懃無礼なまでに礼儀正しい。

 

「な、なんでお前さんがこんな破壊魔と一緒に……いや、それより退け! そいつはワシの神聖な職場を荒らしたテロリストじゃ!」

「誤解です。彼女はテロリストではありません」

 

 猿渡は眼鏡の位置を直し、真顔で嘘をついた。

 

「彼女は『人間』ではないのです」

「……は?」

 

 源蔵が眉をひそめる。

 

 いや、まぁ嘘ではないか……

 

 ルートも「ほう?」と眉を上げたが、猿渡の鋭い視線に制されて口をつぐんだ。

 

「源蔵さん、あなたはベテランだ。このダンジョンの性質をご存知でしょう」

「ま、まあな」

「近年、深層における魔素濃度が異常上昇しています。その結果、稀に『人間の恐怖心』を触媒として、人型に近い強力な幻種が発生する事例が報告されています」

 

 猿渡は流れるように専門用語を並べ立てた。

 

 いわゆる「煙に巻く」というやつだ。

 

「彼女はそれです。人々の『死への恐怖』が具現化した、特異個体……暫定コードネーム死神(グリム・リーパー)です」

「な……幻種、だと……?」

 

 源蔵が疑わしげにルートを見る。

 

 確かに、その容姿は人間離れして整っている。肌は陶器のように白く、瞳は銀色。

 

 だが、その手にはスナック菓子の袋が握られているし、口元にはポテチの粉がついている。

 

「嘘をつけ! 幻種がポテチを食うか!」

「供物です」

「供物!?」

「彼女は高位の存在ゆえ、現世のジャンクフードを好むのです。……ルート、あれを出せ」

 

 猿渡が低い声で命じる。

 

 ルートは不満げに頬を膨らませたが、渋々といった様子で右腕を掲げた。

 

「見よ、下等生物。これが吾輩の……えーと、『あかし』である」

 

 瞬間。

 

 彼女の腕に張り付いていたトカゲ――ルーター君が、主人の意思(と膨大な魔力)に呼応した。

 

!!!

 

 強烈なストロボ発光。

 

 闇夜の山中が、一瞬にして秋葉原のゲーミングPC売り場のような極彩色に染め上げられた。

 

「うおっ!?」

 

 源蔵がのけぞる。

 

 ただ光っているだけではない。

 

 その光には、ルートの身から溢れ出る規格外の魔力――Wi-Fi電波として変換された高密度のエネルギー波が乗っていた。

 

 歴戦の探索者である源蔵の肌が、本能的な警鐘を鳴らす。

 

 『これはヤバイ』と。

 

「な、なんじゃこの禍々しい光は……!?」

「威嚇行動です。刺激しないでください」

「こ、これで威嚇……!? 目がチカチカするわ!」

 

 猿渡は心の中で「私もだ」と同意しつつ、表面上は深刻な顔を作った。

 

「お分かりいただけましたか。彼女は言葉こそ通じますが、その本質は災害(カラミティ)です。下手に刺激すれば、この山が地図から消えます」

「む、むぅ……」

 

 いや、言葉が通じてるかどうかは怪しいぞ。

 

 源蔵が戦槌を下ろす。

 

 魔力を感じ取れる彼だからこそ、目の前の「ポテチ女」が、ただのコスプレ娘ではないことを理解してしまったのだ。

 

 だが。

 

 源蔵は頑固だが、馬鹿ではない。

 

 彼はふと、ある「矛盾」に気づいた。

 

「……いや、待て恭介。おかしいぞ」

 

 源蔵の目が鋭く光る。

 

「幻種というのは、ダンジョンの底から湧くもんじゃろ?」

「ええ、基本的には」

「だがワシは見たんじゃ。こいつは先日、『夜空から一直線に』落ちてきよった」

 

 源蔵が、夜空を指差す。

 

「隕石みたいに、ドカンとな。……おい、ダンジョン産の幻種が、なんで空から降ってくるんじゃ?」

「…………」

 

 猿渡の思考が一瞬、停止した。

 

 痛いところを突かれた。

 

 というか、空から落ちてきた、とは一体何だ。猿渡でも、そんな話は聞いたことがなかった。

 

 そういえば、この「自称・死神」は、木星だかどこだかから直接降下してきたのだった。

 

 通常の幻種では、説明がつかない。

 

 源蔵の疑念が深まる。

 

「まさかお前ら、何か隠しとるんじゃないか? こいつ、実は宇宙人とか……」

 

 鋭い。

 

 野生の勘と言うべきか。正解に片足を突っ込んでいる。

 

 ここでルートが幻種と違う、何か得体の知れないものだとバレれば、政府、軍、果ては海外の研究機関まで巻き込んだ大騒動になる。猿渡の平穏な研究ライフ(ルートの観察)は終わる。

 

 猿渡は、0.5秒で脳をフル回転させた。

 

 そして、表情筋一つ動かさずに言い放った。

 

「……レアケースですが、あり得ます」

「あ?」

「彼女は『死神』の概念を持つ個体です。死神とは、天から魂を刈り取るために降りてくるもの。……つまり、『高高度発生型・落下概念特化幻種』なのです」

「こうこうど……なんじゃそりゃ」

「上空の魔素溜まりからスポーンし、初手で地面に激突することで己の存在を世界に刻み込むタイプです。非常に迷惑な生態ですが、学術的には確認されています」

 

 嘘である。

 

 今、猿渡が口から出まかせで作った新種だ。

 

 だが、その口調があまりにも堂々としていたため、源蔵は気圧された。

 

「そ、そうなのか……? 最近のモンスターはわけがわからんのう……」

「ええ。私も初めて見たときは驚きました」

 

 猿渡は畳み掛ける。

 

「源蔵さん。これを公にすれば、協会や役人が押し寄せてきます。山は封鎖され、あなたの静かな生活も、神社の管理もできなくなるでしょう」

「そ、それは困る。しかし、協会には先日、こやつのことを連絡してしまったぞ……」

「そのことについては、私が事情を伝えて話を片付けておきます。今回の件は『ダンジョンのガス爆発』として処理するのが互いのためです。穴の修復については、私が懇意にしている土建屋を手配します」

 

 アメとムチ。そして面倒事への忌避感。

 

 源蔵はしばらく唸っていたが、やがて大きくため息をついた。

 

「……わかった。恭介、お前の顔に免じて今回は目をつぶろう。……ただし!」

 

 源蔵がルートを指差す。

 

「その『高高度なんちゃら』をちゃんと躾けておけ! 次にワシの庭を荒らしたら、特級だろうが何だろうがミンチにするからな!」

「善処します」

 

 猿渡は深く頭を下げた。

 

 危機は去った。

 

 ナイスフォロー、私。あとで自分にご褒美のアイスを買おう。

 

 だが、ここで空気を読まないのが「神」である。

 

 ルートがおもむろに源蔵に近づき、その手をとった。

 

「ふん。話の分かる人間ではないか。よかろう、褒美をやる」

 

 ルートは自分のポケットをごそごそと探り、クシャクシャになった銀色の物体を老人の手に押し付けた。

 

「ありがたく受け取るがいい。神の加護が付着した聖遺物(レリック)だ」

 

 源蔵が手の中を見る。

 

 それは、空になった「コンソメパンチ」の袋(ゴミ)だった。

 

「…………」

 

 源蔵のこめかみに、青筋が浮かぶ。

 

 猿渡は天を仰いだ。

 

「き、きさ……っ!」

「さらばだ! 吾輩はアニメの続きを見ねばならんのでな!」

 

 老人がキレるより早く、ルートはマントを翻した。

 

 その背中で、七色のトカゲが「Bye Bye」と点滅する。

 

 猿渡は無言で老人に一礼し、逃げるようにルートの後を追った。

 

 背後から聞こえる「ゴミを渡すなぁぁぁ!」という怒号をBGMに、彼らの長い夜はようやく幕を下ろしたのである。

 

 ……訂正しよう。

 

 誰か、私にアルコールと、このバカな神様を黙らせるための強力なガムテープを持ってきてくれ。




 本日も読んでいただき、ありがとうございます。 次回の更新で、「木星引きニート」は第一部完結となります。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 さて、今後の展開についてですが、第二部を連載するかどうかを決めるためのアンケートを設置しました。 「続きが読みたい」と思っていただける方は、ぜひアンケートへの投票をお願いいたします。結果を参考に、今後の更新方針を決めたいと思います。

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