これは、ルートが地球に降り立った時の話である。
地球。日本列島、某県山間部。
草木も眠る丑三つ時。
本来ならば静寂に包まれているはずの古びた神社の境内に、一人の老人の姿があった。
名は源蔵。
かつては腕利きの探索者として名を馳せたが、寄る年波には勝てず引退。
現在は日本探索者協会からダンジョン管理を委託され、ついでに村の依頼で、ボロボロになった祠の守り人を兼任している、いわゆる「頑固な管理人」である。
「ったく、最近の若いモンスターは行儀が悪くていかん。神聖な場所をゴミ捨て場か何かと勘違いしとるんじゃないか?」
源蔵は竹箒を手に、無残に荒らされた祠の前でぼやいていた。
その時である。
ヒュオオオオオオ……ッ!!
上空から、大気を引き裂くような音が響いた。
源蔵が空を見上げると、夜空を割り、一直線に落下してくる「光の柱」が見えた。
「あ? なんだありゃ、隕石か……?」
ズドオオオオオオオオンッ!!
光は源蔵の目の前、わずか数メートル先に着弾した。
凄まじい衝撃波が境内の砂利を吹き飛ばし、老人の竹箒がへし折れる。
もうもうと立ち込める土煙。
その中心に、人影があった。
漆黒のローブを纏い、身の丈を超える大鎌を構えた、白髪の美少女(?)。
ルートはゆっくりと顔を上げ、銀色の瞳を妖しく光らせた。
「……恐れよ。そして崇めよ。吾輩は、久遠の彼方より舞い降りし――」
「ゴホッ! ゴホッ! ……おいコラァ!!」
神の口上は、激しい咳き込みと怒声によって遮られた。
「お前さん、危ないじゃろうが! 人んちの庭先で何ちゅう着地の仕方しとるんじゃ! 砂ぼこりが口に入ったろうが!」
土煙の中から現れたのは、腰に手ぬぐいをぶら下げた、激怒する老人だった。
ルートはポカンとした。
おかしい。計算では、人類は恐怖と畏敬の念でひれ伏しているはずなのだが。
「……貴様、人間か? 吾輩のこの『神々しいオーラ』が見えんのか?」
「あぁ? 夜中にコスプレして不法侵入とは、最近の若者は常識というものが欠落しとるのか。ここは立入禁止区域じゃぞ」
源蔵は全く動じていなかった。
長年、変な格好をした探索者(自分に酔っているタイプ)を見飽きている彼にとって、ルートなど「ちょっと凝った装備の不審者」にしか見えていないのだ。
かわいそうに。数十年ぶりの地球デビュー戦、第一村人は「話の通じない頑固ジジイ」だったようだ。
「ええい、うるさい人間だ。吾輩は忙しいのだ」
ルートは老人を無視し、立ち上がって周囲を見回した。
そして、その視線が一点に釘付けになる。
源蔵の背後。
無残に瓦礫の山と化した、石造りの祠。
その瞬間、ルートから「ごっこ遊び」の雰囲気が消えた。
銀色の瞳孔が、爬虫類のように縦に収縮する。
周囲の気温が数度下がり、ピリピリとした殺気が肌を刺す。
ルートはゆっくりと、震える指先を老人へと向けた。
「……おい。ジジイ」
「な、なんじゃ、その目つきは。警察を呼ぶぞ」
ルートは一歩、また一歩と距離を詰める。
その圧力は、歴戦の探索者である源蔵ですら、思わず後ずさりするほどのものだった。
「その背後の瓦礫だ。……お前、あの祠壊したんか」
「は?」
「とぼけるなよ。あの中にあったはずだ。拳大の、美しく輝く『クリスタル』が。あれがないと、吾輩のアニメが見られないんだよ……!」
源蔵は眉をひそめ、「あー」と何かを思い出したように手を叩いた。
「ああ、あの『御神体』のことか」
「(御神体? まあルーターは神具だから間違ってはいないか)。そうだ。あれをどこへやった。隠すとためにならんぞ」
ルートが大鎌(飾り)を突きつける。
しかし、源蔵はため息をつき、やれやれと首を振った。
「ワシがやるわけなかろう。つい先日じゃ。この奥のダンジョンからデカい熊の化け物が出てきよってな。祠をぶち壊して、その光る石を持って帰っちまったんじゃよ。『カラスじゃあるまいし、光り物が好きとは難儀な魔物じゃのう』と思っていたところじゃ」
「……ダンジョンの、熊?」
「そうじゃ。『マッド・グリズリー』の変異種じゃな。……って、おい待て!」
犯人が分かるや否や、ルートは老人への興味を失い、境内の奥にある洞窟――ダンジョンの入り口へと歩き出した。
源蔵が慌ててその前に立ちはだかる。
「どこへ行く気じゃ! この先は『管理ダンジョン』じゃぞ! 探索者
「ライセンス? なんだそれは」
「入洞許可証じゃよ! お前さんみたいな素人が入ったら、三秒でミンチになって終わりじゃ! 命が惜しかったら帰ってママの乳でも吸って寝ろ!」
源蔵の職務意識は高い。
たとえ相手が不審者でも、みすみす死なせるわけにはいかないのだ。
だが、相手が悪すぎた。
「どけ。邪魔だ」
ルートは立ち止まらない。
老人が制止しようと伸ばした手を、そよ風を避けるかのようにすり抜ける。
「わ、ワシの『縮地』をかわしただと……!?」
驚愕する源蔵を背に、ルートは暗闇の口を開ける洞窟の前で足を止めた。
そして、ニヤリと不敵に笑う。
「免許など不要だ。……吾輩が存在すること、それ自体が『許可』である」
言っていることは無茶苦茶だが、顔が良いので無駄に決まっている。
「待て! その装備じゃ無理じゃ! せめて予備のポーションを……!」
「不要だ。吾輩の目的は討伐ではない。『修理』と『教育』だ」
ルートは大鎌を担ぎ、意気揚々とダンジョンの闇へと足を踏み入れた。
「人の回線を切断した罪、万死に値する。……洗って待っていろ、クソ熊が」
取り残された源蔵は、ポカンと口を開けてその背中を見送るしかなかった。
「……なんじゃ、あのアホな小娘は。……しかし、あの身のこなし。タダモノではないな」
老人はへし折れた竹箒を見つめ、何事かを予感したように呟いた。
「協会へ連絡を入れておくか。『特級の厄介者』が入った、とな」
こうして、最強の引きこもり神による、