第零話 会議は踊る、されど進まず
前回のあらすじ:
木星から「回線修理」という個人的な理由だけで地球へ降下した最強のニート神・ルート。
彼女(?)は、その圧倒的な
だが、忘れてはならない。
彼女が降りてきた際、大赤斑を吹き飛ばし、大気圏をぶち抜き、衝撃波で夜空を焦がした事実を。
世界が、この「迷惑な迷子」を見逃すはずがなかったのである。
ちなみに、私の胃薬の在庫は何故か枯渇している。誰か至急、医療用麻薬レベルの鎮痛剤を持ってきてくれ。
帝都・東京。
その夜景は、一見すれば現代的な煌びやかさを放っていた。
林立する高層ビル、極彩色のネオンサイン、行き交う人々の笑い声とスマートフォンの通知音。
好景気に沸く帝国の首都は、今夜も飽食と娯楽に満ちている。
だが、ふと視線を上げれば、そこには決定的な「異質」が存在する。
ビル群の隙間に聳え立つのは、漆黒の素材で作られた巨大な円柱――「帝都防衛用広域結界杭」。
古代のトーテムポールのように無骨なそれらは、街の灯りに照らされながら、静かに低い唸りを上げている。
夜空を見上げれば、旅客機に混じって、重厚な装甲に覆われた帝国陸軍の魔導飛空艇が、鯨のようにゆったりと回遊している。
平和な日常と、終わらない冷戦(と呼ぶにはあまりに停滞した均衡)の遺物。
人々は結界杭の陰で恋を語らい、飛空艇の唸り声をBGMに酒を飲む。
それが、この国の歪で愛すべき「普通」だった。
そんな喧騒から地下深く隔絶された場所で、その「儀式」は執り行われていた。
皇居、御文庫附属庫。
張り詰めた空気の中、厳粛に行われているのは、帝国の最高意思決定プロセス――『御前会議』である。
金屏風の前に並ぶのは、この国の舵取りを担う閣僚と、軍の最高幹部たち。
普段の会議とは違う。
御簾の向こうにいらっしゃる「至高の存在」の御前である以上、一言の失言も許されない、胃が雑巾絞りにされるような緊張感。
「……して、報告を」
侍従長の静かな声が響く。
巨大スクリーンに映し出されているのは、木星の大赤斑から飛び出し、地球へと落下した「未確認飛行物体」の軌道図だ。
「はッ! 落下物は推定長野県山中に着弾! しかし、現地にクレーター等の痕跡はなく、対象物は消失しております!」
「米国の新型兵器か?」
「いえ、ペンタゴンは関与を否定! ……通信傍受によれば、彼らも『エリア51の脱走生物ではないか』と混乱している模様です!」
「ならばドイツか! 第三帝国の『
「魔力波長がゲルマン系のルーン魔術と一致しません! そもそも、あのような高高度からの質量爆撃など、条約違反も甚だしい!」
重鎮たちが額に脂汗を浮かべ、小声で議論を交わす。
米国か、ドイツか。
ソ連なき今、この世界を三分する他勢力の干渉であれば、それは新たな大戦の引き金になりかねない。
「御前」であるがゆえに大声は出せないが、その内容はパニックそのものだった。
だが。
そんな重苦しい空気の末席に、明らかに「心ここにあらず」な集団がいた。
大本営陸軍部・作戦課特別室。通称――『特務八課』。
「……(あー、足痺れてきた)」
部屋の隅で、直立不動の姿勢を保っている初老の将校、特務八課長・葛城剛一陸軍郎中将。
頬の古傷、鋭い眼光。
誰もが「国の行く末を案じている」と敬遠するその姿だが、ナレーションとして真実を告げよう。
彼は今、「早く帰って孫娘の顔が見たい」ということしか考えていない。 懐には、会議のストレスを相殺するためのダンジョン産『脱法リラックスハーブ(合法)』が忍ばせてある。
その横で、白手袋をした指をピシリと揃えている眼鏡の将校、秋山理人陸軍大佐。
彼の目はスクリーンを睨みつけているが、焦点が合っていない。
(……計算が合わない。あの質量と速度なら、着弾時のエネルギー係数は……なぜ被害が何もない? 物理演算のバグか? ……気持ち悪い。数値に出ない現象など、存在していいわけがない……)
彼は潔癖症だ。
御前会議の格式よりも、「計算が合わないこと」が生理的に許せないマッドサイエンティスト予備軍である。
そして、二人の背後に控える巨漢、堂目木巌憲兵中佐。
サングラスをかけ、微動だにしないその姿は、まさに鋼鉄の護衛。
しかし、彼の視線は、要人の警護ではなく、壁掛け時計の秒針を追っていた。
(……あと5分。あと5分で会議が終われば、コンビニの限定プリンの入荷に間に合う……。ここから市ヶ谷駅前の店舗までダッシュで3分……レジ待ちを考慮して……頼む、長引くな……!)
終わらない冷戦に飽き、平和に慣れきった軍人たち。
彼らにとって、未確認飛行物体よりも、プリンの在庫の方が重大な「国防上の危機」だった。
その時。
重苦しい沈黙に耐えかねたのか、建設大臣が場の空気を読まずに口を開いた。
「皆様、そう難しく考えることもありますまい! 案外、そいつは映画に出てくる『ゴジラみたいな怪獣』かもしれませんな!」
御簾の向こうまで届きそうな、明るい声。
「口からビームを吐いて、東京タワーをへし折るような! そんなのが現れたら、特撮映画みたいで面白いじゃありませんか! フォッフォッフォ!」
シーン。
御前会議が凍りついた。
不敬とか、そういうレベルではない。
その場にいた特務八課の三人、そして政府顧問として同席していた巫女姿の少女――紅だけが、同時に顔を上げた。
その目は、完全に据わっていた。
(((それ本当に起きたら洒落にならないから……!)))
紅は、袖の中で拳を握りしめた。
(この国の上層部は、なぜこうも『言霊』の概念に疎いのですか……! 貴方がたが笑い話にしたことは、得てして最悪の形で実現するのですわよ……ッ!)
結局、御前会議は「引き続き厳重な警戒態勢を維持する(※具体策なし)」という、極めて日本的な玉虫色の結論で幕を閉じた。
会議を終えた紅は、現代的なガラス張りの庁舎の廊下を歩いていた。
窓の外には、煌々と輝く帝都の夜景。
平和だ。あまりにも平和すぎて、毒気すら感じる。
「……まったく。人間というやつは、どうしてこうも危機感がないのかしら」
彼女は自販機で温かいお汁粉を買い、ため息をついた。
すると。
廊下の角、観葉植物の陰から、カツ、カツ、と杖の音が響いた。
「カッカッ。紅よ、随分とご立腹じゃな」
現れたのは、高級そうなスーツに身を包んだ小柄な老人。
一見すると政財界のフィクサーに見えるが、その影は異様に長く、見る者に本能的な畏怖を抱かせる。
特級幻種・源斎。またの名を、ぬらりひょん。
紅の相談役であり、この国の「闇」を統べる妖怪系幻種の総元締である。
「……源斎様。聞いていらっしゃいましたの?」
「まあな。人間の御前会議など、いつの時代も茶番劇よ」
源斎は好々爺のような笑みを浮かべた。
紅は缶のお汁粉を握りしめ、悔しげに言う。
「奴は着弾予想地点から消失しました。高度な隠蔽魔術、あるいは光学迷彩……相当な手練れですわ。軍は楽観視していますが、駿河
「ふむ」
源斎は顎髭を撫でた。
「紅よ、お主は真面目じゃのう」
「え?」
「お主は、『敵が軍事的合理性で動いている』という前提で考えておる。だがな……もし、そやつが侵略者ではなく」
源斎は、窓の外の煌びやかなネオンを指差した。
「ただの『迷子』で、人間と同じ感性でコンビニに立ち読みに来ているとしたら?」
紅が絶句する。
「は……? コンビニ、ですか……?」
「そうじゃ。この明るい街じゃよ? 悪意も警戒心もなく、ただ『腹が減った』『本が読みたい』という理由だけで街を歩いておったら……そりゃあ、殺気も探知できん。風景に溶け込んで見えんじゃろうな」
「そんな……バカな。木星から落ちてきて、コンビニ?」
「カッカッ。事実は小説より奇なり、と言うじゃろう。……備えておけ、紅。世界を揺るがす脅威は、案外『ポイントカードはお持ちですか?』と聞かれる距離におるかもしれんぞ」
源斎は笑い声を残し、エレベーターホールへと消えていった。
そして、深夜。
帝都の一角にある、ごくありふれたコンビニエンスストア。
店内には最新のJ-POPが流れ、深夜残業帰りのサラリーマンや学生が買い物をしている。
「…………ない」
絶望の声が響いた。
憲兵中佐の軍服を着た巨漢――堂目木巌が、スイーツコーナーの前で膝から崩れ落ちていた。
棚の「極上なめらかプリン」の列だけが、無慈悲にも空っぽだったのだ。
「……会議が……長引いたせいで……ッ!」
彼は血の涙を流さんばかりに悔しがっていた。
国防の要がプリン一つでこの有様である。日本は平和だ。
その堂目木の背後。
雑誌コーナーで、『週刊少年チャンプ』を立ち読みしている人影があった。
漆黒のローブ。
背中には、身の丈を超える大鎌(飾り)。
そして、その手には――堂目木が探し求めていた「最後のプリン」が握られていた。
「……ふむ。今週の展開、アツいな」
鈴を転がすような声。
フードの下から、銀色の髪がさらりとこぼれる。
誰も気に留めない。
店員も、他の客も、「ああ、最近流行りのVRゲームのコスプレか何かだろう」と流している。
源斎の予言通り、その「脅威」は、あまりにも自然に日常に溶け込んでいた。
自動ドアが開く音。
ネオンの反射する濡れたアスファルトを、一匹の黒猫が通り過ぎていく。
その猫――乾は、獲物の匂いを探して鼻をひくつかせたが、ガラス越しの「死神」には気づかない。
「(……クン。甘い匂い……。どこかしら、私の獲物は……)」
すれ違う、怪物たち。
煌びやかな帝都の夜に、また一つ、おかしな歯車が噛み合おうとしていた。
ナレーションとして言わせてもらおう。
世界を揺るがすフラグは、すでに装填されている。
私の胃壁がまた交換される前に、どうかこの茶番が終わってくれることを切に願う。
ぼちぼち書き始めていきます。
第二部欲しいですか?
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欲しい
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次話で完結で良いよ