木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第一話 光にたかるのは蛾だけではない

 前回のあらすじ:

 

 木星から「回線修理」という個人的な理由だけで地球へ降下した最強のニート神・ルート。

 

 彼女(?)は、その圧倒的な物理干渉力(ごりおし)と、猿渡というマッドサイエンティストの手腕により、無事に日本での戸籍(市民権)を獲得した。

 

 だが、忘れてはならない。

 

 彼女が降りてきた際、大赤斑を吹き飛ばし、大気圏をぶち抜き、衝撃波で夜空を焦がした事実を。

 

 世界が、この「迷惑な迷子」を見逃すはずがなかったのである。

 

 ちなみに、私の胃薬の在庫は何故か枯渇している。誰か至急、医療用麻薬レベルの鎮痛剤を持ってきてくれ。

 


 

 深夜2時。丑三つ時。

 

 草木も眠るこの時間に、都内某所のボロアパートの一室だけが、ディスコのように七色の光を漏らしていた。

 

「猿渡! 猿渡ぃー! 糖分が足りないぞ! 吾輩の高度な頭脳労働(アニメ視聴)には糖分が不可欠なのだ!」

 

 畳の上でジタバタと暴れているのは、この世ならざる美貌を持つ銀髪の少年――あるいは少女。

 

 その名はルート。正体は、かつて銀河を統べた文明の遺産にして、惑星破壊規模の生体兵器である。

 

  あと「高度な頭脳労働」と言って許されるのは、確定申告をしている時だけだ。

 

「……うるさい。黙れ駄犬。あとそのトカゲを黙らせろ」

 

 パソコンのモニターから目を離さずに答えたのは、この部屋の主である猿渡恭介だ。

 

 彼は現在、ルートの「おまけ」としてくっついてきたトカゲ型端末『ルーター君』の通信解析と、動画編集作業に忙殺されていた。

 

 トカゲはルートの感情に呼応して、と部屋中を照らし出している。

 

「貴様、神に向かって駄犬とはなんだ! そもそも、夕食が『ポテチ(うすしお)』一袋というのはどういう計算だ? 吾輩の燃費を舐めているのか?」

「お前は光合成でもしていろ。……チッ、またエラーか。このトカゲ、構造がブラックボックスすぎる」

 

「無視するな! おい、吾輩は今、無性に『クッキーシュー』というものが食べたいのだ。さっきCMでやっていた、ザクザクでトロトロのやつだ!」

 

 猿渡は深いため息をつき、財布から千円札を一枚抜いて、背後のルートに放り投げた。

 

「行ってこい」

「……は?」

 

「駅前のコンビニだ。新商品なら入荷しているだろう。……ついでに俺のコーヒーも買ってこい」

 

「なッ……!? この吾輩に『パシリ』をしろと言うのか!? 高貴な死神に!?」

「嫌なら寝てろ。俺は忙しい」

 

 猿渡は再びキーボードを叩き始めた。

 

 ルートは震える手で千円札を拾い上げ、屈辱に唇を噛み締め――そして、不敵にニヤリと笑った。

 

「……フフ。よかろう。夜の街に繰り出すのも一興。最近は『あの衣装』も着る機会がなかったからの」

「おい、変な格好で出歩くなよ。通報されるぞ」

「安心しろ。完璧な『迷彩』だ」

 

 数分後。

 

 アパートのドアが開き、漆黒の闇夜へと躍り出る人影があった。

 

 身の丈を超える巨大な大鎌(飾り)。

 

 闇よりも深い漆黒のローブ。

 

 そして、銀色の髪をなびかせた美しき死神。

 

「クックック……震えるがいい、愚かな人類よ。死神の『お使い』の時間だ……!」

 

 ルートは勢いよく飛び出したが、背負った大鎌がドア枠にガッと引っかかり、盛大に仰け反った。

 

深夜のコンビニに行くのに、その装備は必要ない。

 

 貴様がそこで刈り取れるのは、せいぜい「P○ntaポイント」くらいのものである。

 


 

 深夜のコンビニエンスストア。

 

 店内には気の抜けたジャズアレンジのBGMが流れ、客の姿はまばらだ。

 

 だが、雑誌コーナーの片隅に、異様なオーラを放つ人物がいた。

 

 銀髪のボブカットに、漆黒の修道服(ハビット)。首から巨大なロザリオを提げた、本物のシスターである。

 

 彼女の名は、ソフィア・I・イスカリオテ。

 

 イタリア教皇国から派遣された異端審問官であり、表向きは(・・・・)敬虔な聖職者だ。

 

「(……ほう。これが極東の『ラブコメ』という文化ですか。……ふしだらな。実にけしからん)」

 

 彼女が聖書カバーの裏に隠して熟読しているのは、『週刊少年チャンプ』のグラビアページだった。

 

 彼女の頬はほんのりと朱に染まり、眼鏡の奥の瞳は爛々と輝いている。

 

「(幼馴染と転校生の間で揺れ動く主人公……。破廉恥です。しかし、この『ラッキースケベ』なる現象の発生確率は神の悪戯としか……)」

 

 彼女もまた、この国のサブカルチャーとスイーツを愛する「ムッツリ」であった。

 

 バチカンの経費でエロ本を分析するな。地獄に落ちろ。

 

「(さて、そろそろ甘味を確保して帰投しましょうか)」

 

 ソフィアが雑誌を棚に戻そうとした、その時。

 

ウィーン

 

 自動ドアが開いた。

 

 入ってきたのは、死神の鎌を背負った銀髪の怪人――ルートである。

 

「(ッ!? 悪魔崇拝者(サタニスト)!? ……いや、ただの質の悪いコスプレですか)」

 

 ソフィアは一瞬身構えたが、すぐに警戒を解いた。日本は平和ボケした国だ。こういう手合いも珍しくはない。

 

 だが、その一瞬の油断が命取りとなった。

 

「む。あったぞ」

 

 ルートは迷うことなくスイーツコーナーへ直行。

 

 そこには、最後の一個となった『とろ〜り濃厚・クッキーシュー』が鎮座していた。

 

「あ…………」

 

 ソフィアが雑誌を戻し終えて手を伸ばした時には、もう遅かった。

 

 ルートの滑らかな指先が、無造作に、しかし確実にそのシュークリームを掠め取ったのだ。

 

「フ……やはり神には運命も味方するか。頂こう」

 

 ルートはカゴに商品を放り込み、ついでに肉まんも注文してレジへと向かう。

ソフィアはその場に立ち尽くした。

 

「(主よ……なぜ私にこのような試練を……。私の『和の心(シュークリーム)』が……)」

 

 悔しさに震えるソフィア。

 

 だが、聖職者としてのプライドと、さっきまでエロ本を読んでいた後ろめたさが邪魔をして、声をかけることができない。

 

 あとシュークリームは日本固有のものでも何でもないだろ。

 

 その時だ。

 

 去りゆくルートがローブを翻した拍子に、背中の布が大きくはだけた。

 

 あらわになる、透き通るような白い肌。

 

 華奢な肩甲骨から腰へと続く、人間離れした美しい曲線美。

 

「ぶふっ……!?」

 

 ソフィアは思わず変な声を出した。

 

「(は、破廉恥な……! 公衆の面前でなんという肌の露出……! 悪魔的です!)」

 

 彼女は顔を真っ赤にして十字を切った。

 

 だが、その指の隙間からは、ルートの背中を ガッツリと凝視 していた。

 

「(……しかし、なんという完成された肉体美……。性別すら超越した神々しさ……。悔しいですが、眼福です……アーメン)」

 

 嘆かわしいことに、彼女はゴリゴリの聖職者でありバチカンでは指折りの実力者である。

 

  この世界の強者は、性癖を拗らせないと就職できない決まりでもあるのか?

 


 

「フンフ〜ン♪ 良い買い物をした」

 

 コンビニ袋を提げ、ルートは上機嫌で夜道を歩いていた。

 

 街灯の少ない、薄暗い公園の脇を通りかかった時だ。

 

(……ターゲット、確認)

 

 公園の暗がり。

 

 ジャングルジムの上から、その様子を冷ややかに見下ろす影があった。

 

 ゴシックロリータ風の黒いドレスに、頭にはふわりとした 猫耳

 

 帝国陸軍・特務八課の「掃除屋」、(いぬい)である。

 

(あらあら。無防備に歩いちゃって……可愛いわねぇ)

 

 彼女はジャングルジムの上で足を組み、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 彼女の目には、ルートは「危険な幻種」ではなく、「生意気で可愛らしい迷子」に映っている。

 

 任務は監視だが、少しばかり「教育」してあげても罰は当たらないだろう。

 

(夜道は危ないって、お姉さんが教えてあげないと)

 

 乾は音もなく地面に着地すると、妖艶な笑みを貼り付け、砂場へと歩み出た。

 

「――あら」

 

 艶のある、甘い声を作る。

 

「こんな時間に一人? ダメじゃない、ボク」

 

 ルートが足を止める。

 

 乾はゆっくりと距離を詰め、しゃがみこんでルートの顔を覗き込んだ。

 

 まるで迷子をあやすような、あるいはペットを愛でるような仕草。

 

 だが、その影からは、鋭利な殺気が肌を撫でるように滲み出ている。

 

「お家はどこかな? それとも……悪いお姉さんと『火遊び』しちゃう?」

 

 ルートは乾の猫耳をじっと見つめ、深く頷いた。

 

「ふむ。貴様もか」

「ん?」

 

「深夜にそのような格好……貴様も『設定(ロールプレイ)』に入り込むタイプだな? 吾輩にはわかるぞ。その猫耳、なかなかの完成度だ」

 

 乾の眉がピクリと跳ねた。

 

 年下扱いしてマウントを取ったつもりが、逆に「痛いコスプレ仲間」扱いされたのだ。

 

「だが、すまないが今は取り込み中だ。このシュークリームのクリームが溶ける前に帰らねばならん。貴様の『遊び(ごっこ)』に付き合っている暇はない。……去れ」

 

 ルートはシッシッと手を振った。

 

 まるで野良猫を追い払うような仕草。

 

 乾の顔から、余裕たっぷりの笑みが消え失せる。

 

「(……生意気なガキ。可愛がってやろうと思ったのに)」

 

 乾の瞳から、演技が消える。

 

 殺すつもりはない。ただ、その減らず口をきけないように、少しばかり「(しつけ)」が必要だ。

 

「……ねえ。お姉さんの言うことが聞けない悪い子には、お仕置きが必要かしら?」

 

 乾が指先を動かし、影から「脅しの爪」を見せようとした――その瞬間。

 

 ギュンッ!!!

 

 ルートのローブのポケットが、突然激しく発光した。

 

「ぬおっ!? なんだルーター!?」

 

 ポケットから飛び出したのは、トカゲ型の通信端末(実質)『ルーター君』だ。

 

 猿渡による違法改造の影響か、あるいはただの着信か。

 

 ルーター君は激しく明滅しながら、地面へと飛び降り、不規則な動きで走り出した。

 

 ッ!!!

 

 闇夜を切り裂く、高速で動く光の点。

 

 レーザーポインターのような、素早い動き。

 

 その瞬間。

 

 乾の瞳孔が、カッと縦に開いた。

 

「――ッ!?」

 

 彼女の脳内で、「年上の余裕」と「猫としての抗えない本能」が激突する。

 

 そして0.1秒後、本能が圧勝した。

 

にゃっ!?(光だ!)

「ちょ、おい待て! どこへ行くルーター!」

キュイ〜!(追いかけっこ〜!)

シャアアアアッ!!(捕まえるぅぅぅッ!!)

 

 乾は四つん這いになり、猛烈なスピードで光を追いかけ始めた。

 

 幻種としての身体能力が、全て「光の点を捕まえること」だけに注がれる。

 

 お姉さんムーブも、躾も、プライドも、全てが消し飛んだ。

 

 彼女は今、ただの 高性能な猫 だった。

 

「待ちなさーーーい!!」

 

 乾はルーター君を追って砂場を駆け抜け、ブランコを飛び越え――そして、光が鉄棒に反射した瞬間、勢い余ってそこへ突っ込んだ。

 

 ガィィィン!!!!

 

 盛大な金属音が、深夜の公園に響き渡る。

 

 乾は鉄棒に頭から激突し、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「…………」

 

 静寂が戻る。

 

 ルーター君は満足げに明滅を止め、ルートの肩へと戻ってきた。

 

 「キュウ(勝った)」と言わんばかりのドヤ顔である。

 

「……なんだ今の」

 

 ルートは呆然と、ピクリとも動かない乾を見下ろした。

 

 そして、優れた頭脳で(間違った)結論を導き出した。

 

「そうか……腹が減っていたのか。空腹のあまり、光る虫を追いかけて力尽きるとは……。野良の生活も楽ではないのだな」

 

 ルートは「慈悲深い神」のような顔つきになった。

 

 そして、コンビニ袋からホカホカの肉まんを取り出すと、倒れている乾の頭の上に、ポンと乗せた。

 

「食え。供物だ。……達者で暮らせよ、名も無き猫よ」

 

 ルートはマントを翻し、カッコよく去っていった。

 

 背中の大鎌が、公園の出口の柵にまた引っかかったが、今は触れないでおこう。

 

  情けない。

 

 この国の国防費と禁忌技術の結晶が、 猫だましの光 に敗北した瞬間である。

 


 

 数分後。

 

「……う、うう……」

 

 乾は呻き声を上げて意識を取り戻した。

 

 額には大きなタンコブ。

 

 特務八課の最終兵器ともあろう者が、あんな子供騙しの光に釣られて自滅するなど、前代未聞の大失態だ。

 

「……ありえない……私が、あんな……」

 

 乾は顔を覆う。

 

 だが、鼻先には、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが漂っていた。

 

 頭上に乗せられた、コンビニの肉まん。

 

 化学調味料と豚肉の脂の匂いが、彼女の鼻腔をくすぐる。

 

 彼女は震える手でそれを手に取った。

 

 本来なら、地面に叩きつけるべきだ。敵からの施しなど、軍人の恥だ。

 

 しかし、彼女の()は、打撲の痛みと寒さで、温かいものを求めていた。

 

「……ハムッ」

 

 食べた。

 

 一口食べると、止まらなかった。

 

 寒い冬の夜空の下、温かいジャンクフードの味は、孤独な兵器の心にあまりにも染みた。

 

「……くっ、覚えてなさい……!(モグモグ……悔しいけどコンビニ肉まんは美味しい……!)」

 

 完食した後、乾は口元の脂を拭い、ルートが去っていったアパートの方角を睨みつけた。

 

 その瞳には、屈辱と、そして奇妙な執着の光が宿っていた。

 

「私の『監視』はまだ終わってないわ。……次はもっと良いもの(プレミアム肉まん)を寄越すまで、徹底的にマークしてやる」

 

 こうして、この国有数ヤバいのストーカーが誕生した。

 

 彼女が次に狙うのはルートの素性か、それとも猿渡家の冷蔵庫の中身か。

 

 どちらにせよ、 私の胃痛の種が増えたことだけは確実である。

 

 いい加減、腐食に強い胃を買うべきか……

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