木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第四話後編 ※実際の転売ヤーは表面上礼儀正しいです

 前回のあらすじ:

 

 激辛麻婆豆腐を遠心分離で冷却する謎のバイトリーダー・(ワン)

その神業に助けられたポンコツ聖女・ソフィア。

 

 二人の奇妙な縁は、秋葉原という聖地でさらなる化学反応(主に暴力)を引き起こすことになる。

 

 ちなみに、今回の被害総額はプライスレス。私の胃壁は最近は小康状態だ。

 


 

 午前五時。

 

 帝都(とうきょう)・秋葉原。

 

 まだ朝日も昇りきらない薄暗い路地に、異様な集団が形成されていた。

 

 数千、いや数万の人間が、無言で整列している。

 

 彼らの瞳に宿る光は、信仰心に近い。いや、信仰そのものだ。

 

 今日は年に一度の祭典――通称『聖戦(コミケ)』の場外乱闘戦、アキバ限定ショップの合同販売日である。

 

 その待機列の中に、一際怪しい人影があった。

 

 トレンチコートにサングラス、そして顔を覆う巨大なマスク。

 

 昭和の刑事ドラマに出てくる張り込み犯か、あるいはただの不審者か。

 

 その正体は、バチカン指折りの異端審問官、ソフィア・I・イスカリオテである。

 

(……寒いですわ。日本の冬を舐めていました)

 

 ソフィアはコートの襟を立て、ガタガタと震えていた。

 

 懐には、昨日のバイト代が入った封筒。

 

 その全額が、今日発売される『背徳の聖職者(R18・限定小冊子付き)』へと変換される予定だ。

 

(耐えるのです、ソフィア。この寒さも、推し(カプ)への愛を試す試練……! 待っていてください、騎士団長……今、お迎えに上がりますから……!)

 

 彼女の脳内では、すでに購入後のシミュレーション(読む順番と保管場所の選定)が完璧に組まれていた。

 

 だが、現実は非情だ。

 

「おい」

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 

「……そこの不審者。詰めろ。列が進んでいるぞ」

「ッ!?」

 

 ソフィアは心臓が止まるかと思った。

 

 バレたか?

 

 異端審問官がこんな朝早くから、エロ本のために並んでいることがバレたのか!?

 

 恐る恐る振り返ると――そこにいたのは、さらなる不審者だった。

 

「……なっ」

 

 目の前に立っていたのは、フルフェイスのガスマスクを装着し、胸に筆文字で『働いたら負け』書かれた、安息日くらいしか着ることが許されなさそうなTシャツを着た小柄な人物。

 

 しかし、その声色は間違いなく、先日コンビニで遭遇し、また先日バイト先で麻婆豆腐を食べていたあの「悪魔崇拝者(ルート)」である。

 

(げぇっ! またこいつですの!?)

 

 ソフィアはサングラスの下で白目を剥いた。

 

 だが、ここで騒ぐわけにはいかない。騒いでパイルバンカーでも出そうものならば、バチカン(本庁)に本当の行動が露見する。

 

 彼女は今、大使館の自室でスヤスヤ眠っていることになっているのだから。

 

 ソフィアは必死に声を低くし、ボイスチェンジャー気味に答えた。

 

「……なんのことでしょう。私はただの一般市民です」

「ほう? 昨日の店員と同じ匂いがするがな。安物の香辛料と、貧乏の匂いだ」

 

「ッ……!(このガキ、一言一句が神経を逆撫でしますわね……!)」

 

 ソフィアがパイルバンカーに手を伸ばしかけた、その時。

 

 ルートは興味なさげに視線を逸らした。

 

「まあいい。貴様の正体が何であれ、吾輩の目的はこの先の『限定フィギュア』のみ。貴様が何を求めていようが、すべてなぎ倒して進むのみよ」

「……なんですって?」

「安心しろ。極力(・・)、互いの領分(ジャンル)は侵さない。……だが」

 

 ガスマスクの奥で、ルートの目が鋭く光った。

 

「吾輩の邪魔をする『害悪(転売ヤー)』が現れた時は……貴様も盾になれ」

「……ふん。言われなくても、聖戦を汚す輩には慈悲を与えませんわ」

 

 奇妙な不可侵条約が成立した瞬間だった。

 


 

 列はじりじりと進む。

 

 だが、二人の背後では、誰も気づかないレベルの「異変」が進行していた。

 

「……おい不審者。さっきから後ろが騒がしくないか?」

 

 ルートが振り返らずに尋ねる。

 

「ええ……何やら、風を切るような音と、くぐもった悲鳴が……」

 

 ソフィアも気になっていた。

 

 二人が会話しているその背景を――

 

 シュッ!

 

 チェックのシャツをズボンにインした、やたらと姿勢の良いスタッフが、残像を残して駆け抜けていった。

 

 その腕には「STAFF」の腕章。

 

 そしてその手には、列に割り込もうとしていた半グレ(転売ヤー……?)の襟首が握られている。

 

「あ、お客様ー! そちらは最後尾ではありませんよー^^」

 

 爽やかな声。

 

 しかし、半グレの足は地面から浮いていた。

 

「あ? 放せオラ! ……って、うわ!? なんだこの腕力!? ビクともしねぇ!?」

「ご案内しまーす。こちら(路地裏)へどうぞー」

 

 スタッフ――(ワン)は、満面の笑みで転売ヤーを小脇に抱え、そのまま路地裏の闇へと消えていった。

 

 直後。

 

 ドカッ! バキッ!

 

「アガァァァッ!?」

「お客様、関節はそちらには曲がりません」

「ごめんなさひぃぃぃ! 帰りますぅぅぅ!」

「業務の邪魔です。……ハイ、次の方ー」

 

 路地裏から、鈍い打撃音と断末魔、そして事務的なアナウンスだけが聞こえてくる。

 

 ソフィアとルートは顔を見合わせた。

 

「……今のスタッフ、昨日のバイトリーダーに似ていませんでした?」

「さあな。だが、あの動き……一般人にしてはやる。軍事用サイボーグか何かか?」

「まさか。ただのボランティアでしょう」

 

 二人は「見なかったこと」にした。

 

 実際、武装親衛隊(SS)の隊員ではあるので、(あた)らずと雖《いえど》も遠からずなのだが。

 

 秋葉原は魔境だ。

 

 路地裏で転売ヤーが数人、物理的に畳まれていたとしても、それは日常の風景(チャリティー活動)に過ぎない。

 


 

 そして、午前十時。

 

 販売開始のベルが鳴った。

 

 邪魔な半グレやら転売ヤーたちが謎のスタッフと「(ふる)い」によって全員排除されたおかげで、列は驚くほどスムーズに進んだ。

 

「……買えた」

 

 ソフィアは震える手で、戦利品を抱きしめた。

 

 表紙には、肉体美を誇る騎士たちが絡み合う、神々しい(※個人の感想です)イラスト。

 

 インクの匂い。紙の感触。

 

「ああ……尊い……。これが……私が守りたかった世界……」

 

 サングラスの下で、ソフィアは涙を流していた。

 

 昨日の激辛バイトも、早朝の寒さも、すべてはこの瞬間のためにあったのだ。

 

 ふと横を見ると、ルートもまた、大きなフィギュアの箱を愛おしそうに撫で回していた。

 

「ふむ。造形、塗装、ともに合格点だ。……地球の職人芸も捨てたものではないな」

 

 ニート死神と、異端審問官。

 

 種族も立場も違う二人が、秋葉原の路上で、全く同じ「達成感」に浸っていた。

 

「……おい不審者」

 

 ルートが声をかけてきた。

 

「なんですか、ガスマスク」

「貴様、いい買い物をした顔だな。昨日の麻婆も悪くなかった。……褒めて遣わす」

 

 ルートはそれだけ言うと、マント(パーカー)を翻して雑踏へと消えていった。

 

「……ふん。生意気なガキですわ」

 

 ソフィアは口元を緩め、大事な「教典」を懐にしまった。

 

 彼女もまた、足取り軽く帰路につく。

 

 その二人の背後。

 

 ゴミ捨て場には、綺麗に紐で縛られ、出荷準備が整った転売ヤーたちの山が築かれていた。

 

 その横を、一人の男が通り過ぎる。

 

 チェックのシャツに、銀縁眼鏡。

 

 手には「清掃完了」のチェックシート。

 

(……対象の精神状態、極めて良好。笑顔を確認。任務完了)

 

 (ハンス)は満足げに頷くと、誰にも気づかれることなく、次のバイト先(引っ越しセンター)へと走っていった。

 

 今日もまた、世界の平和()は、名もなき英雄によって守られたのである。

 


 

 その夜。猿渡のアパート。

 

「……おい、ルート」

 

 猿渡恭介は、夕食のカップ麺をすすりながら、ニュース画面を指差した。

 

『本日未明、秋葉原の路地裏で、男性集団数十名がゴミ捨て場に綺麗に整列させられて発見されました』

 

 キャスターが困惑気味に原稿を読んでいる。

 

『被害者(?)は全員、「眼鏡が光った」「中華鍋が見えた」「関節技のキレが凄かった」などと意味不明な供述をしており、警察は秋葉原に潜む新たな自警団の仕業と見て……』

「……この『中華鍋』って、昨日の店員じゃないか?」

 

 猿渡がジト目でルートを見る。

 

 ルートはコタツの上で、買ってきたばかりのフィギュア(マジカル・ルル闇堕ちver.)を様々な角度から撮影していた。

 

「さあな。だが、あの店員ならやりかねん。……猿渡、今度あの店に出前を頼め。あいつは使えるぞ」

「やめろ。これ以上、面倒ごとを呼び込むな。俺の胃が死ぬ……あ、でも猫は歓迎だ」

「ニャー!(カニカマ!)」

 

 猿渡は胃薬を水で流し込み、深くため息をついた。

 

 だが彼はまだ知らない。

 

 火種は意外と近いところにあるものだと。

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