木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第五話 電子レンジ狂騒曲

 帝都・東京。

 

 築四十五年、木造アパートの一室に、神話級の危機(ラグナロク)が迫っていた。

 

 ことの発端は、近所のスーパーで毎月一日に開催される「お客様感謝デー」である。

 

 そこで半額シールを貼られた「丸鶏」を手に入れたことが、人類史に残る《ruby》喜劇《rt》悲劇《/rt》の幕開けとなった。

 

「ふむ。人間の調理器具……この電子レンジ(文明の利器)とやらは、いささか性能が心許ない」

 

 六畳一間のキッチンで、自称・死神、本当はニートことルートは、腕組みをして唸っていた。

 

 彼の目の前には、黒い家電。同居人の猿渡がリサイクルショップで三千円で買ってきた、型落ちのオーブンレンジだ。

 

「マイクロ波による分子振動加熱……。原理は悪くないが、これでは加熱ムラが生じる。皮はパリパリ、中はジューシー。その矛盾する命題を解決するには、物理法則を少しばかり書き換える(パッチを当てる)必要があるな」

 

 ルートは躊躇なく、虚空に指を走らせた。

 

 彼が指先で空気をタップするたびに、幾何学的な光の紋様が空中に展開される。

 

 それは地球上のいかなる魔術言語とも異なる、異質な論理構造(ロジック)だった。

 

『対象座標定義。熱伝導率を物理法則無視で100%に固定』

『重力制御による肉汁循環プロセス、起動』

『余剰熱量は亜空間へ廃棄せよ』

「よし。こんなものであろう」

 

 ルートが決定(エンター)キーを叩くように空気を弾く。

 

 直後、電子レンジが「ブゥゥン」という低い駆動音ではなく、「キュイイイイイィン……」という、ジェットタービンのような高周波を放ち始めた。

 

 庫内で回転する丸鶏は、反重力によってふわりと浮き上がり、神々しい黄金の粒子を撒き散らしている。

 

 それは、ただの調理風景ではない。

 

 人類の科学も魔術も置き去りにする、圧倒的なオーバーテクノロジーによる「加熱」だった。

 

 背後のコタツでは、猿渡がヘッドホンをして爆睡しており、黒猫の乾もルーター君(ゲーミング・トカゲ)を抱き枕にして幸せそうに寝息を立てている。

 

 この部屋の住人は誰一人として気づいていなかった。

 

 今、この瞬間。

 

 彼らが、帝都東京を震撼させる「特級戦略脅威」として認定されたことに。

 


 

 市ヶ谷、大本営地下深部。

 

 対《ruby》超常現象《rt》オカルト《/rt》特務機関、大本営陸軍部・特別作戦室、通称「特務八課」の指令室は、いつも通りの倦怠感に包まれていた。

 

「あーあ。今日の対象、珍しく丸鶏みたいですねぇ」

「平和でいいじゃないか。俺なんか昨日の残業で……」

 

 オペレーターが欠伸を噛み殺しながら、監視モニターに目をやった、その時である。

 

  ドガァァン!!

 

 比喩ではなく、物理的にモニターが爆発した。

 

 過負荷に耐えきれなくなったコンデンサが火を噴き、指令室に白煙が立ち込める。

 

「な、なんだ!? 敵襲か!?」

「違います! 監視対象周辺の計器が、全て振り切れました!!」

 

 警報音が鳴り響く中、分析官の秋山陸軍大佐が予備モニターへと滑り込む。

 

 潔癖症気味に眼鏡の位置を直した彼の表情が、次の瞬間、絶望に凍りついた。

 

「ば……馬鹿な……」

 

 画面に表示されているのは、魔力波形ではない。

 

 それは、現代魔術の理論を遥かに超えた、解析不能な「未知の術式」の羅列だった。

 

「これは『火魔法』や『熱操作』などというチャチな代物じゃない……! あの幻種は、空間そのものの座標データを書き換えて、熱を発生させている!」

 

 秋山の優秀すぎる頭脳が、最悪の解釈を弾き出す。

 

 今まで、あの少女の姿をした幻種(バケモノ)はただのアニメ好きのニートを装っていた。

 

 だが、それは全て擬態(カモフラージュ)

 

 奴は「ただの怪しいニートの死神」などではなかった。

 

「奴は、この帝都の座標をズラす気か……!? これは『次元崩壊術式』の起動プロセスだ!!」

 

 指令室がパニックに陥る中、長官席でアイマスクをして昼寝をしていた葛城陸軍中将が、むくりと起き上がった。

 

 彼は状況を1ミリも理解していなかったが、長年の勘で「極めて面倒くさいことになる」と察知した。

 

「ふむ。つまり、ヤバいのか?」

「ヤバいなんてものではありません! 放置すれば東京が地図から消えます!」

「そうか。なら、堂目木に行かせろ」

 

 葛城は即座に決断し、再びアイマスクを装着した。

 

「私は地下シェルターの……そう、備蓄食料の味見に行ってくる。指揮権は秋山、君に委譲する」

「この狸親父がァァッ!!」

 


 

 事態は、急速に悪化した。

 

 ルートが「皮をパリパリにするため」だけに出力した余剰エネルギーが、帝都の防衛システムを刺激してしまったのだ。

 

 東京の各所に設置された、冷戦時代の遺物である「帝都防衛用広域結界杭」。

 

 普段は低い唸りを上げているだけの黒い鉄柱が、突如として赤色警戒色(パターン・クリムゾン)に発光し、自律防衛モードへと移行した。

 

 政府中央省庁の周囲に、幾何学模様の光のドーム――断絶結界(ロックダウン)――が展開される。

 

 お昼時で外に出ていた公務員やサラリーマンたちは、その光景に思わずポカンと口を開けてしまった。

 

 誰だってこれがまともに動いているところを見たことがなかったからだった。

 

 少なくとも警視庁の交通規制と情報統制が遅れるくらいには、永田町に動揺が走った。

 

 一方その頃、急行した陸軍の軽戦車隊と、特務八課の実動部隊が過疎ったアパート(諸悪の根源)を完全に包囲していた。

 

「……遅かったか」

 

 現場指揮官である堂目木中佐は、ガスマスクの下で歯噛みした。

 

 眼前の古びたアパートは、今や漆黒の闇に覆われ、内部からは形容しがたい高周波(※電子レンジの音)と、禍々しい魔力の胎動(※調理中の熱)が漏れ出している。

 

「あのアホ面の下に、これほどの怪物を飼っていたとはな……。完全に虚を突かれた」

 

 堂目木は悔恨に震えた。

 

 コンビニでプリンを気にかけていたあの日。会議を強引に誘導して、もっと警戒レベルを上げておくべきだったのだ。相手はただのプー太郎ではなく、文明を捕食する邪神だったのだと。

 

 彼は無線機のスイッチを押し込み、悲痛な声で呼びかけた。

 

「応答せよ! 潜入中の甲要員(エージェント)! 乾少佐! 聞こえるか!!」

 


 

 一方、アパート内部。

 

 そこは、外の喧騒とは無縁の楽園(エデン)だった。

 

「…………」

 

 コタツの中には、液体のようにとろけた黒猫が一匹。

 

 乾である。

 

 彼女の首輪に取り付けられた超小型通信機が、先ほどから激しく点滅していた。

 

『緊急事態! 応答せよ! 乾少佐! 貴官は精神支配されているのか!?』

 

 乾は薄目を開け、通信機をねめつけた。

 

 彼女はいま、ルーター君の排熱で極上の惰眠を貪っている最中なのだ。

 

 国家の危機か何か知らないが、猫の睡眠を妨害する罪は万死に値する。

 

「……ニャ(うるさいわね)」

 

 プチッ。

 

 彼女は肉球で通信機の電源を切り、再び温かい闇へと沈んでいった。

 

 ――その頃、外では。

 

「つ、通信途絶! 乾少佐からの反応、消失しました!!」

「馬鹿な……あの手練れが一瞬で無力化されただと……!?」

 

 秋山の悲鳴が無線越しに響く。

 

 堂目木の背筋に冷たい汗が流れた。

 

「もはや猶予はない……。総員、対ショック防御! 爆縮まであと一分だ! 乾の仇は我々が討つ!!」

 

 兵士たちが遺書を握りしめ、悲壮な覚悟を決める。

 

 その壁一枚隔てた向こう側では、

 

「おお、いい焼き色だ。やはり重力を無視すると火の通りが良い」

 

 ルートがミトンをはめてウキウキしていた。

 

 テレビからは、魔法少女アニメのオープニングテーマが大音量で流れている。

 

 外は地獄。

 

 中は極楽。

 

 この世で最も残酷な温度差が、そこにはあった。

 


 

「エネルギー充填率、臨界点突破!!」

 

 秋山の絶叫が合図だった。

 

 結界内部の魔力圧(※オーブンの熱気)がピークに達する。

 

「突入ゥゥッ!! 帝国の未来を切り開け!!」

 

 堂目木の号令と共に、魔導パイルバンカーがドアを粉砕した。

 

 それと同時に、特殊部隊が室内に雪崩れ込む。

 

「確保ォォォッ!! 動くなァッ!!」

 

 数十の銃口が、部屋の中央に向けられた。

 

 硝煙と木屑が舞う中、世界の終わりを告げる音が響く――はずだった。

 

 『 ♪〜 ピロリロリン、ピーーーーーッ!

 

 それは、あまりにも軽快な電子音。

 

 出来上がりを知らせるメロディだった。

 

 その瞬間。

 

 部屋中に充満していた「未知の重力波」も、「殺人的な魔力」も、霧散するようにスッと消滅した。

 

 外で唸りを上げていた結界杭も、まるで憑き物が落ちたように沈黙する。

 

「……は?」

 

 堂目木が、間の抜けた声を漏らした。

 

 煙が晴れていく。

 

 そこに立っていたのは、世界を滅ぼす魔王ではない。

 

「……なんだ? ずいぶんと賑やかな来客だな」

 

 花柄のミトンを両手にはめた、ジャージ姿のニートだった。

 

 彼女は不思議そうに首を傾げ、手元の皿を掲げてみせた。

 

「引越し蕎麦ならぬ、引越しチキンでもたかりに来たか? ……まあいい。吾輩は寛大だ」

 

 そこにあるのは、黄金色に輝く、完璧な焼き加減のローストチキン。

 

 焦げた皮とローズマリーの香ばしい匂いが、緊張で張り詰めていた兵士たちの胃袋を直撃した。

 

「あ、あの……次元崩壊は? 未知の術式は……?」

 

 呆然と呟く堂目木に、ルートは鼻を鳴らす。

 

「何を言っている。肉のタンパク質を熱変性させただけだが? ……ふむ、貴様らもこの『香り』に引かれて来たのか。人間の嗅覚も侮れんな」

 

 沈黙。

 

 圧倒的な沈黙が場を支配する。

 

 その時、コタツの布団がモゾモゾと動いた。

 

 ひょっこりと顔を出したのは、「制圧された」はずの乾少佐(猫モード)だ。

 

「ニャーン(ごはんまだ?)」

「おっと、お前の分もあるぞ」

 

 堂目木と乾の視線が交錯する。

 

 乾は一瞬「あ、やべ」という顔をしたが、即座に猫の演技に戻り、素知らぬ顔でチキンの皿へ飛びついた。

 

(こいつ……ただ飯を待ってただけか……!?)

 

 堂目木の脳内で、何かが切れる音がした。

 

 さらに追い討ちをかけるように、ソファで寝ていた猿渡が、爆音に目を覚まして起き上がる。

 

「ん……? あぁ、ルート(駄犬)のお客様か。ごゆっくりどうぞ」

 

 この緊張感のなさ。

 

 この平和ボケ。

 

 堂目木はゆっくりと銃を下ろし、深く、深く溜息をついた。

 

「……こちら現場。作戦終了」

 

 無線機越しの秋山が、緊迫した声で問いかけてくる。

 

『どうした堂目木! 敵の正体は!? 例の魔術は阻止できたのか!?』

「……対象の脅威レベルを修正する。奴は……」

 

 堂目木は、目の前でチキンにかぶりつくニートと猫を見つめ、力なく告げた。

 

「……料理にこだわりすぎる、ただの食通だ。以上」

 

 無線機の向こうで、秋山が計算機を床に叩きつける音が聞こえた気がした。

 

 こうして、帝都の平和は守られた。

 

 犠牲になったのは、国の税金と、堂目木中佐の胃壁だけであった。

 

 なお、このローストチキンはその後、特務八課の面々にも振る舞われ、「悔しいが店より美味い」という屈辱的な評価を受けたという。

 

(※ちなみに、電子レンジは過負荷で二度と動かなくなりました)

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