木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第二話 あたおか・ふぁーすとこみゅにけーしょん

 前回、木星の大赤斑を物理的に破壊して(迷惑をかけながら)地球へ降り立ったニート神、ルート。

 

 彼女が向かった先は、Cランクダンジョン『碧の岩窟』。

 

 そこには、もう一人の「関わってはいけない人間」がいた。

 

■□■□

 

 地下四階層。湿った苔の光が青白く洞窟内を照らし出している。

 

「グルルルルゥッ!!」

 

 空間を震わせる咆哮と共に、トラックのような質量が突っ込んでくる。

 

 マッド・グリズリー。

 

 推定体重八〇〇キログラム。全身が鋼のような剛毛に覆われた暴走熊だ。

 

 普通の人間なら、その姿を見ただけで腰を抜かし、次の瞬間にはミンチになっているだろう。

 

 普通なら、だ。

 

 だが、目の前の男――猿渡恭介は違った。

 

「いいぞ……その広背筋の可動域、素晴らしい……!」

 

 彼は恍惚とした表情で、迫りくる死の塊を見つめていた。

 

 熊の腕が振り下ろされるのを紙一重で回避し、流れるような動作でスライディング。

 

 その手には武器ではなく、高性能なビデオカメラが握られている。

 

 彼はダンジョンを探索し、そこにいる獣たちを研究する学者だった。この男にとって、眼前の熊は貴重な「サンプル」だった。

 

「右前脚の負傷による重心のブレ……それをカバーするための僧帽筋の異常発達。なんて美しい適応進化なんだ」

 

 うん、少し……いやかなり気持ち悪い。

 

 純粋に、生理的に無理だ。

 

 死の危険よりも筋肉の美しさにハアハアするこの男、ダンジョン生態学者であり、重度の「ケモナー」である。

 

 彼にとってこの襲撃は、ご褒美プレイらしい。警察を呼ぶべきか、病院を呼ぶべきか悩むところだ。

 

「ハア、ハア……もっとだ。もっと怒れ。興奮状態で逆立った毛並みの質感を、4K画質で記録させてくれ」

 

 猿渡が地面を蹴り、最適な画角へ移動しようとした、その時だ。

 

 突如、ダンジョンの天井が爆発した。

 

■□■□

 

 落盤と共に、凄まじい砂煙が舞い上がる。

 

 粉塵が晴れると、そこにはクレーターの中心で片膝をついた、一人の「少女」がいた。

 

 透き通るような白髪に、漆黒のローブ。

 

 その姿はあまりにも神々しかった。

 

 はい、出ました。本日二度目の「スーパーヒーロー着地」。

 

 学習しないな、このニート。膝の軟骨がすり減るぞ。

 

(ふふふ……見ろ、人間。これこそが「ヒーロー着地」だ!)

 

 心の中でドヤ顔をするな。

 

 彼女の視界には、巨大な熊に追い詰められている(ように見える)貧弱な人間が一人。

 

(ふっふっふ。あの人間、やはり食われる寸前ではないか。ここで吾輩が颯爽と助ければ、人間社会での好感度は爆上がり。もしかすれば、お礼に「転餌Blu-ray全巻」くらいは貰えるかも知れん!)

 

 思考回路が欲望に忠実すぎる。あとそのアニメそんな略称なのか。

 

 そして「助けたお礼=円盤」という発想が、昭和のオタクかと思うほど古い。今は配信の時代だぞ。

 

 

 ルートはスッと立ち上がり、大鎌をバサリと翻して熊と人間の間に割って入った。

 

 白髪がふわりと舞う。

 

 銀色の瞳が、不遜に細められる。

 

「恐れよ! そして崇めよ! 吾輩は死神――」

「どけッ!! 被ってるだろバカ野郎!!」

「……えっ」

 

 おめでとう。第一声が「バカ野郎」だ。

 

 感動の対面どころか、撮影の邪魔をしたAD扱いである。

 

 ルートが振り返ると、猿渡が鬼のような形相で睨んでいた。

 

「貴様! 今、熊の『瞬膜』が閉じる決定的瞬間だったんだぞ! 何、フレームインしてんだ! 邪魔だ!」

「は……? いや、吾輩は助太刀を……」

「助けなど呼んでいない! 僕が欲しいのはデータだ! そこをどけ、そのツルツルの肌は露出オーバーで白飛びするんだよ!」

(なんだこの人間……!?)

 

 全くだ。私もそう思う。

 

 だがルートよ、お前も人のことを言えないレベルで変人だということを忘れるな。

 

■□■□

 

 呆気に取られるルートをよそに、ターゲットを見失って苛立ったマッド・グリズリーが、新たな邪魔者であるルートへ標的を変更した。

 

 岩をも噛み砕く顎が、ルートの華奢な首元へと迫る。

 

「チッ、死んだか」

 

 猿渡は冷徹に呟き、カメラの設定を『捕食シーン』へ切り替えた。

 

 おい眼鏡。なぜそこで高画質録画の準備をする。

 

 人命救助という概念が、彼の辞書には最初から印刷されていなかったらしい。

 

 だが、ルートは焦らない。

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、身の丈を超える巨大な鎌を振りかぶった。

 

 死神のように。アニメの主人公のように。

 

 カッコよく、一閃。

 

 カキンッ!

 

「あ」

 

 乾いた音が響いた。

 

 長すぎた鎌の柄が、天井から垂れ下がる鍾乳石にガッツリと引っかかったのだ。

 

 ……言わんこっちゃない。

 

 屋内戦で長物を振り回すなと、あれほどFPSゲーマーの間では常識だというのに。

 

当たり判定(ヒットボックス)」の管理が甘すぎる。

 

(やっ、やべっ。屋内戦用の当たり判定考慮してなかった! 抜けない!?)

 

 ルートがわちゃわちゃと鎌を引っ張っている間に、熊の鼻先は目前に迫っている。

 

 死神(笑)の顔面に、絶望的な爪が振り下ろされる。

 

「ええい、鬱陶しい!」

 

 ルートは鎌をパッと手放すと、反射的に右手を振った。

 

 それは、まとわりつく羽虫を追い払うような、ぞんざいな「裏拳」だった。

 

 ドガァァァァァンッ!!

 

 次の瞬間、衝撃波がダンジョン内を駆け抜けた。

 

 熊の悲鳴すら聞こえなかった。

 

 ルートの拳が触れた瞬間、マッド・グリズリーの上半身が「消滅」したからだ。

 

 ……修正しよう。これは「裏拳」ではない。

 

 ただの「質量兵器による暴虐」だ。

 

 細胞レベルで消し飛ばされた熊に、深い哀悼の意を表したい。来世ではもっと平和な動物園に生まれてくることを願う。

 

 ダンジョンに静寂が戻る。

 

 ルートは手の甲をフーフーと吹き、何事もなかったかのように髪をかき上げた。

 

「ふぅ……危ないところだったな、人間。礼はポテチとコーラでいいぞ」

 

 ドヤ顔を決めるルート。

 

 しかし、砂煙の中、猿渡はゆらりと立ち上がった。

 

 その眼鏡の奥には、熊よりも深く澱んだ「殺意」が宿っていた。

 

「……貴様ア」

 

 猿渡が、粉々になったカメラの残骸を踏み越えて詰め寄る。

 

「僕の『グリズリー激昂サンプル・テイク4』を……よくも……! 弁償しろ! 機材代、しめて二百四十万円! 何より、この失われた学術的損失をどう償うつもりだ!!」

「べ、弁償だと? たかが紙切れの話か? あいにく吾輩は、今現在一文無しだ」

 

 借金生活、開幕である。

 

 最強の神(ニート)が、たった数分で多重債務者に転落する瞬間を目撃している。

 

■□■□

 

「なら身体で払え! 臓器でも売れば――」

「だが! 吾輩はこの奥にある『光る石』を取りに行くところだ!」

 

 ルートは猿渡の言葉を遮り、ダンジョンの深層を指さした。

 

「そこにある石は、なんでも願いを叶える(Wi-Fiが繋がる)すごいお宝らしい。案内すれば、その道中で拾ったゴミ(ドロップ品)は全て貴様にやるぞ!」

 

 翻訳すると、「Wi-Fiルーターを取りに行くから手伝ってくれ」と言っているだけだ。

 

 だが、猿渡の変態的な脳みそが高速回転を始めた。

 

(コイツ……人間じゃない。「精霊(ファンタズム)」か……?)

 

 常人なら即死する熊を一撃で粉砕した筋力。

 

 衝撃波を受けても傷ひとつない皮膚。

 

 そして、魔素波長の感じられない異質な身体。

 

 猿渡にとって、それは「毛並みの良い獣」に次ぐ、極上の研究材料だった。

 

 逃げろルート。そいつの目は、お前を「珍しいモルモット」として見ている目だ。

 

「……いいだろう」

 

 猿渡は懐から予備の小型アクションカメラを取り出した。

 

「僕が奥まで案内してやる。その代わり、道中のドロップ品は全て僕がもらう。そして何より――」

 

 猿渡はカメラをルートに向け、赤い録画ランプを点灯させた。

 

「道中の『記録係』及び『動画の収益管理』、その全権を僕が握る。お前は僕の指示通りに動き、僕のために戦え。それで借金をチャラにしてやる」

 

 要するに、奴隷契約である。

 

 動画の収益も、肖像権も、すべて搾取する気満々だ。

 

 だが、地球の常識に疎いルートは、その言葉を脳内で都合よく翻訳してしまった。

 

(む! 記録係……つまり、吾輩の活躍をプロが撮影してくれるということか! 吾輩も動画デビュー?! しかも面倒な編集やアップロード作業もやってくれると!)

 

 バカだ。救いようのないバカだ。

 

 「ブラック事務所に騙される新人アイドル」の構図そのままである。

 

 誰かこいつに労働基準法という本を投げつけてやってくれ。

 

 ルートは瞳を輝かせ、鷹揚に頷いた。

 

「よかろう! 特別に許す。光栄に思うがいい!」

「交渉成立だ。行くぞ、被写体(サンプル)

「待て、吾輩の名はルートだ! あと、もっと下から煽るように撮れ。その方が足が長く見える」

「うるさい。指示するな」

 

 こうして、木星帰りの最強ニートと、変態マニアの生態学者は、最悪の形で手を組むことになった。

 

 彼らがこれから起こす「配信事故」が、世界を揺るがすことになるのを、二人はまだ知らない。

 

 そして、その配信事故の後始末をさせられる私の胃に穴が開く未来も、残念ながら確定してしまったようだ。

 

 ……あーあ。帰りたい。

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