木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第八話 怪獣大決戦Ⅰ

 前回のあらすじ:

 

 バチカンの異端審問官ソフィアは、日本の「コタツ」と「ピザ」という悪魔的兵器の前に屈し、見事に堕落した。

 

 さらに、特務八課の最終兵器・乾も、野生を忘れてただの暖房器具と化している。

 

 六畳一間のアパートは、ニート神、マッドサイエンティスト、ダメ猫、堕落シスターという、混ぜるな危険の闇鍋状態になっていた。

 

 私の胃薬の在庫? 聞かないでくれ。

 

 小康状態だと思ったら、もう痛みを感じなくなってきたことが、何よりの恐怖なのだから。

 


 

 冬の夜。

 

 外は木枯らしが吹き荒れているが、猿渡のアパートの室温は快適そのものだった。

 

 部屋の中央には、この部屋の主にして絶対的な聖域、「コタツ」が鎮座している。

 

「……遅い」

 

 コタツから首だけ出した銀髪の美少女(中身は数億歳のニート)・ルートが、不満げに呻いた。

 

「おい猿渡。Wi-Fiの調子が悪いぞ。高画質動画がカクつく。これでは推しの毛穴まで確認できんではないか」

「贅沢を言うな。このアパートの回線はADSLだ」

「えーい、貧弱なインフラめ! 吾輩の神ごとき演算処理能力に追いついていないぞ!」

 

 ルートがバンバンと天板を叩く。

 

 その振動で、天板の上で丸くなっていた黒猫――乾が、不機嫌そうに片目を開けた。

 

「フシャーッ!(揺らすな! 安眠妨害よ!)」

「あら、猫ちゃん怒っちゃダメですわよ。……んふふ、今週の展開も尊いですわ……」

 

 コタツの対面では、ジャージ姿のソフィアが『週刊少年チャンプ』を片手にニマニマと笑っている。聖職者の威厳は完全にログアウトしていた。

 

 そんな平和で堕落した空間の片隅で。

 

 部屋の主である猿渡恭介は、一人、怪しげな作業に没頭していた。

 

 ジジッ……バチッ……。

 

 半田ごての焼ける匂いと、電子部品の焦げた匂い。

 

 彼の手元にあるのは、秋葉原のジャンク屋で買い集めたコイルやコンデンサの山。そして、実験台に固定された一匹のトカゲ――生体Wi-Fi端末『ルーター君』である。

 

「……フッ。計算通りだ」

 

 猿渡が、怪しく眼鏡を光らせた。

 

「この『魔力増幅コイル(ジャンク品・300円)』を、生体回路のコアに直結すれば……」

「キュイ?(強くなれる?)」

 

 ルーター君が、つぶらな瞳で猿渡を見上げる。

 

 彼は純粋だ。ママ(ルート)のために役に立ちたい一心で、このマッドサイエンティストの手術を受け入れようとしている。

 

 逃げろトカゲ。そいつの目は、お前を「便利な道具」か「実験動物」としてしか見ていないぞ。

 

「ああ、強くなれるさ。理論値だが、通信速度は現在の1000倍。火星からでもラグなしで4K動画が見られるようになる」

「本当か猿渡!」

 

 その言葉に、ルートが身を乗り出した。

 

「1000倍だと! ならば、同時視聴枠を10個開いても止まらないということか!」

「理論上はな。……よし、接続完了だ」

 

 猿渡は、ルーター君の背中のクリスタルに、無理やり太いケーブルを突き刺した。

 

 そして、躊躇なくスイッチを入れた。

 

 カチッ。

 

 ブゥゥゥン…………!

 

 部屋の空気が震えた。

 

 低周波の唸り声と共に、ルーター君の体が小刻みに振動を始める。

 

「キュ、キュイ……!?」

 

 カッッッ!!!

 

 直後、ルーター君の全身が、かつてないほどの輝きを放ち始めた。

 

 赤、緑、青。RGBの原色が、視神経を焼き切るような速度で高速点滅する。

 

「うおっ、眩しッ!?」

 

 ルートが目を覆う。

 

「なんだその下品な光り方は! 安物のパチンコ屋の新装開店か!」

「ニャッ!?(目が! 目がチカチカする!)」

 

 乾が飛び起き、全身の毛を逆立てて威嚇する。猫にとって、このストロボ発光は拷問に近い。

 

 だが、異変は光だけではなかった。

 

 ズズズズズズ……

 

 アパート全体が、ミシミシと音を立てて軋み始めたのだ。

 

「……素晴らしい」

 

 猿渡は、サングラスをかけて光を遮断しながら、恍惚とした表情でモニターを見つめていた。

 

「魔素吸収率、400%……いや、計測不能(Error)! 空間中の魔力を底なしに吸い上げている! これぞオーバークロックだ!」

「感心してる場合ですか猿渡さん!?」

 

 ソフィアが雑誌を盾にして叫ぶ。

 

「あの子、なんか膨らんでますわよ!?」

 

 その言葉通りだった。

 

 ルーター君の体が、風船のように膨張を始めていた。

 

 手乗りサイズだった体が、みるみるうちに猫サイズへ、そして中型犬サイズへと巨大化していく。

 

「キュ……キュオオオオオオオオン!!」

 

 可愛らしかった鳴き声が、地底から響くような重低音へと変貌する。

 

 メリッ。バキキッ!

 

 ルーター君の背中が天井につかえ、石膏ボードを突き破った。

 

「ああっ! 吾輩の城が! 天井が!」

 

 ルートが悲鳴を上げる。

 

「おいルーター! 戻れ! デカすぎる! 可愛げがないぞ!」

 

 しかし、暴走した「進化」は止まらない。

 

 質量保存の法則? そんなものは、この部屋の玄関で靴と一緒に脱ぎ捨てられている。

 

 ミシッ……メキョッ……!

 

 柱が悲鳴を上げ、窓ガラスが内圧で粉々に砕け散る。

 

「……チッ。計算外の成長率だな」

 

 猿渡は冷静にパソコンを小脇に抱え、即座に撤退を決断した。

 

「総員退避! この建物の強度限界を超えるぞ!」

「待て! 吾輩の限定フィギュアが!」

「置いていけ! 死ぬぞ!」

 

 猿渡はルートの襟首を掴み、ソフィアと乾(猫)を蹴り出し、窓から外へと飛び出した。

 

 その直後だった。

 

 ドゴオオオオオオオオオオンッ!!!!!

 

 轟音。

 

 そして、土煙。

 

 築四十五年の木造アパート「ひまわり荘」の屋根が、内側から弾け飛んだ。

 

 パラパラと瓦礫が降り注ぐ中、近隣住民たちがパニックになって飛び出してくる。

 

 というか、このアパートそんな名前だったのか。もう呼ぶことはないだろうが。

 

「なんだ!? ガス爆発か!?」

「いや、見ろ! あれ!」

 

 舞い上がる粉塵の向こう。

 

 屋根のなくなったアパートの残骸から、悠然と立ち上がる「影」があった。

 

 全長、推定15メートル。ビル3階建て相当の巨体。

 

 全身をクリスタルで覆ったその姿は、かつてダンジョン深層でルートたちを苦しめた「結晶捕食者」そのものだった。

 

 ただし、一つだけ決定的な違いがある。

 

 ビカビカビカビカッ!!!

 

 その全身が、極彩色のゲーミングカラーで激しく発光していたのだ。

 

『『『キュオオオオオオオオオン!!!』』』

 

 夜空に向かって放たれた咆哮は、まるでダイヤルアップ接続音を最大音量で再生したような不快な電子音だった。

 

 しかし……なんてことだ。

 

 路地裏に避難したソフィアが、呆然と口を開ける。

 

 建設大臣が冗談で言っていた『ゴジラみたいな怪獣』が……まさか、こんな身内の不始末で実現するなんて……

 

 まぁ、とりあえず伏線回収おめでとう。

 

 だが、この国の危機管理能力はどうなっているんだ。

 

「素晴らしい……!」

 

 一方、すべての元凶である猿渡は、すでに予備のカメラを回していた。

 

「見ろ、あの鱗の輝きを! 違法改造による急激な変異! 被写体としてもサイズが大きくなって撮りやすくなった!」

「他人事みたいに言うな貴様ァ!」

 

 ルートは、瓦礫の山となった元・自室の前で、ガックリと膝をついていた。

 

 彼女の視線の先には、無残に潰れたコタツと、粉々になったポテチの袋。

 

「吾輩の……吾輩の城が……!!」

 

 ルートが震える手で頭を抱える。

 

 そして、世界の終わりを見たかのような顔で、絶叫した。

 

「というかこれ、敷金いくらかかるんだ!? 現状回復義務はどうなる!? 連帯保証人は誰になっているんだーッ!?」

 

 死神の口から出る言葉ではない。

 

 だが、猿渡から日々「金がない」と刷り込まれている彼女にとって、アパートの破壊は「世界の崩壊」よりもリアルな「破産」の危機だった。

 

 ウゥゥゥゥゥ――――ッ!!

 

 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。

 

 警察か、消防か、それとも軍か。

 

 帝都の夜空に、巨大なゲーミングトカゲが極彩色の光を撒き散らす。

 

 それは、終わらない夜の幕開けだった。

 

 ……誰か。

 

 私の胃薬と、ついでに住宅保険の約款を持ってきてくれ。

 

 何か痛くなってきた。

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