木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第九話 帝国陸海軍、出撃せよ

 前回のあらすじ:

 

 猿渡の好奇心と違法改造により、愛すべきマスコット・ルーター君が暴走。

 

 アパートの屋根を突き破り、全長六〇メートル級の「光る怪獣」へと変貌を遂げた。

 

 私の胃の状態? ご心配なく。さっき屋根と一緒に吹き飛んで、今は成層圏あたりを漂っている。もう痛みすら感じない。涅槃(ニルヴァーナ)が見えるようだ。

 


 

 帝都・東京。世田谷区某所。

 

 閑静な住宅街の夜空に、毒々しいまでのネオンサインが明滅していた。

 

 赤、緑、青。

 

 RGBの原色が高速で切り替わり、夜雲をディスコのような極彩色に染め上げている。

 

 その光源となっているのは、崩壊したアパート「ひまわり荘」の跡地に聳え立つ、巨大なクリスタルの柱──いや、怪獣だった。

 

『『『ピロリロリ~ン♪ ポーン♪』』』

 

 夜気を震わせる轟音。

 

 それは生物の咆哮ではない。

 

 Windowsの起動音を最大音量で再生し、さらにダイヤルアップ接続のノイズをミックスしたような、あまりにも電子的な産声だった。

 

「……あーあ」

 

 瓦礫の山の陰で、ルートは膝を抱えていた。

 

 見上げる先には、かつて手のひらサイズだったペットの成れの果て。

 

 ビル二〇階建て相当の巨体が、ビカビカと発光しながら周囲に5G電波を撒き散らしている。

 

「敷金……礼金……現状回復費用……」

 

 ルートの口から、呪詛のような単語が漏れる。

 

 彼女が恐れているのは「世界の破滅」ではない。

 

 連帯保証人欄にサインした際に読まされた、分厚い契約書の条文だった。

 

「素晴らしい……! 見ろ、あの背ビレの輝きを! ゲーミングPCの上位モデルにも匹敵する光量だ!」

 

 一方、全ての元凶である猿渡恭介は、瓦礫の隙間から4Kカメラを回し続けていた。

 

 こいつには良心という回路が実装されていないらしい。

 

「ああ……神よ……」

 

 そしてもう一人。

 

 煤だらけのジャージ姿で、天を仰いで涙を流すシスターがいた。

 

 ソフィア・I・イスカリオテである。

 

「私の聖域(コレクション)が……。苦労して集めた『週刊少年チャンプ』のバックナンバーが……そして、限定の薄い本が……」

 

 彼女は震える手で、瓦礫の下敷きになった本棚(の残骸)を指差した。

 

 どうやら、この駄聖女は勝手にこのアパートに住み着いていたらしい。それはそれで大丈夫なのか?

 

 そして、そこには、無惨に折れ曲がった同人誌の背表紙が見えている。

 

「これは試練なのですか……? それとも、推しへの愛が足りなかったというのですか……ッ!?」

 

 三者三様の絶望。

 

 だが、事態は彼らの感傷など待ってはくれない。

 

 ウゥゥゥゥゥ────ッ!!

 

 空襲警報のようなサイレンが、帝都全域に鳴り響いた。

 


 

 市ヶ谷。地下深く。

 

 大本営陸軍部・作戦課特別室、通称「特務八課」の指令室は、ハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

「世田谷区上空に高エネルギー反応! 識別信号、該当なし!」

「放射線パターン解析……馬鹿な、これは……IEEE802.11ax!? Wi─Fiの最新規格と完全に一致しています!」

「敵は無線LANルーターです! 繰り返します、敵は超巨大なルーターです!」

 

 意味不明な報告が飛び交う中、分析官の秋山理人陸軍大佐は、頭を抱えていた。

 

 彼の目の前のモニターには、怪獣の熱源サーモグラフィーが映し出されているのだが──。

 

「……なんだ、これは」

 

 その熱源分布図は、どう見ても巨大な「QRコード」の形をしていたのだ。

 

「解析不能! 敵は……自らの接続情報を垂れ流しています! カメラを向けると勝手にログイン画面に飛ばされるぞ!」

「なんと破廉恥な……! パスワードなしの野良電波を公共の場で露出するとは!」

 

 秋山の潔癖な精神が悲鳴を上げる。

 

 そんな混乱の中、指令室の奥にある重厚な革張りの椅子から、威厳ある(ような)声が響いた。

 

「……うろたえるな」

 

 葛城剛一郎陸軍中将である。

 

 彼は口元に太い葉巻(中身は合法ハーブ)をくわえ、組んだ足の上で書類をトントンと整えた。

 

「想定の範囲内だ(大嘘)」

「閣下! しかし相手はサイズが……!」

「サイズなど飾りだ。……総員、傾聴せよ」

 

 葛城は葉巻の煙を吐き出し、まるで映画の司令官のように格好良く宣言した。

 

「これは災害ではない。戦争だ。……ただし、責任の所在は極めて曖昧にしておく必要がある」

 

 彼は手元の赤い受話器を取り上げ、総理官邸へのホットラインを開いた。

 

「オペレーション『駿河④(スルガ・マルヨン)』を発令する。帝国陸海軍、および特務八課の総力を以て、あの光るトカゲを排除せよ」

 

『駿河④』。

 

 本来は富士山噴火や東海地震を想定した国家存亡レベルの防衛計画だが、葛城が「名前の響きが格好いいから」という理由だけで採用したコードネームである。

 

「繰り返す。総員出撃。……あと、私の孫娘が起きる前に片付けろ。以上だ」

 


 

 現場上空。

 

 バリバリバリバリ……!

 

 帝国陸軍の攻撃飛空艇部隊が、サーチライトで怪獣を捕捉した。

 

 地上では、重厚な走行音と共に、最新鋭の70式戦車が展開していく。

 

 その指揮車の上に立ち、双眼鏡で敵を睨みつける男がいた。

 

 堂目木巌憲兵中佐である。

 

「……チッ。デカい図体しやがって」

 

 堂目木の表情は険しい。

 

 だが、彼の怒りの矛先は、街の破壊や市民の安全といった高尚なものではなかった。

 

 彼の視線は、怪獣の足元──粉々になったアパートの残骸の一点に釘付けになっていたのだ。

 

 崩れ落ちた冷蔵庫。

 

 その隙間から、黄色い液体が悲しく垂れている。

 

 潰れたプラスチック容器には、『期間限定・濃厚カボチャプリン』の文字。

 

「…………あっ」

 

 堂目木の脳裏に、走馬灯のように記憶が駆け巡る。

 

 昨日の深夜。コンビニを三軒ハシゴして、それでも見つからなかった幻のスイーツ。

 

 まさか、こんな場所で、こんな無惨な姿で再会することになるとは。

 

「あれは……俺のプリン……」

 

 ギリリ、と奥歯が鳴る。

 

 国家の敵? 違う。

 

 あれは、俺のささやかな楽しみを奪った、不倶戴天の仇敵だ。

 

「撃てェェェッ!!」

 

 堂目木の絶叫が、攻撃開始の合図となった。

 

「全弾発射だ! あの光るトカゲを地獄へ送れぇぇぇッ!!」

 

 ドォォォォンッ!!

 

 戦車の主砲が一斉に火を噴いた。

 

 対戦車ミサイルが白煙を引き、怪獣の巨体へと吸い込まれていく。

 

 ズガガガガガガガッ!!

 

 着弾。爆炎。

 

 ルーター君のクリスタルボディが炎に包まれる。

 

「やったか!?」

 

 フラグを立てるな。

 

 煙が晴れる。

 

 そこには、傷一つついていない、ツルツルのボディがあった。

 

 物理攻撃無効。

 

 最強のニート神・ルートの魔力でコーティングされたその装甲は、地球製の火器程度では傷一つつかないのだ。

 

キュイ?(だぁれ?)

 

 ルーター君は首を傾げた。

 

 攻撃されたことすら気づいていない。

 

 彼の目的はただ一つ。「もっと高いところ」へ行くこと。

 

 高いところに行けば、もっと良い電波(5G)が入る。ママ(ルート)が喜ぶ。

 

 その単純にして純粋な動機だけで、彼は動き出した。

 

 ズシン……ズシン……。

 

 進路の先にあるのは──東京タワー。

 

「いかん! 奴の狙いは電波塔だ! へし折る気か!」

「させん! 第二射、用意!」

 

 焦る帝国軍。

 

 だが、ルーター君にとって、彼らは「まとわりつく羽虫」のように鬱陶しかったのだろう。

 

 彼は背中のクリスタルを激しく明滅させると、邪魔者たちに向かって「あいさつ」をした。

 

 ブォンッ……。

 

 背ビレから、不可視の波動が放たれた。

 

 熱線ではない。衝撃波でもない。

 

 それは、超広帯域・指向性電波──『強制接続ビーム』である。

 

「なっ……!?」

 

 異変は一瞬で起きた。

 

 ビームを浴びた飛空艇のコックピット。

 

 最新鋭の火器管制システムのモニターが、突如としてブラックアウトし、そして──。

 

『 Windowsを更新しています 』

『 電源を切らないでください(1%) 』

 

「ば……馬鹿な!? このタイミングでOSのアップデートだとォ!?」

 

 パイロットが悲鳴を上げる。

 

 制御を失ったヘリが、クルクルと回転しながら不時着していく。

 

 地上でも同様だった。

 

 戦車の照準システムがフリーズする。

 

 隊員たちのスマホが一斉にバイブし、謎の「広告動画(30秒スキップ不可)」が大音量で再生され始めたのだ。

 

『♪~ この美容液で、あなたもマイナス10歳肌! ~♪』

「消えない! 広告が消えん! ×ボタンが小さすぎて押せない!」

「通信回線がパンクしました! 4K動画のデータが大量に送りつけられています!」

 

 阿鼻叫喚の戦場。

 

 秋山大佐の絶叫が無線から響く。

 

『物理攻撃ではありません! 通信プロトコルによる乗っ取りです! パスワードなしの野良Wi─Fiを強制的に掴ませるとは……なんと破廉恥な!!』

 

 人類の科学の結晶が、ソフトウェアの更新とスパム広告の前に敗北した瞬間である。

 

「…………あ」

 

 そして、路地裏に潜んでいたソフィアにも、その魔の手は伸びていた。

 

 彼女の懐にあったスマートフォンが、ブブブッ!と激しく震え出したのだ。

 

「い、嫌な予感がしますわ……!」

 

 彼女が恐る恐る画面を見ると、そこには──。

 

 ブラウザの「閲覧履歴」が、スライドショー形式で表示されようとしていた。

 

『検索履歴: 騎士団長 受け』

『検索履歴: 秋葉原 薄い本 委託』

『画像フォルダ: 保存された尊い画像(801枚)』

「ひぃぃぃぃぃぃッ!?」

 

 ソフィアの顔から血の気が引く。

 

 これは5Gビームによる「情報の共有(シェア)」機能の暴走だ。

 

 もしこれが、周囲の軍用回線や大型ビジョンに同期されたら──。

 

 バチカンの異端審問官としてではなく、一人のオタクとして、社会的に死ぬ。

 

「やめなさい! 見てはいけません! これは……悪魔の幻影ですぅぅぅッ!!」

 

 バキャッ!!

 

 ソフィアは涙目で叫びながら、スマホを地面に叩きつけ、さらに聖書(物理)で殴打して粉砕した。

 

 自爆である。

 

「……やれやれ」

 

 カオスを極める戦場の中、ルートが瓦礫の山から立ち上がった。

 

 彼女はため息をつき、隣で興奮して撮影を続ける猿渡の肩を叩いた。

 

「おい猿渡。もういい。あのバカペットを止めるぞ」

「止める? どうやって? 軍隊でも無理だったんだぞ」

「簡単だ」

 

 ルートは、光り輝く巨体を見上げ、冷酷な笑みを浮かべた。

 

「パスワードを初期化(リセット)してやる」

 

 神の決断。

 

 それは、核兵器よりも恐ろしい「接続拒否」という名の処刑宣告だった。

 

 次回、第十話『再起動(パスワード変更)』。

 

 私の胃壁はもうないが、住宅保険の約款なら見つかった。誰か、契約内容を確認してくれ。

第二部欲しいですか?

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