木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第三話 走る放送事故

 私の胃薬の残機が、また一つ減った気がする。

 

 前回、最強のニート神・ルートは、変態生態学者・猿渡恭介と「奴隷契約(本人はアイドル契約だと思っている)」を結んでしまった。

 

 そして今、彼らはダンジョンの暗い通路を歩いている。

 

 地獄の道行きへようこそ。

 

■□■□

 

「ククク……見ろ人間。闇が深まってきたな。この淀んだ空気こそ、死を司る吾輩のステージに相応しい……」

 

 ルートは黒いローブを翻し、カメラに向かってアンニュイな表情を作った。

 

 顎の角度は斜め45度。流し目完璧。

 

 アニメのオープニング映像なら、ここでタイトルロゴがドーンと出るタイミングだ。

 

 だが、カメラを構える猿渡の反応は冷淡だった。

 

「黙れ。音声にノイズが入る」

「なっ……!?」

「今、この壁面に生息する『発光苔』が胞子を飛ばす微細な音を録っているんだ。呼吸をするな」

 

 猿渡のカメラレンズは、ルートの美しい顔ではなく、その背後にある湿った壁のシミに向けられていた。

 

 被写体の優先順位がおかしい。

 

 銀河最強の美少女(自称)よりも、カビの一種の方が価値が上だと言うのか。

 

「き、貴様! 吾輩を撮らんか! 『死神のダンジョン探検記』ではないのか!?」

「お前はただの比較対象(スケール)だ。そこに立っているだけで大きさの比較になる。……チッ、邪魔だ。苔の脈動が見えない」

 

 猿渡は手でシッシッとルートを追い払う。

 

 扱いが野良犬以下である。

 

(ぐぬぬ……! カメラマンというのは、こうも気難しい生き物なのか……!)

 

 ルートは唇を噛み締めた。

 

 違うぞルート。こいつが特殊なだけだ。普通のカメラマンは被写体に「呼吸をするな」とは言わない。

 

■□■□

 

 気まずい空気のまま進むこと数時間。

 

 通路の奥から、ドスドスという重い足音が響いてきた。

 

 現れたのは、身長二メートルを超える豚の獣人――オークだ。

薄汚い棍棒を手に、涎を垂らしてこちらを睨んでいる。

 

「ブヒィイイイイッ!!」

「おっと、敵襲か」

 

 ルートはニヤリと笑い、背中の大鎌に手をかけた。

 

(ふふふ、名誉挽回のチャンス! ここで華麗に敵を屠れば、あの眼鏡も吾輩をメインで撮らざるを得まい!)

 

 思考が短絡的だ。

 

「刮目せよ! 吾輩の鎌は慈悲を与え――」

 

 ブンッ!

 

「ぬっ!?」

 

 ガキンッ!!

 

 ルートが大きく振りかぶった大鎌の刃が、狭い洞窟の天井に突き刺さった。

 

 火花が散る。オークがキョトンとしている。

 

「あ、あれ? 抜けない」

 

 グイグイと柄を引っ張る死神。

 

 だから言っただろう。閉所(インド)長物(ポールウェポン)を振り回すなと。

 

 FPSゲームなら「初心者(noob)」と煽られるプレイだ。

オークは好機とばかりに棍棒を振り上げた。

 

「ええい、邪魔だこのナマクラァ!!」

 

 ルートは逆ギレし、天井に刺さった鎌を放棄。

 

 そのまま素手で地面を蹴り、砲弾のようにオークの懐へ飛び込んだ。

 

「どけぇえええッ!!」

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 それはタックルという生易しいものではなかった。

 

 ダンプカーが音速で正面衝突したような衝撃音。

 

 オークの巨体が「く」の字に折れ曲がり、遥か後方の壁まで吹き飛んで、シミになった。

 

 原型を留めていない。

 

 物理演算が仕事をしていない。

 

「ふん。……見たか人間。武器など飾りだということを」

 

 いや、それを言ったらもうキャラ崩壊ものだろう。

 

 ルートが服の埃を払いながらドヤ顔を向ける。

 

 しかし、猿渡は深くため息をつき、頭を抱えていた。

 

「あーあ……」

「な、なんだその反応は! 助けてやったのだぞ!」

「筋肉の断裂音が聞こえただろうが。今の衝撃で、オークの貴重な大胸筋サンプルがミンチになった。……もっと丁寧に殺せ。首の頸動脈を針で突くとか、窒息させるとかあるだろ」

「注文が多い料理店か貴様は!!」

 

 サイコパスのグルメ番組か何かか。

 

 この二人の旅路に、平和的解決な瞬間は訪れそうにない。

 

■□■□

 

 数時間後。

 

 二人はダンジョンの中層にある「安全地帯(セーフティエリア)」に到着した。

 

 猿渡は手際よく高機能テントを設営し、結界装置を起動させる。

 

 その手際の良さはプロのそれだが、やっていることは野宿だ。

 

「今日はここで一泊する」

「ふむ。野宿か。……まあ、木星の嵐の中に比べれば快適だな」

 

 ルートがテントの中で寛いでいると、猿渡が懐から重厚な通信端末を取り出した。

 

『接続中……』のランプが点滅する。

 

それを見た瞬間、ルートの目が、飢えた獣のように輝いた。

 

「! それは……インターネット!!」

 

ルートが残像を残す速度で猿渡に詰め寄る。

 

「ネットだ! ネットが繋がるのか! よし、貸せ! 今すぐ動画サイトを開け! 『スライムの餌』の続きを見なければ、吾輩は死ぬ!」

「断る」

 

猿渡は無慈悲に即答し、端末を遠ざけた。

 

「は……? なぜだ! 減るもんじゃあるまいし!」

「減るんだよ。『ギガ』が」

 

 猿渡の声には、地獄の底のような冷たさが宿っていた。

 

 彼は端末の画面をルートに見せつける。

 

「いいか、よく聞け。これはダンジョン内でも通信可能な軍用衛星回線だ。当然、通信料は従量課金制。その単価は……1MBあたり500円だ」

「ご、ごひゃく……?」

 

 ルートが絶句する。

 

 現代の定額制(フラットレート)に慣れきった人類には想像もできない、恐怖の単価設定。

 

「お前が見たがっているアニメは一本約300MBだ。つまり、一話見るだけで15万円が飛ぶ。お前は、30分の娯楽のために15万払えるのか?」

「じゅう……ごまん……」

 

 ルートの顔が青ざめ、やがて白くなり、魂が口から出かけた。

 

 ニートにとって、それは天文学的な数字だった。

 

「だ、だが! 貴様は今、動画をアップロードしようとしているではないか! 動画ファイルなど、数ギガはあるぞ!? それはいいのか!?」

「これは『投資』だ。研究成果を発表し、収益を得るための必要経費だ。お前の娯楽という『浪費』とはわけが違う」

 

 猿渡は淡々と、しかし絶対的な正論でルートを斬り捨てた。

 

 資本主義の犬め。

 

「ぐっ……ぐぬぬぬ……!! 守銭奴! ケチ! 人間失格!」

「なんとでも言え。パスワードは教えん」

 

 ルートはテントの隅で膝を抱え、涙目で爪を噛んだ。

 

 目の前にネットがあるのに繋げない。

 

 現代社会において、これ以上の拷問があるだろうか。

 

「……覚えておけ。最深部のボスさえ倒せば、吾輩のアンテナのパーツが手に入る。そうすれば、『完全無料無制限Wi-Fi』が復活するのだ……!」

「はいはい。じゃあ明日も馬車馬のように働いてくれよ」

 

 ルートの悲壮な決意も、猿渡には「労働力の確保」としか聞こえていないようだ。

 

■□■□

 

 猿渡はルートの恨み言をBGMに、撮影した動画の編集を終えた。

 

 と言っても、テロップを入れたりエフェクトをかけたりする凝ったものではない。

 

 不要な部分をカットし、明度を調整しただけの、素材そのままの味。

 

タイトル:

『Cランクダンジョンにおける人型未確認生物の物理干渉実験および、マッド・グリズリーの生態記録』

サムネイル:

ブレブレのルートの顔(白目)と、鮮明に写った苔のアップ。

 

「よし。アップロード完了」

 

 投稿ボタンが押される。

 

 通信費を示すカウンターがものすごい勢いで跳ね上がるが、猿渡は眉一つ動かさない。

 

「……ふん。どうせ、再生数など三桁もいけばいい方だろう。学術的資料としてアーカイブに残ればそれでいい」

 

 猿渡は興味なさげに端末を閉じ、シュラフに潜り込んだ。

 

 だが。

 

 彼らはまだ知らない。

 

 この「無編集の狂気」が、深夜のインターネットという可燃性の海に、ガソリンを投下したようなものであることを。

 

 ブブッ。

 

 しばらくすると、猿渡の懐で端末が一度震えた。

 

 ブブブッ。

 

 震えが続く。

 

 ブブブブブブブブブブブブブブブブッ――!!

 

「……ん?」

 

 数分後。

 

 猿渡の端末は、着信通知のバイブレーションで、マッサージ機のように荒ぶり始めていた。

 

 テントの中に、不穏な電子音が響き渡る。

 

 ルートはふて寝して気づいていない。

 

 猿渡は怪訝な顔で画面を開いた。

 

 そこには、彼の想定を遥かに超える、とんでもない光景が広がっていたのだが――。

 

 その地獄(お祭り)の様子は、また次回語るとしよう。

 

 私の胃が、キリキリと痛み始めたのでな。

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