木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第五話 最高級ドッグフード・メンヘラ幻種

 前回、猿渡恭介の携帯端末が振動を始めたところまでお話ししたと思う。

 

 あれから数時間。

 

 状況は沈静化するどころか、悪化の一途をたどっていた。

 

 私の安眠は、文明の利器によって無慈悲に破壊されたのである。

 

■□■□

 

 ブブブブブブブブブブブブブブッ!!!

 

 テントの中に、削岩機のような振動音が響き続けている。

 

 犯人はもちろん、猿渡の懐にあるスマートフォンだ。

 

「……チッ。五月蝿いな」

 

 猿渡は不機嫌そうに端末を取り出すと、画面を睨みつけた。

 

 普通なら、これだけの通知が来れば「ウイルス感染」か「炎上」を疑うところだ。

 

 しかし、画面に流れる文字列は、彼の予想の斜め上を行っていた。

 

入金通知:¥50,000

入金通知:¥10,000

入金通知:¥100,000

メッセージ:『その子に美味い肉を食わせてやってくれ』

メッセージ:『S氏、誤解してごめん。これでおやつ買ってあげて』

 

 止まらない通知。積み上がる金額。

 

 私が確認したところ、昨晩だけで軽く一千万円インゴットを超えている。

 

 現代のインターネットにおける「推し活」の熱量は、時に核融合炉のエネルギー効率をも凌駕するらしい。

 

「……ふん」

 

 猿渡は、積み上がった数字を見ても眉一つ動かさなかった。

 

 狂喜乱舞するでもなく、困惑するでもない。

 

 ただ、実験結果のデータを読み取る科学者の目で、淡々と事実を処理していく。

 

「予想外の反応だが……まあいい。資金源の確保は完了した」

 

 彼は即座に専用アプリを立ち上げると、ダンジョン配送サービスの手配を始めた。

 

「これだけの予算があれば、ドローン配送で『あれ』を取り寄せられるな」

 

 彼が注文したのは、高級焼肉店が開業できるレベルの食材と、最新鋭の計測機器だった。

 

 完全に、ルートを「金のなる木ドル箱」として運用する気満々である。

 

 この男に「情」という文字はない。あるのは「研究費スパチャ」という概念だけだ。

 

■□■□

 

  ジュウウウウゥゥゥ……

 

「ん……むにゃ……。なんだ、もう朝か?」

 

 騒音に気づいたのか、テントの隅で丸まっていたルートが目を覚ました。

 

 寝癖で爆発した白髪。だらしなく開いた口。

 

 銀河最強の生体兵器の寝起きは、実家の犬よりも緊張感がない。

 

 ルートは犬小屋から出てくるかのようにテントから顔を出す。

 

「おい人間。腹が減った。朝食はまだか? 木星時間ではそろそろおやつの時間なのだが」

「起きたか、駄犬。ちょうどいい、餌の時間だ」

 

 猿渡は石板の上で焼き上げたばかりの「肉」と「黄金の果実」をプレートに乗せて、ルートの目の前に置いた。

 

 その瞬間、ルートの鼻孔に爆発的な「香り」が充満した。

 

「……ほう?」

 

 ルートの鼻がピクリと動く。

 

 そこに鎮座していたのは、ダンジョン産食材の最高峰『A5ランク・オークキングのシャトーブリアン』だ。 表面は絶妙なメイラード反応によって狐色に焦がされ、断面からはルビーのような肉汁が滲み出している。

 

 さらにその横には、黄金の光を放つ果実――市場価格一個十万円を下らない『黄金林檎(ゴールデン・アップル)』が添えられていた。

 

 総額、数十万円。 木星でポテチばかり齧っていたニートにとっては、未知との遭遇である。

 

「こ、これは……! ただのコンビニ飯ではないな? この暴力的なまでの芳醇な香り、そして内側から溢れ出る輝き……!」

 

 ルートはゴクリと喉を鳴らした。 銀色の瞳が、肉の脂身に釘付けになっている。

だが、彼女はあくまで「神」としての威厳を保とうと、震える手でフォークを手に取った。

 

「ククク……どうやら貴様も、ようやく理解したようだな。吾輩という存在の尊さを」

 

 彼女の脳内変換機能は、今日も絶好調だ。

 

「よかろう! 昨日の活躍に対する供物みつぎものとして、ありがたく受け取ってやる。貴様の信仰心、確かに受け取ったぞ!」

「ああ、食え。そして咀嚼しろ」

 

 猿渡は、スマホのカメラを接写距離まで近づけた。

 

「対象の顎関節の可動域、および高級食材に対する唾液分泌量の変化を記録する。……いいぞ、まずは肉からだ」

「うむ。では……実食!」

 

 ルートが厚切りの肉を口に運ぶ。

 

 ハフッ、ジュワァァァ……

 

「ッ!?」

 

 噛み締めた瞬間、ルートの動きが停止した。

 

 彼女の口内で、宇宙が生まれていた。 香ばしい焦げ目の苦味を突き破り、濃厚かつ甘美な脂の濁流が舌の上を蹂躙する。 それは「噛む」必要すらない。舌の上で淡雪のように溶け、強烈な旨味だけを残して喉の奥へと消えていく。

 

「……ん、んんぅぅぅッ!!」

 

 ルートが眉間にシワを寄せ、快楽に耐えるように身悶えした。

 

「な、なんだこれは……! 物理演算がおかしい! 口に入れた瞬間に固形物が液体に相転移したぞ!? まるで超新星爆発の余波を直接飲んでいるかのような……!」

「いいコメントだ。だが比喩が分かりにくい。もっと即物的に表現しろ」

 

 猿渡が冷徹にレンズを向ける中、ルートはもう止まらなかった。

 

 次は黄金林檎だ。 彼女は「神らしく優雅に」という設定を忘れ、大きく口を開けてかぶりついた。

 

 シャクッ!!!

 

 小気味よい破砕音と共に、果実から蜜のような果汁が飛散する。

 

「あまーーーいッ!!」

 

 ルートの絶叫が安全地帯(セーフティエリア)に響いた。

 

「なんだこの糖度は! 脳が溶ける! 木星のガス雲より甘いぞ! シャクシャクとした歯ごたえの後に、爽やかな酸味が駆け抜けていく……! これは……これは……!」

 

 ルートの目尻に、感動の涙が浮かぶ。 口の周りを肉汁と果汁でベタベタにしながら、彼女は恍惚の表情で天を仰いだ。

 

「これが地球の……課金の味か……!!」

 

 台無しである。 神の威厳は、食欲の前にあえなく敗北した。

 

「咀嚼回数、毎秒4回。嚥下速度、正常。……いいぞ、その無防備な食いっぷり。野生動物のドキュメンタリーそのものだ」

「ふぐぅ、んぐぅ……美味い、美味すぎるぞ人間ンン!!」

「そうだ、もっと寄って見せろ。……ああ、素晴らしい。口腔内の粘膜が実に鮮明に撮れている」

 

 ルートは一心不乱に貪り食い、猿渡はそれをマクロレンズで執拗に追い回す。

片や「信者からの極上の貢ぎ物」に涙する神。 片や「実験動物への餌やり」としてデータを取るマッドサイエンティスト。

 

 その奇妙な光景は、高画質のまま世界中に配信され、さらなる誤解の連鎖を生んでいくのだった。

 

【悲報】S氏、スパチャを全額食費に突っ込む

「うわあああ! ちゃんと美味いもん食わせてる!」

「林檎食ってる死神ちゃん可愛すぎワロタ」

「S氏、口では厳しいこと言ってるけど、一番高い肉選んでるのバレバレなんだよなぁ」

「これがツンデレおじさんか……」

「尊い。追加で投げ銭するわ」

 

 ネットの住人たちは、自分たちの見たいものしか見ない。

 

 彼らの脳内では、猿渡は「不器用だが愛のある飼い主」に美化され、ルートは「愛されて幸せなペット」として認識されていた。

 

 真実は「変態」と「ニート」のコントだというのに。

 

■□■□

 

 だが。

 

 そんな平和(?)な勘違い配信を、凍りつくような目で見つめる存在が一人。

 

 場所は変わって、京都。

 

 古都の静寂に包まれた、とある格式高い神社の境内。

 

 朝霧が漂う縁側で、一人の少女がタブレット端末を操作していた。

 

 透き通るような金髪に、深い知性を宿した青い瞳。

 

 紅白の巫女装束に身を包んだその姿は、西洋人形のような完璧な美しさを誇っている。

 

 外見年齢は十代前半。ルートと同じく、愛らしい小柄な体躯だ。

 

 しかし、その内側から滲み出る「格」は、人間のものではない。

 

 彼女の名はべに

 

 またの名を、特級幻種「金毛白面九尾」。

 

 この国で最も古く、最も危険な「神」の一柱である。

 

「…………」

 

 彼女の白魚のような指が、画面の中で肉を頬張るルートの顔をなぞる。

 

 そして、カメラの向こうにいる猿渡の声に、耳を傾けていた。

 

『いいぞ、その表情……』

 

 猿渡の、興奮を含んだ声。

 

 それを聞いた瞬間。

 

「……誰、この泥棒猫メスブタ

 

 鈴を転がすような美声が、絶対零度の冷気を帯びて呟かれた。

 

 彼女の背後で、九つの影が揺らめく。

 

 それは幻覚ではない。彼女の激情に呼応して漏れ出した、圧倒的な妖気の奔流だ。

 

「私の恭介に……餌付けされているなんて」

 

 彼女は、猿渡恭介という男を知っている。

 

 いや、知っているどころではない。

 

 かつて彼に求愛し、そして「獣耳がないから萌えない」という理由でフラれた過去を持つ、重度の「拗らせ女子」なのだ。

 

「許せない。私の時は『君の食事風景は上品すぎてデータにならない』って言ったくせに……!」

 

 嫉妬の炎が、青い瞳の中で揺らめく。

 

「パキッ」

 

 乾いた音が響いた。

 

 彼女が手に持っていた最新型のタブレット端末が、何の前触れもなく、粉々に砕け散っていた。

 

 魔法ではない。

 

 ただの握力で、強化ガラスと金属の塊を握りつぶしたのだ。

 

「……行きましょうか」

 

 紅は、砂になったタブレットをサラサラとこぼし、優雅に立ち上がった。

 

「生意気な新入りに、この国の『礼儀』を教えてあげないとね」

 

 京都の空に、不穏な雷雲が立ち込め始めていた。

 

 ああ、私の胃が痛い。

 

 変態とニートだけでも手一杯なのに、ここに「メンヘラ幻種」まで参戦するというのか。

 

 誰か、この物語の難易度設定を下げてくれ。

 

 もしくは、私に強力な胃薬をくれ。今すぐにだ。

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