木星引きニート、回線落ちしたから地球へ行く   作:佐竹福太郎

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第六話 スパチャと指示厨

前回のあらすじ:

 銀河最強のニート・ルートは、高級焼肉と黄金林檎という「資本主義の暴力」によって見事に餌付けされた。

 

 一方、猿渡恭介はスパチャの味を占め、ルートを「ドル箱」として運用する覚悟を決めた。

 

 私の胃薬のストックは、残り三錠である。

 

■□■□

 

 ゲフッ。

 

 品のないゲップが、ダンジョンの安全地帯セーフティエリアに響いた。

 

 ルートは空になった皿の前で、満足げに腹をさすっている。

 

 その腹の中には、一般市民の月収に匹敵する価格の食材が収まっている。

 

「ふぅ……。悪くない膳だったぞ、人間。貴様の信仰心、胃袋で確かに感じた」

 

 ルートは爪楊枝(猿渡が削った枝)で歯をシーシーさせながら、偉そうに頷いた。

 

 神としての威厳は、食欲というブラックホールに飲み込まれて消滅したらしい。

 

 対する猿渡は、余韻に浸ることもなく、タブレット端末に表示される数字の羅列を凝視していた。

 

「……なるほど。咀嚼音に対する需要がこれほど高いとはな」

 

 彼の目は、科学者のそれだった。

 

「『ASMR』というジャンルか。お前が林檎をかじった瞬間、同接数が15%跳ね上がった。視聴者は『良い音だ』『鼓膜が幸せ』と書き込んでいる。……理解不能だが、金になるなら採用だ。次からはマイクのゲインを上げよう」

 

 猿渡はブツブツと独り言を言いながら、次回の実験(配信)計画を練っている。

 

 その背中を、暇を持て余したルートが覗き込んだ。

 

「おい人間。さっきから何をニヤニヤ見ているのだ? エロ画像か?」

「仕事だ。……ほら、これを見ろ」

 

 猿渡は面倒くさそうに、タブレットの画面をルートに向けた。

 

 そこには、滝のように流れる文字列――コメント欄が表示されていた。

 

「死神ちゃん完食えらい!」

「いい食べっぷりだったw」

「S氏、次はデザートも頼む」

「この子、口の周りベタベタで草」

「尊い……これタダで見れていいのか?」

 

 猛烈な勢いで流れていく文字の奔流。

 

 それを見た瞬間、ルートの銀色の瞳が見開かれた。

 

「な、なんだこれは……!?」

「視聴者のコメントだ。リアルタイムでお前の行動を見ている人間たちの反応だよ」

 

 猿渡は適当に答えた。

 

 だが、その言葉はルートの脳内で、都合よく超訳コンバートされた。

 

(リアルタイムの……反応だと……!?)

 

 ルートは震えた。

 

 かつて彼/彼女が見てきた文明では、祈りは一方的なものだった。

 

 神殿の奥で、捧げられる供物をただ待つだけの退屈な日々。

 

 だが、これは違う。

 

 彼らの声が、文字となって直接届いている。

 

「こ、これはつまり……信者からの祝詞メッセージということか!?」

「まあ、広義にはそうなるな(スパチャも飛んでるし)」

「おお……! 見ろ猿渡! この『w』という文字! これはきっと、吾輩への畏怖を表す古代ルーン文字に違いない!」

 

 違います。それは「笑い(warai)」の略です。お前は笑われています。

 

 しかし、悲しいかな。数万年引きこもっていたニート神(死神)に、ネットスラングを解読する知識はない。

 

 ルートは画面に顔を近づけ、流れる文字を貪るように読み始めた。

 

「顔近っ!」

「肌きれいすぎだろ……毛穴どこだよ」

「ドアップ助かる」

「『w』がルーン文字は草」

「厨二病設定守ってて偉いねぇ〜」

「かわいい」

 

「『かわいい』……? ふっ、またその言葉か」

 

 ルートはフンと鼻を鳴らし、カメラに向かってバッと髪をかき上げた。

 

「ククク……人間どもよ。吾輩の恐ろしさを『かわいい(=愛すべき恐怖)』と表現するとはな。その歪んだ感性、嫌いではないぞ!」

 

 ドヤァ……。

 

 完璧なキメ顔。

 

 しかし、口元にはステーキのタレがついている。

 

 コメント欄が「かわいいwww」「タレついてるぞ神様」「誰か拭いてあげて」で埋め尽くされる。

 

 ルートはそれを「称賛の嵐」と受け取り、満足げに頷いた。

 

「うむ、うむ! 苦しゅうない! もっと崇めるがよい!」

 

 チョロい。

 

 チョロすぎるぞ、銀河最強種。創造主たちが草葉の陰で泣いているぞ。

 

■□■□

 

 休憩を終え、二人は再びダンジョンの探索を開始した。

 

 猿渡は右手にカメラ、左手にタブレットを持ち、常にコメント欄を監視している。

 

「おい猿渡。民草が『右の道が気になる』と言っているぞ。右に行こう」

「却下だ。右は風の通り方からして行き止まりだ」

「むぅ……冷たい奴め。せっかくの願いを」

 

 猿渡は、いわゆる「指示厨」のコメントは徹底的に無視するスタイルを貫いていた。

 

 探索のプロにとって、素人の指図ほどノイズになるものはない。

 

 だが。

 

¥10,000

【S氏へ。その子の衣装、背面構造どうなってるの? 鎌がどうやって固定されてるのか気になる。一回回ってみせて】

 

 画面が赤く光った瞬間、猿渡の足が止まった。

 

「ルート、止まれ」

「ん? 敵か?」

「いや、スポンサー様からの勅命だ。……回れ」

「は?」

 

 ルートが間の抜けた声を上げる。

 

「回れだと? なぜ吾輩がそんな……」

「一万円だ」

「!」

「一万円あれば、あの『コンソメパンチ(Lサイズ)』が数十袋買える」

「…………」

 

 ルートの喉がゴクリと鳴った。

 

 プライドとポテチ。

 

 天秤にかけるまでもない。

 

「……ふ、ふん。まあよい。信者がどうしても吾輩の背中を見たいと懇願するなら、見せてやるのが神の慈悲というもの」

 

 ルートはその場で軽く屈伸すると、カメラに向かって不敵に微笑んだ。

 

「瞬きするなよ? 吾輩の華麗なるターン、その網膜に焼き付けるがいい!」

 

 そして。

 

 ルートは回った。

 

 フィギュアスケート選手も裸足で逃げ出す、超高速スピンで。

 

ヒュンッ!!!

 

『あ』

 

 視聴者がコメントを上げる間もなかった。

 

 ルートの背中には、身長ほどもある巨大な「死神の大鎌」が背負われている。

 

 それが、超高速で旋回したらどうなるか。

 

 物理学の授業を始めよう。

 

 遠心力によって加速された鎌の刃先は、音速を超え、凶悪な回転ノコギリディスクグラインダーと化す。

 

 ガガガガガガガガガッ!!!

 

「ぬおぉ!?」

 

 けたたましい破砕音と共に、坑道の壁(岩盤)が豆腐のように切り裂かれていく。

 

 さらに、回転の軌道上には、カメラを構えた猿渡の首があった。

 

「危なっ――」

 

 猿渡は無表情のまま、マトリックスのような動きで上半身を直角に逸らした。

 

 一瞬前まで彼の首があった空間を、鎌の刃がブンッ!!と通過する。

 

 数本の髪の毛が、ハラハラと宙を舞った。

 

「……ふぅ。止まれ馬鹿! 殺す気か!」

「おわわわわ! め、目が回るぅぅぅ……!」

 

 ルートは三半規管をやられたのか、千鳥足でヨロヨロとよろめき、最後は顔面から地面に突っ込んだ。

 

 ドサッ。

 

 静寂が戻る。

 

 残されたのは、水平に深く切り裂かれた岩壁と、頭を抱える猿渡、そして目を回して伸びている死神の姿だけ。

 

 コメント欄は、阿鼻叫喚と爆笑の渦に包まれていた。

 

 そして――。

 

「うぅ……ぐにゃぐにゃする……」

 

 地面に倒れ伏したルートのローブが、衝撃ではだけていた。

 

 もともと背中が大きく開いたデザインだったのか、それとも今の回転でズレたのか。

 

 雪のように白い背中が、ライトに照らされて露わになっていた。

 

 華奢な肩甲骨が、まるで折れた天使の翼のように浮き出ている。

 

 ダンジョンの無機質な岩肌の上に、場違いなほど滑らかで、透き通るような肌が晒されている。

 

 それは、不覚にも「神々しい」とすら思える光景だった。

 

「!?」

「うおおおおおお!!」

「背中! 背中キタ!」

「え、めっちゃ綺麗……」

「S氏! グッジョブ! もっと寄って!」

「ありがとうございますありがとうございます」

 

 コメント欄の速度が倍になった。

 

 悲しいかな、人類の欲望はわかりやすい。

 

 なお、ルートの種族に明確な性別はない。

 

 猿渡は、ため息をつきながらカメラを近づけた。

 

「……チッ。衣服の露出構造か」

 

 彼は視聴者の熱狂など意に介さず、露出した背中へレンズを向けた。

 

 いや、正確には背中ではない。

 

「脊椎のラインに歪みはないな。……ほう、肩甲骨周りの筋肉、ヒューマノイドタイプにしては可動域が広い。今の遠心力に耐えたのか」

 

 この男、骨と筋肉しか見ていない。

 

 世の男性諸君が色めき立つ白い肌も、彼にとっては「外皮サンプル」でしかないのだ。

 

「んぅ……撮るな……恥ずかしい……」

 

 ルートが顔を赤くして身じろぎする。

 

 その微かな抵抗が、かえって背中のラインを艶めかしく強調させてしまうことを、この残念な神は知らない。

 

「『恥ずかしい』いただきました!!」

「ご褒美です」

「S氏、そのアングル天才か?」

「骨格フェチのS氏が輝いているw」

「スクショ止まらん」

 

 こうして、インターネットの海に、また一つ新たな「神の奇跡(サービスシーン)」が刻まれたのだった。

 

■□■□

 

 騒動が一段落し、再び歩き始めた頃。

 

 コメント欄に、異質な存在が現れた。

 

Inari_Fox_09: 「破廉恥ですわ!!!」

Inari_Fox_09: 「公衆の面前で肌を晒すなど、言語道断! はしたないにも程があります!」

Inari_Fox_09: 「S! あなたもあなたです! なぜすぐに隠してあげないのですか!? デリカシーという言葉をご存じなくて!?」

Inari_Fox_09: 「その娘もその娘です! 隙がありすぎます! 幻種としての誇りはないのですか!?」

 

 連投される長文。

 

 古参のファンか、口うるさい姑か。

 

 IDの「Inari(稲荷)」と「Fox(狐)」が、その正体を隠す気がないほど主張している。

 

 猿渡は眉間の皺を深くした。

 

「……チッ。タチの悪い指示厨バックシーターが湧いたな」

 

 彼は「Inari_Fox_09」のコメントをタップすると、迷うことなく操作した。

 

 ポチッとなブロック

 

【ユーザー Inari_Fox_09 をブロックしました】

 

「よし。浄化完了」

「ん? 今、何か言ったか?」

「いや、スパム報告をしただけだ。行くぞ」

 

 ああ……。

 

 京都の方角から、世界を揺るがすほどの絶叫と殺気が放たれたのを、私は確かに感じ取った。

 

 猿渡よ。お前は今、核ミサイルの発射ボタンよりも危険なスイッチを押したのだぞ。

 

 私の胃がキリキリと音を立てる。

 

 しかし、彼らの受難はそれだけでは終わらない。

 

■□■□

 

「む……? なんだこの道は。ヌルヌルするぞ」

 

 ルートが不快そうに足を上げた。

 

 いつの間にか、ダンジョンの通路は変貌していた。

 

 硬い岩盤だった床や壁が、半透明の粘液に覆われている。

 

 天井からは、スライム状の滴がポタポタと落ち、酸っぱいような刺激臭が鼻を突く。

 

「うわ、靴の裏が糸を引く。汚らわしい! 吾輩の新品のブーツが!」

「静かにしろ。……成分分析完了」

 

 猿渡は指先で粘液を拭い、携帯用のリトマス試験紙に付けた。

 

 紙が瞬時に赤黒く変色する。

 

「pH1.5。強酸性だ。ここは『アシッド・スライム』の群生地だな」

「あ、あしっど? 酸だと!?」

 

 ルートが飛び退く。

 

 しかし、猿渡の目は怪しく輝いていた。

 

 彼は懐から高解像度のマクロレンズを取り出し、装着する。

 

「素晴らしい……。ルート、前に出ろ」

「は? 嫌だぞ! 服が溶けるではないか!」

「服などどうでもいい。貴重なデータが取れるチャンスだ」

 

 猿渡は、科学者の狂気を宿した瞳で、ニートの神を見据えた。

 

「お前の皮膚が、強酸に対してどのような耐性を示すのか……あるいは溶けて爛れるのか。その過程を4K・60fps高画質で記録する」

「き、貴様ァァァ!! さっきの肉の恩をもう忘れたのかァァァ!!」

 

 ルートの悲鳴が、粘液まみれの通路に木霊する。

 

 コメント欄には「溶解プレイ」「S氏の性癖が歪みすぎている」「逃げて超逃げて」という文字が踊る。

 

 だが、逃げ場はない。

 

 前方からは、ゼリー状の巨体が、不気味な音を立てて迫ってきていた。

 

 次回、「粘液まみれの耐久テスト」。

 

 私の胃に穴が開くのが先か、ルートの服が溶けるのが先か。

 

 賭け率は五分五分である。

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