硝子「はい、次。連、そこ座って」
家入硝子が気だるげに椅子を回し、手元のカルテに目を落とす。カーテンの向こう側では、パンダが体重計を壊しかけて真希に怒鳴られている声が聞こえる。
連「お願いします、硝子先生」
硝子「昨日、真希とやり合ったんだって? 反転術式で治したんだろうけど、一応『呪力の通り道』を確認するよ。……シャツ、脱いで」
促されるまま連が上半身を脱ぐと、5年間の修行で刻まれた無数の古傷と、鋼のような筋肉が露わになった。
硝子「……相変わらず、ただの10代とは思えない体ね。……じゃあ、聴診器当てるから。動かないで」
硝子が聴診器を手に取り、連の胸に当てるために身を乗り出した、その時だった。
「しゃけ! おかかーーー!!」
突然、カーテンの向こうで棘が何かに躓き、パンダを巻き込んでこちら側に倒れ込んできた。
ガッシャーーーン!! と、診察用のワゴンが弾け飛ぶ。
硝子「……っ!?」
足元にワゴンが滑り込み、バランスを崩した硝子が、連の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
連「うおっ……!? 先生、危な――」
咄嗟に硝子を受け止めようと伸ばした連の両手。しかし、運悪くその手は、前のめりに倒れてきた硝子の胸を触ってしまい二人は床に倒れ込んだ。
硝子「………………あら」
連「………………あ、……え、あ……」
医務室に、死のような静寂が訪れる。
パンダ「……おい棘。……俺たち、今すぐこの世から消えたほうが良くないか?」
棘「……(絶望の表情で頷く)」
連は顔を真っ赤にし、震える声で硝子に問いかけた。
連「あ、あの……硝子先生。……その、大丈夫、ですか……?」
硝子は至近距離で連の目を見つめたまま、微塵も表情を崩さずにポツリと呟いた。
硝子「……大丈夫よ。ただ、アンタの心拍数、測り直しましょうか。……今、時速200キロくらいで動いてるわよ、アンタの心臓。……それと」
硝子は平然と立ち上がり、乱れた白衣を整えながら、連の耳元で囁いた。
硝子「……真希には、黙っておいてあげるわよ。もっとも、カーテンの向こうに『般若』が透けて見えてるけどね」
連が凍りついて視線を向けると、カーテンの隙間から「……連。アンタ、後で道場な」と、真っ赤な顔で殺気を放つ真希が顔を覗かせていた。連は、転生してから初めて「5年前の修行空間の方が安全だった」と、涙目で天を仰ぐのだった。
連「あ、あの……硝子先生。本当に、本当にすみませんでした! 今のは不可抗力というか、パンダたちが急に……!」
連は診察台に座り直しながら、床に頭がつく勢いで謝罪しました。
硝子「……分かってるわよ。アンタがわざわざ私のところでやるメリットなんてないしね。……ほら、そんなに怯えないで。心音が雑音だらけで聞き取れないわ」
硝子は全く動じた様子もなく、ひんやりとした聴診器を再び連の胸に当てました。そのあまりにも冷静な対応に、逆に連の冷や汗が止まりません。
連「あ、あの……怒って、ないですか?」
硝子「怒る? ……さあね。まあ、あんなに勢いよく触られたのは久々だけど、医者なんてやってると色々あるから。……それより連。アンタ、自分の体の異変に気づいてる?」
硝子の声が少しだけ真面目なトーンに変わりました。
連「異変……ですか?」
硝子「ええ。普通の術師は、反転術式を使うと呪力を消費して疲弊する。でもアンタ、反転を使えば使うほど、細胞の『星のエネルギー』が活性化して、身体能力が上がってるわ。……文字通り、動く発電機(星)ね」
硝子はカルテにサラサラと異常な数値を書き込んでいきます。
連「……修行空間で、死ぬほど反転術式を回しながら戦い続けたせいかもしれません」
硝子「……ふーん。……はい、終わり。異常なし。……というか、異常すぎて測りきれないわ。次、真希。入ってきなさい」
真希「……ああ」
カーテンを乱暴に開けて入ってきた真希は、連の隣を通り過ぎる際、一言だけ低く呟きました。
真希「……連。お前、後で『貸し十』な」
連「じ、十!? さっき五って言ったじゃ……!」
真希「……五月蝿い。二十に増やされたいか?」
連「……いいえ。喜んでお受けします……」
硝子は煙草を咥え(火はつけず)、そんな二人を眺めて小さく笑いました。
硝子「……青春ねぇ。あ、五条には適当に報告しておいてあげるわよ。……『連は絶倫です』って」
連「硝子先生、それ一番ダメな報告です!!」
医務室に響き渡る連の絶叫。
健康診断という名の地獄の身体測定は、こうして(一応の)幕を閉じました。
真希「――来たか。変態特級」
連「……その呼び方、そろそろ勘弁してくれないか? 貸しの件、どうすればいい?」
俺が恐る恐る尋ねると、真希は不敵な笑みを浮かべ、抱えていた木刀を俺に放り投げてきた。
真希「簡単な話だ。アンタが言ったんだろ、『何でもする』って。……今から『貸し十』のうち、三つ分を清算させてやる」
連「三つ……? 一気にやるのか?」
真希は指を三本立てて、冷徹に言い放った。
真希「一つ。今から一時間、アンタは一切の攻撃を禁止だ。防戦一方、私の打ち込みを全部捌いてみせろ」
連「……修行かよ。まあ、それはいい」
真希「二つ。その間、アンタは『星の盾(ステラ・バックラー)』を使わずに、生身の回避と受け流しだけで対応しろ。……特級の身体能力、出し惜しみすんなよ」
連「(……死ぬ気で来いってことか)分かった。……で、三つ目は?」
真希は少しだけ視線を逸らし、頬を赤らめながら、しかし命令口調で言った。
真希「……三つ目。……練習が終わったら、私の部屋に『ハーゲンダッツの詰め合わせ』と、私が納得するまで『最新のゲームの隠しダンジョンの攻略法』を教えに来い。……アンタ、昨日それのせいで寝不足だったんだろ?」
連「……!? なんでそれを……」
真希「……顔に出てんだよ。アンタが楽しそうにやってたの、廊下まで音が漏れてたわ」
連は、自分の趣味(ゲーム)を完全に把握されていたことに絶望しながらも、彼女の不器用な「歩み寄り」を感じて、思わず口角が上がった。
連「……了解。じゃあ、まずは一時間の地獄から始めようか」
真希「ハッ、笑ってられるのも今のうちだ!!」
真希の猛攻が始まった。
呪力を持たない彼女の、純粋な物理法則を超えた一撃一撃が、連の肌をかすめていく。
連は「貸し」を清算するため、そして自業自得の不祥事を拭い去るため、かつてない集中力で真希の連撃を捌き続けた。
数時間後:真希の寮の部屋にて
約束通り、俺はハーゲンダッツのバラエティパックと攻略本を抱えて、真希の部屋の前にいた。
連「……真希、入るぞ」
真希「……ああ。そこ座れ」
部屋の中には、真希が普段使っている呪具のメンテナンス道具と、俺が先日貸したゲーム機が並んでいた。
二人並んで画面を見つめ、隠しボスの倒し方を教える時間は、道場での殺伐とした組手とは正反対の、静かで温かな時間だった。
真希「……ここ、どうしても避けられねぇんだけど」
連「あー、そこは敵の予備動作の瞬間に、左に回避だ。……ほら、貸してみ。手本見せるから」
俺が真希の手に重なるようにコントローラーを握ると、真希が一瞬ビクッと肩を震わせた。
真希「…………アンタ、また手、滑らせんなよ?」
連「……全力で気をつけます」
夕闇が深まる高専の寮。
「貸し」を理由に繋がれた二人の距離は、星の光に照らされて、ほんの少しだけ近づいたようだった。
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