あれは嘘だ。
「ラッキードールが上がってきた!後続はまだ見えない!ラッキードール、周りを置き去りにしてゴール!1着はラッキードール!」
「おっちゃんうるさいなぁ…。今一応夜なんやでもう少し声小さく出来んのやろか」
私がナイトホークさん達のレースに参加するようになってから数年。今では、この野良レースに参加する中でも1、2を争う実力者と呼ばれるようになっていた。
孤児院の人たちには野良レースに参加していることはバレているみたいだけど、かといって制限したところで何かできるわけでもないと判断したのか、事実上黙認されている。
あ、私はいつのまにか会話に方言が入るようになってた。慣れって怖いね。まあ10数年方言満載の場所で生活してれば仕方ないのかもしれないけど。
「レイ。調子はどうや?」
「あ、どーもホークさん。調子はめっちゃいいですよ。ただ靴がボロくなり始めたんでそこだけ心配やけど」
「やっぱ若い子はすぐ成長してくなぁ。私なんて一本走るだけでもう身体バッキバキやのに」
準備運動をしていると、ナイトホークさんが話しかけてきた。
もうホークさんとも10年近くの付き合いで、感覚的には隣に住んでるすごい気前のいいダウナー系お姉さんって感じだ。
前世の私もそうなりたかったよちくしょう。現実は社畜系目が死んでるゾンビおばさんだったけど。
「あ、そうそう今日私らが走るレースやけどな。1人明らかに“変”な奴がおるで」
「変?様子がおかしいってこと?」
「んや。外見は至って普通なんやけど、中身がこう、なんつったらええかわからんのやけどある種の狂気があるっちゅうか…」
「なにそれ。まあとりあえず注意はしとく。どの人?」
「えーと、ああおった。あそこのサングラスと帽子しとる芦毛のウマ娘や」
「へー」
ホークさんが指差す方を見ると、確かにそこに芦毛のウマ娘がいた。
見た感じ本当にどこにでもいる普通のウマ娘って感じで、お世辞にも強そうには見えない。なんかぽわぽわしてるし。
「次のレース出る奴らは並んでくれー。もう少しで始めるぞー」
野良レースを仕切ってるおっちゃんがそう声を上げて、私とホークさんもおっちゃんの方に向かって歩き出す。順番とかはないから、適当に横一列に並んでいく。
「最後に走る道の復習な。今日は基本の大通りを走っていくだけの簡単なコース。接触や妨害はある程度はいいが、喧嘩になったり怪我しそうになるようなものはやめてくれ。それじゃあいいか?」
おっちゃんがそう言うと、その場の全員が前傾姿勢をとった。
「位置について…よーい、スタート!」
その声と同時に、私は地面を蹴る。よし。スタートダッシュは完璧だ。
後ろの様子を見ると、ホークさんが言っていた芦毛のウマ娘が若干遅れているのが見えた。まあ、コンクリートで走ると滑りやすいから仕方がない。
この道は、坂を駆け上がった後降りていくという、マトモな直線がない道だ。だから、パワーもスタミナもないとすぐにバテてしまう。下り坂はそこまでスタミナを使わないから、前半で8割使うつもりで走っていく。
スタートでハナを取れたのはラッキーだった。最初の直線を抜けて坂を登りながらひとつめのカーブを曲がる。スピードを出しすぎると外に広がりすぎるから、外に出過ぎないギリギリの速度で曲がっていく。
「相変わらずスピード調整が上手いわぁ」
「賞賛と受け取っとくわ」
後ろにいるホークさんがそうやってヤジを飛ばしてくる。
ホークさんはレースになると人が変わったようになる。普段の優しさはどこへやら、皮肉言ったりブチギレて怒鳴ったりだいぶ荒くなる。
「皮肉言っとる暇あったら抜かすことやな!」
そう言いながらふたつめのカーブを曲がる。ここを曲がりきったら唯一の平らな直線がある。
ホークさんはここで一気に抜かしてくる。坂で加速して抜かすのは負荷がすごいから仕方ないと言えばそうなんだけど、ホークさんは全速力で抜かしにくる。
ここで抜かされると抜き返すのは厳しいから、私も全力で加速する。
「こんのぉ………はっ?」
加速してホークさんに抜かれないようにしていると、不意にホークさんの気の抜けた声が聞こえてきた。でも、ブラフかもしれないから速度は緩めずに……。
そう思った瞬間。
「お先に」
その一言だけを残して、あの芦毛のウマ娘が抜かしていった。
私はほぼ全力で走っているのに、一瞬見えた横顔は、一切疲労の色が見えなかった。
「なんっ、おまっ、速えな!」
1メートル、2メートル、3メートル。私の方が走り慣れているはずなのに、向こうのほうが速い。
悔しい。なんで初めて走るやつに抜かされて、どんどん距離を離されなければいけないんだ。向こうのほうが歳上だとしても、限度ってものがあるだろうが。
私は、後のことは考えず坂に入っても速度を緩めずに走り続けた。こんなことは今までにした事がなかったから、脚が悲鳴を上げている。それでも、私は走り続けた。
私が追いつけないってことは、相手もスピードを落としてないって事だ。なら相手のスタミナが切れたら追いつけるはず。私の脚の限界よりも先に追いつけるはず。
追いつけるはず。
追いつける…。
追い…つける…。
「なんで、スピード、一切、落ちんねん、クソッタレ」
その芦毛のウマ娘のスピードは、一切落ちなかった。
私は全力で走り続けたせいで、もう速度を維持できるスタミナは残っていなかった。
*
「ゴール!新参の芦毛が、ファントムレイダーやナイトホークを抑えて1着だ!」
結果は散々だった。
芦毛のウマ娘は、下り坂で加速して1着。対して私は、スタミナを消費しすぎて下り坂は転ばないように気をつけるのが精一杯で、ホークさんどころかその後に来た3人に抜かされて6着だった。
「はぁー、はぁー、」
しかし、ここまで全力で走ったのは初めてだ。脚はしばらく動かないだろうし、呼吸が整うまでもう少しかかりそうだ。
もう無理。立ってんの無理。仰向けで寝る。あ、今日満月だったんだ。
そんな事を考えていると、1着になった芦毛のウマ娘が近づいてきた。
「お疲れ様。キミはすごいな」
「私はすごくもなんともない。現にスタミナ切れて6着まで落ちたんだし」
「だが、それでもあの坂を全力で登り続けて、あそこまでスタミナが続いているのはすごいぞ」
「あそこまでしか続かなかったの間違いでしょ」
「いや、あれはトゥインクル・シリーズで走っているウマ娘でも耐えれないウマ娘はいるだろう。実際、中央トレセンでのトレーニングよりも厳しいと思う」
「なにあんた。元トレセン生か何か?」
「ああ、そういえば名乗っていなかったな」
芦毛のウマ娘はそう言うと、帽子とサングラスを外し、後ろで結んでいた髪を解いた。
その姿を見て、私は絶句した。
「嘘でしょ…?」
かろうじて喉の奥から出たのは、か細い声だった。
なぜなら目の前の相手が、転生する前の私でも名前を知っていた名馬。ウマ娘となってからも、その走りはよく見ていたウマ娘がそこにいたからだ。
地方から中央に移籍。そして中央でいくつものGⅠを獲ったウマ娘。
アイドルウマ娘や永世三強などの呼び名があるが、1番有名なのは、やはり『芦毛の怪物』だろう。
冗談じゃない。こんなレジェンドがいていい場所じゃないだろ。ここは。
「私の名前はオグリキャップだ。よろしく頼む」