『芦毛の怪物』オグリキャップさんとなぜか野良レースして褒められてから3日後。
夏休みも終わりがけで、学校の宿題も終わらせていた私は案外すぐに外出許可が出た。
1人で外に出ると言った時もっと反対されるものだと思った私は、少し拍子抜けした。まあ、一緒に着いてくる大人に連絡とったら院長さん腰抜かしてたけど。
そんなわけで、今私はファミレスに来ています。今はまだ集合時間より10分くらい前だから、もう少ししたら来るかな。
そんな事を考えていると、こっちに歩いてくる人影が2つ。
2つ?え、あれ?私はてっきり2人で話をするものだと思っていたんですが?ってかおふたりさんが来てから周りがざわつき始めたんですけど。もう1人の方もしかして有名人?
片方はオグリキャップさん。なんでも色々と話をしたいとのことで、今日ここに呼ばれた。そしてもう1人は鹿毛のメガネをしたウマ娘。でもこの人なんかで見たことあるんだよなぁ…。なんだったっけ。
「こんにちは、ファントムレイダー」
「こんにちはオグリさん。そちらの方は?」
「初めましてファントムレイダー君。私の名前はシンボリルドルフ。気軽にルドルフと呼んでくれ」
え、シンボリ、シンボリルドルフ?URAの会長の?なんかすごいレースをめちゃくちゃ勝ったって言うあの?同姓同名はいないはずだから本物?
眼を見開いて口をパクパクさせながらルドルフさんを見ていると、ルドルフさんに苦笑された。
「やはり、私が来るのは間違いだったんじゃないか?」
「む、でもベルノもタマも忙しいだろう?だから頼めるのがルドルフくらいしかいなかったんだ」
「君は私の役職を理解してそれを言っているのか?まあいい、本題に入ろう。ファントムレイダー君。トレセン学園に入るつもりはないか?」
「……正気で言ってます、それ?」
ルドルフさんは、とても正気とは思えない問いを投げかけてきた。
トレセン学園。正式名称は覚えていないが、とにかくウマ娘がレースをするための学園。トレセン生だけが正式なレースに出れる。だが学費は高いし、あの孤児院にはとても払える額じゃない。
それに、トレセン学園には少し辛い部分がある。
公式開催されるレースは多いが、それでも勝者となれるウマ娘の数はトレセン生の半分もいればいいほうだ。トレセンに入ったはいいものの、一回も勝てずに自主退学したという話も聞いた事がある。
正直、野良レースの出走者の中で速いというだけで、トレセンに入学を勧められるのは違うと思う。
それに、勝てなくて自主退学した時に院長さん達に申し訳がたたないし。
「私は正気だよ。どちらかと言えば、正気じゃないのはオグリのほうだ」
「む、正気じゃないと言われるのは心外なんだが」
「オグリさん。いきなり野良レースに参加して参加者をトレセンに勧誘するのは普通はしませんし、オグリさんじゃなきゃ通報されてた可能性ありますからね?」
「そうなのか…」
わぁすっごいしょぼんとしてる。本当にこの間走ってたのと同じ人なのこの人。なんかもうマスコットみたいになってるんだけど。
「まあ、一旦その話は一度置いておいて。私たちの望む君の将来を話していこう。あくまで願望の範疇を出ないから、実際にこうして欲しいと言うわけではないと言う事を知っておいてくれ」
ルドルフさん曰く。
レースで走った道を見にいったが、中央トレセンでのトレーニングでもあの角度の坂を走る、ましてや競争するなんてことはしないから、私にはある程度の能力が備わっているという認識らしい。
その才能を散らしたくないから、トレセンに入って欲しいとのこと。
ただ、いきなり中央トレセンに入るんじゃなく、カサマツトレセンで何年かトレーニングをして、本格化なるものが始まったら地方で何戦か走り、その結果次第で中央に移籍するとのこと。
ただトレセンに入る選択をした場合、引退まで私はオグリさんがトレーナーになるらしい。
なんでぇ?
「……色々言いたいことはありますが。なんで私をそんなに買い被っているんですか?」
私は、思ったことをそのまま口に出した。
だってそうだろう。いくらレースで勝てるような能力が備わっていたとしても、あの場所では私とオグリさんはただの他人だった。なのにオグリさんは、私の面倒を見ようとしている。
そこだけが、どうしても不可解だった。
「私は、今まで見たことがなかったんだ。キミのような、ただ『勝ち』以外を考えていないウマ娘を。もちろん、現役時代にはたくさん見た。だが、トレーナーとなってからは私に指導して欲しいから、という理由でチームに入ってくる子が多かったんだ。でも、キミは違う。なんでもいいから勝ちたい。そんな気持ちが私に伝わってきたんだ。」
「そう、ですか」
「ひとつ聞いてもいいか?」
「ああ、はい。いいですよ」
「キミはなぜ、あそこまで勝ちにこだわっているんだ?」
「なぜ、ですか」
思い返せば、特に理由はなかった。昔は本当にただたくさん走りたかっただけだったから。
あの場所で野良レースをして、参加者の人たちと仲良くなって、たくさん走って、たくさん負けて。いつしかそれが勝つ事への執着に繋がった。
でも、理由を挙げるなら。
「強いて言うなら、ウマ娘だから…です。走りたい、負けたくない…。そんな思いが、周りより少しだけ大きいだけです」
「…そうか」
しかし、トレセン学園か。まだ中央じゃないだけマシと思うべきなのか、地方とはいえエリート校に通うわけだから心配すべきなのか。
あ、というか学費とかってどうなるんだろ。自腹なら確実に通えないんだよな。前の世界と同じで孤児院というものは人手も資金もギリギリだから。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「いきなり生々しい話をするので申し訳ないんですけど、学費ってどうなります?」
私は恐る恐る聞いてみた。この返答次第で、そもそも通えるかどうかが決まる。ルドルフさんは少し驚いているようだったが、すぐに笑顔を浮かべて返答してくれた。
「心配しているようだが、学費に関しては奨学金という制度もあるし、君の場合少なくともレースを引退するまでの間は無償だ。詳しい事は資料があるから、それを大人に渡して聞いてみてくれ」
奨学金ってつまり借金じゃないですかヤダー。私も苦労して返してたなぁ…。
とか言う冗談はさておき、とりあえず金銭面の心配はなさそうだ。
ルドルフさんから色々な資料をもらい、席を立つ。
「今日はありがとうございました。また、孤児院の先生達と話し合って決めてみます」
「ああ、ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」
「いえそんな…。あ、あとオグリさん」
「なんだ?」
私は少し溜めてから、笑顔で言った。
「私は、前向きに考えてます」
「!……ありがとう」
その返事を聞いて、私はファミレスから出た。
外はもう8月も終わりがけだと言うのに、暑さがまだ厳しい。
「トレセン学園…か」
まだ見ぬトレセン学園という存在に思いを馳せながら、私は帰路についた。