地球号の後継者   作:紫 和春

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第8話 後継者

 大和号暦一七四一年。金剛号とその乗客たちは、今にも亡き者になりそうだった。人口は数えられるだけで二千人を切り、宇宙船内のあらゆるインフラは停止状態である。その様相は、まるで宇宙船を舞台にしたサバイバルゲームのようだ。

 

 つまるところ、長い長い旅路も終わりに近づいているということである。

 

 そのような状態でも、人類の叡智の結晶を使う人々がいた。文字通りエンジニアである彼らは、多種多様で平和的な製品を製造している。人と人の会話を繋ぐためのネットワークの構築。移動を楽にするための汎用自動車。そして人類の叡智をもっと未来に残すための情報蓄積媒体。彼らは善意で、これらを無償で提供している。

 

 そんな善意のエンジニアのうちの一人である沢村は、この情報蓄積媒体に関して宇宙船で一番の技術を有している。そんな彼は、とある物を熱心に研究していた。

 

「低温型ならまだ安定するか……。ここに鉄を加えればもう少し安定するかな……」

 

 それは遥か昔の地球で研究されていた、石英ガラスにデータを保存する方法である。これを使えば、理論上は半永久的にデータを保存出来るという。

 

 では、沢村は何を保存しようとしているのか。それは、人間そのものだ。数年前、彼は偶然にも、人間の魂と言えるような未確認データを抽出することに成功していた。その時に、あることを思いついたのだ。

 

『自分そのものをバックアップすることが出来るのではないか?』

 

 自分の遺伝子情報や脳の構造などを情報として記録し、それを情報媒体に書き込む。簡単に書き換えられない媒体を使えば、大和号から脈々と続く人類の叡智を保存することが出来るのではないか。

 

 もちろん自分だけではない。金剛号に残っているありとあらゆるデータを保存すれば、人類の歴史が詰まったレコードが完成する。

 

 沢村はこれを思いついたのだ。そして、それを実現するために、超大規模容量を保存出来る媒体を作成しているのだ。

 

「良い感じだ。やっぱりタカさんに協力をお願いして正解だった」

 

 タカとは、隣町でガラス工芸を得意とする初老の職人だ。沢村は彼に協力を要請し、ガラスメモリの試作品をいくつか作ってもらったのだ。

 

 そして数ヶ月の時間を経て、納得のいくメモリが完成した。

 

「よし。これから量産するとして……、いくつ必要だ?」

 

 沢村は軽く計算した。金剛号の共有ファイルにある情報量はおよそ八エクサバイト。一メートル四方のガラスメモリには約十六ペタバイトの情報を書き込めるため、だいたい五百平方メートルほど必要な計算だ。

 

「ざっくり二十二メートル四方のガラスが必要と……。そこに俺の情報を追加で書き込むとなると……、二十五メートル四方か。今は時間がない。タカさんにも手伝ってもらうことにしよう」

 

 こうして、たった一人による壮大な計画が始まった。

 

 この計画の一番の難点は、何と言っても材料の確保だろう。石英の主成分である二酸化ケイ素自体は、土壌の中にごく普通に存在している。問題は、その土壌がほとんど存在しないことだろう。土を扱っているエンジニアの心当たりは沢村にもあるが、石英を含んでいることで土というものが成り立っている節もある。

 

 そこである人物の元を尋ねる。超小型線形加速器型物質融合炉を保有している長屋有限会社の社長だ。会社とは言っているが、従業員は一人もおらず、社長のご老人が一人で切り盛りしている。

 

「ご無沙汰してます、社長」

 

「おう。今日は何のようだ?」

 

「実は特別性の石英が大量に必要なんです」

 

 そういって、特製石英ガラスの成分表を社長に渡す。

 

「石英ねぇ。いくら必要なんだ?」

 

「厚さ一ミリ、五百平米ほどです」

 

「こりゃまたとんでもない量を注文するな」

 

「情報の容量を増やすには、メモリを物理的に増やすのが一番ですからね」

 

「そうかい。そうなると……」

 

 社長はメモ帳を取り、必要なものを書き込んでいく。

 

「合成石英を作るには、酸素と水素と四塩化ケイ素が必要だ。さらに四塩化ケイ素は、ケイ素と塩素をを加熱することで得られる。今回はこの方法で行こう。単純計算で水二トン弱が必要だ」

 

 そういって社長はメモ帳を放り投げる。

 

「材料調達から納品までざっくり三週間と見積もるが、大丈夫か?」

 

「えぇ。問題ありません」

 

「分かった。すぐに仕事に取りかかろう」

 

 その間に、沢村はある装置を組み立てていた。ガラスメモリに情報を書き込むための光学装置である。少なくとも一ピコメートルを読み取れる程の精度を持つ光学装置が必要なのだ。これも別のエンジニアと協力し、設計から組立まで行う。

 

 しかし、ここは何もかもが限界に近い世界。そんな分解能を持つ装置を作ることは、ほぼ不可能である。

 

 だが、沢村の執念なのか、はたまた先祖代々受け継がれてきた物作りに携わる人々の職人魂なのか、無事に書き込み用の光学装置を完成させた。

 

 それと時を同じくして、メモリ用の石英ガラスが納品される。実際は十センチ四方のガラス板として分割しているため、邪魔にはなりにくい。

 

「よし、書き込み作業に入るか」

 

 ガラス板を台座にセットし、レーザー光を当てる。フェムト秒というとてつもなく短い周期の光を照射し、ガラス板の内部に傷をつけていく。この傷の有無や濃淡が情報となるのだ。

 

 ガラス板一枚あたり数分で書き込みが終わる。その作業を淡々とこなしていく沢村。

 

 書き込みを行っている短い時間の間に、また別の作業を行う。それは、このガラスメモリを乗せるための小型宇宙探査機の設計だ。慣性航行を主体とするため、推進機はなくても問題ない。深宇宙からの放射線などから防御するための物理シールドを使用する。こうして完成したのが、ただの鉄骨を四角く繋ぎ合わせた箱である。

 

「味気ないなぁ。これが探査機か……」

 

 自嘲のような言葉だが、今は悠長に時間をかけている場合ではない。すぐに行動に移す。

 

 一日のうち半分をデータの書き込みに、数時間を他のエンジニアとの調整に充てる。

 

 そして一年というかなり短期間で、ガラスメモリを搭載した宇宙探査機は完成した。ガラス板が動かないようにアングル鋼で補強し、宇宙空間からの放射線などを防ぐためのシールドブランケットで覆っている。

 

「なんとかなった……」

 

 この探査機の中には、自分の体の情報、記憶、そして魂が入っている。つまり、もう一人の自分がこの中にいるのだ。沢村は少し不思議な感覚を覚える。

 

「さて、他に忘れているものはないし、明日にでも宇宙空間に放出するか……」

 

 そういって沢村は、硬いソファに寝転んで寝息を立て始める。特にこの数週間は休憩らしい休憩は取っていなかったからだ。

 

 そんな静かな夜だった。突如として下から金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。

 

「な、なんだっ!?」

 

 慌ててソファから飛び起き、外に出てみる。すると、近くの家屋が次々と倒壊していくのが見えるだろう。しかも砂煙すら立っていない。

 

「まさか、金剛号が崩壊し始めている……!?」

 

 もしそれが本当なら、船の崩壊はあっという間である。そうすれば、放出予定の探査機は宇宙の藻屑となってバラバラになるだろう。

 

 そう考えた沢村は、すぐに簡易与圧服を着る。

 

 そのままフォークリフトに乗り、探査機をある場所まで運搬した。そこは建造当時から使用されている、エアドックも兼ねた船外貫通通路がある場所だ。フォークリフトごと通路のエレベータに乗せ、リフトを下へと動かす。

 

 エアドックに到着すると、探査機を船外側の扉へ乗せ、船内側の扉を閉める。こんなところで気圧差による突風を起こしてしまっては、探査機が破損する可能性がある。最後まで万全を期す必要があるのだ。

 

 扉が閉まったことを確認して、沢村は探査機に手を添える。

 

「達者でな。人類の歴史と、もう一人の俺」

 

 そういって沢村は船外側扉の非常用ドアコックを操作する。扉全体が吹き飛び、探査機は宇宙船が回転する遠心力で宇宙に放出された。

 

 その様子をエアドックの中から見守る沢村。

 

「子供が旅立つ親の気持ちって、こういうものなんだろうな」

 

 そういって沢村は、エアドック内で楽な姿勢を取る。金剛号の寿命もあとわずか。色々なことに思いを馳せながら、沢村は再び眠りについた。

 

 やがて、金剛号は船体全体の外部装甲破損により破裂した。内部にあった建物や物資、人々は破裂と一緒になって吹き飛び、虚空の宇宙に消えていった。

 

 大和号暦一七四二年十二月三十日。ここに、人類の歴史の一つが終焉を迎えた。

 

 ◇

 

 金剛号が消え去った後も、宇宙空間を飛び続ける物体があった。

 

 地球と人類の歴史、文化、生体情報、とある人物の記憶、魂を乗せて、その物体は今日も宇宙を進む。

 

 宇宙船地球号の後継者である最後の探査機(人間)は、いつまでもどこまでも宇宙を進んでいくのだった。

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