負けヒロインの私、”百合”に走りそうなんですが…!?   作:流星の民(恒南茜)

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#1 「恋人ごっこ」

「恋心」というのは、つくづく勝手なものだと思う。

 

雪枝(ゆきえだ) (しずく)さん。あなたのことが好きでしたっ! 俺と付き合ってください──!」

 

けれど、()()()()()にしてみれば。断るのはどうにも難しい。

高校に入ってから、何度目かの告白。

呼び出された校舎裏にて、白んだ息を吐きながらも必死な形相で告白をしてくる男子生徒と向き合う。その中で、私は──どんな言葉を選ぼうか逡巡していた。

 

「……ごめんなさい。その気持ちには応えられない」

 

こうして私が断ってしまうと彼もまた黙り込んで、すぐにでも気まずい沈黙が立ち込める。

奔放で不躾な「恋心」は、断った私をこの場では”悪”としてしまうから。

 

「あなたが悪いわけじゃないわ。ただ、私にも好きな人がいるだけだから」

 

私にだって好きな人がいるということ。

せめてこの場を公平にするためには、私自身の()()も一つ明かさなければならなかった。

 

「……そうか。だったら仕方ないよな。ごめん」

「ううん。これからも友達でいてくれると嬉しい」

 

そんなのだって社交辞令だ。どうせもう会話することもない。

実質的に人ひとりと絶縁状態になるリスクを冒してまで、誰かに告白するだなんて。

私にしてみれば、怖さが勝ってしまうから絶対に無理だ。

 

「──雫ちゃん! 告白されたって聞いたんだけど……大丈夫だった!?」

 

告白を断った後の沈んだ気持ちには、いつまで経っても慣れない。

そんな私の気分を知ってか知らずか、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして教室の前で()()は待っていた。

 

「大丈夫よ、愛依(あおい)。あなたが心配するようなことなんて何も起きてないから」

 

心配そうに瞳をうるうるとさせながら、私をじっと見つめてくる少女。

飼い主を見つけた小動物みたいに彼女は──”日向(ひなた) 愛依(あおい)”は、私に駆け寄ってくる。

 

「でもさ、心配だよ。雫ちゃんモテるじゃん? クールビューティーみたいな感じだし! 何というか、逆恨みとかされてないかなーって」

「それは失礼でしょ? そこまで性格が悪いつもりはないのだけれど」

「まあ雫ちゃんがしょうがなくて人を振ってるのは知ってるよ。だって、いるんだもんね?」

 

そこでしてやったり顔を作ると小さい背丈を伸ばして、愛依は私の耳元に顔を近づけた。

触れる吐息のこそばゆさ、熱。だけれど、次の瞬間にどくんと心臓が跳ねたのは、きっと彼女が口にした言葉のせいだと思う。

 

「好きな人──名月(なつき)くん、なんでしょ?」

 

私、雪枝(ゆきえだ) (しずく)が持つ最大の()()を。

齢十七、高校二年生にして抱いた初恋は、ごくあっさりと。

 

「ひゃっ、どうしてそれを……?」

「あ、雫ちゃん顔真っ赤〜! かわいいっ」

 

目の前でいたずらっぽく笑う幼馴染にバレてしまったのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

名月(なつき) 凛人(りんと)くんは、今日も献身的だ。

そう言い切れるのは、私が知っているから。

 

「名月くんっ、今日は雫ちゃんも手伝ってくれるんだって!」

「本当? 人の手が多いと助かるよ。花壇の隅々まで手入れができるし」

 

彼が一人、他の生徒があまりやりたがらない花壇の手入れをしていることを。

人へも植物へも分け隔てない、彼はそういう人なのだ。ただ、そんな彼の良いところを知っていたとしても近づくのとはまた別問題だったりする。

声をかけようとすれば、顔が熱くなって言葉もうまく出なくなって。

きっと、私は愛依に言わせればヘタレな子だった。

 

「不束者ですが、今日はよろしくお願いします……」

「ううん。むしろ、それはこっちの言葉だよ。よろしくね、雪枝さん」

 

だからこそ、そんな私を近くで見ていた愛依もよっぽどやきもきしていたのだろうか。

以前、私の初恋を見抜いてしまった彼女は名月くんのところに行ってしまうと、あっさりと声掛けを成功させてしまった。

念願だった名月くんとの共同作業は、ごくあっさりと私の手元に転がり込んでしまったのだ。

 

「──雑草は、根の方を握って……雪枝さん、少し貸してもらってもいい?」

 

軍手越しに彼の手が私の手を包み込む。

意外に大きくて、それでも力加減は繊細で、私のことを気遣ってくれているのが伝わってくる。

布を隔てた先でも伝わってくる手のひらの熱は、意外と温度が高い。

よっぽどその存在が近くに感じられた。名月くんに触れていた。

そう思えばこそ──この時間が終わって欲しくなかった。

 

「ん〜っ、あたし、すごい肩が凝っちゃって……じゃあ、今日は失礼しちゃうねっ!」

 

そんな私の気持ちを汲み取りでもしたのだろうか。

一通り作業を終えた頃、白々しくそう呟いて、ぱたぱたと足早に愛依はその場を去っていく。

私をその場に残して、ウィンクの一つでもよこしながら。

 

「改めて雪枝さん。今日はありがとうね。すごく丁寧な手つきで、植物たちも安心したと思うよ」

「……えっと。名月くんは聞こえるの? お花の声、みたいなの」

 

けれど、二人きりであることを意識しすぎてしまったせいだろうか。

思わず口をついて出たのは、あまりにも素っ頓狂な質問だった。

……終わった。だって、名月くんも目を見開いている。

こんなの変な子だって思われたに違いない。先ほどとは違う火照りが、耳まで広がっていく。

 

「……ふふっ、聞こえはしないよ。でもさ、想像することはできるでしょ? 植物だけじゃなくて、他の人がどう思ってるかって。雪枝さんは違う?」

「そういうのなら、私にもあるかも……相手がどう思ってるかな、とか。すごい気になる時がある、わね」

 

それこそ、告白された時だって。

相手の気持ちが気になるから、必死に言葉を選んで角が立たないように断れるようにする。

私が必死に知恵を絞って想像している時に、それが自然にできてしまう──きっと、名月くんはそういう人だった。

 

「でしょ? だったら、雪枝さんも一緒だね」

「……私も、一緒……?」

 

一緒だなんてとんでもない。

私は名月くんほど自然には振る舞えなくて。ずっともったいないことだと思った。

だとしても、もしもこれが接点になるなら。ほんの少し、さっき愛依に背中を押された通り、私が勇気を出せれば──。

 

「ねぇ。一緒同士、友達になれない……?」

 

友達になれないか一々聞くなんてあり得ない。やっぱり今日は調子が狂いっぱなしだ。

だけれど、名月くんはそれを笑う人ではなかった。

 

「……もちろん。よろしくね、雪枝さん」

 

名月くんと。ほんの少しだけど、お近づきになれた十月。

それを境にして、私たちはよく一緒にいるようになった。

まずは昼休み、一緒に花壇の手入れをする。やがて桜が蕾を付け始めるまで、黙々とそんな時間が続いていった。

 

「暗くなってきたし、家まで送ってくよ」

 

それに変化が訪れたのは、高校一年生の三月のこと。初めて帰り道が重なった。

人通りがほとんどない夜の道路。光を象っていく車道側にそっと彼は寄って。

彼は歩道側で守ってくれているようだった。やっぱり名月くんはごく自然に気を配れる人だ。

それが再確認できて、何だか嬉しく思えたのをよく覚えている。

 

「ねえ、恋心って何だと思う?」

 

そんな暗闇、コツコツと革靴が地を打つ音だけが響く中で。

ポツリと彼が呟いた言葉が、強く耳に残った。

名月くんの口から聞こえるにしては、どうにも浮いた言葉に思えたから。

 

「……どうして私にそんなことを聞くの?」

「興味本位、というかさ。僕にも、できたんだ」

「……何が?」

 

次の瞬間に、ひゅっと私の息切れ音だけが聞こえた。呼吸も、心音も止まったみたいだった。

 

「──好きな人が、かな」

 

……好きな人ができた? ……名月くんに?

遅れて情報が頭を巡っていく。

どんな女の子でも名月くんの友達までにしかなれない。だって、彼は誰にだって別け隔てない人だから。そんな幻想が音を立てて崩れていく。

 

「そう、なの」

「……うん。いざ口にするとさ、案外恥ずかしいね」

 

だとしたら、私にとっての恋心はどんなものだったろう。

目の前でぽりぽりと頬を掻く名月くんは案外普通の男の子だった。

そんな彼に押し付けていたものがあったとすれば──。

 

「……勝手、なんだと思う。不躾で、自由すぎると思う。それが、私にとっての恋心、ね」

 

それは、今まで私が「恋心」に抱いていたイメージと何ら変わりない。

不躾で自由、あまりにも勝手。相手がどう思うか、実際はどんななのかなんて二の次で、いつだって自分本位。私が抱いていたものも、そうだったに違いない。

 

けれど、この「恋心」だって遡れば。

名月くんのおかげで、初めて知ったものだった。

 

──これ、雪枝さんの落とし物でしょ?

 

目一杯の光を蓄えた瞳。そんなもので私を貫いてきた名月くん。

彼と初めて出会ったのは格好つかないことに、最終下校時刻ギリギリまで学校中で探し物をしていた時だった。

正直些細なものだ。鍵とかお金とか、物的に価値があるものではなくて、亡くなったお婆ちゃんが幼い頃にくれたヘアゴム。それが宝物だった。

何せ貰ったのが幼い頃だったから、丸い飾りがついて、ラメが入った幼稚なヘアゴムで。

周りの人にそう言われ続けると、私もクールなキャラを保たなければいけない気がして、助けを仰げなかった。

 

──これ、素敵なデザインだね。

 

その中で愛依の他に唯一手伝ってくれたのが、名月くんだった。

私しか知らない世界に、誰も入れる気がなかった世界に、彼は入り込んできてくれた。

 

「あの時のヘアゴム、今日も付けてるんだね」

 

思わず触れたヘアゴムは、長く伸ばした今の髪には似合わないけれど、今も腕に巻いてある。

そっと触れれば、あの時に手渡された時と同じようにころりと転がる。

 

「……うん。名月くんが見つけてくれた宝物だから」

 

──「恋心」だって、同じだ。

どれだけ奔放で不躾で、もしかしたら名月くんには迷惑なものかもしれない。

だとしても、これは私の胸で今日まで大切に温めてきた宝物なのだ。

 

「多分さ、僕の『恋心』も雪枝さんと同じ気がするんだ。勝手なものでさ、そういう意味でも一緒なのかも。……ごめんね? 変なこと聞いて」

 

だからこそ、こんな瞬間まで「一緒」を探してくれる名月くんがいじらしくて。

この気持ちを伝えよう──私の決意は固まった。

もしも、彼の口にする「恋心」が私以外の子に向いているのだとしても。せめて、それが成就する前には伝えよう。

「恋心」の勝手さに甘えていたかった。それならばきっと、諦らめきれるから。

 

 

「僕の好きな人さ……日向さんなんだ」

 

 

──そんな風に思っていた。名月くんの”秘密”を打ち明けられるまでは。

私の告白に彼が返事をして、彼の好きな人が愛依だと知ってしまうまでは……。

 

「うっ、うぁ……」

 

諦めきれるから、だなんて大きな嘘だ。

ちろちろと瞬いた蛍光灯、気づいたら窓の外はすっかりと暗くなっていて、教室には私一人。

名月くんには何とかして帰ってもらったのだけは覚えている。

 

『……ごめんなさい。その気持ちには応えられない』

何度、その言葉を口にしただろう。どれだけの「恋心」を踏みにじってきただろう。

 

『ただ、私にも好きな人がいるだけだから』──もしも、私がそれを言われる側だとしたら?

 

人の気持ちには敏感でいるよう心がけているつもりだった。だけれど、そんなの方便だ。

でなければ、涙が止まらない理由が説明できない。

胸にぽっかり開いた穴はなに? 私がしてきたことはどれだけの罪になるの……?

 

「雫ちゃん、大丈夫!?」

 

それからのことはよく覚えていなかった。

ただ、私の泣き声が聞こえたのか教室に入ってきた愛依にあれこれ伝えたんだと思う。

名月くんにフラレたんだってこと。彼の意中の人が愛依だってことだけは隠し続けて。

罪の意識と虚しさが広がりすぎて、もはや頭の芯は痺れたよう。

 

ただ、愛依への恨めしさすらあった。

彼女は何も悪くないのに、今だってこうして慰めてくれているのに。

途方もなく、私が勝手な子なだけだ。

 

そうして、泣き腫らしても泣き腫らしても涙が止まる気がしない。

けれど、私の手の甲にぽたりともう一粒温かいものが落ちた気がした。

 

「……どうして、愛依が泣いてるの……」

 

顔を上げると、愛依が泣いていた。

私に言われた言葉を確かめるように自分の頬を拭って、涙を零したまま不思議な顔をしてみせる。

 

「……どうしてだろ。その話聞いてて、あたしも辛くて」

「愛依には関係ないでしょ……」

「……関係あるよ。……あたしもさ、傷心なんだよね」

 

愛依がそっと零した言葉に信じられなさが勝る。そんなことがあっていいのか。

だって、愛依は名月くんに選ばれた女の子だ。それなのに、傷心だなんて──。

だけれど、愛依の顔はみるみる内にくしゃくしゃになっていく。振られたばかりなのは私の方なのに、彼女の涙は止まることを知らない。

 

「ちょっと、落ち着いてよ……愛依。私だって、悲しいのに……」

「……大丈夫、だからっ。ごめんねっ、雫ちゃん」

「別に……わたしよりも、愛依の方が泣いてるから……」

「……雫ちゃんは優しいよね。だからさ、傷ついてちゃいけないんだよ」

 

今だって恨めしさすらあったはずなのに、気づけば愛依を気遣う言葉が漏れかけた唇。

彼女は、それに人差し指で蓋をする。

 

「最後までさせて、あたしからの提案」

 

それから精一杯にくしゃくしゃな笑顔を作って、言ってみせたのだ。

 

 

「……傷心二人でさ、”恋人”ごっこ、しない?」

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