紅玉の君、その灯になれたら   作:散髪どっこいしょ野郎

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親愛なるプリンシパルから、愛する貴方へ

「それじゃ、行っておいで、シオン」

 

「はい!行ってきます!」

 

 

 初めの三年間が終わってからも、あたしのレースは続く。

 

 多分、これからもオルフェさんみたいな凄いウマ娘を追っていくんだと思う。でももう迷いは無かった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「バリやん~!いいレースだったよ~!」

 

「っ!ありがとうございます!」

 

 

 トゥインクル・シリーズ真っ只中の頃はオルフェさんに抗うのに必死で、ファンの存在に意識を向けようともしていなかった。

 

 だけど今一度この足跡を振り返って、思う。

 

 あたしを、ウインバリアシオンを愛してくれる人はこんなにもいる。

 

 

「はぁ……」

 

「シオン、そろそろライブだよ」

 

「あっ、はい!今行くっす!」

 

 

 感謝を示したい。そのためにも、よりいっそう速く走れるように、そして綺麗なライブをできるようになりたい。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「今年の年末は地元に帰ります」

 

「分かった。良いお年をね」

 

「はい。今年もありがとうございました」

 

 

 故郷に帰省するのは久々だ。帰ったら何を話そう。父さんや母さんに有記念での思い出話をするのもいいし、黒金に──黒金に……黒金、に。

 

 黒金に、会える。それが、自分で思っている以上に嬉しい。帰ると決めただけなのに足取りが浮つく。

 

 

「なんだろう、これ」

 

 

 有記念の時にも感じた異様な温もり。悪い気はしない。むしろ心地良さまで感じる。

 

 確かあの時あたしはこの感情に名前をつけた。それは……えーっと……

 

 ──こ──

 

 

「いや、いやいや、いやいやいやいや!!」

 

 

 顔がリンゴみたいに紅潮する。だ、だって、黒金は親友で、どんな時もあたしを慮ってくれて。

 

 あれ……?そういえばあの後あたしなんて言ったんだっけ……?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 切符よし。手荷物よし。帰る準備は整った。

 

 とりあえず、会おう。色々考えるのはそれからでも遅くない。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 車内はそれほど混んでおらず、あたしが座るには十分すぎる程のスペースが確保されていた。

 

 じっとしていると思考が研ぎ澄まされていく。これからのこと、したい思い出話、メッセージを送った携帯電話……。

 

 電車に揺られながら思案する。……あたし……

 

 

『……大好き!……っす』

 

「……~~~~ッッッ!?」

 

 

 冷静に考えるとあたしとんでもない告白をしたんじゃないか!?

 

 対オルフェさんかつGⅠで初勝利だった昂揚感が後押ししたんだろう。それにしても、あんな言葉を恥ずかしげもなくぶちかますなんて──

 

 ──でも、不思議と後悔は無い。代わりにめちゃくちゃ羞恥心が群がってるけど。

 

 

「はぁ……」

 

 

 車窓から眺める景色が懐かしい色に染められていく。説明のしようがない胸の高鳴りを誤魔化すように、小さく息を吐いた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「おかえり、シオン」

 

「あ、母さん」

 

 

 親の顔を直接見るのは久しぶりだった。トレセン学園に入学してから走ることで精一杯で、たまにビデオ通話はしていたけど帰省らしい帰省は無かった。

 

 母さんは玄関前を掃除していた。……この家に帰るのも、久しぶりだな。

 

 

「黒金くんと二色さん、もう上がってるから。シオンも挨拶お願いね」

 

「……えっ!?」

 

 

 二色、というのは黒金のお父さんの名前だ。『一鉄(いってつ) 二色(にしき)』。がっしりした名前だなと初見の時は思っていたけど今はそれどころじゃなかった。

 

 黒金が家にいる。今まで散々見てきた景色が、あたしを酷く揺り動かしていた。

 

 

「どうしたのシオン?」

 

「あ、な、なんでもない」

 

 

 ……ええい、ままよ!

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「君は相変わらずだな、二色」

 

「お喋りをしたいなら、他を頼れ」

 

「親父。あんたが会話苦手なのは知ってるが、呼んでもらってその態度はないぞ」

 

「ははは、いいんだよ黒金くん。私たちは、これくらいの距離感がちょうどいい」

 

 

 俺とシオンが幼馴染みになった経緯には、俺の親父とシオンの父親が同級生だったことも関係している。

 

 家が近かったこともあり交流の機会は増えていた。が、親父は灯台守の仕事で長いこと家を空けていたため俺とばあちゃんぐらいしか表立って話してなかったが。

 

 ちなみに何故俺がシオンの生家にお呼ばれしたのかと言うと、今年は俺の仕事納めが早かったことと、彼女の帰省が重なったことで、こうしてシオン家に顔を出している。

 

 

「た、ただいまー……」

 

「ああ、シオンたちが帰ってきたみたいだね」

 

「さ、ご飯にしましょう。黒金くんはともかく……二色さんは苦手なものってありますか?」

 

「……ピクルス」

 

「親父……」

 

「あはは、流石にピクルスは買ってないな~」

 

 

 ……まあ、長らくコミュニケーションを取られなかったのだから多少口下手なのはこっちが許容するしかないか。

 

 ところで、シオンは何故固まってるんだ?

 

 

「ああそうだシオン、お邪魔してる。それと、おかえり」

 

「……ただいま」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「シオン、ちゃんと食べてるか?」

 

「貴方はあたしの親っすか黒金。大丈夫っすよ」

 

「……ねえお父さん、この子……」

 

「……そうだね、お母さん……」

 

 

 顔を見合わせたかと思うとニヤリと口角を上げるシオンの両親。何か面白いことでもあったのか?

 

 それと、彼女の顔がずっと赤い。暖房が効きすぎているのか?

 

 

「……」

 

「そ、そうだ二色さん!美味しいっすか?……あたしが作ったわけじゃないけど」

 

「……美味い」

 

 

 仏頂面でそう返す親父。あ、ちょっとシオンが普段通りに戻った。

 

 そんなこんなで、穏やかで愛おしい時間が年末のふるさとに流れていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「平和だね、二色」

 

「……ああ」

 

 

 こたつに入りながら菓子をつまみ、年末特番を視聴する。実に平穏な時間だ。

 

 やけにシオンからの視線を感じるが、俺の顔になんか付いてるのか?

 

 

「く、黒金!」

 

「なんだ?」

 

「さ……散歩、いかないっすか」

 

「いいぞ」

 

「……ゲホッ、ゲホッ」

 

 

 ?親父がむせた。菓子だけじゃなくちゃんと飲み物も飲んだ方がいいのに。

 

 

「あ、外出るならちょっと買い物お願いできる?」

 

「え!?……まあ、いいけど」

 

「気をつけるんだよ、年末とはいえ夜道は危ないからね」

 

「よし、行くか」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 落ち着け……こんな時は掌に『人』って書いて飲み込む……いや、あたしはウマ娘だから『ウマ』って書いた方がいい?ああいや、重視すべきなのはそこじゃなくて……!

 

 チラチラと黒金の横顔を盗み見る。いつも通りの毅然とした顔だ。

 

 

「なあ」

 

「ひゃいっ!?」

 

「?買い物って、あそこのドラッグストアでいいんだよな」

 

「あ、そ、そうっすね」

 

 

 いけないって、分かってるのに。買い物する最中も黒金の顔から目が離せなかった。

 

 ……なにか、なにか言わないと。この関係を進展させるなにかを。

 

 

「よし、後は帰るだけだな。散歩もうちょっとするか?」

 

「……もうちょっとだけ、歩きたいっす」

 

「分かった」

 

 

 この人は、いつもあたしのやることに嫌な顔一つせずついてきてくれる。だからあたしはそれに甘え続けてきた。

 

 ……あたしに、それを言う資格はあるのか?

 

 

「あ……あの、さ」

 

 

 喉がカラカラだ。声を出すのも難しい。

 

 

「最近、木彫りはやってる?」

 

「寝る前と起床時に三十分だけ。最近は仏像を彫り始めてる」

 

 

 世界に、あたしたちだけが取り残されたのかと思うくらいに静かだ。

 

 

「……背、高くなったっすね」

 

「まあ、色々食わせてもらったからな」

 

「筋トレ、今もしてるんすか?」

 

「ああ。すっかり日課になってる」

 

 

 そうじゃないだろ、あたし。踏み込むんだ。

 

 踏み込むのが……怖い。一度は完全に突き放してしまったあたしに、その資格があるのか?

 

 いつも、助けてもらってばかりだった。気遣われてばかりだった。

 

 本当は分かってる筈だ。この感情の名前は、

 

 名前は、恋──。

 

 

「ありがとうな」

 

「……え?」

 

「お前がいなかったら、俺は淡々と生きて空虚に死ぬだけだった。お前のお陰だ。こんなに、人生が彩られたのは」

 

 

 ……笑ってる。

 

 ……嫌だ。このままじゃ、嫌だ──!

 

 

「だから、これからも俺たちは、ずっと親友──」

 

「あ、あの!それ、なんすけど、そのっ!」

 

 

 つっかえてもいい。たどたどしくてもいい。声を出せ。思いを伝えろ。

 

 

「……もっと先に、進みたいんだ」

 

「?それってどういう──」

 

「好き……好き、なんです。貴方のことが。異性として」

 

 

 静寂。そして思い知った。

 

 ああ。これで、今までのようにはいかなくなる。

 

 引かれてないかな。おずおずと顔を上げると、黒金は真っ直ぐあたしを見ていた。

 

 

「俺も好きだ」

 

「え?あ、あたしに合わせなくたって……」

 

「中学生になる直前、上京するお前を離したくないと思った。多分そこから、ずっと好きだった」

 

「え?え……。え?」

 

「ばあちゃんや鉧が死んでも、俺の心にはお前がいた。ずっとお前は、俺の光だった」

 

「ちょ、ちょっと、まっ」

 

「よかった。先に進みたいのは、俺だけじゃなかったんだな。俺もだシオン。俺もお前が──」

 

「待って!待って……ほしい」

 

 

 予想外。青天の霹靂。ひょうたんから駒。

 

 疑問符と感嘆符がグルグルと脳内に迸る。

 

 

「ええっと……その……あたし、重いよ?」

 

「そんなことないし、そうだったとしても構わない。お前がウインバリアシオンなら」

 

「……あたしは。……あたしは!ずっと、貴方に助けてもらってばかりだった!」

 

「俺もだ。お前の言葉やレースが、ずっと消えない灯火になっていた」

 

「……あ、ああああ……!」

 

 

 感情が溢れすぎて言葉すら紡げない。だから──

 

 

「ッ!」

 

「うおっとっと、急に抱きつかれると危ないぞ」

 

 

 感情に任せて、買い物袋すら落として、心をそのまま行動に移す。トレセン学園に入学する前に確かめた感触よりずっと大きい、安心感に包まれている。成長しているのはあたしだけじゃなかった。

 

 

「好き!大好き!だから……!」

 

 

 貴方に、溺れてしまいそうだ。

 

 感情の暴風雨が口から、瞳から溢れ出す。

 

 

「もう離さない!絶対、ぜぇーったい、何があっても傍にいるから!」

 

「……ああ。ずっと一緒だ。シオン」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ぁぁ……」

 

 

 卒業の足音が近づいてくるのを感じる。

 

 あたしは競走ウマ娘としての活動を引退した。進学先は決めてある。あるのだが。

 

 

「はぁ……」

 

 

 年末の大告白から、何をしても気分が宙に浮き上がってしまう。今まで黒いドロドロに悩んできた分、望外の幸福をもてあましていた。

 

 

「何を呆けている」

 

「……オルフェさん?」

 

 

 オルフェさんもあたしとほぼ同時期に引退している。この人は王様だ。卒業してもきっと凄い有名人として名を馳せるだろう。

 

 そんな彼女が、なんであたしに話しかけてきたんだ?

 

 

「ウインバリアシオン」

 

「……は、はいっ!?」

 

 

 面と向かってフルネームで呼ばれた!?いつも『貴様』とか『そこの』だったのに……!?

 

 

「よき伴侶を得たようだな」

 

「……はい!」

 

 

 あれから黒金と付き合いだして、父さんや母さんに生暖かい目で見られるようになった。でもこのことはあたしの家族と黒金家くらいしか知らない筈だったのに、周囲にバレていたのか……?

 

 

「今後、()たちの道が交わることはないであろう。故に告げる。──大義であった」

 

 

 ……認めてもらえたって、ことなのかな。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「……朝か」

 

 

 鉧はもういない。それでも身に焼きついた習慣は消えないもので、いつも通り四時半に起きていた。

 

 今日も今日とて像を彫る。眠気覚ましにちょうどよく、無心で作業に取りかかることができる分集中力も鍛えられる。

 

 その後はいつも通り筋トレに励みシャワーを浴び、そして調理する。ここでちょうど六時になる。

 

 

「シオン。メシだぞ」

 

「う、ううん……もう朝っすか」

 

 

 俺たちは同棲していた。シオンは大学生、俺は社会人。

 

 当初は親父を一人きりにさせることに抵抗感があったのだが、

 

 

『お前は若い。大切なもんがあるならそっちに集中しろ』

 

 

 と言われたのでありがたく家を出させてもらった。……思えば、俺はおふくろの話を聞いたことがない。親父としても何か思うところがあったのだろうか。

 

 話は変わって、今日の朝メシ当番は俺だ。シオンはウマ娘ということで、それなりの量を作っていた。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 食卓を囲める幸せ。そこにいられる幸せ。シオンがここにいるという幸せ。

 

 こんなに満たされていいのかと、謎の罪悪感すら覚える程にできすぎた日常だった。

 

 

「それじゃ、行ってくる」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 

 シオンがどんな学生生活を送っているか、俺は知らない。たまに話を聞くことはあるが基本的には不干渉だ。

 

 俺が彼女を導くことはできない。俺はかつてそう伝えた。

 

 

『俺にエスコートはできない。ただ寄り添うだけだ。そんな俺でも、いいのか?』

 

『大丈夫。あたしの歩く道だから』

 

 

 それでもいいと、シオンは言ってくれた。なら後は初志貫徹。

 

 『死に目に誇れる人間になること』。俺は今もその夢を追い続けている。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『夕飯はあたしが作ったから、飲みには行かないでほしいです』

 

 

 携帯のメッセージアプリにそんな通知が来た。

 

 

「黒金~!今日飲み行くか~?」

 

「すみません。連れを待たせているので」

 

「ウインバリアシオンちゃんか?」

 

「……黙秘で」

 

「ッハハハ!悪い悪い!ほら、早く行ってやんな!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ただいま」

 

「おかえり、黒金」

 

 

 ただいまと言ったら、おかえりと返ってくる。俺にはそれだけで奇跡だった。

 

 

「先にお風呂入るっすか?」

 

「シャワー浴びてきたから大丈夫だ。メシにしよう」

 

 

 彼女はいつも俺がどれだけ遅く帰っても寝ずに待っててくれている。ありがたい反面無理はしないでほしいが、そう言うとナイーブになってしまうから甘えさせてもらっている。

 

 

「シオン」

 

「なんすか──っ!?く、黒金……?」

 

 

 力いっぱい抱きしめる。

 

 ……温かい。シオンのお陰で、俺はずっと前を向けた。そんな感謝、食事への感謝、待っていてくれたことへの感謝、諸々を含めて俺は口を開いた。

 

 

「愛している」

 

「……あたしもだよ、黒金」

 

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