紅玉の君、その灯になれたら   作:散髪どっこいしょ野郎

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貴方がそこにいるだけで

「くあぁ……」

 

 

 駅のロータリーに列を成す車両群を横目に眺めながら、小さく欠伸をした。

 

 ……視線を感じる。好奇心と微かな期待、様々な感情が交じっている。その主は逡巡しながらあたしの目前にやってきた。

 

 

「あのっ!ウインバリアシオンさんですか……?」

 

「はい。そうっすよ」

 

「ああやっぱり!私ファンなんです!どんな時もひたむきに走ってる姿が好きで……!」

 

 

 見かけは女子高生くらいだろうか。若々しい人間の女の子だった。

 

 ファンがいるのは、嬉しい。あたしの走りが彼女を勇気づけてくれたのなら言うこと無しだ。

 

 心からの笑みで応対し、一緒に写真を撮ってからその場はお開きとなった。手を振りながら後にする女の子を見送りそういえば、と思い至る。

 

 

「……あと十分」

 

 

 次の電車が来るまであと十分。少しだけなら大丈夫だろう、と駅内の書店に顔を出した。

 

 

「……」

 

 

 講義が終わり後は帰るだけとなった春の日。時間潰しに訪れた本屋で、それと出会った。

 

 

『貴方が空だったら、そこに雨は無いのだろう。変わることのない晴天が、大地を抱くのだろう』

 

 

 帯に書かれていたそんなポエムが、妙にあたしの気を引いた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ちょうどですね。こちらレシートです。ありがとうございました~」

 

 

 詩集を買うなんて初めてだ。電車に揺られながらビニール包装を外し、まずは適当に直感でページを開く。

 

 

『遠山の色彩が流れている。雲の死色が、泡の酩酊が、港を揺らした』

 

 

 理解しようと思って見るものではない。詩とはそういうものだ。

 

 もしかしたら買い物ミスったか?なんて思考がチラつくもページを捲る。

 

 

『貴方が空だったら、そこに雨は無いのだろう。変わることのない晴天が、大地を抱くのだろう』

 

「……」

 

 

 あたしを惹きつけた帯の詩。貴方が空だったら、黒金が空だったら──どんな模様になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい」

 

「ああ。ただいま」

 

 

 シオンに会える。それだけで今日一日の疲れが一気に吹き飛ぶ。

 

 加えて、食事が用意されているという安心感。感謝、安堵、期待等々、温かい感情に包まれる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……飽きないんすか?もう五十回目っすよそれ見るの」

 

「いいレースは何度見ても心を震わせるからな」

 

「……そう言われると余計止められないじゃないっすか」

 

 

 俺が目を皿にして見ているのはあの有記念。シオンがオルフェーヴルに勝った、歴史的な瞬間。

 

 シオンは頬を赤らめ、手持ち無沙汰にしている。その姿を見ていると改めて愛おしく感じられた。

 

 

「よし、再生終了。なんか見たい番組でもあるか」

 

「あ、それなら確か──」

 

 

 あまり長いこと視聴しているとシオンは嫌がる。彼女いわく、『オルフェさんに目移りされそうで怖い』とのこと。

 

 オルフェーヴル。確かに果てしなく輝くウマ娘だ。しかし俺にとっての一番は変わらずシオンだと欠かさず伝えているのだが、長らく焦がれ続けた相手だと実感しにくいようで。視線に不安げな色を時々感じる。

 

 以上の理由から俺がシオンの目の前であの有記念を観戦するのは累計五十回程度に留めていた。本当はその何倍も見返している。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 車を買った。特に車両に対するこだわりは無かったので、安価かつ快適な軽ワゴン車を購入した。

 

 免許は仕事の合間を縫って勉強し、取得。試験で感じたことは、俺は意外と運転が好ましく感じる(たち)だということ。要するに楽しかったのだ。

 

 そんなわけだから、次の日が休みの時は深夜のドライブとしゃれ込む日がある。今日もそうしようと思っていた。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 目の前の料理(俺が作った)を咀嚼しながら今日はどこまで走ろうかと思索する。ガソリン代はバカにならないが、何か金のかかる趣味を持っているわけでもないので個人的な貯蓄から十分清算できる。

 

 

「今日もドライブ行くんすか?」

 

「ん、ああ。今日は遠くのパーキングエリアにでも行こうかと思っている」

 

「……邪魔だったら断ってくれていいけど……あたしも行っていいっすか?」

 

「いいのか?変わり映えのない景色を見るだけだぞ」

 

「あたしは、それでもいいっす」

 

 

 願ってもない。孤独には慣れている。だが欲していたわけではない。シオンが望むなら、甘んじて同乗してもらおう。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……なんか新鮮っすね。黒金が運転してると」

 

「そうか」

 

 

 俺たちはお互いに成長した。知らない姿。慣れない景色。どれも未知であり、未踏だった。

 

 

「曲、流していいか」

 

「もちろん」

 

 

 ……シオンに、気を遣わせてしまってないだろうか。俺は今特別な時間を過ごせている。だが仏頂面の男の横で座っているだけの状態なんて、普通に考えれば好ましくは思わないだろう。

 

 

「ねえ」「なあ」

 

「あっ」「……」

 

「黒金から、どうぞ」

 

「……嫌じゃないか?この時間」

 

「全然。あたしは、貴方がそこにいるだけでいいんすよ」

 

「……そうか。次。シオンは、なんだ」

 

「もう言ったんで、いいっす」

 

 

 俺はトレーナーみたいに特別な手助けはできない。いつだって、痛みに押し黙って寄り添うことしかできなかった。

 

 俺はシオンの灯になれただろうか。

 

 しかし、今は。今だけは、聞かなくてもいいか、と。そう思えた深夜の一時だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 俺は『作業場』と化した部屋でひたすらに木を彫っていた。その中から仏が見出されるまで、幾度も。

 

 作業場には俺以外の存在がいる。ウインバリアシオン。彼女はマフラーを編んでいる。

 

 何故こうなったのかというと、毎日飽きずに木彫りをする俺にあてられたシオンが、手芸に手を伸ばしたからだ。

 

 この趣味はそこまで金がかからない。木材と彫刻刀さえ確保できれば後は真っ直ぐ彫るだけだからだ。

 

 故に没頭するのも早かった。気づけば就寝時刻を過ぎていた、なんてことも一度や二度では収まらない。……一人でやってる時は時間守れるのだが、どうしてだろう。

 

 そんな俺を現実に連れ戻すのは決まってシオンだった。

 

 

「黒金。もう寝るっすよ」

 

「ああ……もうそんな時間か」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それじゃ、おやすみなさい」

 

「ああ。おやすみ」

 

 

 俺が右手を差し出すと、彼女は控えめに指を絡ませる。寝る時はいつもこうだった。

 

 毎日、毎日。俺は爛れるような幸せに耽溺させられている。親父はたった一人であの家にいるのに。

 

 おふくろもばあちゃんも、親父の横にはいない。あの人は俺がこうして幸せを享受している間も、一人で家に籠もっている。たまにシオンの両親が声をかけてくれているが、口下手で不器用な親父のことだ。自分から突き放すような真似をしてしまうことがあるかもしれない。

 

 俺があの家を出て正解だったのか。その疑念がいつまで経っても蛇の如く胸を締め付ける。

 

 ……今年の年末、俺たちは故郷に帰る。そこで確かめよう。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それじゃみんな揃いましたね?かんぱーい!」

 

「かんぱーい」

 

「「乾杯」」

 

「……乾杯」

 

 

 遂にその日がやってきた。シオンの実家で開かれた忘年会。メンバーは俺と親父、後はシオン家だけ。

 

 俺とシオンはあと一年経てば酒の味を知られるようになる。それまでは普通のジュースで溜飲を下げるしかなかった。

 

 俺は密かに決意していた。もし必要になればだが、親父を酔わせてでも本音を聞き出すと。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「二色?どこか行くのか?」

 

「少し夜風に当たってくる」

 

 

 好都合だ。俺もそれらしい理由をつけて退席した。

 

 

「親父」

 

「なんだ」

 

 

 眠そうな目で親父は夜風に吹かれていた。刺すような冷気が肌を撫でていく。

 

 あまりこの時間を引き伸ばすのは体調面で良くない。ということで真っ向から切り出すことにした。

 

 

「親父、寂しくないか」

 

「俺は一人の方がいいんだよ。あいつはもういないし」

 

 

 あいつ、というのは俺のおふくろのことを指しているのだろう。ばあちゃんがよく、親父はおふくろに惚れていたとの浮世話を語っていたのが印象深い。

 

 

「なあ。おふくろはどんな人だったんだ」

 

「……快活な、女だった」

 

 

 言葉数が少ない親父だが、そう語る横顔はどこか懐かしむようで。

 

 

「寂しいか、と言ったな」

 

「ああ」

 

「寂しくはない。灯台守の仕事をやっている最中も誇りを持てていた。が──そうだな。お前の母、俺の妻がいてくれたら、帰る意味ぐらいは見出せたかもな」

 

 

 帰る意味、やはり親父は、おふくろを愛しているのか、今も。

 

 

「黒金。お前は俺とは違う。お前は俺のようにはできていない。だから──すまなかったな」

 

「?」

 

 

 その言葉の意味を、俺は後に思い知ることになる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「黒金、次の大型連休、キャンプ行かないっすか」

 

「ああ。いいぞ。他に誰か呼ぶのか」

 

「……二人きりが、いい」

 

「そうか。準備はできてるのか」

 

「今日食材の調達をしようと思ってて」

 

 

 一度決めたら後はたったかぱっぱかと話は進み、連休が訪れた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 調理器具やカセットコンロなどの準備は万端。車両に積み込み目的地まで走らせる。一泊二日の予定だ。

 

 

「……なんか、ドキドキするっすね」

 

「そうか」

 

 

 俺はむしろ安心する。隣に彼女がいてくれる、それだけでもう満足だった。

 

 俺たちは共にお互いを選び取った。そこに後悔や苦渋は無い。以前の俺は俺がシオンの足を引っ張ってると勝手にブルーになっていたが、今ならハッキリと『必要とされている』と言える。

 

 

「着いた~……」

 

「中結構広いな」

 

 

 今回のキャンプもコテージを借りて行うことにした。道具もレンタルできるため不備や不良があっても問題ない。

 

 まずは腹ごしらえ、ということで、持ってきたクーラーボックスを開けた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 

 食事後何をするかは特に決めていない。各々がしたいことをする手はずになっている。各々と言っても俺とシオンだけだが。

 

 

「この後どうするっすか?」

 

「焚き火でもしようかと思ってる。お前は?」

 

「ちょっと付き合ってくれないっすか?蛍が綺麗な川があるらしくて」

 

「分かった」

 

 

 夜道は危険、ということで持ってきた爆光ライトを点けた。これなら足下から数メートル先も見える。

 

 

「確かここ辺りっすね。……わ、本当に蛍がたくさんいる」

 

「いい穴場だな。人もいないし」

 

「ふふ、調べた時にちょうどいいなって思ったんす」

 

「──」

 

「?どうかしたっすか?」

 

 

 刹那、蛍の輝きよりもシオンの笑みに目が惹かれた。これから何度でも笑わせてみたい、そんなことを火照った頭で考えた。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 あたしが黒金をキャンプに誘った最大の理由。それは、黒金の痛みを共有するためだ。

 

 最近彼はうなされていることが多い。夜中に彼のうめき声で目を覚ますことが増えていた。

 

 

「よかった。ベッド二つある。お前はどっちにする」

 

「……一緒に」

 

「ん?」

 

「一緒に眠りたい……っす」

 

 

 心臓が暴れ出す。いつもやっていることなのに。

 

 ……逆効果にならないかな。それだけが心配だ。

 

 ──だけど、あたしは黒金の親友だ。恋人になってもそれは変わらない。

 

 今度はあたしが、この人に寄り添う番だ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「う、うう……。うううう……」

 

「っ!く、黒金!大丈夫っすか!」

 

「ハッ!……あ、ああ、良かった。夢、か」

 

「どんな夢を見てたんすか?」

 

「それは……すまない。それは言えな──」

 

「黒金」

 

 

 上半身を起こしながら、黒金の腕を掴み意識を集中させる。

 

 

「貴方は、あたしを励まし続けてくれた。辛い日も苦しい日も、貴方がいたからあたしは走れた。……だから、あたしにも背負わせてくれないっすか?……なんて虫のいい話っすよね。一度はこっちから突き放しておいて」

 

「いや……俺は……」

 

「何が怖いの?あたしじゃ、力不足?」

 

「そうじゃ、ないんだ。ただ、お前が……俺を置いていなくなるのが怖い」

 

 

 良かった。こうして吐き出せるということは、完全に手遅れというわけではないから。

 

 

「最近、シオンが俺の前からいなくなる夢を見る。……それが、とてつもなく嫌で、怖い」

 

「泣いてもいいんだよ。あたしはここにいるから」

 

 

 黒金の頭があたしの肩に触れる。そのまま寄りかかられるようにして、抱きしめた。

 

 

「俺、は……ばあちゃんが死んで、鉧が死んで、親父がいなくて、それ、で」

 

 

 言葉に潤いが混じる。黒金のこんな姿を見るのは初めてだった。

 

 

「お前だけが拠り所だった。シオンとの思い出だけが支えてくれていた。でも、俺は……。──寂しかった。お前に会いたかった」

 

 

 晴れた空に、雨が降る。

 

 

「そうか……俺、無理してたのか」

 

 

 静かな涙だった。年末に告白した時のあたしとは対照的な。

 

 黒金はやっと、涙を流せた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「…………」

 

 

 サイズはジャストフィット。つまり、あの頃より太っているというわけではない。

 

 

「…………」

 

 

 チュールレースの感触は変わらない。つい触っていたくなる心地良さがある。

 

 

「…………」

 

 

 この服を着ていると脚が疼き出す。走るのを今か今かと待ち望むように、昂りだして──

 

 

「似合ってるな」

 

「ひゃあっ!?」

 

 

 背後から声!?え、なんで、まだ仕事の筈じゃ──

 

 

「くくっ、くくくくく、黒金!?」

 

「……すまない。嫌だったか」

 

「そ、そういうわけじゃないっす!た、ただ……ビックリして。お仕事もう終わったんすか?」

 

「作業が思いの外早く終わってな。……試着会でもしてたのか」

 

「え、えーっと……その……久しぶりに着たいなあって……」

 

「走りたいとは思わないのか」

 

「え?」

 

「これ、どうだ」

 

 

 差し出された紙を見てみるとそこには『現役引退ウマ娘によるレース』について書かれていた。現役中に勝負服を着ることが能わずに引退したウマ娘たちのためのフリースタイルレースだとか。

 

 

「でも、あたしが出たら荒らしにならないっすか?それにあたし有獲ってるっすよ?」

 

「今回のメンバーはひと味違うらしいぞ。あくまで噂だが、特別ゲストとしてオルフェーヴルが出てくるらしい。それに応じてシオン宛にオファーが来た」

 

「……あの人こういう催しに興味持つんすね」

 

 

 オルフェーヴル、の名を聞いた瞬間、緋色の感情が吹き荒れるのを感じる。ずっと追い続けた相手。生涯の怨敵。

 

 

「……勝ちたい」

 

 

 今はもうトレーナーさんはいない。でも、あたしはあたしを証明したい。たとえそれがトゥインクル・シリーズ(輝きの舞台)の外側でも。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「すぅ……はぁ……」

 

「肩、痛くないか?」

 

「ちょっとくすぐったいけど、大丈夫っすよ」

 

 

 トレーナーさんの代わりとして黒金が控え室にいる。フリースタイルレースなのに施設まで使用できる充実ぶりに、改めて感嘆する思いだった。

 

 パンパンの観客席にはメディア勢がいた。オルフェさんが出るとなるとやっぱり人気は出るらしい。取材班もちらほらと散見される。

 

 今回のレースの運営はこうなることを予測して大金をはたいて正規のレース場を借りたらしい。だから準備もしっかりできる。先見の明、というやつなのだろう。……これもうフリースタイルを超えているのでは?

 

 黒金はあたしの肩を揉んでくれている。力加減がちょうどよく、勝負服に着替えながら溶かされていた。

 

 

「後は手袋だけっすね」

 

「ああ、その前に、これ嵌めてほしい」

 

 

 懐から取り出されたそれを見た瞬間、思考が停止した。これは、

 

 

「帰ってきたら、続きを言わせてくれ」

 

「……はい」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「貴様、久しいな」

 

「……うぇ!?」

 

「何を呆けている」

 

「お、オルフェさんが、あたしを覚えていた……?」

 

「フ。何。一度は余の威光から逃れた不届き者。意識の一つでも散るだろう。それと──今の貴様にも、譲れないものがあるように見えるが?」

 

 

 勝つことしか考えてなかった。けど、

 

 

「……」

 

 

 手袋の中、左手の薬指、そこに嵌められた指輪を眺める。オルフェさんは気づいたのか気づいてないのか、鼻を鳴らしてゲートに入っていった。

 

 

「必ず、帰るから」

 

 

 あたしは生き残る。たとえどんなレースになったとしても。

 

 

「っし、いくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあ……」

 

「眠いか?」

 

「大丈夫っす。ちょっと欠伸が出ただけで」

 

 

 あのレース後から、俺たちの関係はより先へと進んだ。

 

 シオンの前で初めて泣いてから悪夢を見ることもなくなった。今、俺は完全に自由だ。

 

 幸せだ。最高の、幸福な日常だった。

 

 

「あ、あのっ、黒金!」

 

「なんだ」

 

 

 夕食が終わりリビングでぬくぬくと過ごしていたある日。シオンは俺の手を掴み、自分の頭に乗せた。

 

 

「……な、撫でてみませんか」

 

 

 ……顔が(><)ってなってる。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 戸惑いもそこそこに頭を撫でる。整えられた髪質は想像以上の心地良さで、しばらく我を忘れて撫でること、ただそれだけに没頭していた。

 

 ……おかしい。なんだこの胸の高鳴りは。

 

 思えば中学に上がる直前からそうだ。幼かった頃の俺はそれがシオンのためになるならなんでもよかったのだが、あの別れ際から『彼女を自分のしたいままにしたい』という欲が表れてくるようになった。

 

 俺は、シオンに何がしたい?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 シオンの頭を撫でるようになってからまだ一週間しか経過していないというのに、その要求はあっさりと届けられた。

 

 

「く、黒金!」

 

「なんだ」

 

「……抱きしめてほしい。……っす」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「き、緊張してるっすね。お互い」

 

「今までこうやって直に触れたことはあんまり無いからな」

 

 

 その温もりに、その感触に、その芳香に、酔わされてしまいそうだ。

 

 ……いいのか?こんな自我、放出させて許されるのか?

 

 ……問おう。シオンはきっと応えてくれる。

 

 

「シオン」

 

「はい」

 

「たくさん、撫でたい」

 

「いいっすよ」

 

「たくさん、抱きしめたい」

 

「……いいっすよ」

 

「それと……その……たくさん、欲しい。シオンの、全部」

 

「…………いいよ。けど、そのかわり」

 

 

 視線が絡みつく。互いの顔の赤さを、語るまでもなく理解できた。

 

 

「……あたしを、貴方だけのプリンシパルでいさせてください」

 

「分かった」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 ウインバリアシオンは俺の灯だった。決して届かず、されど照らしてくれる大切な親友。

 

 今、その灯は、すぐ傍にある。

 

 

「シオン」

 

「なんすか?」

 

「……ありがとう」

 

「……うん。ずっと一緒だよ。黒金」

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