紅玉の君、その灯になれたら   作:散髪どっこいしょ野郎

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鉄の貴方、その導になれたら

「黒金ー!そこの打ち換えはもういい!こっち手伝ってくれ!」

 

「はい」

 

 

 汗がとめどなく流れ落ちる。残暑が厳しいこの季節は仕事も多く、踏ん張り所だった。まあ元より辞める気は無いのだが。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「で、お前最近どうなんだよ」

 

「どう、とは?」

 

「みなまで言わせんな。ウインバリアシオンちゃんとだよ」

 

 

 休憩時間に水分補給をしていると先輩からそんな質問を受けた。

 

 シオンとは一歩進んだ関係になった。しかし明け透けに恋人について話していいものか。そんなことを考えて逡巡していると先輩はすまなそうに目を伏せる。

 

 

「あー、悪い。他人に言える話じゃなかったな」

 

「……すみません。黙秘でお願いします」

 

 

 あのレースの前。契りを結んでからもう一年が経とうとしている。

 

 まだシオンは大学生だ。正式に関係を進めるには少し早すぎる。だからあの指輪はそれまでの継続を担保するための一品となっていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 今日は仕事終わりが早く、日が沈む前に帰ってこられた。

 

 

「お疲れっすね、黒金。夕飯まで休むっすか?」

 

「ああ……じゃあ、そうさせてもらう」

 

 

 体は銭湯で洗ってきた。軽く着替えてから俺はベッドにダイブした。最近忙しかったから意識が落ちるのはすぐだった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「うーん……」

 

 

 悪夢は見なくなった。毎日心置きなく熟睡できている。しかし、今はいつも以上にどこか心地よかった。

 

 柔らかく、良い匂いの何かを包んでいる。僅かな振動がより好感を増幅させた。

 

 

「ぁぅぅ……」

 

 

 愛おしい声が聞こえる。俺の入眠具合はかつてないほど整えられている。

 

 ……おかしい。できすぎている。理想は叶わないから理想だ。何かがおかしい。

 

 意識を早急に覚醒させると──

 

 

「……シオン?」

 

「……ぁ、お、起きたっすか」

 

 

 目の前にシオンがいた。頬を赤らめ、身を寄せ、俺の(かいな)に抱かれている。

 

 

「……すまない。いつからこうなってた?」

 

「あ、いや、その……あたしから入り込んだから……」

 

「……」

 

 

 思わず心臓が跳ねた。愛おしく思うあまりこのまま抱きしめて二度寝してしまいたいとも考えたが、夕飯が冷めてしまうのは避けたい。

 

 

「……後で、付き合うから、ご飯にしませんか。……なんで笑ってるんすか」

 

「ふっ、すまない。今までこんな幸せだったことなくってな」

 

 

 夕飯は美味かった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……できた。できたっすよ、黒金」

 

「……ん、そうか。次の季節で活躍しそうだな」

 

 

 作業場にて、俺は仏を彫っていた。完成品はかなりの数に上っている。

 

 対するシオンはマフラーを編み終えたようで、瞳を輝かせながら眺めていた。

 

 

「というわけなので、どうぞ」

 

「……え?俺に……いいのか?」

 

「元々貴方のために作ってたんすよ」

 

「……ありがとう」

 

 

 俺から差し出せるものは無いというのに、施しを受けてしまった。

 

 俺からシオンにできることは何なのだろう。毎日働くこと以上の何かを与えたい。貰ってばかりでは、俺は生きていけない。

 

 

「シオン、何かしてほしいことはないか」

 

「前も言ったけど、あたしは貴方がそこにいるだけでいいんすよ。今も昔も、あたしは貴方から貰ってばかりだったんすから」

 

「……それは少し、ズルいな」

 

 

 そう言われたら何にも言えない。嬉しさで黙殺される。

 

 嬉しかった。寄り添うことしかできなかった俺でも、誰かの灯になれたという事実が。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「?黒金、何聞いてるんすか?」

 

「『どこまで走れば』」

 

「……あたしの曲じゃないっすか」

 

 

 シオンの情熱、迷い、信念等々、様々な思いが込められた歌唱は俺の心を大きく揺さぶる。

 

 

「……黒金、あたしのこと好きすぎないっすか?」

 

「?ああ。大好きだが」

 

「~~~っ!……バカぁ……」

 

 

 淡々と返すと、彼女は赤面した。大方、予想外の方向からの返答に意識が暴れた、辺りが正解だろう。

 

 

「も、もう!黒金ばかりズルいっすよ!いつも平気な顔で動揺させるようなこと言って!」

 

「平気もなにも、本心だからだが」

 

「~~!そ、そういうところっすよ!あたしじゃなかったら勘違いするって……!」

 

「勘違いもなにも、お前以外にこんなことは言わないが」

 

「……!……!」

 

 

 机に突っ伏した。そんなに俺の言葉が効いたのか?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「「乾杯」」

 

 

 リビングにて、酒の入ったコップを突きあわせる。今日を以て、俺とシオンは酒の味を知られる年齢になった。

 

 

「……なんか感慨深いっすね。貴方とこうして飲み交わせるなんて」

 

「そうだな。前はお互い一杯一杯だったからな」

 

 

 お互い長生きするためにも、酒に吞まれるようなことはあってはならない。しかしこうしてたまに楽しむ程度なら、体調という名の神様も許してくれるだろう。

 

 

 数時間後……

 

 

「んふふ……黒金ェ、飲んでるー?」

 

「まさかとは思ったけどお前酔うんだな」

 

 

 酔ったシオンにだる絡みされる。距離感がいつもより近い。ここが家でよかった。

 

 

「ふふふ……黒金ー、撫でてー」

 

「ああ」

 

「……えへへ」

 

 

 酔った彼女も愛らしく映る辺り、惚れた弱みというのは大きかった。

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 静かな車内にあたしの歌った曲が響く。あたしは若干赤面しながら、黒金の横顔を盗み見ていた。

 

 夜のドライブ。過ぎ去っていく景色とどことなくシックな空間が黒金の雰囲気にマッチしていた。

 

 

「……あの、さ」

 

「なんだ?」

 

「あたし、邪魔じゃないっすか?黒金も一人になりたい時はあるだろうし……」

 

「邪魔だったらわざわざお前の曲流してない。俺はいつだってお前に魅入ってるから、だからこうして一緒に過ごせるのが、たまらなく嬉しい。もう独りじゃないって思えるしな」

 

「……そう、なんだ……」

 

 

 あたしの面倒な部分、醜い部分、全部ひっくるめてこの人は愛してくれている。そう思うと、照れの混じった喜びが沸騰するのを感じ取った。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 またある日は。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 仏像を掘る黒金を見つめる。あたしはたまに手芸をしたりスマホを弄くったりしているけど、基本的には黒金の作業を眺めている。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 ……集中してるな、黒金。その横顔が、

 

 ……カッコいい──

 

 

「ッ!?」

 

 

 な、何考えてるんだあたし!た、確かにあたしはこの人が好きだけど!そんな、幼馴染みなんだぞ!?

 

 

「……ん、どうしたシオン」

 

「な、なんでもない!なんでもない、けど……」

 

「?」

 

「……貴方が、カッコよくて」

 

「……そうか」

 

 

 あ、ちょっと照れた。

 

 思ったけど、黒金って表情筋が動かないな。たまに笑う時はあるけど泣く時は大体無表情だったし、幼馴染みのあたしならまだしも他人に感情を推し量られることは少ないんじゃないか?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 またまたある日は。

 

 

「五十九、六十……」

 

 

 たまたま朝早くに目が覚めて、声のする方向に向かうと黒金が部屋の中で筋トレしてる姿が見えた。

 

 

「七十、七十一……」

 

 

 仏像を謹刻する時もそうだけど、よほど集中しきってるのか、あたしの視線にすら気づいていない。その状況が、ちょっとした悪戯心を芽生えさせた。

 

 

「九十九、百……よし、終わり……ん?」

 

「集中してたっすね」

 

「……ああ、だからか」

 

 

 一度勝負服を着た際、恥ずか死しそうなぐらい黒金に写真を撮られたことがある。その意趣返しって程ではないけど、筋トレに励む姿を撮影していた。

 

 

「お疲れ様。コーヒー飲むっすか?」

 

「ああ、ブラックで頼む」

 

 

 汗を流すため風呂場に向かう黒金。その姿を見ていると……あたしは……。

 

 

「……いや、いやいやいや!」

 

 

 シャワーを浴びる音が聞こえる。あの人の鍛え上げられた肉体を水が照らすということ。

 

 あたしの記憶が確かなら小学生の時から黒金は筋トレしていた。その蓄積が、あの堅固な体を築き上げた。

 

 ……落ち着け、あたし。こんな変な感情、捨てないと。──なんて決意は、お風呂上がりの彼を見ていとも容易く崩れ去った。

 

 

「こ、コーヒー、どうぞ」

 

「ああ、ありがとう。……どうしたシオン、そんな見つめてきて」

 

「くっ、黒金!」

 

「なんだ?」

 

「その……筋肉、触ってもいいっすか?」

 

 

 あああああ何言ってんだあたし!これじゃ変態じゃないか!

 

 

「……俺の体でいいなら、いくらでも」

 

 

 思わず息を呑んだ。ラフなTシャツの裏に潜んだ、玉体。それに触れるなんて──

 

 

「……ガチガチっすね」

 

「……なんか気恥ずかしいな」

 

 

 ここまで見事に鍛えられていても──あたしの方が強い。

 

 

「っっっ……!」

 

「?シオン?」

 

 

 ……あたしはいつから、こんな変態になってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 同棲を始めてそれなりの時間が経過した。指輪の輝きは変わらず薬指を飾っている。

 

 

「はい……はい、ありがとうございます!はい!失礼します!」

 

「会社はなんて言ってた?」

 

「内定!内定っすよ!」

 

「おお、おめでとう。よし、今日の晩メシは豪華にするか」

 

 

 シオンも就職先が見つかり、将来に向けた体制は盤石だった。

 

 

「後は卒論っすね。単位は取得しきったし、ここが最後の山場……!」

 

「……お前は凄いな」

 

「え?」

 

 

 実直に努力を重ねる姿。そんなシオンが幼馴染みだったからこそ、俺も折れずにいられた。

 

 

「夢を叶えても地道に歩き続けられる。そんなお前の気質は、素晴らしい美徳だ」

 

「……いつもそうだけど恥ずかしげもなく褒めてくるっすね、貴方は」

 

 

 淡々と生きて、そして死ぬ。それが俺だった。だけどそんな俺を変えてくれたのが、目の前にいるこのウマ娘。

 

 はにかむ姿も愛おしい。だから、決める。

 

 

「シオン、抱きしめていいか」

 

「……うぇっ!?ちょ、ちょっと心の準備が……!」

 

 

 ──ああもうダメだ、抑えられない。

 

 

「わっ、く、黒金……?」

 

「俺は、俺の全部をかけてお前を幸せにする。絶対に」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「おかえりシオン。仕事には慣れたか?」

 

 

 この時期、黒金の仕事は落ち着いている。最近はもっぱら彼が夕ご飯を作ってくれていた。

 

 

「すべきことも分かってきたし、後は処理速度を上げるだけっすね」

 

「そうか。それはそうと、メシにするか?」

 

「うん。お腹空いたので」

 

 

 ……幸せだ。温かいご飯を食べられて、目の前に大切な人がいて。

 

 

「なあ、シオン」

 

「なんすか?」

 

「そろそろ結婚しないか」

 

「いいっすよ」

 

 

 あたしがなんともなしに返答すると黒金は珍しく目を丸くした。

 

 

「人生の一大イベントだぞ?本当に……俺でいいのか?」

 

 

 この人が自己肯定感が低いのは分かっていたとはいえ、その発言にはちょっとムッとした。

 

 

「告白して指輪まで買ってまで引くと思ってたの?もうあたしは、貴方とじゃないと幸せになれないよ?」

 

「……すまない。確かにそうだな」

 

「黒金」

 

「ん、なんだ──っ」

 

 

 その額に、口づけを落とす。

 

 

「……大好き!」

 

「……ふ」

 

 

 見せつけるような笑顔。あたしも、笑顔。

 

 薬指に輝く指輪は、今も変わらず光を放っていた。

 

 

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