自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい   作:涼暮皐

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1-10『専属契約』

 ヤミの夕食は美味かった。

 異世界、もといゲーム世界の料理のレベルが現代感覚でどうなのか、実は少し不安だったのだが。

 意外と大差ないのか、単にヤミの腕なのか、充分に満足できるレベルで安心した。

 

 ただひとつ気になったのは、この屋敷の食堂が広すぎるという点だろう。

 食堂というか、食卓か。夕食を食べるためのテーブルが、まさに貴族のお屋敷的な雰囲気をありありと象徴するクソ長テーブルだったのだ。なんなん、あの長さ?

 当然のようにお誕生日席に座らされるのも、四人しかいない食卓では寂しい感じがしたため、せっかくだからと空いている部屋に夕食を運んでもらった。

 

 小さいテーブルひとつに椅子が四つあれば、それで食事には困らないのだから。

 少なくともティーは喜んでくれた。

 一方でアビ子には『キミは本当に貴族なのかい?』と不審がられてしまい、ヤミに至ってはいっしょに食べようといくら誘っても断固として拒否されてしまったが。

 

 いや、わかるけどね。貴族と従者が同じ食卓に座るほうがあり得ないって理屈も。

 理屈の上では、俺だってわかる。わかるんだけど……俺の感覚が貴族という立場に慣れてないせいで、どうにも居心地悪いのだ。

 上司と部下とか、先輩と後輩とか、そういうレベルの立場の差なら、まだ感覚的に受け入れられるんだけど。貴族と従者はちょっと間が広すぎる、みたいな感じだ。

 だから正直、ヤミに傅かれること自体、割と慣れないくすぐったさがある。

 

「根が小市民*1なんだよなあ、たぶん……」

 

 悪役貴族にはなれなさそうだとわかっていたが、悪役を外した貴族単品でも肩書きとして重い気がする。

 とかなんとか言いながら、その立場を存分に甘受していることも事実だけれど。

 

「衣食住に困らなくていい、って時点でそもそも運がいいからな……」

 

 夕食後。屋敷の自室で息をつきつつ、俺は小さく呟いた。

 最初はアロルドなんぞに転生したことをかなりのマイナスだと思ったが、腐っても貴族階級なのだ。明日の食事に頭を悩ませなくて済む時点で、立場は恵まれている。

 金銭的に余裕があり、身の回りの世話すらヤミがやってくれるのだ。

 ほかのキャラならこうはいかない。たとえば主人公は、ゲーム開始時点では一介の冒険者に過ぎないため、明日食べるための金を自分で稼がなければならなかった。

 

 今の俺にそんなことができるかどうかは、――まあ、だいぶ怪しかろう。

 

 そんなことを考えながら、部屋の中の椅子に座って天井を見上げる。

 時刻は夜の十一時前。夕食を食べ始めた時点で九時くらいで、屋敷の廊下から見た外の景色はとっくに真っ暗になっていた。現代日本ではありふれた文明の灯火など、この世界には基本的に存在しない。あったとしても限られている。

 十時にもなったらさっさとベッドに入るほうが、たぶんこの世界ではスタンダードだろう。

 

 実際、幼いティーは夕食後にはおねむになったらしく、すぐ寝てしまった。

 俺より目覚めるのが早かったみたいだし、その分、エネルギー切れも早めに来たという感じか。

 一方で俺やアビ子は、ついさっきまで眠っていたようなものだから、さすがに目が冴えている。ヤミは……どうだろう。疲れても、それを言い出さない気はした。

 

 ともあれまあ、今夜のところは客のためにヤミにもがんばってもらうとしよう。

 主人として仰がれると居心地が悪くなるが、雇用主と労働者の関係――くらいまで解像度を落として考えれば、まあ割り切れる範疇である。一応たぶん、報酬は俺が、というかラヴィナーレ家が払ってるんだろうし。ラヴィナーレ家から金が出る分には俺の良心も痛まなくて済む。

 代わりにアロルドの両親の懐は痛むが、それはそれ。ラヴィナーレ家の評判が悪い理由は、ラヴィナーレ家が悪いからである*2普通に。

 

 と――そのときだ。

 コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。

 なんだろうと歩いて扉に向かい、「はーい」と言いながらそれを開ける。と、

 

「おぉわぁ」

 

 なぜかびっくりしたように、両手を竦ませるアビ子がいた。

 服装がラフな寝間着めいたモノに変わっており、髪がわずかに湿っていた。

 

「アビ子か。……なんで驚いてんだ?」

「あ、や……キミが自ら出迎えに来るから、少し」

「出迎えって、部屋の入口まで来ただけじゃねえかよ」

「……そんなことする貴族、普通いないよ」

「ふぅん……?」

 

 そういうもんか? そりゃ部屋に使用人が控えてりゃ開けさせるのかもしれないと思うけど、今は俺しかいないしな……。

 軽く肩を竦めた俺に、ようやく力を抜いたようにアビ子が微笑む。

 

「まあ貴族の部屋をこんな時間に訪ねる奴も、普通いないとは思うけどね」

「じゃあお互い様だな。つかお前、貴族貴族言う割に、口調だいぶ砕けてるじゃん*3

「ふふ。なんだい、不満かい? そのほうがいいと言ったのはキミじゃないか」

「そんなこと言ったか……?」

 

 まあでも間違ってはいない。今さらアビ子に敬語を使われるほうが違和感*4だ。

 軽く肩を竦め、それから俺はアビ子に目を向けて。

 

「まあ入れよ。用があるんだろ?」

「ふぉあぁあっ!?」

「えぇえ……?」

 

 途端、いきなり変な声を上げるアビ子に俺は若干引いた。

 なんだそのリアクションとジト目を向けると、アビ子は赤い顔で自分の肩を抱き、なぜかもじもじしながら。

 

「いいい、言っておくがキミね! ぼ、ぼくは、これでも身持ちは固いんだよ!」

「……はあ?」

「い、いや、だから、こんな時間に訪ねたからといって、その、変な期待はしないでくれという話をだねぇ……!」

「面倒臭えな早く入れや」

「あわわわわっ!?」

 

 聞いているのがダルくなった俺は、アビ子の手首を掴んで部屋に引き入れる。

 と、あわあわしていたアビ子は俺の顔を見上げると。

 

「あの……や、優しくしてね?」

「……。いや厳しくする」

「激しくする!?」

「言ってない」

 

 顔を真っ赤にしながらも、まったく抵抗せずすんなり入ってくるアビ子だった。

 俺の部屋に来るのに覚悟を決めすぎだろ。やめてくれよ。もうアビ子の親御さんにどういう教育をしたのかと一度問い詰め――、あ、いや、そうか。

 アビゲイル=ウィンベリーの身の上を思い出して、俺は思わず眉を顰めた。

 

 ……天涯孤独だ、こいつ。家族はいない。

 クソ、余計なことを考えてしまった。無神経に口に出さなくてよかったよ本当。

 

 俺に手を引かれ、顔を真っ赤にしながら俯くアビ子を椅子に座らせる。

 それから俺も横の椅子に座り、アビ子に訊ねた。

 

「水でも飲むか? 本当に水しかねえけど。風呂上がりだろ?」

「えっと、……う、うん。じゃあ、貰おうかな」

 

 こくりと小さく頷いたアビ子のために、ワイングラス*5に水を注ぐ。

 アビ子は注がれた水を小さな口でちびちび飲むと、ようやく少し落ち着いて。

 

「ありがとう。……落ち着いたよ」

「……そんなに警戒してんならなんで部屋に来たんだよ?」

 

 俺はそう訊ねる。

 この世界でも悪徳貴族がやることなんて、まあ想像がつく範疇だろうし、こんな夜遅くに男の部屋を訪ねるなら警戒もするだろうが。なら明日でもよかったろうに。

 

「い、いや。まだ、ちゃんとお礼を言えてなかったと思って」

 

 果たしてアビ子はそう理由を言った。俺は肩を竦めて、

 

「言われただろ、お礼は。メシの前にちゃんと」

「で、でもあれは、ほら……簡単に流れちゃったじゃないか。だから……」

「そうか。……律儀だな」

 

 その言葉に俺は薄く笑った。いい奴だな、と素直に思ったからだ。

 原作でもアビ子はそういう性格だった。勝ち気で、すぐに変なことを口走る、思い込みの激しいおかしな奴だが――でもまっすぐで、真面目で、何より優しい。

 そういうところが、人気キャラとして愛された理由なのだろう。

 

「でも言ったけど、お前がいたこと自体は偶然だからな。そんな気にするようなことでもない。礼は受け取ったから、もう気にするな」

「……うん。ありがとう、アロルド」

 

 アビ子は水を置いて立ち上がると、ぺこり、と丁寧に頭を下げた。

 本当に律儀な奴だ。そういうところにつけ込む奴も、いるだろうというくらい。

 

「でも、しかしだよアロルド。やっぱり言葉だけじゃぼくの気が済まないんだ」

「んん?」

「何かきちんとした形でお礼がしたい。ぼくにできること、ないかな?」

「――――」

 

 思わず俺はまじまじとアビ子の顔を見つめてしまった。

 お礼……お礼か。俺の中には、なぜかそういう発想がさっぱりなかった。

 

 たぶん完璧にできたという自信がないからだ。

 わかっている。俺は目覚めてから、ほぼ最速と言っていい展開でサロスの診療所に向かっている。もうこれ以上はどう早めても助けられる人数は増えないだろう。

 俺がティーとアビ子以外を救うには、もはや時間を巻き戻すしかない。

 そんなことは無理だ。たとえそんな術があったとしても、使えないのだから意味はない。

 

「あ……あの、だね。アロルド?」

 

 それでも――あの地下室の光景が。

 あの、当たり前のように存在した悲劇の痕跡が心に重くのしかかっている。

 

「その……そんなにまっすぐ見つめられると、えとぉ……」

 

 ここは現実だと。

 ヒトが簡単に命を落とす、どうしようもない現実なのだと。

 

「ぼ、ぼくもお風呂上がりだし、うぇと……さ、さすがに恥ずかしいんだけど……」

「――え?」

 

 ふと顔を上げると、アビ子が何やらもじもじ呟いていた。

 

「あ、ごめん。考えごとしてて聞いてなかった。何?」

「キミという奴は! キミという奴は! ぼくをからかって楽しいのかなぁ!?」

「えぇ……なんで怒ってんの……?」

「うるさいな!? ぼくはもうちょっと魅力があるもんだと思ってたよ、自分に!」

「え? あー……いや、別に魅力はあるよ。かわいいもん、アビ子」

「はぅあっ!?」

 

 急速に顔を真っ赤にして、茹で上がったように固まるアビ子。

 あわあわと混乱したように手を振りながら、消え入りそうな声で彼女は呟く*6

 

「そ、そそ、そんなことを言ったって誤魔化されないぞぉ、ぼくは……!」

「今のは本心だけど」

「っ、どぅ、べぁ、だぃう」

「わかんねえよ」

「ううう、うるさいな。体は許しても心まで許すと思うなよぉ……!?」

「体も許すな。ちょろすぎだろお前」

「ちょろっ!?」

 

 絶句するアビ子だったが、絶句したいのはこっちのほうだ。

 なんでちょっと譲歩が始まってんだよ。怖えよ。頼むから強く生きてくれマジで。

 

「ていうかなんでお前、俺が体を要求してくると思ってんの? どんだけ俺のことを悪徳貴族にしたいわけ?」

「ラ、ラヴィナーレ家の評判なんて客観そんなもんだぞぅ、言っとくけど」

「……まあそれは否定できないけど」

「それに前、変な貴族から仕事を請けたら、かわいがってやるとか言い出して襲われそうになったし……」

「前例あるからかよ! お前はもうちょっと仕事を選べ!!」

 

 こいつ……()()()()……。

 この世界には冒険者ギルドがあり、術師への仕事依頼はここを経由する。けれど、持ち込まれる依頼はギルドによって精査されるため、依頼を請けるよりも、なんならギルドに依頼を持ち込むほうがある意味ハードル高いまである。

 必然、ハイリスクな依頼はギルドを経由せずに回されることもあり得るわけだ。

 

 おそらくアビ子は、それを請けようとして失敗しまくったに違いない。

 だから原作でも、ずっと金がないって言ってたのか……!

 

「道理で怪しい治験の求人に引っかかるわけだ……」

「そっ――それは仕方ないじゃないか! お金がないんだ、ぼくは……!」

「じゃあしばらくウチに住めよ。別に家賃とかいらないからさ」

「――――、はぇあ?」

 

 あっさりと誘った俺に、アビ子はかなり間抜けなリアクションを見せた。

 だが別に思いつきではなく、これは考えていたことだ。

 実際、ここで原作のキーキャラクターであるアビ子と会えたのは俺にとって大きいプラスである。顔を繋げた以上、できれば関係を継続したいと思っていた。

 

 ――いや。いや違う。そんな打算はこの際、後回しだ。

 

 このまま放っておけばアビ子は死ぬ。

 必ずだ。少なくとも原作通りの展開になれば、絶対に闇堕ちしてしまう。

 

 ――今ならそれを防げるのだ。

 俺にはもう、ここで彼女を見捨てることなんてできなかった。

 原作の流れなんて知ったことじゃない。俺は、俺の意志で彼女を――アビゲイルというひとりの少女を、救いたいと決めていた。

 

 いや。なんなら彼女だけではなく。

 この世界で、起きるとわかっている悲劇があるのなら。

 それを知る俺が防ぐために動くのは――きっとおかしなことじゃない。

 

「はぇ。あ、あの……こ、ここに住めって?」

 

 俺の提案にあわあわして目を見開くアビ子。そんな彼女に俺は伝える。

 

「冒険者なんだろ? 俺からいろいろ仕事を回してやる。ま、要は専属契約*7だ」

「ど、どして。なぜ急に……?」

「あん? どうもこうも、してくれるんだろ、お礼? これからいろいろ手が欲しくなると思ってたんだ。だから信頼できる仲間がひとりいると助かるんだけど……」

 

 ――どうだ?

 と、視線で訊ねた。実際、言っていることは全て事実だ。

 俺は俺が生き残るためにやらなければならないことがたくさんあったし、その中でアビ子が手伝ってくれるのなら安心だ。

 

「信頼できる、仲間……」

 

 俺の言葉を繰り返して、口の中で呟くアビ子。

 その顔が心なし嬉しそうに見えたのが、俺にとってはちょっと心苦しい。

 

 なにせアビ子は友達がいない。

 ずっとひとりで、冒険者としてパーティを組むこともなく過ごしてきた少女だ。

 だから彼女が本当はずっと人恋しく思っていて、そんな中で助けてくれた主人公やパーティの仲間に強い感情を向けていく――という原作の流れを俺は知っている。

 

 その上でこんなことを言うと、まるで彼女の気持ちを知っていて利用している気がしてならない。

 とはいえ、それで引け目を感じて手を伸ばさないのも、やっぱり違うと思うから。

 

「ま、そうだな。要するに、友達になってくれって話だよ、――アビー」

 

 そう言って俺は、彼女に手を差し伸べた。

 アビ子というファンからつけられた愛称ではなく、アビーという原作内での愛称に変えて。

 

「……っ!」

 

 彼女は俺の言葉に目を見開く。

 そして、それから、おずおずとおっかなびっくり、俺のほうに伸ばして。

 強く、けれど確かに――俺の手を握り返してふにゃりと微笑んだ。

 

「……うん。よろしく、アロルド。……ふへへへへぇ」

 

 わきわきと俺の手を握り、嬉しそうに頬を緩める彼女の姿を見ていると――。

 

 

 

 いやホント、ちょろすぎてマジで心配になる。

*1
屋敷の広さも落ち着かないし、少なくとも金持ちではなかったのだろう。

*2
だから俺の未来もこのままだと暗いわけで。

*3
というかまあ、アビ子もギリ貴族ではある。

*4
原作のアビ子は、なんならもっと刺々しかった。

*5
なぜかワイングラスしかない。

*6
褒められ慣れてなさすぎる……。

*7
貴族などが戦力その他としてお抱えの術師を持つことは割とある。

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