自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
窓の向こうから聞こえる鳥のさえずりが、朝の到来を告げていた。
差し込む光の明るさに、開きかけた瞼が自然と抵抗する。体を起こすのは億劫だ、という意識が、なぜだか酷く纏わりついてくる。
「……起きなきゃ……」
それでも妙な義務感が背中を押して、俺はのっそりと上体を起こす。
頭が重い。体力を使い切っていたことに眠ることで気づいて、その回復がまだ間に合っていないような感覚だ。弱っていることを思い出せ、と筋肉が訴えている。
「冥術の回復じゃ足りてなかったかな……」
その辺りの感覚は実際、謎である。
ゲームでは増減する数値としてのステータスがふたつある。
すなわち《
前者は生命力、つまり一般的なゲームにおけるHPに相当するもの*1で、0になると戦闘不能となる――ただしこれは《死亡》と同義ではない。
後者は魔法の力、一般的なゲームではおおむねMPなどと称されるもの*2だ。
ライフがなくなれば戦闘不能。だが強力な攻撃スキルにはライフを消費する。
オドはスキル次第でライフを回復したり、必殺技にも使えるが、こちらも空になると継続的にライフを削る。
どちらもゼロにならない範囲で、リソースとして上手く活用することが、ゲームにおける攻略の駆け引き、要点というわけだ。
ただいずれにせよ、どちらも0と死亡は必ずしも結びつかない。
まあ戦闘中に底を突いたら致命的なのは事実だが、なくなることがイコール死亡というわけじゃないのもまた事実。
逆を言うと、ゲームでは敵やモンスターから攻撃を受けてもライフが減るだけで、怪我を負うとか骨が折れるとかなんなら欠損するとか――その手の《負傷》の概念がない。シナリオとして怪我をしたり、亡くなったりはするけれど、ゲームシステムとしての《
だが、この世界ではそうはいかない。
冥術は物理的損傷には効きづらい――という設定自体は俺だって知っているけど、その《効きづらい》が具体的にどの範囲なのか。どこまでなら効くのか。
ゲームとこの世界の差異を、この先はしっかり把握していく必要あるだろう。
「――さて」
現実逃避はこのくらいでいいだろうか。
そろそろ現実と向き合うべく、隣で眠っている少女に目を向けた。
いつの間にか、俺のいるベッドに潜り込んできたらしい。
幸せそうな表情で丸くなる幼い少女――ティーヌ=アクロイドがそこにいた*3。
「よし」
よしティーならセーフ*4。
ほっと俺は胸を撫で下ろして、少女の綺麗な銀色の髪を軽く撫でてやる。
いや、よかった。本当によかった。起きた瞬間から隣で誰か寝てるのはわかってたけど、それが誰かによっては、今後の俺の生活にとって著しい障害が――。
「おはようアロルドっ! 朝だよ!!」
「すごくびっくりしたァ!!」
すごくびっくりしたときに『すごくびっくりした』と言ったのは生まれて初めてだと思う。地球時代の記憶は一夜明けてなおないけど、たぶん前世でも言ってない。
俺を見るなり、表情から一切の色を失って呟いた。
「――教会」
「それこの世界風の《警察*5》だよね!? やめてぇ――!!」
普通にクソ恐ろしい*6その台詞を、なんとか踏み止まらせる努力が必要な朝だった。
※
「ふぅん。この子が勝手に、ねえ……?」
なんとかアビ子を説得して通報だけは思い留まらせることに成功した。
その割には、なんだか未だに冷たい視線を向けられているのが気になるけど。
「本当だっつの。そんな目で俺を見るな。――なあ、そうだろ、ティー?」
「むにゃ」
「まだ寝てるか……こんだけ騒がしくして起きないとは大物だな」
現在、俺はティーを背負い、隣を歩くアビ子と屋敷の廊下を進んでいる。
俺の部屋も、このふたりに貸した部屋も全て二階の端だ。無駄に広い廊下を屋敷の真ん中までまっすぐ進まない限り、一階に降りることはできない。
この廊下の長さで屋敷の端に階段がないの、普通に欠陥建築じゃねえの……?
と、俺なんかは思うのだが、貴族社会では違うのかもしれなかった。
「つか、アビ子はどうした。なんで朝っぱらから俺の部屋に?」
ずいぶん軽いティーを背負いながら訊ねると、なぜかアビ子はむすっと顔を顰め。
「またその呼び方……」
「あれ、気に入ってなかった?」
「気に入ったリアクションを取った覚えがないんだが、ぼく」
そうなのか。
原作に愛称で呼ばれて喜ぶシーンがあるから、気を利かせたつもりだったのだが。せっかくならと、作中では呼ばれない愛称を選んだのが余計だったかもだ。
まあこの世界基準だとちょっと妙な呼び方かもしれない。話している言葉は普通に日本語なんだが、名前に『子』とつける文化自体はまったくないからな。
ただアビ子もアビ子でそろそろ呼ばれ慣れたのか、
「まあいいけどね……」
「いいんだ」
「それより、キミの部屋に行った理由だけどね。頼まれたからだよ、メイドに」
「ヤミに?」
「そう、ヤミさんだ。起こしてきてほしいと言われたのさ」
「へえ……?」
それはちょっと、意外なような気もしてくる。
アロルドに忠誠心なんてなかったという衝撃の事実が発覚した昨夜だが、とはいえ仕事へのプライドみたいなものは節々から感じる気もしたのだ。
俺を起こす、という仕事を誰かに任せるのは予想外かもしれない。
……というか、なんで起こされてるんだ?
モーニングコールは頼んでいない。惰眠を貪っていても起こされないほうがむしろ自然な気もするのだが、なぜヤミは俺を起こすようアビ子に頼んだのか。
「アビ子。ヤミはほかになんか言ってた?」
「え? 特に何も……ああ、ゆっくりでいいとは言ってたかな。でもそれくらいだ」
「ふぅん……?」
俺は思わず眉根を寄せる。……何か妙に感じられるのは俺の気のせいだろうか?
違和感がある。だがその出どころが俺にはわからなかった。
結局、そうこうしているうちに階段の近くまで辿り着いてしまい――そして。
無駄にデカい階段の上から、階下を覗いて俺たちは気づいた。
「ん? 誰か来ているね」
「……だな。ちょっと上で様子を見ておこう」
階段のすぐ下が玄関広間だ。
俺はそこにヤミと――そして見知らぬ別の人影があるのを目にしていた。
足を止めた理由は、その見知らぬ誰かの装いにあった。
なにせ全身が真っ白なローブで覆われている。室内にもかかわらず目深にフードを被っており、顔も体形もここからではわからなかった――声も小さく届いてこない。
ゆえに人相どころか性別も謎。もちろん、玄関の入口でヤミと何を話しているかもわからない。
だが俺には正体に心当たりがあった。
普通、白のローブは
しかし違う。いや教会所属なのは違わないが、顔を隠すようにフードを被っている聖職者は――もしかすると、
「
「――おや。もしや上にいらっしゃるのはアロルド殿ではありませんか?」
瞬間、特徴のない声がこちらに届いた。
ヤミの声ではない。こちらを見上げて言ったのは白いフードの誰かだ。
――バレた。
こっそり壁際から顔を覗かせていただけなのに、ずいぶんと目敏い奴だ。
俺は同じように階下を覗くアビ子の首根っこを引っ張って、廊下の死角に戻す。
「おわっ!? 何をするねキミぃ!?」
「悪い、アビ子。ちょっとティーを頼む。俺は下に行く」
「……? いいけど、それはつまり、ぼくらには上にいろってコト?」
話が早くて助かったが、とはいえアビ子は不思議そうだ。
彼女は階下の人間が何者かを知らない。これは、そのせいだろう。
「ぼくもいたこと、普通にバレてると思うけど……てか、教会の人だよね? 隠れる必要があるのかい?」
「俺の予想が正しければ。たぶんあんまり顔合わせないほうがいい相手だ」
「……わかったよ。ひとまず言われた通りにしとく。ほら、ティーをこっちに」
背中のティーをアビ子に預け、俺だけが壁際から出て階下に向かう。
階段を下りる途中、ふとヤミと目が合った。なぜか彼女は、少しだけ困ったような表情をしていたけれど――もしかして、これを伝えようと思ったのだろうか。
まあ確かに。もし俺の予想が正しければ、アビ子ではメッセンジャーにならない。
果たして階下に辿り着くと、白い人影は気さくそうに腕を広げた。
まるで旧来の友人に久し振りにあったかのような、どうにも気安い雰囲気で。
「いや、どうも。わたしのことは覚えておいでで?」
「……悪いが忘れたかどうかもわかんねえよ。顔が見えない」
「はは、失敬。ですがそういう意味ではありませんよ。わたし自身は、貴方とお会いするのは初めてですから」
――こっちの立場はわかっているな、という含みだろう。
やっぱりだ。間違いなく
乂印教会の暗部組織。教会騎士団と異なり、表沙汰にはできない事件を取り締まる少数精鋭の術師集団――正面に立ってなお顔がわからないのはローブの特殊効果*7か。
彼らの仕事は多岐にわたり、一概に説明できるものではない。
ただその、聞いただけではまるで事務部署かのような名前の由来を知れば、彼らがそう簡単に気を許してはならない存在だと一発でわかる。
あらゆる歴史を
教会に、この国の平和に仇なす存在を消し去る――もとい編纂する*8戦闘集団。
その性質上、公的には存在しない組織であり、一般人は存在そのものを知らない。だからアビ子も知らないし、編纂官の目の前で匂わせるようなことも言えない。
「どうぞよろしく、――アロルド=ラヴィナーレ殿」
白いローブを着た編纂官は、一見して友好的に握手を求めてくる。
その身元は全て謎だ。正面から見ても目深に被ったフードが隠す顔は不自然に陰になっており、声色もだいぶ平坦に感じる。体型だってローブ越しでは曖昧だ。
俺は握手に応じようとして、ふと。
思ったことを、そのままあえて口に出してみた。
「――声が高いんですね。女性ですか?」
「――――」
瞬間。ほんのわずかに編纂官の纏う空気が緊張を帯びた。
同時に反応して、傍に控えるヤミがわずかに動こうとしたが――それよりも先に、編纂官が空気を緩めて困ったように言った。
「なるほど。……まさか見抜かれるとは思いませんでしたよ」
「そうですか」
「ええ。想像していたよりずっと才能がおありだ」
「想像とは違いましたか」
「聞かされていたものとは、少なくともだいぶ。噂とはアテになりませんね。だからこそ驚きです。――握手を受けていただいても?」
「……よろしく」
握った手は、やはりどこか女性的な柔らかさが感じられた。
たぶん女性だという推測は間違ってないだろう。逆にそれしかわからないが。
――種明かしをすれば、俺は本当に何もしていない。
俺の――というかアロルドの術の才能が、無意識にローブの効果を弾いただけだ。
なにせ原作ゲームに、まったく同じように主人公が編纂官の性別を当てるシーンがある。俺はそのシーンの真似をしただけに過ぎなかった。
それくらいなら怒られない、ということは原作*9で知っていた。今のは単に、こちらだって舐められっ放しじゃねえぞ、と対抗してみただけだ。さしたる意味はない。
牽制された分を返しただけ。
編纂書院に舐められて『こいつら消していいや』とか思われたら笑えない。
その可能性は冗談の範疇を越えるくらいには存在していて、ならゴマを擦るよりはこっちも一筋縄じゃいかねえぞ、と示したほうが、たぶん教会には効くだろう。
今のはそういう意味の駆け引きだった。
「上にいるのは? お客人ですか?」
編纂官の(推定)女は、階段の上に目を向けて言う。
まあ視線はわからないのだが、首が上に傾くくらいは見て取れる。
とはいえ、この話はさっさと変えてしまおう。
別にバレて困ることは何もないが、何かを隠しているくらいに思わせておくほうが都合がいいかもしれない。
どうせ客の正体など編纂官はあっさり調べ上げるだろうが、出てくるのがティーとアビ子なのだから調べる労力自体が無駄だ。是非とも無駄足を踏んでくれ。
「そんなところです。――それより当家には何用で?」
「昨日の件のご報告ですよ。まあ、ほとんどは使用人さんにすでに伝えましたが」
「そうですか。それはご丁寧にどうも」
「ただ――そうですね。アロルド殿にもひとつ、言っておくべきことが」
「なんでしょう?」
首を傾げると、あくまで編纂官は淡々とした――実際にはわからないが、ローブの効果でそう見える――態度で、俺に向かってこう告げた。
「――ジェイ=サロスには協力者がいた可能性があります」
「サロスに、協力者……?」
まったく予想していなかった発言に、思わず目を見開いて驚く。
そんな俺の態度を見て、編纂官は小さな声で。
「驚かれましたか」
――もしかすると反応を見ていたのかもしれない。
だが俺には探られて困る腹はない。――と実はまったく言い切れず、俺になくてもアロルドにはあったのかもしれないから、ぶっちゃけ本気で恐ろしいのだが。
「ええと……それはつまり、あの実験に携わっていた輩は複数いた、と?」
「そうではない、――と見ています。研究自体は、おそらくサロス単独のものかと」
「……? それは……」
「ただ奴の研究所にあった痕跡が奇妙です。なんらかの禁術の研究課程でしょうが、ほとんどがデタラメで意味がない。――
「――――」
「サロス本人も、通りすがりの術師にコツを教わったと語っています。その助言で、研究が大きく進んだとも。それが、ちょっと匂いまして」
サロスの研究に、何者かが的確なアドバイスを送った――という話らしい。
それが禁術――つまり混術の類いなら、確かに一般人ではない。
「協力者、というよりは黒幕ですかね。――念のためお伝えしておこうかと」
「……そうですか。まあ、俺たちに関係のある話ではなさそうですが」
「かもしれませんね。それでは、我々はこれで。どうも朝早くから失礼しました」
そのまま編纂官は踵を返して出て行ったが、なんか怖いことを言っていた。
……我々っつったぞ今。
ほかにも誰か隠れていたのか。俺、ぜんぜん気づけんかったけど……こわすぎ。
乂印教会はこの国の国教で、ゆえに編纂官も基本的には正義の味方だ。
とはいえ、彼らは教会に仇なす者には容赦がない。そのターゲットに俺が含まれるような事態は、間違っても避けなければならないだろう。……マジ怖いホント。
アロルドが裏で何をしていたか次第では、本っ当に洒落にならない未来がある*10。
とはいえ貴重な話ではあった。
この件は、詳しく調べてみる必要があるだろう。
なにせ――サロスの協力者なんて