自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
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――白い服の聖職者が去ったあと、アロルドはしばらく何かを考え込む様子でその場に立ち尽くしていた。
アビゲイル=ウィンベリーは『なんだろう?』と首を傾げたが、ここから見てても答えはわからない。
というか、――そろそろ降りてもいいものなのかな?
「ふむむ。ま、いいか」
自己判断してアビゲイルは階下に降りる。
その背中に担いだ少女は、未だにすやすやと眠ったままだ。
――そういえば、この子もアロルドが助け出したってことなんだよね……?
治験の仕事だと地下室に案内され、地下の陰惨な状況に絶句していた隙を背後から突かれて気を失う。それが、アビゲイルがあの場所にいた顛末だ。
ただ気を失う寸前、確かに泣き叫んでいる小さな女の子の姿は目にした。
どんな目に遭わされていたのか定かじゃないが、おそらくは異常な薬を飲まされていたのだろう。少し歯車が違えば自分も同じ目に遭っていただろうが、アビゲイルにとってはそんなことより、少女が酷い目に遭わされていたことのほうが大事だ。
聖剣の家系。
それを誇りとするアビゲイルは正義感の強い少女である。
弱きを助け強きを挫く――かつてご先祖様が鍛え上げた聖剣を手に、冒険者という立場になった理由の半分は、自分の手で困っている人たちを助けたかったから。
もう半分は心底お金がなかったからだが、まあ人助けでお金を稼げるのだから何も悪い選択肢じゃなかった。問題があったとすれば――それは。
アビゲイル=ウィンベリーが恐ろしいまでの凡才であったことだろう。
そう。かつてご先祖様が振るった際は、歴史上最悪と称された六代魔王さえも討ち滅ぼした聖剣の力を、今のアビゲイルはまったく引き出すことができていない。
剣の力を引き出すのは魂術の分野だ。
相性のいい道具さえあればひとまず使える――という点から、三大術の中では最も簡単とされる魂術だが、逆を言えば相性の悪い道具の力を引き出すことは困難だ。
そう。アビゲイルは聖剣との相性が本気で最悪だった。
魂には相性がある。これはもう、言ってみれば運任せみたいなもので、何が自分と相性のいい魂なのかは使ってみなければわからないし、生まれ持った相性は努力ではどうあっても覆せない。少女の努力に、先祖伝来の聖剣は一度たりとも応えない。
それでも彼女はずっとひとりで戦ってきた。
いつかきっと、――ご先祖様の聖剣を扱えるだけの剣士になれると信じて。
「アロルド。今のは結局なんだったんだ?」
階下に降りてアロルドに訊ねたとき、彼ははっと顔を上げて言った。
「お……おお、アビ子か。あれ、いつの間に降りた?」
どうやら集中すると周りが目に入らなくなるタチらしい。
それはともかく、またしてもアロルドは自分を《アビ子》と呼んでくる。
本人としてはちょっと複雑な呼称だ。
何が複雑って、オリジナルの愛称をつけてもらえたことが、なんだかちょっとだけ嬉しく思えてしまっているところが何より複雑なのだ。喜んでる自分も確かにいる。
親からはアビーと呼ばれていて、もしいつか友達ができたら、そういう風に呼んでもらえるかな――と期待していた歴戦のぼっちである。
あだ名で呼んでもらえるのは生まれて初めてだったから、アビ子、なんていったいどういうセンスなのかよくわからない呼び方でも、つい心が跳ねてしまう。
ただ認めるのは癪だったから、なんとなく嫌がっている素振りをしてしまうのだ。
「降りてきたのは今だよ。さっきの人は帰ったみたいだし、別にいいだろ?」
「ん……まあ、うん。悪いなアビ子、ティーを見ててくれてありがとう」
「そ、そのくらいはどうってことないけれどね! うんっ! 友達ならそれくらいは当たり前じゃないか!」
なんでもない風を装ってアビ子は言う。
ぜんぜん装えていないことに気づけてないのは本人だけで、褒められたのが嬉しいと丸わかりの態度だ。ぷい、とそっぽを向いているものの、なんだかキラキラとした嬉しそうなオーラが全身からパアァ……ッ! と振り撒かれていた。
「あっはは。そうだな。ティーが起きたらメシにでもしよう」
「 そ う だ ね ! 」
「声の音量をちょっと上げてティーが起きるように仕向ける小細工はやめろ」
「うぐっ……だ、だって……」
アビゲイル=ウィンベリーは金がない。
食べられるタダ飯にはがめつくなければ生きていけないのだ。
遠慮で腹は膨れないのである。
「昨日の夕食はね、ぼくにとっては三日振りのまともな食事だったんだよ……!」
「……苦労してたんだな。いっぱい食べろよ、アビ子……!」
くっ、と悲しそうな顔をして目尻を拭うアロルドだった。
本格的にアビゲイルのことを、迷子の仔犬くらいに思い始めた可能性がある。
「まあ、それはともかく」
と、そこで空気を切るように口を開いたのはヤミだ。
彼女はすでに素でアビゲイルを、ラヴィナーレ家のペットとして認識したらしい。
「アロルド様。少しまずいことになりました」
「まずいことになったの!?」
途端、割と切羽詰まった様子で反応するアロルド。
それにヤミは少しだけ驚きつつ、かぶりを振って主人を落ち着かせる。
「いえ、そこまで切羽詰まったものではありませんが」
「あ、そ、そうなんだ。よかった……。じゃあ、まずいことって? 実は朝ごはんは用意がないとか?」
「えっ――!?」
「さきほどの神父の件です」
今度はアビゲイルが絶望したような表情を見せたが、ヤミはもはや無視した。
主人も来客も揃ってダルい――と内心ちょっと思ってそうである。
「昨日の件についての報告を受けていたのですが、――その」
そこでヤミは珍しく言い淀み、一瞬だけ視線をアビゲイルのほうに向けた。
何かとアビゲイルも首を傾げるが、よく見るとヤミが見ているのは自分ではなく、その背中に担がれている夢の中の少女のほうだ。
そしてヤミは告げる。
「――ティーヌには身寄りがありません」
「な……っ!?」
「彼女の両親は、――
※
「……そう、だったのか……」
ずきり、と軋むように心臓が痛んだ。
――考えておかなければならない可能性だった気がする。
俺はあの光景を見た時点で、間に合わなかったのだという感覚を確かに持っていたはずなのだから。もう少しくらい想像力を働かせておくべきだったのだ。
サロスが狙っていたのは身寄りのない人間だと、フレーバーで知っていたのに。
なら同じ町で家族と住んでいるはずのティーがいたのはおかしい。
一家全員が狙われていた、という可能性を考慮しなかった。助けられたことに安堵して、その先を考えることを無意識にやめていたのだ。
これはゲームじゃない。
生き残りを助けられたから万歳――なんてところで話は終わらない。
「……これを、ただの伝聞としてヤミから教えられるってのが本当に皮肉だよな」
これはゲームのクエストじゃなく、だからストーリーなど用意されない。
なんの物語性もない《続き》をもたらされて、俺はそんな風に感じてしまった。
「アロルド様?」
「いや、なんでも。――ヤミ、この子は今後どうなる?」
「……普通でしたら教会附属の養護院*1が預かるものかと。この町にはありませんが」
「そうか。となると、養護院のある街まで連れてかなきゃならないってわけだ」
小さくかぶりを振る。朝から本当に重い気分にさせられてしまった。
――そんな俺に、ふと横合いから、ティーを背負ったアビ子が声をかけてくる。
「そっか。……この子も、身寄りがないんだ」
「……アビ子はティーと知り合いか?」
この子『も』――というアビ子の発言には気づいていたが、あえて触れない。
俺の問いにアビ子は首を振って、こちらを真正面から見つめつつ答える。
「違うよ。あの地下室で一瞬だけ見かけただけだ。ぼくは地下室に降りてすぐ意識を奪われたから、ほとんど何も見てない。次に起きたときにはもう君が来てた」
「……ひとつ確認したいんだけど、そのときから生存者はティーだけだったか?」
「え、どう……だろう。小さな女の子がいたのは覚えてるから、それがティーだとは思うんだけど。それ以外は覚えてない、かな。少なくとも目には留まらなかった」
「捕まってからどれくらい経ってる? ……かは、今日の日付がわからないと、答えようがないよな。ヤミ、今日って何月何日だ?」*2
「水の月の二十日です」
水の月*3か。なら地球の暦に直すと三月の二十日になる。
ヤミの説明を受けてアビ子も答えた。
「なら一日だ。捕まってた時間で言うなら半日も経ってないのかな。朝に薬を買いに行って、そのまま狩りにでも行こうかと思ってたんだけど、そのとき持ちかけられてそのまま、って感じだね」
「まあ……そうだよな。結局アビ子は何も盛られてなかったんだから、捕まってすぐサロスはこっちに呼び出されたんだろう。……ティーの家族は、間に合わなかったんだろうな、その時点で」
「いいのかい? 正直、ぼくの記憶はだいぶ怪しいけれど」
「いいよ。もしその時点でまだ生きてたなら、遺体がそもそも残ってたはずだし」
「…………」
「
家族だけ薬を投与され、娘だけ後回しにされたとは――まあ、あり得なくはないが考えにくい。となるとティーは、かなり長い時間を薬に耐えていた可能性がある。
彼女はむしろ、耐性があったほうなのだろう。
そのティーですらあれほど苦しんでいたことを思えば、俺だって気づかず放置していたらどうなったか。サロスの薬は結局、完成品には程遠かったわけだ。
「……ティーは、かなり術の才能がある子なのかもな」
「そうなの?」
「別に断言はできないけど。ただ、かなり長く耐えてた可能性は出て……いや、今はこの話はいいか」
そこまで考えて俺はかぶりを振る。
考えなきゃいけないことはたくさんあったが、今じゃなくてもいい。
ひとまず、今のところは朝食でも食べようと顔を上げて――。
「ねえ、アロルド」
そこでふと、アビ子が俺を呼んだ。
「ん? どうした」
「ティーのこと、アロルドは本当に教会に預けるつもりなのか?」
「え? それはどういう……」
「別にアロルドが引き取ったらいいじゃないか」
「…………」
まったく考えもしていなかったことを言われて、思わず目を見開く。
そういうもんか? いや、確かに孤児院みたいなところに引き取られるくらいなら貴族に引き取られたほうが自由な感じもするが、とはいえアロルドは未成年だ。
いや、この世界は十五で実質成人扱いだし、中身の
にしたって基本的には十代の俺が人間ひとり引き取るってのは、地球人基準で普通じゃないような気がするのだが……。
「なんだ。アビ子は、ティーを教会に預けるのは反対なのか?」
「それが普通だってのはわかるけどね。でも、ティーはアロルドに懐いてる。ただでさえ家族を喪ったばかりなのに、引き離されるのはかわいそうかな、って」
「それは……そうかもしれないけど」
「それに、ティーには術の才能があるかもしれないんだろ。教会養護院に入った子で才能のある子は訓練される。ティーの将来は、実質的に決められるようなものだよ」
「……なるほど」
たとえば、さきほど会った編纂書院のメンバーにはそういう人間が多いように。
教会のための戦力として、幼少から訓練される者はいる。養護院に送られる場合、その道に続いている可能性は高い*4だろう。別に誰もが絶対ではないが。
なんとなくヤミに目を向けてみると、彼女はなぜか小さく溜息を零して。
「……朝食にしましょう。準備はすぐに済みます」
「そうだね。そろそろティーも起きるだろうし、アビ子の我慢も限界かもしれん」
「ヒトを我慢の利かない犬みたいに言うのはやめてほしいんだけど!?」
やれやれと首を振るヤミ、むすっと唇を尖らせるアビ子。
そしてすやすや眠るティーと揃って、四人で朝食を食べに向かった。