自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
善は急げということで、俺はさっそく行動に移った。
部屋を出て、ヤミを探しに行く。
ひとまず一階に降りて適当に見回せば、ちょうど廊下の奥からヤミが現れた。
「あ、ヤミ。ちょっといい?」
「……そういえばお伝えし忘れていましたね」
「ん?」
「アロルド様の部屋にはハンドベルが置いてあります。見てませんか?」
「あったっけ……? あったかも?」
ベッドの脇のテーブルに、そんなものが乗っていたような気もする。
うろ覚えの記憶で答える俺に、ヤミは頷いて。
「あれは《供鳴りの鈴》といって、魂術で鳴らせば私が持つ小鈴に伝わります」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
俺は感謝を告げつつ、内心で少し恐怖を感じていた。
顔を見ただけで探しにきたってわかってるの、察しよすぎん……?
俺がわかりやすいのか、それともメイドならこのくらいできるものなのか。
ヤミに隠しごとってできそうにないな、と思いつつ、ひとまず忘れて本題に入る。
「ところでひとつ訊いていい?」
「どうぞ」
「……魂術って、どうやったら使えるね?」
「……………………」
「そんな『マジかよ』みたいな目で見ないでよ……」
「マジかよ」
「口で言ってって意味じゃないです」
クールなメイドさんの口から淡々と出る『マジかよ』は心に重い。
俺がアロルドではないと知って以降、どうやらすっかり《こいつは舐めてもいい》判定になった模様だ。まあ、無理に持ち上げられるよりは気安いかもだけど。
「いや、
「
「言っとくけど
「……、普通はそのふたつのほうが難易度が高いんですが。特に
「どうせ人前じゃ使えないじゃん*1」
「それはそうですが……」
納得いかなそうにヤミは呟く。俺もその設定自体は知っていたけど。
この世界の人間なら、たぶん普通は魂術か命術のほうを先に覚えるのだろう。
「いったい今までどう生きてきたのですか?」
とヤミ。まさか、術なんて存在しない世界から来たとは思わないらしい。
わかってもらうのも難しそうだったため、俺は説明することを放棄して言った。
「まあまあ。それで、どうにかならないかな? なんかコツとかない?」
「……お話はわかりました。軽くご指南いたしましょう」
「助かる」
「アロルド様はそのふたつは得意でしたから。すぐに習得できると思いますよ」
思いのほか優しげに、薄い笑みを浮かべてヤミは言った。
思わずヤミ先生と呼びたくなる。
だがヤミは、とはいえ――と、そこで少し考え込むように顔を伏せる。
言葉を探すように黙り込み、それから数秒が経ってから彼女は。
「……ライフを使う感覚、というのは説明しづらいですね」
「そうなの?」
「ええ。エネルギーとして存在するオドと違い、ライフ――生命力は、もっと概念に近いというか、観念的なものになります」
「観念的なもの……か」
でも言われてみればそうかもしれない。
魔力って言ったら(魔力とは呼ばないけど)なんかいかにもエネルギーがあるって感じがするが、生命力と言うと確かに形而上的な雰囲気がある。
「ええ。だからライフは使うというより、術を使うと勝手に減る、という感覚が近い気がします。術を使うと自然に疲れるだけ――なので、言葉で説明するのは難しい」
「へぇー」
さすがにそこまでは俺も知らない。ボタンがあったら連打していたところだ。
しかし、そう言われてしまうと話が終わってしまうのだが。
そんなことを危惧する俺に、ふとヤミは薄く笑みを浮かべて言った。
「ですから実際に使ってみましょう」
「え、いきなり実践?」
「基礎的な魂術は三大術で最も難度が低い*2です。子どもでも使えるくらいですから」
「……なるほど」
「というわけで、こちらをどうぞ」
そう言ってヤミが手渡してきたのは、どこからともなく取り出された短刀だった。
どこから出したのかがまったくわからない。いつの間にか手に持っていた、としか言えないくらいの早業……いや、速度以上に動き方が意識の隙を突いていた感じか。
「……これ、サロスの地下室でアビ子が暴れたときにも持ってたヤツ?」
「ええ。よくお気づきで」
「そっか。……あの、今これ、どっから出した?」
「スカートの下からです。腿にホルスターをつけているので」
「…………」
なんでこのメイドは屋敷の中で武装しているんだろう。
いや、わかるよ? ヤミはそもそもアロルドの護衛として戦闘力を期待されている立場のメイドだ。専属とはそういう意味でもある。
が、とはいえ普通にちょっと怖い。
戦慄して押し黙る俺を、ヤミはなぜだか上目遣いに悪戯っぽく見つめて。
ニヤリ――と口の端を歪めるように微笑すると、わざわざスカートの端をわずかにたくし上げ、見透かすような目を向けながら言ってきた。
「見ますか?」
「見ませんよ!?」
「えっち」
「見ないのに!?」
「ふふ。――もったいない」
ぱっ、とヤミが手を放すことで、はらりとスカートが重力通りに落ちる*3。
俺はほっとひと息つくが、安心してばかりもいられない。どうやらこのメイドは、俺をからかうことに、何かよくないタイプの悦びを覚え始めてしまったようだ。
昨日いきなり浴室に来たのもそうだが、ヤミはしっかりと自分のルックスのよさを認識している節がある。あのときは必死に視線を逸らしていたから、そのせいで弱点だと認識されてしまったようだ。あながち間違ってもいない気はするけど。
「なんか楽しそうだな、お前……」
「そうですか? ……そうかもしれないですね。こんな風に話すこと、今まで一度もありませんでしたから」
原作のヤミは、笑っているシーンなどただの一度もないくらいの無表情系キャラとして描かれていた。常にアロルドの傍に控え、その命令を機械のように聞いている。
いちばん感情が出ているシーンが死に際というレベルで内面描写がない。
俺にいちばん思い入れがあるのは、ヤミが唯一、アロルドとは異なる場所で最期を迎えるシーンだ。
儀式を行うアロルドと、それを追う主人公パーティ。ヤミは主人公たちが主の元に向かわないよう、単身で足止めに入り――敗北してその命を落とす。
炎上する街の中。もう生きる者のいない世界で、主人公たちが立ち去ったあと。
瓦礫に背を預け血を流すヤミは、もうやりきったとでも言わんばかりに――儚くも悲しげな笑みを浮かべて、消え入るようにひと言だけ呟く。
『……やっと、終われる……』
以降、シーンはフェードアウトし、視点は主人公たちに戻る。
当たり前だが、ゲームのシナリオはカメラの焦点が主人公に合っているため、このヤミのシーンのように主人公たちが見ていない場所の描写は少ないのだ。
けれどこのシーンが、出番が少なく、嫌われ者の悪役貴族の従者という立場でしかないヤミ=ダウナーの人気を押し上げた大きな要因のひとつだろう。
もしかすると制作スタッフにヤミのファンがいたのか。オリジナル版から、なぜかこのシーンは一枚絵の演出があったのだから、気合いが違うというものだ。
人気投票企画でも、わずかな出番だけでなかなか上位に食い込んでいたくらいに、ヤミはプレイヤー人気の高いキャラだった。
アロルドが主人公に嫌がらせを繰り返す中、ヤミはそれには加担せず、むしろ主のフォローに回るような描写が多かったせいもあるだろう。初見プレイヤーは、そんなヤミを見て『アロルドを裏切って仲間になるんじゃ?』とか思った者も多いはず。
だが結局そんなことはなかった。ヤミは最期まで、ただの一度もアロルドを裏切ることがない。
そしてアロルド側も、普段の傲慢で横柄な態度から考えれば不思議なほど、ヤミに対してだけは理不尽に当たるようなシーンが一切ないのだ。だからといってクズだということに変わりはないが、悪行を全て自分でやっている点だけは、まあ、ギリギリかろうじてフォローできなくない点かもしれない。
そういう部分で、言ってみれば《主従》としての人気はあったふたりだ。
親愛や友情ではない、契約的なビジネス関係。
ヤミがアロルドを《人間としてはまったく好きじゃなかった》ことに、昨日は少し驚いたけれど。冷静に考えれば、むしろ納得いく真実かもしれない。
それでも彼女は仕事として、最期までアロルドに仕える人間性だったのだから。
そしてアロルドのほうも、人間としては終わっていたが――主としての態度だけは決して揺るがせることがなかった。見習う点が、なくはない気もする事実だ。
「アロルド様?」
立ち止まったまま押し黙る俺に、首を傾げてヤミが訊ねた。
小さくかぶりを振り、考えていたことを心の底に押し込んで俺は答える。
「悪い、なんでもないんだ。さっそく教えてくれ」
「……畏まりました。ではこちらのナイフをお手に取ってください」
ヤミに手渡された小刀を握る。
刃渡りこそ長いが、飾りのない質素な短刀だ。柄は木製で、それだけで和風めいた印象を受ける。折り畳み式で刃を仕舞えるのが特徴と言えば特徴か。
それ以外には目立ったところのない、まさにシンプルなナイフである。
「銘は《
「そうなんだ……。知らない武器だ」
原作のヤミはナイフではなく、投擲用の剣を使って戦っていた。
手の中でナイフの握りを確かめる俺に、ふと訊ねるようにヤミが言った。
「アロルド様は、魂術のことをどの程度ご存知で?」
「知識としてはそれなりにあるよ。発動に必要なのは《同調》と《命令》で、武器の質がいい――魂が育っているほど発動が難しい代わりに効果が強力になっていく」
「……使ったことがない割には詳しいようで」
「はははは」
じと、と胡乱そうな目を向けてくるヤミを笑って誤魔化す。
とはいえ追及する気はなかったのか、普通に流して説明を続けてくれた。
「この《破希》の場合、いちばん基礎の解放令は《透かせ》です」
命術に呪文が、冥術に聖句が必要なように、魂術の発動には命令が必要となる。
その命令文のことを、正式には《解放令》と呼ぶ。
本来は《させたいこと》をそのまま伝えればいいだけであり、定型文である必要はないのだが、わかりやすい同調のために決まった形に整えられているわけだ。
ヤミの説明は続く。
「これはもともと名もなき暗殺者が使っていた短刀だそうです」
「ほう」
「身を隠し、息を潜め、標的の命を一撃で奪うために気配を殺して世界と同化する。そのために使われたこのナイフは、《透かせ》の解放令で
ヤミは武器の来歴を語る。それが魂術の基礎にして根幹だからだ。
要するに、魂術とは《アイテムのフレーバーに則した効果を発揮する術》であるということ。
モノの
アイテムに込められたモノの魂――その在り方に相応しい力を振るわせる。
「試してみてください、アロルド様」
「――、よし」
目を閉じ、手の中に握ったナイフに意識を集中する。
フレーバーを脳裏に浮かべ、その通りにコイツを扱う者となる。
自分は暗殺者だ。これから標的の命を奪う。そのために息を殺して気配を隠して、標的に近づくために――自分の存在をゼロへゼロへと透かしていく。
「――《透かせ》」
呟いた瞬間、体からわずかに何か、力が抜けていくような感覚があった。
けれどそれだけ。それ以外の変化など何も感じない。
成功したのか失敗なのか、わからないまま首を傾げる俺に、そこでヤミが言った。
「おめでとうございます、アロルド様。初めての魂術、成功ですね」
「……そうなの?」
「ええ、見事に発動できています。さすがはアロルド様ですね。素晴らしいです」
そう言ってヤミは目の前でパチパチと手を叩く。
その様子を見て、次にナイフを見て、ヤミに視線を戻して――そして俺は言った。
「えっぜんぜん実感ない」
「でしょうね。気配が消えるだけなので」
「……」
「……」
「……お前、これわかってて教えたろ……どうすんのこの空気?」
「面白いお顔でしたよ。――とても好みです、正直」
「――――」
お、おもしれー女……じゃ、ねえわ。
面白くなるな。原作のヤミのイメージが崩壊してんだわ。やめてくれ。
「ほ、本当に効果出てんのか、これ?」
「出てますよ。まあ、術の効果自体が弱いので、目の前で使われたからって見えなくなるような便利なものじゃありませんが。音や匂いも別に消えません。最初から身を隠していれば、気づかれにくくなる――あくまでその程度です」
「だからヤミには見えてるのか……まあ確かに少し、力が抜けた感覚はあったけど」
「それは鋭敏ですね。それなりの業物ですが、魂術武装としての効果はそこまで高くないですから、消費する生命力も小さなものです。それがわかるのは鋭いですよ」
「それって何か意味あるの?」
「特にありませんが、まあ、才能の証ではあるかと。一発で成功してますし。確かに初歩の術ですが、初めてで簡単に使えるほど、銘持ち武器*4との同調は簡単ではないと思います。少なくとも一般的には」
まっすぐ目を見て笑わずに話すなら、ヤミも真剣だとわかるようになってきた。
とはいえ、ヤミに珍しく本心から持ち上げてもらっても、あまり喜べない。
「言ってもアロルドの才能を借りてるだけだしな……」
「そうでしょうか?」
小さく零した俺に、ヤミが首を傾げた。
「え?」
「魂術はあくまで魂同士の同調です。つまり貴方の魂しか関係がない」
「……そうなん? いや、まあ言われてみりゃそう、か?」
「オドの質も多少ですが変質していますし。確かにオドやライフの保有量は肉体側の才能かもしれないですが、それ以外は、貴方自身の才能だと言ってよいかと」
「へえ、……そういうもんか」
ヤミに言われた褒め言葉の中で、これがいちばん嬉しかったかもしれない。
思わずニヤける口許を俺は手で隠した。ヤミのことだから、もしかするとそれにも気づいたかもしれないけど。彼女は小さく微笑んで、
「何より昨日の、即興で混術の詠唱を編み上げてみせたのは凄まじい才能です」
「……ああ、あれか……」
アレは少し恥ずかしいんだけど、と思う俺だが、ヤミはまっすぐに。
「正直、アレを見て本気で天才だな、と私も感動しました」
「そ、そっか……そこまで言われると照れるな」
「ですから今日、魂術を使ったことがないという言葉には絶句いたしましたが」
「ごめんて」
「まあ、考えようによってはむしろ、それも含めて才覚の証明でしょう」
うんうん、と頷くヤミ。
彼女は彼女で、俺という主人の才覚はやっぱり気になるのだろう。
「今後、より習熟していけば、解放令を省略したり、効果を応用したりできるようになるでしょう」
「そうなんだ。それは楽しみだ……けど、んー……やっぱあんま実感ないな」
「では実践ですね」
と、ヤミは言うと、屋敷の階段の裏側のほうを指で差して。
「どういうこと?」
「今、裏庭にはアビゲイルとティーヌがいます」
「アビ子とティーが? 裏庭で何してんだ?」
「剣技の訓練だそうですよ。ティーヌはその見学です」
「へえ……。あ、それ、つまり」
「はい。――ふたりに気づかれないかどうか、試してみてはいかがでしょう?」
見上げるような薄い笑みで、そんな悪戯を提案した。