自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
――採用。
ということで俺は、正面階段の裏手側から屋敷の裏庭へと向かった。
そういえば未だに屋敷の内情をほとんど理解していない。二階向かって右手廊下の奥にある自室、その周囲の衣装部屋や、アビ子たちが寝泊まりしている客間、一階の階段近くにある食堂、その隣のお手洗い、そして一階左手奥の浴場。
昨日今日で俺が出入りしたのは、せいぜいそのくらいだ。ほとんどの部屋にはまだ入ったことがないし、特に一階右廊下と二階左廊下は通ったことすらない。
この屋敷の存在は原作ではまったく触れられることすらなかったから、近いうちに探検くらいはしたいところだ。まあ見たところ、大半が空き部屋っぽい雰囲気だが。
俺とヤミしかいなかったのにこの広さ。掃除が大変そうすぎる。
そんなことを考えながら、屋敷の裏口から外へ。裏庭へと俺は立ち入った。
裏庭は、正直なところあまり手入れが行き届いている感じがしない。
この屋敷は町から少し距離があって、正面玄関を除いた屋敷の周囲は森に囲まれている。裏庭は、その森を少しだけ切り開いて塀で囲った程度の何もない空間だ。
一応、石畳の小路があったりと多少のデザイン性は感じさせるが、なぜか真ん中の辺りは土の地面が剥き出しになっており*1、建てられてからは放置された感じがする。
屋敷の中は綺麗だから、そんなに年季の入った建物ではなさそうだが……。
「やってるな……」
ちょうど土が剥き出しになった裏庭中央辺りに、アビ子とティーの姿がある。
ティーは近くに置かれた大きな石に、奥を向く形で座っていた。アビ子もそちらを向いて、剣を構えて振っている。つまり都合よくふたりとも背を向けていた。
アビ子は剣の素振りをしているらしい。
上段からまっすぐ縦の振り下ろしは、やはり西洋剣術っぽいイメージがある。侍や武士が使うような日本的な剣術は、なんとなく斜めに斬る印象があるってだけだが。
一応、この世界にはしっかり日本刀タイプの刀剣もあるんだよな。
この王国からは遥か東の国から伝来したという、割とよく聞くタイプの設定だったことは記憶しているが、舞台がぜんぜん違うため詳しい外国の設定などは謎だ。
とはいえ交流はあるらしく、この初代『Cross Lord』の仲間キャラにも、3キャラだけ明らかに日本名っぽいネーミングのキャラがいたりするし*2。
「……あれ。考えたことなかったけど、もしかしてヤミってそっちの血筋なのか?」
ヤミの名前は、まあ聞いた感じ《闇》から来ている感がある。
しかも黒髪黒眼だから、明言されていない裏設定があるかもしれない。
まあ姓の《ダウナー》は日本風じゃないし、見たところ顔立ちも明らかに西洋風の特徴を感じさせる。
ファンタジー世界で西洋も東洋もないが、暇があったら確認するのも面白そうだ。
そんなことを考えながら、ふたりのほうへと近づく。
幸い、どちらも俺に気づいた様子はない。
ティーはニコニコと満面の笑みでアビ子を見学しているし、アビ子のほうも修業に集中しているためか、背後から近づいた俺を認識した様子はなかった。
この分なら、どうやら気配を消す魂術は、しっかり機能しているみたいだ。
「うん。同調に慣れれば魂術は割と行けそうだな」
さきほどは武器の来歴をヤミから口頭で教わっている。
だが同調による解析ができれば、自力でフレーバーを調べられるだろう。その気になれば、庭の小石や草木は無理でも、家具や食器などになら同調できるはずだ。
もちろん、そのレベルのものと同調したところで術として発揮できる特殊な効果はないが、解析だけなら可能だ。材質や製作者、歴代の使用者などは*3読み取れる。
いろいろ試したいところだが、魂術は使えば
それは体力の減少、つまり疲労として表れるため、朝一から無駄遣いは避けたい。
やるなら寝る前とかがいいかな、と俺は脳内で訓練予定を組み立てていた。
――ザン、
と。そんな俺の目の前で、アビ子の振り下ろす剣が強く風を斬る音を立てる。
俺は素振りを続けるアビ子を見守るティーの横に座って、改めてその迫力ある姿を間近から見つめた。
たとえ俺が気配を隠していなくても、気がつかなかったんじゃないかと思うほどの集中力で前だけを見ている。
やがてその動きは素振りから演武のようなものに移り変わる。
流れるような、踊るような動きで剣を振るうアビ子。傍で見ているだけの俺の目にすら、彼女によって切り伏せられている何かの影が見えるようだ。
「……すごいな……」
俺は思わず呟く。それこそゲームやアニメの中でしか見られないような、戦う者の流麗な動きに息を呑んだ。長い時間を愚直に剣に捧げてきた者だけができる動きだ。
実際、彼女は設定的にも剣術が優秀だった。
アビ子は聖剣と同調する才能がほとんどない。言い換えれば魂術をほぼ使えない、純粋な剣技だけで戦うキャラなのだ。
ゲームでは、それは使えるスキルがほとんどないという欠点だった。
愚直に『たたかう』コマンドを繰り返すだけ。最序盤こそサクサク敵を斬り伏せていける優秀な要素に見えるのだが、早い段階で頭打ちになってしまう。
どうせパーティから外れるからと、周回プレイでは採用すらされなくなる。
けれど、その
優れた武具は、同調すれば持ち主の身体能力さえ上げる。たとえばヤミから借りたこのナイフ――《
だがアビ子にそれはない。
こうしてじかに目の当たりにすれば、アビ子の剣技が優れていることくらい素人の俺でもわかるのに。
「……すごいな」
「ね。カッコいいよね、おねえちゃん」
繰り返した小さな呟きに、隣に座っていたティーがそう答える。
少し驚きながら視線を向けると、見上げるような満面の笑みが俺に向いていた。
「ん? あれ、……もしかして術が解けてる?」
「術……?」
「いや。そういや、使ってから割と時間が経ってるしな。《破希》の術の制限時間がどのくらいなのかは確認してなかった。俺が来てたの気づいてたのか、ティー」
「えへへ。見てるなら静かにしてるように、アビ子おねえちゃんに言われたから」
「そっか」
ティーの中での呼び方は《アビ子おねえちゃん》になっちゃったのか。
なんかごめん、アビ子。いや、俺としてはかわいい愛称だと思うんだけどね?
俺はニコニコ笑うティーの頭を軽く撫で、キャーと喜ぶ彼女を横目に、正面に立つアビ子に目を向けた。
すでに動きが止まっているし、そろそろ声をかけてもいいだろう。
「アビ子――」
「すごくびっくりしたァ!!」
びくん、とアビ子は目を丸くして、肩を跳ね上げて振り返った。
俺は思わず笑いながら、片手をあげてアビ子に告げる。
「お疲れ。見学させてもらってたよ」
「き、君ねえ……いやいいけど、急に声をかけられたらびっくりするだろう」
「でも、すごくびっくりしたときに『すごくびっくりした』って言う奴いねえよ」
「アロルドも同じことやったよねえ!?」
「そんな朝のことは忘れた」
「朝の! ことだって! 覚えてる!!」
ぷんすか地団駄を踏むアビ子は、やっぱりからかうと面白い。
堪えきれずくつくつ肩を揺らしていると、やがてアビ子が諦めたように。
「……というか、いつの間に来てたのかな? ぜんぜん気づかなかったけど」
「まあ、ちょっと魂術で気配を殺して、こっそりな」
「なんのためにそんなことを!?」
「訓練かな。――ティーにも話があったし」
「……、ああ」
理解してアビ子は話すのを止めた。
俺はティーに向き直り、彼女の顔をまっすぐ見て伝える。
「ティー。ひとつ話があるんだ、聞いてくれるか?」
「うん」
こくりと素直にティーは頷く。
本当にいい子だ。別に覚えちゃいないが、同じ年の自分がこんなに素直だった気はしない。
だが、いざ話すとなるとどうにも踏ん切りがつかなかった。
――君の家族は誰も生き残っていない。
そんな事実を、こんなところで真正面から伝えるべきなのだろうか。
ずるずる引きずるより、早いほうがいいはずだと思って口火を切ったものの、続く言葉が出てこないのだから情けない。
「ええ、と……」
もにょもにょと言葉を探す俺に、そこでふと――ティーのほうから俺に言った。
「大丈夫だよ、おにいちゃん」
「え……?」
「大丈夫。わたしは大丈夫だと思う」
「……ティー……」
「ね?」
――察していたのかもしれない。
いや。どころか、そもそもいっしょに囚われたのだ。見てしまっていた可能性は、覚えていた可能性は――最初から確かにあったのだ。
幼い少女が背負わされるには、あまりに重すぎる現実を。
そんな少女に、こちらが気遣われているようでは情けないなんてレベルじゃない。
つらいのは俺ではなくティーだ。そんなこと、本当なら朝のうちに固めておくべき覚悟だった。
「……ごめんな。ティーの家族は助けてやれなかった」
「…………」
「俺は、間に合わなかったよ。ごめん」
「……ううん」
ふるふると、少女は首を横に振る。そして、
「わかってたから、わたし」
「……やっぱり、そうなのか」
「ほとんどなんにも覚えてなかったけど……でも、隣にいたはずのお父さんの声や、お母さんの声は、すぐに……聞こえなくなっちゃったから」
「…………」
「だから、わかってた。だけどね、おにいちゃん」
少女はまっすぐに俺を見上げる。
その瞳には今、わずかな涙さえ滲んでいない。
「それでもおにいちゃんは、わたしのことは助けてくれたよ?」
「……ティー」
「だから、ありがとう、おにいちゃん。わたしを助けてくれて――ありがとう」
そこまでを言いきって、ぽすっ、と少女が胸に飛び込んできた。
それを抱き留め、俺は少女の頭に手を乗せた。体に感じるわずかな震えが、せめて少しでも早く止まればいいと祈るみたいに。
物わかりがよすぎるのも困りものだ。
俺のほうが立つ瀬がない。もっと大声を上げて泣いてもいいところだったのに。
それでもこんなに小さな少女が――自分どころか俺さえ気遣った。
だからこそ今が、きっと立つ瀬がなくても立つときだ。
心の中で、強く誓う。この震える小さな肩を、少しでも支えられるものがあるべきだと信じて――せめてそれくらいは、できなくちゃ嘘だろうと思うから。
しばらく無言で、わずかでも気の済むまで、小さな体を抱き締め続けた。
やがてティーが顔を上げる。
その瞳に、今はもう滲むものはない。ただその跡が、俺の服の胸元に残るだけで。
「えへへ。ごめん、おにいちゃん。ありがとう」
「なんてことないよ。ティーはいい子だから甘やかしたくなるんだ、みんな」
「みんな?」
「アビ子もヤミも同じだと思うよ? ティーのことが好きだから」
「……うへへへ。それなら、うれしい」
「そっか。ティーが嬉しいなら、俺も嬉しい」
軽く頭を撫でて、それから俺は立ち上がった。そして訊ねる。
「なあ、ティー。しばらく俺といっしょに、ここで過ごしてもらってもいいか?」
「え……?」
「まあ本当は教会に預けるべきなんだろうけど。ティーさえよければ、しばらくこの屋敷にいてくれると嬉しい。どうかな?」
「……いいの、おにいちゃん?」
「俺が頼んでるんだよ。まだティーと離れたくないんだ。寂しくて泣いちゃう」
「ふへへ」
にへら、と。蕩けるみたいな朗らかな笑みで、幼い少女は頷いた。
「すっごくうれしい。わたしも、おにいちゃんといっしょがいい」
※
ティーと手を繋ぎ、アビ子といっしょに屋敷へ戻る。
中に入るとすぐ、待ち構えていたようにヤミが現れて俺を見ながら。
「――雇用しましょう」
「は? え、……急にどうした?」
「ティーヌのことです。この屋敷の使用人として雇うのがよろしいかと。そうすればアロルド様の預かりとして対外的にも問題ありません。これでも貴族ですので」
「そうなんだ……」
どっから聞いていたのか、聞いていなくても見ただけでわかったのか。
ヤミは、しれっと解決策を提示してきた。それでいいんだから、戸籍制度とかない世界は感覚が違う。
ただ考えてみればヤミも似たような立場ではあった。彼女の場合は親から売られてラヴィナーレ家に来たはずだが、それが通るなら確かになんでもいい感じだ。
「ちょうど人手も足りませんでしたし。私も役に立つ部下は欲しかったところです」
「部下て」
「幸い、ティーヌは充分に素養がありそうですからね。それでいいですか?」
と、ヤミは俺ではなくティーに目を向けて訊ねる。
彼女はこくりと頷いて、それから。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします、先輩」
「よろしい。覚えることは多いですから、しっかり学んでください。まずは言葉遣いから」
「はい!」
お、おぉ……と、俺ひとりだけが面食らっていた。
やっぱこういうとこは異世界感覚だな。
現代日本より大人になるのが――そう扱われるのが早い気がする。
ただまあ確かに、年齢を抜きに考えれば職はあったほうが確かにいいだろう。
やがてこの家を出るとしても、ヤミに仕込まれたなら、次の就職口も見つけられるようになりそうだし。なんなら俺が貴族じゃなかったら働き先ないレベル。
「それで、アロルド様。これからどうされますか?」
話を畳んで、ヤミが俺のほうに今後の方針を訊ねてきた。
俺は頷き、ヤミもティーも、そしてアビ子も含めた三人全員に告げる。
「――旅支度だ」
「た、旅支度ぅ?」
きょとんと目を丸くするアビ子に、笑顔で頷いて答える。
「ああ。といっても、そこまで遠くじゃない。こっからインフィディアの街までは、そう離れてないんだよな?」
「インフィディア? 学院都市で有名な?」
「そうそう、そのインフィディア。……どうでもいいけど、インフィディアとイースティアって名前似すぎじゃない? どっちがディアでどっちがティアか忘れそう」
「まあ近いからね。地名の由来とかも近いんじゃないかな……知らないけど。いや、てかそんなことはどうでもよくて!」
ツッコむアビ子。俺としてはなかなか興味深い話題だったのだが。
普通のゲームなら地名の名称は、簡単に見分けがつくよう個性のあるものにすると思うが、そこで逆張ってくるのが『Cross Lord』シリーズだ。
まあ俺はそういうところが好きだったのだが、しかしなるほど……距離が近いから名前の由来も似たようなもの、という視点は今までなかった*5ものだ。面白い。
「なんで急にインフィディアに? 何か理由があるのかい?」
首を傾げて訊ねるアビ子は、とても真剣な表情だった。
思わず面食らう俺に、彼女は薄く笑って。
「わかってるさ。何かやることがあるんだろう、アロルドには。それくらいわかる」
「……アビ子、お前……」
「一応ぼくは君に雇われたんだ。なら君がやることも先に教えておいてくれないと、いざというとき困るだろ。いったい何が目的なんだ?」
「うん」
こくりと頷き、そして俺は言った。
「まずインフィディアは、ここよりずっとデカい街だろ」
「うん、そうだね。それで?」
「――めっちゃ見たい」
「オッケー訊いたぼくがバカだった! いや違うやっぱりお前がバカ!」
「バカ!? 俺が!?」
「結構真剣に聞いたのに! 真面目な話だと思ったのに!!」
「お前がなんかシリアスな雰囲気だから空気を和まそうとしただけじゃん!」
「いらない! 今そういうのホントいらない!!」
ぷんすかと憤慨するアビ子だった。
くそ、なんて奴だ。俺なりに気を遣ってやったというのに。
「わーったよ、真面目に話す。つっても目的なんて単純なもんだぞ」
「だから、それを言えって言ってるんだ、ぼくは」
「まずひとつは単純に健康診断だ。ティーをちゃんとした冥術師に診せたい。一応、なんならお前も診てもらってもいいけど」
「……、ああ。そういうことか」
納得して頷くアビ子。そう、ひとつはティーのためだ。
おそらく問題はないだろうが、言っても俺は素人に過ぎない。やはり専門の人間にきちんと診てもらって安心しておきたい。
俺は隣でこちらを見上げるティーの、頭を撫でながら言葉を続けた。
「一応、この街にも冥術師はひとりいるらしいけど。診てもらえないそうだ」
「……? どうして。冥術師なら所属は教会だろ。教会の人間が、患者を選ぶようなことはしないと思うけど」
「その例外がウチ……まあ要はラヴィナーレ家なんだとさ。嫌われてんだと。な?」
この話を教えてくれたヤミに水を向けると、こくり頷く彼女からも補足が入る。
「このイースティアの冥術師はかなりご高齢の老婆でして。昔気質な性格もあってかラヴィナーレ家を蛇蝎の如く嫌っています。普通にしていればティーヌだけは預けることもできたでしょうが、……当家で一度預かってしまった時点で難しいです。まずそもそも話を聞いてもらえませんし、結果的には使用人の立場になりましたし」
「そ、そうなんだ……すごい嫌われ方だな。血筋だけでそこまで……」
「いえ。以前に一度、アロルド様が風邪をひかれたとき、診療に来た彼女にアロルド様が『田舎の役立たず』と暴言を吐かれたのが、決裂の決定的な要因でした」
刺すようなアビ子の視線が俺に向いた。
「君のせいじゃないか!」
「ぐっ……」
「ぜんぜん君が悪いじゃないか! 何をしているんだ!?」
「違うんですぅ……事情があるんですぅ……」
俺は縮こまってそう言い張るしかなかった。
それ俺じゃないんですぅ……ああ、アロルドのクソボケがよぉ……。
悪役貴族という立場が、ここに来て尾を引くとか、ホントやってくれますぅ……。
「ま、まあ、そこには非常に悲しい誤解があったんだ」
「どんな誤解だよ……まあ一応、信じとくけど」
ジトっとした目を向けてくるアビ子だが、俺の言い分を一応信じてはくれた。
まあ客観的には本当に俺がやらかしたんだろうが、俺の主観を意外とアビ子が信頼してくれたことを喜んでおこう。
「というわけで、それが理由のひとつ。あとは買い物と観光だ。真面目な話として、これは本当に必要だと思う」
「か、買い物と観光……?」
「ああ。買いたいものがいくつかあるし、あとは調べたいこともいろいろある。この辺りでいちばん人が集まってるのがインフィディアだから、最適だろ?」
「ふぅん。要するに、観光ってのは情報収集の意味だね」
こくりと頷き、今度はアビ子も納得してくれた。それから彼女は、
「わかったよ。行ってらっしゃい」
「え?」
「ん?」
「え、行ってらっしゃいって……えっ、来てくんないのアビ子? あれ、もしかしてなんか用事とかあった?」
「え。いや、別にないけど……ぼくも行っていいのか?」
「当然そのつもりで話してたんだけど」
「そ、そうなのか。行ってくるからじゃあねって意味だと思ってた」
アビ子のその言葉に、俺は思わずポカンと口を開けて言う。
「なわけないだろ。今から俺たちだけ旅行行ってきますなんて話、友達にしねえよ」
「……友達……。うへ、ふへへへへ……」
友達、という一単語だけで笑い出すアビ子。俺はもう心配です本当。
「いや別に、友達だからって理由で無理に頼みたいわけじゃねえぞ? お前ちょろいから、それ言ったらなんでも聞きそうで怖えよ。別に断ってもいいんだからな?」
「失礼だな!? そこまでちょろくないぞ!!」
「ならいいけどさ。まあ、とはいえやっぱ俺だけじゃ戦力とかも不安だろ? だからいろいろ手伝ってくれると助かるんだけど……どうだ?」
「そ、そうかっ。つまり、あれか。君は……ぼくに頼りたい、と?」
「そりゃそうだろ。お前を頼りたいから専属として雇ったんだぞ、俺は」
「ふ、ふぅん。……ふぅーん……」
ようやく納得してくれたのか、アビ子はうんうんと頷いて顔を赤らめた。
なんか妙な反応だとは思っていたが、なるほど、アビ子だけは置いていかれるものと思って聞いていたからか。そんなわけないだろうに。
「ふ、ふふっ。そこまで言うなら仕方ない、ぼくも行ってやろうじゃないか!」
「……? お、おう、悪いな。そうしてくれると助かる」
「うんうん、なに、気にすることはないさ! ――頼ってくれていいよ!」
「……そりゃどうも……?」
よくわからないが、急に上機嫌になるアビ子だった。
なんだ……? どういうこと?
アビ子はちょろくて押しに弱いから、そこにつけ込まないよう、断ってもいいってちゃんと伝えたはずだし。実際、別にアビ子には行くメリットが何もない。
だから情けで頷いてくれるならともかく、喜ぶ理由はない気がするんだが……。
謎だ。
「……はあ」
首を傾げる俺。その横でなぜだかヤミが、小さく溜息をつく音が辺りに響く。
――俺たちの小旅行は、そんな流れで決定された。