自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
出立の準備には、およそ半日ほどかかった。
すでに時刻は三時を過ぎたが、このイースティアから学院都市インフィディアまでは
旅支度は、ヤミがほとんどひとりで済ませてくれた。
より正確に言えば、用意をしますので邪魔だからどっか行っててください、と屋敷から追い出されたというほうが近い。手伝おうとすると不機嫌になるのだ、ヤミは。
だからその間、俺はティーとアビ子を連れてイースティアの町まで出ていた。
ティーの実家から着替えや必要なものなどを運び出してくるのが任務だ。ついでにアビ子も宿屋を引き払い、荷物を全て屋敷に移動させた。
もう誰も暮らす者のない家を、今後どうするのかはティー本人が決めればいい。
俺はともかく、ヤミならいい相談相手にもなってくれるだろう。
ティーがどれだけしっかりした子でも、今すぐいろいろ決めろというのは少し酷な話だし。しばらくの間は、そのままにしておいてもいいのかもしれない。
……診療所地下にあったはずのティーのご両親の遺体
遺体は返ってこない。遺骨の一部すら。遺品さえも。
ティーの両親の墓を作っても、埋葬するものは何もないということだ。
この世界では、ときどきある悲劇だ。
俺はそれを知っていた。たまたま現実に目にした最初がティーの件だっただけで、今までは物語上のフレーバーとして処理してきた《設定》に過ぎない。
ゲームを楽しんでいたことまで後ろめたく思うのは行き過ぎだろうが、こうなると重たい。何かしていないと気が済まないとは、たぶんこういう気分を言うのだろう。
――そんなことを済ませている間に出発の時間が来た。
「借りてきたのは《
獣車貸しの店からヤミが連れてきたのは、白い馬に似た生き物だ。
角が一本生えており、西洋風に言うならユニコーン感のある魔獣だが、馬の割には脚がゴツく、まるで虎のような爪がある。
原作でも馴染み深い、この世界ではメジャーなほうの魔獣*2と言えた(設定知識)。
――現実で言う馬車は、この世界では獣車と呼ばれる。理由は単純で、馬に限らず様々な獣が牽引役として利用されるからだ。
ちなみに獣車を牽く《獣》とは、この場合は魔獣のことを指す。
モンスター。RPGである以上は必然と言っていいレベルで存在する、人間以外の凶悪な生物。
この『Cross Lord』の世界観では、モンスターは《魔物》と《魔獣》の二種類だ。
魔物は単純に怪物だ。いわゆるゲームの敵モンスターのイメージ*3である。
最大の特徴は、全身が完全にオドで構成されていること。サロスの診療所の番犬をしていた黒いモンスターなどがそれだ。肉体がなく、死ねば霧散して消えてしまう。
通常の生態系には組み込まれていないファンタジー生命体であり、人間が馴らすということができない。サロスの診療所にいた個体も術で縛られていただけだろう。
種類も豊富で、普通に獣のように見えるモノから、明らかに真っ当な生物じゃないだろというモノまで多種多様。ただしどいつも例外なく人間を殺しにくる。
まさしく典型的なモンスターというわけだ。
そしてもう一種が魔獣。
こちらはオドを持ってはいるが、同時に肉体も持っている。人間と同じく、通常の生態系の中にある生物で、生殖能力があり、人間に飼い馴らされることがある。
大元は《普通の生き物からの突然変異》だという説が根強く、実際に多くの魔獣はオドを持たない普通の獣と姿が似ている。魔物のように、明らかに普通の生物と姿の違う異形はほとんど存在しないが、オドを持つため特殊な能力や体の部位を備える。
獣車に使われるのはこの魔獣の側だ。
馬っぽいヤツもいれば、虎っぽいヤツや蜥蜴っぽいヤツまで多種多様。ただ体力や速度、快適性などは、魔獣だけあって普通の生き物より圧倒的に上だ。
小駮は中でも騎獣として名高い種で、人によく懐き賢く大人しく、忠誠心も高い。バリバリ肉食で、侮ればヒトを喰うこともあるが、普通に接する限りは安全だ。
あと強い。
刃物が通りにくいという種の特徴があり、ふさふさした毛は明らかに柔らかいにもかかわらず、斬撃や刺突の類いは理屈を捻じ曲げて防ぐ。魔獣としての能力だ。
「これが小駮か……。実物は初めて見たよ」
二頭が並ぶ小駮。その片方のサラサラした背中の毛を俺は撫でた。
生きた生物の体毛とは信じられない、上質な絨毯かと思うような異様にフワフワの毛並みだ。刃物も弾くが、汚れの類いも問答無用で弾くため小駮は綺麗なのだ。
撫でられることが気持ちいいのか、小駮は素直に俺の手を受け入れながら、ふんと鼻を鳴らしていた。二頭いるので、もう片方もしっかり撫でつつ手触りを堪能する。
と、そんな俺にアビ子がひと言。
「……何を言っとるね君は?」
「え?」
「小駮を見たことないって……そんなわけないだろう。どこにでもいるよ」
「――あ、そうだね。うん、勘違いだった」
「そんな勘違いする……?」
不思議そうに首を傾げるアビ子。ちょっと不用意なことを言ったかもしれない。
日本で言うなら、犬を見たことがないレベルの発言だろう。いや、この場合は車を見たことがないとか、そういう意味合いか。そんなわけがなさすぎる言葉だ。
幸いアビ子は、単なる冗談だと思ったのかすぐに流してくれた。
代わりにヤミが『マジかお前』みたいな目を向けてきたが、そちらは俺が流した。
「わあ。かわいいねえ、おにいちゃん!」
「ね、かわいい。ホントかわいい」
なんならティーもかわいいけど。小駮もかなり愛らしい生物だ。
反面、アビ子はあまり同意できないらしく、
「かわいいかな……? 結構こわいけどな……」
と首を傾げていた。まあ、アビ子の言いたいこともわかる。
なにせ見た目は結構むしろ迫力ある寄りだ。名前に反して体格はデカい*4し、丸太のように太い前足とそこにある巨大な爪は、人間くらい軽く真っ二つにしそうだ。
でも、なんか……綺麗なんだよな。
明らかに獣なのに、獣っぽさ――獣臭さがまったくない。オドによる清浄が働いて人間より清潔なところが、たぶん神聖な生き物っぽいイメージの演出になっている。
――ともあれ俺たちは荷台に乗り込んだ。
御者はヤミだ。俺も馬車――もとい小駮の獣車の扱い方は、今後のために習得しておくべきかもしれないが、今日のところは任せよう。
目指すは、ここから少し西に向かった学院都市インフィディア。
ゲーム序盤のメイン舞台であり、主人公やアロルドが通う術法研究院――エルピス学院が位置する、王国南西部では最も栄えた都市である。
※
思っていた旅とは、かなり違う旅程を経て目的の街に辿り着いた。
目的地で馬車から降りて、俺は二頭の
「着くの、早……」
別に大冒険を期待していたわけじゃないけれど、小駮が牽く獣車はかなりの快速で進み、小一時間と聞いていた行程を三分の二くらいまで短縮してみせたのだ。
自動車レベルとは言わないが、イメージする馬車よりは、まあ圧倒的に早い。
確か馬車って平均時速は5キロくらい、だったような気がするんだけど。
小駮の牽く獣車は、たぶんだが20キロ以上は絶対に出ていたと思う。まあ小駮が本気で走れば数倍は速度が出るのだろうが、車体が耐えているのが不思議だった。
いや、設定は知ってますよ。そりゃあね?
一種の魂術だ。獣車は運ぶ獣も特殊だが車体のほうも特殊で、術により《移動では壊れない》という概念的な保護をかけられるのだ。木製の車体が、金属製の自動車もかくやという強度を持ち、魔獣による高速移動の物理的問題を解決する。
保護は内部に乗っている人間にもかかるため、風圧の抵抗といった問題は、車内にいる俺たちには及ばない。実際、現代の日本車にも劣らない快適な乗り心地だった。
まあ要は《魔獣が牽いても大丈夫》というフレーバーの現実化というわけだ。
だから別に移動以外には強くない。猛スピードで移動しても車軸が取れたり連結が外れたりは絶対しないが、たぶん俺が蹴っ飛ばしたら普通に壊れる。
「うーむ。さすが小駮の獣車。高いだけのことはあるね……」
「そうなの、アビ子おねえちゃん?」
「そうだよ。小駮は高い。移動用の魔獣として最高ではなくても最適だから。ぼくもなあ……もう少しお金があれば正直、一頭欲しいよなあ……いや世話が無理か……」
「そうなんだっ!」
なんてアビ子とティーの会話を尻目に、俺は思わず目を閉じていた。
――いや旅が快適すぎる。
あっという間に着いちゃったって。
この世界での遠出ってそれなりに覚悟がいるのかなと思っていたんだが、そんなのまるで必要ないらしい。
いや、まあティーだって同行してるし、安全安心に越したことなど何もないけど。
俺が物語の主人公なら、辿り着くまでの間にイベントのひとつやふたつは起こるんだろうな……みたいなどうでもいいことを、ちょっと考えてしまった。
さすがは悪役貴族だ。いや、もはや悪役貴族感も、ほぼないに等しいけれども。
ともあれ、そうして辿り着いたのが――。
「これだから貴族は。けっ」
「まあ、そう言うなよ……と言いたいとこだが気持ちはわかる」
目の前の建物を眺めて毒づくアビ子に、思わず俺は苦笑した。
その横では、ティーが楽しそうに目を輝かせて、目前の建物を見上げていた。
ここまで俺たちを案内したヤミが、俺たちに振り返ってこう告げる。
「というわけで。――インフィディアにあるラヴィナーレ家の別邸です」
「どこ行ってもお屋敷あんのか、ウチって?」
そう。宿とか取れるのかな、なんて考えは俺の杞憂で、我が実家はこの街にまで、しっかりと屋敷をひとつ持っていたのである。
知らなかった。インフィディアに屋敷があるならもう学院だってここから通えるのだが、原作ではわざわざ寮で暮らしていた辺り、もはやアロルド本人ですらちょっと引いていた説まである。屋敷ばっか建ててんじゃねえよ無駄に。これだから貴族は。
幸い――というのもおかしいが――イースティアの屋敷と比べれば明らかに小さいサイズだ。あっちが大豪邸なら、こっちは豪邸くらいのランクと言っていい。
無駄に横長だったあちらのお屋敷と比べ、面積的には半分未満か。
二階建ての、モダンな雰囲気の洋風建築だ。モダンな雰囲気の洋風建築――という言葉があまりにも異世界にそぐわないが、俺の語彙力ではその説明が限界だった。
向こうの屋敷が広大さと華美さをメインとするなら、こちらは落ち着きある静かな雰囲気を売りにしたイメージ。
だから空気としては、こちらの屋敷のほうが俺の好みには合っていると言える。
「俺、今日までの行動範囲、マジで家ばっかだな……」
仮にも異世界転生をしておいて、行動範囲が屋敷→診療所→また屋敷なのは何かが間違っている気がする。普通ならもっとダンジョンとか遺跡とか神殿とか、そういうところに出向くべきじゃなかろうか。いったいどうしてこうなったんだ?
「私はギルド*5に獣車を預けてきますので、アロルド様は先に屋敷へ。ティーヌは私を手伝ってください」
「はーい!」
さっそく仕事を仕込むつもりらしいヤミが、ティーを連れて再び獣車に乗り込み、繁華街のほうへ戻っていく。そのままティーを教会の冥術師に診てもらう手筈だ。
現代日本感覚だと病院に行くのは時間がかかるイメージなのだが、冥術があるこの世界では治る傷病なら一瞬で治るため、日常的に混むイメージはないらしい。
無論、なんでもかんでも一瞬で治るわけではないから、入院施設を兼ねる教会治療院も存在してはいるが。
屋敷の前に残された俺とアビ子で、下ろした荷物を運び込む。大した量はない。
こちらの屋敷も郊外寄りの立地になっており、繁華街からは少し遠い。
ヤミから預かった鍵で、俺は屋敷の正面玄関を開いた。
まだ陽は沈んでいないものの、締め切られた屋敷の中は少し薄暗い。現代みたいにスイッチひとつで点くような明かりがないのは、明確に異世界が不便なところか。
とはいえ構造が左右対称じゃないだけでも、割と《家》感が増す。
それでもだいぶ豪邸だが、あちらの屋敷のように使い切れないほどの部屋数があるわけでもないから、こっちのほうが落ち着けそうだ。
シックで静けさに満ちた洋館は、夜なら幽霊くらい出そうな趣きがあった。
「いいね。こっちのほうが俺は好きかも」
「……うぅん……?」
なんだかんだテンションが上がってくる俺。
だがその隣で、何やらアビ子は微妙そうな声を上げた。
「あれ。どうしたアビ子、気に入らないのか?」
「いや……そういうんじゃないんだが。ごめん、ただの気のせいかもだ」
「うん?」
何が? と思う俺だったが、言っているアビ子のほうも首を捻っている。
そして結局、自分の中で片づけたのか、改めて荷物を持ち上げると彼女は言った。
「さっさと入ろう。部屋を決めるんだろ?」
「うい」
頷き、改めて周りを見る。
正面玄関から入った先は広めのホールになっていた。上を見渡すと吹き抜けの先に二階の廊下が見える。入口から右手側は細い廊下になっていて、その先は左に折れる曲がり角だ。逆に入口から左手側には、広めの通路と、そして二階へ続く階段。
全体的には、ざっくり逆L字の屋敷という感じらしい。
ひとまず入口から左手側――階段のほうの通路を進む。
そちらを向くと階段が左手側、つまり逆L字の底の辺りにあり、その正面、つまり右手側は書斎のようだ。さらに奥にはいくつか部屋が並んでいる様子。
「客間っぽいな。アビ子、好きな部屋を適当に選んでくれ。俺は二階を見てくる」
「わかったよ」
そこでアビ子と別れて俺は二階へ。
イースティアの屋敷より、全体的に木材の趣きをしっかり残したこちらは、階段の床板がわずかにぎしりと軋む。
そのまま二階に進むと、こちらにも部屋がいくつか見えた。
「二階は、一階より狭いのか」
右側は吹き抜けを過ぎた先が行き止まりになっている。
要するに二階は、逆L字で言う横線部分しか存在しないということだ。
俺はひとまず階段正面側にある扉を開いてみる。
ほかに三つある扉は全て左手側だから、この正面の部屋がいちばん広そうだ。
がちゃりと扉を開いて、中へ。
窓が締め切られているのか、真っ暗な部屋に一歩だけ踏み入る。
――淡く、けれど目に眩しい青白い光に包まれたのは、その瞬間だった。
「へ?」
間抜け丸出しの俺の声。
それは暗い部屋が青白く光ったことで見えた光景が原因だった。
わかったのは、そこが本棚に囲まれた書斎であること。
書斎の中の本が散らかっていること。
そして床の真ん中に
――さらには俺が踏む真下の床に、明らかに魔法陣みたいな紋様が浮かび上がっているということだった。