自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
「――ほぉおおおおぉおぉぉっ!?」
絶対これマズい! という直感から、だいぶアレな悲鳴が口から漏れた。
だが、できたことはそれだけ。悲鳴を上げるだけで、足元に発動する術を躱せるのなら誰も苦労はしなかった。
かくして術は成立し、足元から立ち上ってきた青白い光の縄のようなものが、俺の全身をかんじがらめに拘束してしまった。
「こ、拘束の
あらかじめ刻まれていた命術陣が反応し、それを踏んだ俺を捕らえたのだろう。
野郎の触手プレイ。誰得だよ本当。
「クソ、こういうのはアビ子が引っかかったほうが需要あるでしょ!?」
「――んみゃ?」
いきなり捕まった衝撃でよからぬことを口走る俺。
その目の前で、暢気に寝こけていた少女がようやく目を覚まし、
「んん……何やら朝から喧しめ。汝は今何時とお思いかとぉ……」
「午後五時だよ! そろそろ太陽も沈むトコだよ!」
「ほえ?」
かなり間の抜けた声を零し、目をこすりながら少女がこちらを見た。
ぺたりと、いわゆる女の子座りの体勢で、目を擦りながら俺と目が合う謎の少女。
もさもさと長い、初雪のような真白の髪がゆったり流れた。
重そうな瞼が開かれ、その奥にある金と赤のオッドアイが俺を見据え――。
「……っ、お前は……!?」
「あらら侵入者ですか。危ない危ない」
「――いや侵入者はお前な!?」
無駄にぽやぽやした口調の少女だった。
格好もだらしなく、布地の薄い肌着は右肩がずり落ちてしまっていた。
背も低く、小柄なヤミすら下回りそうな一方、ちょっと上側が覗けてしまっている胸元は、驚くほどに豊満だった。――ていうか隠してくれんか本当。
「……ふむ。追手ですかね?」
と、その少女は何やら剣呑なことを言う。
凄まじい足音が階下から響いてきたのはそのときで、
「――アロルド! 大丈夫かい!?」
おそらく俺の悲鳴を聞きつけたのだろう。
聖剣を携えたアビ子が、部屋に飛び込んできて――そして叫んだ。
「――なんのプレイ!?」
「節穴すぎるぞ、お前の目!」
「ていうか、誰!? これ!?」
「そっち先だろ普通はよ」
もうなんか突っ込んでしまった。
とはいえどうしたものか。
おそらくだが、――俺は目の前の少女に心当たりがある。
そのヴィジュアルと、そしてこの能力。
わからないのはここにいる理由で、俺の知る限りいるはずがないんだが、とはいえここまで特徴的なら別人だとも考えにくい。
「っ――とにかく、まず助けるね」
アビ子は警戒しつつも、ひとまず俺を絡めとる光の縄の拘束を斬った。
その間、オッドアイの少女はこちらを観察するように無言のまま動き出さない。
ただアビ子が簡単に拘束を外したことには驚いたのか、
「おぉ? あやー。そんな簡単に、あらららら。びっくり仰天」
ちっとも驚いた感じのしない口調で、そんなことを言った。
アビ子は不審そうに目を細めつつ、俺からも距離を取りながら、剣を少女に向けて少しずつ近づいていく。
「……あんた誰?」
訊ねたアビ子に、――腹の虫が答えるように鳴った。
ぎゅるるるるる……とお腹を鳴らす少女。彼女はいやあ、と頭を掻いて。
「空腹の人です」
「何を言ってんの?」
「腹を、すかせ、てるって言ってんだろな……」
小さな声で俺は呟く。
なんだか緊張感のない少女だ。
だが彼女は、その眠そうな目をまっすぐアビ子に向けると、それから。
「ふむ。綺麗に斬れすぎだと見ました。オドではなく術式そのものへの概念的な強制干渉――話に聞く聖剣ソルクレイヴの能力ですね」
「――!」
「さてはあなた、当代のアラスター=ウィンベリーの子孫ですか。なるほど」
――少女はごく簡単に、アビ子の正体*1を言い当てた。
凄まじい洞察力と、そして知識だ。俺が設定厨知識という反則で言い当てたのとは違い、彼女はアビ子のことをまったく知らない状態でゼロから当てている。
これは……まずいか?
彼女がもし、俺の想像通りの相手であるなら。
「ふぅ。では手抜きはいけませんね。わたしもですが、あなたもですよ」
「な、何を――」
「そこまでの能力があるなら、断つべきは術ではなく陣のほうです。これ本当に」
瞬間。
再び陣が――今度はアビ子の足下で輝き出す。
「くっ――!?」
だがアビ子もさるもの。咄嗟の反応で、術の発動前に床を斬りつけそれを防ぐ*2。
たぶん最初は屋敷を傷つけるのを遠慮してくれたのだろう。
だがそんなアビ子の優しさなど、どちらでも同じと言わんばかりに。
「まあでも。――届きませんよね、天井には」
「待、――くあっ……!?」
瞬間。アビ子が勢いよく床へと倒れ込んだ。
その衝撃で剣が床を滑る。だがアビ子はまるで天井から見えない力で圧し潰されているかのように、動くこともできず俯せに抑え込まれていた。
いや。事実としてこの部屋は、天井にまで命術陣が仕込まれていたのだ。
床の一発目はブラフ。視線を下に誘導し、天井からの命術を不意打ちに変えた。
「く、この……っ!」
歯噛みするようにアビ子が呻くが、剣がなくては術から逃れられない。
だが充分だ。アビ子は充分すぎるほど時間を稼いでくれた。
相手の意識がアビ子にさえ集中していれば、――俺にもできることはある。
「――手を挙げて、動かないでくれないか。あと術も解いてやってくれ」
オッドアイの少女の
いや本当、――借りっ放しでよかった《
「そのナイフの魂術ですか?」
「ああ。気配が消せる。意識がこっちに向いてたら使えなかったけど」
「ふむ。いつの間にやら解放令を。お見事ですなー」
パチパチと少女は手を叩く。やはり焦っている様子はない。
まるで、この状況からですら逆転する手段はいくらでもあると言わんばかりに。
それでも俺は言った。
「投降してくれたら手荒な真似はしない」
「そうですか?」
「ああ。なんなら飯を出す。宿も提供しよう」
「…………え、マジで?」
「マジマジ。お前、勝手にここに住んでたんだろ。このままいてもいいぞ」
「乗りますありがとうご飯にしましょう大好き結婚する?」
「うぉわぁ抱き着くな! 人生の全てを預けるまでが早えよ!?」
薄い布越しにむにゅりと押しつけられる感触に、思わず俺は叫んだ。
その視線の奥では、すでに術が解かれたのか、起き上がったアビ子が不審そうに。
「ちょ、ちょっとアロルド。いいのかい、そんなこと言って……」
「え? ああ、いいよいいよ。こいつがその気だったら俺ら死んでるしな」
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
「悪い奴じゃないと思うよ。おかしな奴ではあるけど。てかそろそろ離れろ……!」
だが事実だ。コイツは結局、殺傷性のある命術をひとつも使っていない。
使った術は全て対象を拘束するもの。もしそれが攻撃だったら、俺たちはとっくに殺されていただろう。
ともあれ俺は、急に懐いて引っついてくる少女を剥がしながら名前を名乗る。
「ったく……俺はアロルドだ。アロルド=ラヴィナーレ」
「……ラヴィナーレ?」
「名前に引っかかるのはわかるが、今さら約束は反故にしないでくれよ。お前は?」
「ふむ」
こくり、と素直に頷いて。
背の低い少女は、見上げるようなこちらへ名乗った。
「わたしはクラウディア。クラウディア=ミュールマイスターです」
――やっぱりか。
という感情を顔には出さないよう気を払って、俺は答えた。
「……そっか。よろしくな、クラウディア」
「呼ぶときはクラウでいいですよ、ご主人様」
「呼ぶときはご主人様はやめてくれ、クラウ」
真白の髪に赤金のオッドアイのトランジスタグラマー*3。
類稀な命術の才能と、明らかに豊富と思われる戦闘経験。
間違いない。
この子、
×
ヤミ=ダウナーは思わずこめかみを押さえた。
ほんの少し目を離した隙に、また主人が人を拾ってきたからだ。
「うまー。いや久々のご馳走です。ホントありがとうですアロルド氏。命の恩人」
「はは。そりゃよかった」
何もよくないのに笑っているアロルドの顔面に、一発叩き込みたくなるが。
まあ、この人のことだ。わからないことだらけの主だけど、それなりに思うところあっての行動なのだと信じておく。
現在、突然現れたクラウディアとかいう少女を含めた一行は、五人で近くの酒場に行き、早めの夕食を取っていた。
今日は昼を抜いているからちょうどいいが、なぜそこに知らん女がひとりいるのかという点については、あとでじっくり聞き出したいところ。
「…………」
ヤミは押し黙って、静かにクラウディア=ミュールマイスターを観察する。
知らない名だ。少なくとも有名な存在ではない。
だが、アビ子やティーヌとは比べ物にならない問題が、この少女には存在していることをヤミは悟っていた。
すなわち、――
直感ではある。だが同時に確信でもあった。
ヤミはアロルドの護衛だ。だからアビ子どころかティーも含めて、その気になれば制圧できる、という冷静な戦力判断を下している。
まあもちろん、人格的に敵にはならないと思っていることは大前提なのだが。
それらの点で言えば、クラウディアは論外だった。
いや。下手をすればヤミより遥か上手の戦闘能力を持つ可能性まである。
そもそも勝手に屋敷を使っていた時点でアウトなのだ。怪しすぎる。
可能ならさっさと放逐してしまいたいが、主人であるアロルドから止められては、もうヤミには何もできない。最悪は命を捨ててでも――という覚悟こそあるが、その覚悟がクラウディアに通じるかどうかからして、正直そもそも怪しい。
なにせ、こうしている今も――食事中でもクラウディアには隙がないのだ。
いや正確には違う。彼女自身は隙だらけだ。身体能力はそれこそ引きこもりの少女としか言いようのない脆弱さで、下手したら腕相撲でティーヌにも負ける。
だが、彼女は明らかに通常時から、いくつもの術式をその身に纏っているのだ。
そしてその正体が、ヤミをしてまったく掴めない。
おそらく自動防御や迎撃の類いだろうが、体中に仕込まれているだろうそれらを、詳しく読み解くことができない。見たこともないほど高度な命術が使われている。
ヤミにわかるのは《たぶん何かあるな》が限度。
逆を言えば、そこまでは意図して伝えているのだとすれば、おそらく命術の技量でヤミは足元にも及ばない。本当に術があるのかどうかすら正確にはわからないのだ。
だがヤミは確信していた。
クラウディアは、間違いなく英雄クラスの術師だ。単身で戦場の趨勢すら変え得る能力を秘めていると見ていい。
「ふぅ。ご馳走様でした。満足です」
「口の割にぜんぜん喰わねえじゃんコイツ……超小食じゃん」
「この小さな体に量が入るとお思いで?」
「まあ、それはそうだけど」
「あとほら、……なんか人がたくさんいるところで食事するの、アレなんで。わたしいつもひとりですし。あ、なんか溶けそうになってきた……おえ、きもちわるっ」
「吐きそうになってない!?」
「食べすぎました」
「あれで!? ティーより食べてないぞお前!?」
当の本人と当の主は、アホなやり取りしかしてないけれど。
すっと隣のアビ子に目を向ければ、彼女は小さく頷いてヤミに答えた。
「……うん。たぶん、ものすごく強い、この子」
「書斎の中に命術陣を大量に張っていた、という話でしたが」
「あー取りましたよそれ。すみませんね本当ねー。行くとこもお金もないものでー」
ヤミとアビ子の会話を聞きつけたのか、クラウディア自ら会話に入った。
ちょうどいいか、とヤミは訊ねる。嘘をつくならつくで、考えようはあるのだし。
「なぜ当家の屋敷に?」
「空き家だと思ったんですよぅ。誰もいなかったし。綺麗だったし。あと本いっぱいあったし」
「途中から空き家じゃない証拠になってますが」
「でも空いてたので……」
「閉まってましたよ。鍵は」
「ご、ごめんなさい……アロルドさん、アロルドさん。このメイドさん怖い……」
「わかる。逆らわないほうがいいよ。ウチでいちばん偉いから」
「みたいですね。ちょっと媚び売ってきます。任せてください得意ですよ」
「…………」
「ところでヤミさん美人さんですね? とてもかわいいです」
「…………」
「……あれ。あ、あの……ごはん食べます? 美味しいですよすごく……」
「…………」
「アロルドさん、アロルドさん! 通じませんでしたっ!! あまりにも目が怖い!」
「下手だったな……予想より遥かに」
「ばかな。わたしが同じこと言われたら舞い上がってますよ」
「それお前ががちょろいんだよ」
「そんなはずはありません! わたしはこれでもガードの固い女です」
「そうだね。すごいね」
「え? そうでしょう? えへへへ。もっと褒めてくれてもいいんですよぉ、もぅ」
「ほら、このごはんも奢りだよ。もっと食べる?」
「奢りすごい……。ごはんくれる素敵……アロルドさんカッコいい……! でももう食べられないのでお持ち帰りにしましょう。わたしのことも持ち帰ってください」
「ちょろすぎだろお前。アビ子以下か」
「なんでぼくが引き合いに出されるんだい!?」
「…………」
――なんかもう頭痛くなってきた。
と、メイドはそこで、考えるのをやめることにした。