自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
もちろん考えあっての行動である。
――いいんですよね? 信じていいんですよね?
というヤミからの無言の圧にはもちろん気づいていた*1。だが彼女とここで出逢えた幸運は、ちょっと手放せない。
俺にはクラウディア=ミュールマイスターに構うべき理由があるのだ。
「はぁ……ここは人が多いですね……。人の多いところは苦手です……」
まあ当の本人は、多くの人間に囲まれるのが苦手らしく半分くらい溶けていたが。
別に視線を浴びているわけじゃないと思うんだけど。ゲーム本編じゃ後半まで正体不明の謎の人物として暗躍していたのだが、その理由はもしかしてこれなのか?
もしそうなら、結構がっかり系の真相かもしれないな……。
「なあ――」
「ふむ。そろそろわたしは失礼しましょうかね」
と。俺が話しかけようとしたところで、機先を制するようにクラウは言った。
「いやいやいやいや待て待て待て待て」
「なんですか財布」
「財布!? 今、俺のこと財布って呼びましたか!?」
おいショックすぎるがそれ。
いや、そりゃ会ったばっかだけどさ。その呼び方、フツーに心に来ますマジ。
「すみません、ナイフの間違いです」
「いやナイフって呼び方だとしてもおかしいけどね?」
「でもナイフは持ってたじゃないですか」
「だとして何?」
「ご主人様とは呼ばれたくないとのことなので、気さくなあだ名でもつけようかと」
「奇抜なあだ名ではあったけど」
「まあまあ。気楽にいきましょうよ」
「気軽に言うなよ」
「奇妙なコトを言いますね?」
「奇遇だな。同感だ」
じゃなくて。そんなことはどうでもよくて。
俺はかぶりを振ってクラウを引き留める。
「まあ待て。待ってくれ。そもそもどこに行こうとしてるんだ?」
「そりゃ家主が帰ってきた以上はいられませんから。またどこか寝床を探しますよ」
「だから、別にウチ泊まってていいって」
「アレ本気で言ってたんですね。――やっぱり」
ふるふると、小さくクラウは首を振った。そして俺の顔を見上げると、
「まあ、そうなんでしょうね。そんな感じしました。……だからこそ留まれません」
「クラウ……、お前」
「わたしはこれでも逃亡中の身ですから。匿うのはやめたほうがいいですよ。あなたたちが優しいのはわかったので、これ以上は迷惑をかけられません」
「いや、……でも」
「――そちらの剣士さんとメイドさんは気づいてますよね?」
ふとそこで、クラウは俺ではなくアビ子とヤミに話を振った。
なんのことだと目を向けた俺に、ヤミはわずかに俯くように瞑目して。
「アロルド様。――リアクションを取らずに聞いてください」
「な、何……?」
「
「――っ!?」
瞬間、心臓がドクンと高く跳ねた。
ヤミは一切態度を変えず、ただ淡々と小声で告げる。
「表情を強張らせない。それくらいなら俯いてください。そして体を緊張させず力を抜く。気づいたことを気取られます」
「――――」
「よろしい、上出来です。脅すようなことを言いましたが、こちらを監視してるのはほとんど素人のようですから、そうそうバレないとは思いますよ。ご安心を」
俺は一瞬だけティーのほうを見る。
幼い少女は薄く笑って、俺に向けて手を振ってみせた*2。――まったく余裕がある。
あまりにも賢い少女だった。俺がいちばん見習うべきはティーかもしれない。
「そもそも、こうも簡単に監視を気づかせている時点で三流未満です。特別な訓練を受けたような人員でないのなら、そこまで気にする必要はないかと」
「ていうか見てるのはぼくらじゃなくて、君――クラウディアのほうだろ」
「……なんでわかったんだ?」
ヤミもアビ子も、自分たちが監視されていることにあっさり気づいている。
その理由を訊ねた俺に、ふたりは口々にこう答えた。
「視線です」
「肌感かな」
「オッケー俺にできないのは理解した*3。……これがお前の追手か、クラウ?」
「だと思いますよ」
クラウは余裕な様子で、グラスを手に取って軽く呷った。
自分をつけ狙う存在に見られていることなど、意にも介していないようだ。
「ね? こんな奴と関わり合いになるのはよろしくないですよ。ここで別れとくのが無難だと思いませんか、実際」
「……こうなってる時点で手遅れじゃないの?」
「まさか。あなた方はわたしの事情なんて何も知らないでしょう? そこにいちいち構ってるほど向こうも暇じゃない。ここでサヨナラなら話は終わりですよ」
クラウは真剣な口調だった。
さきほどまでの間延びしたような口調が鳴りを潜め、まっすぐな目で俺を見る。
「正直、最初は少し疑ってたんですよ。急に来るし名前はラヴィナーレだしなんならずっと胡散臭いし。ここへ来たのは出方を窺うためでもありました」
「……胡散臭いって、お前に言われるのはなんだかな」
「胡散臭いじゃないですか。……そんな胡散臭い奴に親切にしてくれる奴は」
「…………」
確かにこれは、彼女の言葉のほうが正論かもしれない。
俺から見たクラウは、勝手に屋敷を占拠していた得体の知れない命術師だ。そんな彼女にわけもなく親切な時点で、疑われてしまっても無理はないだろう。
アビ子とは違って、クラウはまったくちょろくはなかった。
「でもわかりました。どうやらアロルドさん、あなた本当にただのいい人みたいですね。見ず知らずの人にこんなに親切にしてもらったのは、生まれて初めてでした」
「……お前……」
「ありがとうございます。そして、だからこそこれ以上は巻き込めません」
「…………」
「勝手にお屋敷を使わせてもらっていた点は申し訳ないです。ごはんもごちそうさまでした。今のところお礼はできませんが、この件はご恩として忘れないでおきます」
――だから、これ以上は関わるな。
クラウから告げられる最後通牒を俺は聞かされる。実際、そうすべきなのだろう。
俺に、このクラウの言葉を無視できるほどの
「……これからどうするんだ、お前は。見つかったんだろ」
「そりゃあ、こんなところで暢気にご飯食べてたら見つかるでしょうね」
「それがわかってて……それでもついて来たのか?」
「……別に、この程度は窮地でもなんでもありません。信じられないかもしれませんけど、これでもわたし、そこそこ結構強いので。この程度の連中は簡単に撒けます」
「――――」
強いというのは事実だろう。なにせクラウは、このゲームのラスボスのひとりだ。
ゲーム要素を無視した設定面だけでも、彼女の強さは一線を画している。
おそらく今の段階でも、その気になればこの酒場にいる人間を一瞬で皆殺しにすることだってできるはず。そういうレベル*4で、クラウは一段階、次元が違う。
だが彼女は。
彼女は、それでもここにいる――。
「このままずっと、逃げ続けるつもりなのか……?」
「どう、でしょうかね。できたらわたしもこの街にいたかったですが――見つかってしまったものは仕方ないのでは?」
「…………」
「運がなかっただけですよ。ああいえ、わたしにしては、割と長い自由でしたかね」
ゲーム『Cross Lord』には、大まかに三つのルートが存在した。
ルートが三つしかないという意味ではない。主人公が選んだヒロイン次第で細かく分岐するが、大筋の物語で3ルートに分けられる、という意味である。
それぞれ《冒険者ルート》《学院ルート》《教会ルート》と呼ばれていた。
公式ではないファン呼称だが、主人公がメインで関わる人間がどこの所属なのかという点で、大まかな分け方として半ば公式化している。
英雄になる夢を追う主人公の冒険活劇譚として最もスタンダードな冒険者ルート。
身分を隠す王族の部下として歴史探求に乗り出し隠された真相を知る学院ルート。
クラウはこのうち、教会ルート以外の2ルートで事実上のラスボスとなる。
だが彼女がシナリオに深く関わってくるかというとそれは否。むしろ彼女はかなり長い時間を《正体不明の敵の親玉》として扱われる。
印象としてはRPGによくある《最後で急に現れるぽっと出のラスボス》みたいなイメージが近いかもしれない。いや、クラウ自体は中盤から出てくるのでぽっと出というわけじゃないのだが、シナリオで主人公たちとの絡みがないも同然なのだ。
なおラスボスにならない教会ルートでは、なんと登場すらしないで消息不明だ。
正直、彼女を《魔王にしよう》として動く悪の組織の幹部たちのほうが、キャラとしては圧倒的に濃い。シナリオ的なボスはむしろそちらだろう*5。
一説には《本来はヒロインだったが大人の都合でカットされた》なんて噂も流れているほどである。結局、リメイク版でも彼女のルートは描かれることはなかったが。
そんな彼女の正体は、悪の組織によって調整された《魔王候補》の完成品だ。
組織による人道を無視した悪辣な人体実験の犠牲者。
この正体自体は、冒険者ルートのメインヒロイン*6がその失敗作として逃走してきた少女であるため、割と早いうちに明らかになる。
命術の天才。人為的に創られながらも再現性のない《七代魔王》。
最後まで組織にいいように扱われ、魔王と化した直後に討伐される悲しき少女。
メインヒロインである《選ばれなかったから救われた少女》と対比されているかのような、まさに《選ばれてしまったがゆえに救われなかった少女》である。
――ならばなぜ。
その彼女が今この街にいるのだろう。
「ひとつだけ聞かせてくれ、クラウ。お前、なんでこの街に逃げてきた?」
「……別に。たまたま逃げた先がここだっただけです。選んだわけじゃないですよ」
嘘だ。そう直感した。彼女は、自ら選んでこの街にいるはず。
実際さきほども、できたらここにいたかったと口を滑らせているのだから。
その理由を俺は考えた。
それ以外に、彼女を引き留める方法が思いつかない。
だって俺は説明ができないからだ。自分が知っている設定知識を前提に、クラウを説得することはできない。なぜそれを知っているのか説明がつかないからだ。
だから理屈をつけろ。設定から考察して自力で当てろ。
なぜいないはずの彼女がここにいる?
クラウがここにいる、ということが仮に原作通りだとすればどういう理屈だ?
――そう。そもそもラヴィナーレの屋敷にいたことがおかしい。
彼女は誤魔化していたが、あの家はどう見たって空き家なはずがなかった。誰かが利用していたことは明らかである。彼女はそれをわかった上であの家の書斎にいた。
そして本を読んでいた。
この学院都市にある学校の教科書を、だ。
おそらく彼女のレベルなら、読む必要などない初級の教本。
それが置いてある家に住んでいた理由は――この学院都市にいた理由はひとつ。
「学院に……通いたかったのか、お前?」
「……なんで当てるのやら。恥ずかしいから秘密にしてほしかったです」
「――――」
原作で、クラウが学院に通っているシーンはない。
彼女は敵の組織の中で、組織の目的のために動いていただけだ。ゲームの中盤以降――アロルドが死ぬまで登場すらしない。
もしそれが、
「俺はあの学院に通ってるんだ」
「え、自慢……?」
「違えよ。お前も入学して来いって話。先輩として歓迎するぜ」
まあ実際には通った記憶などまったくないんだが。
それはいい。学院のことなら、設定厨知識でカバーできる範囲だろう。
「できるだろ別に。連中をひっ捕らえて教会につき出せば、お前はそれで自由だ」
「いったい何を言ってるんですか。また次の追手が来るかもしれない」
「来ないかもしれない。来たらそのとき追い返せばいい」
「わかってない。……わかってないんですよ。連中はそんなに簡単な奴らじゃ、」
「――お前を追ってるのは
「な――っ!?」
今度こそ、クラウは心底驚いたという表情で硬直して俺を見た。
アビ子が息を呑む音と、ヤミが吐息を零す音もする。だが今さら構わなかった。
悪いな、クラウ。俺は設定厨だから、お前の事情とかもう知ってんだわ。
本当なら――俺が主人公なら、ここからお前とパーティを組み、苦楽を共にして、時間をかけて絆を積み上げてから知ることなのだろう。
だが俺は設定厨の悪役貴族に過ぎない。事情は最初から知っているし、それを己のために利用もする。そんな奴の屋敷にいたお前が悪いんだ。
「な、な……な、なん……なん、で……それ、を」
「いや勘だけど?」
「勘!? 言うにコト欠いて勘っ!?」
「だってお前、捕まってた被害者って感じだしな。そういうのをわざわざ追ってくるような連中はだいたい爻印教徒だろ。どうやら正解みたいだな」
それっぽい理屈を吐き出すが、もちろん言っていることは適当だ。
こんなもの、ただ最初から知っていたことを語っているだけ。
それはゲームにおける悪の組織であり、この世界における犯罪や社会問題の大半で原因となっている邪教集団だ。
その目的に魔王の復活、あるいは新生を掲げる狂信者。
ゆえの
初代『Cross Lord』は全てのルートで、魔王復活を目論む
「つーわけで、知っちまったな。これで無関係とは言えなくなったわけだ」
「ば……ばかなんじゃないですか、あなた?」
「かもな。お陰で大変だ。ここは協力してコトに当たろうぜ」
「――どう、して……」
震える声音で、クラウが俺に理由を問う。
だが俺に言わせれば、それこそバカな質問だ。
「どうもこうもないっつの。だいたい嫌いなんだよそのファンタジー価値観」
「は……?」
「理由がないと、メリットがないと助けないみたいなの。関係ねえだろ、そんなの。俺がお前を助けたいのに理由なんかない。しいて言えばお前が好きだからだ」
「――――!?!?!?!?」「はあ?」「はあああっ!?」
なぜかリアクションが三つあったが、それらを無視して俺は続ける。
「戦ったとき怪我しないように気遣ってくれた。いっしょにメシを喰って楽しく話をした。それで充分だろ。ほかにいるかよ理由なんか、うるせえな」
もちろん俺にだって打算はある。ルート次第でラスボスになるクラウの動向は把握しておきたいし、爻印教に詳しい彼女から情報を得られれば値千金だ*7。
だがそんなことを俺は理由にしたくない。
たとえその理由がなくても、きっと俺は同じほうを選んだという確信があるから。
「……、わたしのことが、好きなんですか?」
「嫌いだったら言わねえだろ、こんなこと」
「……そうですか。アロルドさん、思ってたより変わり者なんですね」
ふぅ、と少女は呆れたように息をついて。
それから俺を見上げると、はにかみながらこう言った。
「そこまで言うなら。仕方がないから養わせてあげましょう」
「いや別に、養いたいとは言ってないよ?」