自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい   作:涼暮皐

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1-20『爻印教』

 俺たちは細かな作戦を立てて、そして行動を開始する。

 話し合いから数分後。俺はクラウとふたりで連れ立って店を出ていた。

 

 ヤミとアビ子はティーを連れて、先に屋敷へと戻っている。

 そちらについていった追手は一名だけ。逆に俺とクラウを追う追手は四名いる*1

 

「いいんですか?」

 

 小声で訊ねてくるクラウの、隣を歩きながら俺は答えた。

 

「あのふたりなら問題ない。俺より強いからな。ティーを屋敷まで送って安全を確保したら、さっさと倒してこっちに駆けつけてくれるよ」

「わたしが言ってるのは先輩のことですが」

「……先輩?」

「こっちはふたりです。つまり目撃者は先輩ひとり。高確率で強硬手段に訴えてくると思いますけど。……それでも本当に時間稼ぎをするんですね?」

「ああ。いざとなったら泣きながら逃げる」

「……わたし、足手纏いをひとり増やしただけなんじゃ……?」

「そういう趣旨の作戦だろ、そもそも。まあ安心しろ、知識だけはものすごくある。実戦経験がゼロなだけだ」

「安心できる要素がない……」

 

 そんな会話を小声で交わしながら、俺たちは徐々にひと気のない方向へ向かう。

 さすがは異世界、と言うのも少しおかしいかもしれないが。

 賑わう街の中心街を少しでも外れたら、自然がありのまま残っている。太陽は半ば沈んでおり、ここから先、暗がりで何が起きようと目に留める者はいないだろう。

 

「あのメイドさんとか最後までめっちゃ反対してましたし……」

「そうだな。とはいえ、言い出しっぺは俺だし。俺が命を張らねえと」

「……、ですか」

「まあ俺が死んだらヤミが暴走してお前に報復するかもしれないけど、その際は覚悟してくれ」

「なぜわたしを狙う存在が増えようとしているのか……。実は騙されてる……?」

 

 とはいえ、これは必要な策だ。

 俺とクラウは今やふたりきりの非常に狙いやすい状況である。

 要するに簡単なおとり(デコイ)ということ。

 

「こっちが気づいている、ってことは、まだ向こうに気づかれてないんだよな?」

「ええ。所詮は爻印(こういん)教の下っ端エセ術師ですからね。わたしは術で察知しましたが、それに気づかれるような下手は打ってませんし。もし気づかれてることに気づいたらそれも察知できます」

 

 さすがは未来の魔王。言っていることのレベルが違いすぎる。

 ただ実際、まだ魔王に至っていない今のクラウですら戦闘力は凄まじく高い。

 ざっくりヤミを20レベ、アビ子を10レベくらいと見るなら、おそらくクラウは60~70レベルくらいだと見ていいだろう。まあアビ子以外のゲームでのレベルはわからない*2から、ゲームとは関係ない適当な数値になるが。

 俺は……たぶん2、3レベだろう。よく言って。

 

「……すげえんだな、お前」

「どうですかね。むしろあそこにいたおふたりが気配だけで気づいてるほうがだいぶおかしいと思いますけど。普通できませんよ、そんなの」

 

 その辺りは、体を鍛えているアビ子&ヤミと、術を一点突破で磨いているクラウの違いというヤツだろう。クラウは術師としては強いが、肉体的にはたぶん俺以下だ。

 だからゲーム的なレベル評価なんて、実際はなんの指標にもならない。

 ゲームならレベル差は基本的に覆しようのない格差*3だが、ここは現実の世界だ。

 たとえば俺でも、クラウが眠っていれば害せるだろう。いや、眠っていたクラウに普通に返り討ちに遭いそうになったけど。ああいう準備がなければの話で。

 

「でも、やっぱそうだよね? 俺おかしくないよね? 気づかないほうが普通だよねアレ。ああいう能力って、どういう訓練したら身につくものなんだ……?」

「……それでなお自分の命を懸けてる人が、たぶんいちばんおかしいですけどね」

 

 横を歩くクラウがふと、ジト目で俺を見上げてきた。

 思わず目が合う。すると彼女は、少し照れたように顔を赤くして視線を下げて。

 

「……あの、それはそうと……、ですね?」

「うん、どした?」

「いやその。……ええと、わ、わたしのこと……その、好きなんですよね?」

 

 そう訊ねて、訊ねた瞬間にクラウは消え入りそうなほど肩を窄めた。

 確かにそんな話はしたなと、俺も頬を掻きながら答えた。

 

「いやあ、そう冷静に掘り返されると恥ずかしいけど」

「恥ずかしいのはわたしですが……」

「それもそうか。まあ、まるでひと目惚れしたみたいなこと言っちゃったもんな」

「そうですよ。……ん? え、あれ? ……まるで?」

「ああ。別にそういう意味で言ったわけじゃないから安心してくれ。俺もそこまでの節操なしじゃない」

「…………………………………………、しにたい」

 

 突如としてクラウが、頭を抱えてその場に屈み込んでしまった。

 

「あ、やっぱ勘違いさせてた?」

「あの言い方でそういう意味だと思わないわけないですけどぉ!?」

 

 ばっと顔を上げたクラウに涙目で睨まれる。

 オッドアイの両の眼が、それぞれ涙で潤んでいた。

 

「……すまん、そりゃ悪かった。いやでも、そんな風に聞こえるように言ったか?」

「何コレわたしが悪い流れ!? でもそうですよねわたしなんてちんちくりんだし!」

「いや、誤解するなよ。別にクラウに魅力がないと言ってるわけじゃない」

「ぽぁ」

「クラウはもちろんかわいいんだけど」

「くぇ」

「俺だって自分の立場は弁えてる。これでも貴族だしな。俺の立場からほら、女性に気軽に手を出そうとするのはよくないだろ。さっきのは普通に人としてって意味だ」

「……、……たぶん先輩はそのうち刺されると思いますよ女に」

「クラウが勝手に勘違いしただけだと思うけど。……てかクラウ、さっきからずっと気になってんだけど、なんで先輩って呼び方にしたんだ?」

「……学院に通わせてくれるんですよね? それを、信じることにしたからです」

「なるほど、……そっか。なら確かに俺は先輩になるわけだ」

 

 納得して小さく頷く。クラウも再び立ち上がって、俺を見て軽く微笑んだ。

 

「えへへ。……わたしはずっと、爻印(こういん)教の研究施設にいましたから」

「…………」

「歳の近い人たちと普通に過ごすような経験がなくて。だから、ちょっとだけ憧れがあるんです。なのでこの街に来て、学院を見てみようと思ったんです」

「……そっか」

「春休みでした」

「オチをありがとう*4

 

 軽く微笑む。それから俺はクラウに本題を振った。

 

「しかし、お前、アレだな。俺がお前にひと目惚れしたと思ってたってことは」

「そこ掘り返すんですぅ!?」

「いや、それでよくこの作戦に頷いたなと思って。お前こそよかったのか?」

「あ、ああ。この、――題して《若い男女、暗闇、茂み。何も起きないはずはなく》作戦ですか」

「そんな馬鹿みたいな名前はつけてないけど、まあそういうこと」

 

 要するに恋人を装ってわざとひと気のない場所に向かい、待ち構えて敵のほうから来るのを待つ――という作戦だ。

 これは俺がどれくらい時間を稼げるかに、作戦の成否がかかっている。ヤミたちが戻って来るまで時間を稼ぐと悟られる危険性があるため、やるなら即座しかない。

 

 という話とはまた別に、よく俺が惚れてると思った上でこの作戦に乗ったものだ。

 訊ねた俺に、クラウはこくりと頷いて答える。

 

「そうですね。ま、まあ……ほっぺにちゅー、までなら?」

「語彙の限界が『ほっぺにちゅー』なら二度とその覚悟持たなくていいよ。持つな」

「こんなに覚悟したのにです!?」

「だから言ってんの」

 

 まあ幼くして実験施設に送り込まれたのだとしたら、知識の幅はそんなものか。

 学院に入学が決まったら、ぜひ情操教育をしっかり受けてほしいところだ。

 現代日本なら受験とかいろいろあるが、この世界の術法学院は実力さえあれば別にいつでも入学できる。新学期まで一か月もない今からでも間に合うだろう。

 

 かくして俺たちは木々の茂る浅い森のほうへと移動していく。

 そして充分に身を隠せた辺りで、ここから本格的にクラウと別行動になる。

 

「よし、お前は隠れろ。俺がどうにか時間を稼ぐ」

「……本当に先輩が囮でいいんですか?」

「お前が相手じゃ姿を見せないかもしれない。餌にするなら弱いほう、だろ?」

「……死なないでくださいね」

「任せろ。時間稼ぎには自信がある」

 

 森の奥にクラウを見送って、それから俺は道へと戻った。

 ――敵は、それから一分も経たずに俺の前へと姿を晒した。

 

「おい。ちょっといいか?」

「――ん? ああ、別にいいけど。誰だ?」

 

 声をかけられ、俺は何でもないことのように答える。

 街のほうからやってきたのは、見知らぬ男がひとりだけだ。いかにも冒険者風の、つまりこの街ならどこにでもいそうな装いで、通りすがりとばかりの態度だ。

 

「いや。こんなところで何をしてるのかと思ってな」

 

 三十代くらいの男だ。薄ら笑いを浮かべているようで、その実、目はまったく笑うことなく静かに辺りを窺っている。おそらくクラウがどこにいるかを探っていた。

 

「何って、連れを待ってるだけだけど」

「待ち合わせか、こんなところで」

「違えよ。なんか急に催したって話でな、そっちの森ん中に行ったんだ。まあさっきまで酒場にいたから仕方ないだろ。別に飲んじゃいなかったんだが」

「そうか。その連れってのは女か?」

「あ? ……なんで今の説明で女だと思うんだよ。普通は男だと思わねえか?」

「……おっと。そりゃ確かにそうだ。いやすまねえな。さっきは女と歩いてるように後ろからは見えたんだ。別に深い意味はねえよ」

「そういうのは見えても言うもんじゃねえって。デリカシーねえのかお前」

「そうかもな。――で、その女はどこに行ったか答えてもらえるか」

「……ああ? なんでそんなに気にかかる? 別にお前に答える必要は――」

 

 ――その瞬間。

 男は、気づけば俺のすぐ傍まで近づいてきていた。

 

「悪いが拒否権はねえよ」

 

 首筋に、何か鋭利なものが添えられている。

 正面からこちらに向けて、男が短剣を向けて脅しにかかってきたのだ。

 

 ……時間稼ぎ、さっそく破綻したな?

 

「……、なんだお前?」

「訊いてんのはオレだ。状況わかってねえのか? それともわかった上でシラ切ってやがんのか……なあ? どっちか考えるの面倒でよ、体に聞いてもいいか?」

「……そうか。わかった」

「なんだ、答える気になったのか」

「いや。――クラウたちが言ってた通りだと思って、な!」

 

 その瞬間、俺はナイフを持った男の腕を両手で挟み込むようにグッと掴む。

 男はそれを悟った瞬間、俺を跪かせようとこちらに膝を突き出し――、

 

「――てめ、」

「《聖者の癒手(ホワイトハンド)》」

「ぎ、が――ぐああああっ!?」

 

 その膝打ちが俺の腹を撃つ寸前、こちらの冥術が先行した。

 いや、いいね。もう聖句の詠唱どころか名前すら言い切らずとも発動できる。

 

「問題は俺のメインウェポンが未だに失敗回復術ってトコなんだけ、ど!」

 

 言いながら蹴りを放って、男を茂みの方向へと弾き飛ばした。

 同時に俺自身も林の中へと飛び込んでいく。

 ――その寸前まで立っていた場所を、小路に沿って通り過ぎるように炎の球が過ぎ去っていくのを尻目にして。

 

「火の命術……たぶん今のは《火走(イア)*5だろうな」

 

 設定知識で命術を特定。――にしてもまったく話にならない。

 何をしたかも謎なクラウの命術とは、比べるべくもないレベルの一般術。まあ別に汎用性の高い一般術も決して馬鹿にしたものじゃないが、こんな夜中の不意打ちに、火を選んでる選択肢が馬鹿げている。いくら俺でも、そんなモノには当たらない。

 

 ヤミたちの見立ては本当に正確だった。

 敵の戦力は、――レベルとしては本当に低いものだ。

 

「それでも俺にしてみりゃ必死だが。――透かせ、《破希(やぶりき)》」

 

 魂術で存在感を消す。こういう夜の木陰では、かなり強力に働くだろう。

 その状態で俺は、木陰に同時に引きずり込んだ男の体を探った。

 

「ああ、くそ……ないな。()()()()()()か。ま、そう上手くはいかんよな」

 

 目当てのものをソイツが持っていないと確認して、俺はその場から離れる。

 ただ、そこで俺はひとつ失敗を悟った。

 さきほど火を放ってきた奴も含めて――辺りに敵の気配がない。

 

「……気配を隠したのはミスか。俺が隠れりゃ向こうも隠れるよな」

 

 いや、だが倒した男の持ち物検査は必須だった。仕方ないと思っておこう。

 

 ――というのもだ。

 ヤミ曰く、クラウを追ってあの店に来た連中の実力は総じてかなり低いものだったという。アビ子も同じ意見だったし、現に俺も戦ってみてそれがわかった。

 ()()()()()()()()()()()

 なにせ彼らが追っているのは魔王クラスの才能を持つ命術師だ。それを捕らえようと考えるなら、あまりにも戦力が足りていない。それはちょっと不自然すぎる。

 それを指摘した俺に、理由を答えたのはクラウだった。

 

 

     ※

 

 

「連中には、わたしを無力化する手段が、たぶんあるんです」

「というと……?」

「わたしの体には、ある術式が刻まれていましてね。それが命術《煉獄の蜘蛛(ヴィダム・クルゥ)》です」

「《煉獄の蜘蛛(ヴィダム・クルゥ)》……?」

 

 設定厨である俺をして、まるで聞き覚えのない命術。

 その効果を、かけられた本人であるクラウは端的に答えた。

 

「はい。まあ要するに、簡単に言えば解除不能の拷問用命術ですね。背中に刻まれた蜘蛛の紋様が発動した場合、凄まじい激痛に襲われて行動不能になるんです」

「……マジ、か。そんなものが、クラウに……」

「問題は、痛みの原因がオドの狂いだってことですね。つまり発動されるとわたしは命術の行使がかなり困難になります。まあ気合いで多少は使えますが」

「そう、なのか? 命術はオドを使わないのに?」

「同じですよ。三大術は基本は同時に使えませんからね、言ったらわたしは、自分のオドで自分を苦しめる術を使ってる状態になるって感じで。ほら、下手な術師が使う回復の冥術って痛いじゃないですか。あれをものすごく強くした版、みたいな」

 

 ……なるほど、と俺は頷く。

 それならよくわかる。俺の必殺技だから、現状。

 

「……とんでもねえ術だな」

「まあわたしは九割くらい無効化しているんですが」

「話が変わった」

 

 ならいいんじゃ、と考えた俺に、クラウは首を振った。

 

「九割ってのは発動までのハードルを高くしてる、って意味ですね。本来ならたとえ遠隔でも問答無用でしたが、わたしの場合は至近距離まで近づかれなければ基本的に発動できません。ですが仮に発動されてしまった場合は、普通にそこでアウトです」

「そういうことか……。解除はできない?」

「できたらしてますからねー。実力云々というより、これはもう解除のための正しい手段をかけた本人しか知らないって感じなので、手順が不明だとどうしようもない。たとえるなら失敗なしで百択を順番通りに並べ替えるようなもので。答え知らないと初めから無理な類いのものです」

「……なるほど」

「近づかれないと効かないってのも、別にわたしが何かしたわけじゃなく、そもそも術的抵抗値が高いからって理由ですからね」

 

 ――それから。

 と、加えてクラウはこうも語った。

 

「問題は。わたしの蜘蛛の紋様を発動することは、術者以外にもできることです」

「……それってつまり、クラウは連中が《至近距離まで近づいてきたらアウト》ってことか?」

「いえ、全員ではないかと。そこまでは量産できないはずですから。この手の呪いは分散しすぎると効力が落ちますし。おそらくは誰かひとり、連中の中に発動用の陣が刻まれた道具を持っている者がいるはずです。呪符か宝玉か、その類いを」

「なるほど。発動媒体がある、と」

「ええ。推測ですが効果範囲は五歩圏内程度。それ以上でも視認していれば無理やり使う可能性がありますが、その場合はさすがに効力が落ちるので、発動しても一瞬でしょう」

「じゃあ、そいつさえこっちで押さえれば――」

「――それをやるのは、あなたではなくそちらのおふたりでしょうが。はい、時間を稼いで合流し、媒介を持つ者さえ倒してくれれば、あとはわたしが終わらせます」

 

 倒した男の持ち物を確認したのは、それが理由であった。

*1
らしいが、もちろん俺には人数などわからない。

*2
ゲームではアビ子の初期レベルが13だった。敵キャラのヤミとクラウは不明。たぶん設定自体ない。

*3
まあスキル次第で低レベル攻略とか縛りプレイもできるけど、そういう例外を除いて。

*4
四月スタートな辺りは日本風システムだ、この世界は。

*5
一般的な火の攻撃命術。火走(ひばしり)。イア。上位術に《焔柱(レイオ)》《火焔葬(イレイア)》。

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