自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
最初の男は何も持っていなかった。手に入ったのはさきほど首元に突きつけられた一本の短剣だけだ。
言ってみればドロップアイテムだが、念のため同調を試みてみると、
【短剣/銘なし】
【■■■■■。■■――、購入から■■■/■■品/■傷人■――】
「あ、――いっ、づ……ぅ!?」
頭部に鋭い痛みが走り、俺は思わず頭を押さえた。
脳の中を、雑多な
……しかし、昨日から魂術の同調による解析を行うと頭痛が起きるんだが、これはいったいなんだ? 痛みは強いがすぐに引くから、そこまで問題はないんだけれど。
脳裏に浮かんだフレーバーテキストもなんだかおかしかったし。靄がかかっているというか、雑多な情報が断片的に、文字列で流れ込んでは溶けてったような。
まあ、少なくとも大した魂術が使えるような武器じゃないことは把握できた。
この世界の武器は、宿った魂が性能を大きく左右する。長く愛用され、積み重ねを経た武器はそれだけで強化されていく。使っていた人間の経験を武器が吸うわけだ。
例外は製作者か製法か――そのいずれかが特殊な《最初から強力な武装》だけ。
「……考えてみりゃ、いい術が使えるなら最初から使ってただろうしな」
拾った武器をポンと放り投げ、周囲に意識を向ける。
残る三人はどこにいるのか――それを探ろうとした俺の視界に、
「――――ッ!?」
突如として正面――街側の方角から、誰かが駆けてくる姿が見えた。
全身が黒尽くめの男だ。そのせいで姿が見えにくいが、その利点を捨てているかのように、隠れもせずまっすぐ駆け寄ってくる。
――黒は
白を象徴とする
どうやら連中も本気になったらしい。
偽装を剥がして正体を現した本当の理由は、暗闇の中での見えづらさを優先したのではなく、目撃者である俺を逃さないという宣言と見ていい。
そして男は、俺が潜んでいるすぐ傍までやってきて、横に薙ぐように剣を振るう。
「オラァ――ッ!」
「うお……っ!?」
ほとんど力任せに振るわれる剣が、俺のいる空間の少し前を掠めた。
「――そこか! いたぞ!」
「テメっ、さては適当かこの野郎……!」
俺が見えなくなった辺りを適当に攻撃することで、気配殺しの魂術を強制的に解除してきたわけだ。そういう強引な手法があるとは驚きだが、実際ちょっとまずい。
奴が接近してきた理由は、近接戦闘なら簡単に御せると舐められているから。
問題はそれが間違っていないことで、俺は歯噛みをしつつも後退して距離を取る。近距離で、武器を振るい合うような羽目になったら、勝てる自信がまったくない。
ひとまず障害物の多い、林の内側のほうへと俺は走った。
林とはいえ街の中心からそう遠くなく、背の高い樹はまばらにしかない。昼間ならそう簡単に隠れられないような場所だから、逆を言えば走るのに邪魔はない。
だが距離を取っても安全は買えない。
何よりこの男は、――少なくとも最初の男よりは格上だった。
俺の後ろを単純に追わず、むしろ立ち止まったまま構えを取って――。
「――《薙ぎ払え》、」
「まず……っ!!」
幸運だったのは、その解放令に聞き覚えがあったこと。
俺は咄嗟に踵を返して、開けた距離を詰めるべく再び襲撃者のほうへ走り出す。
「レッドテイル――!」
直後、夜を血染めにする真紅の刃が、横薙ぎに周囲の木々を斬り倒した。
たとえるなら紅に光る液状の刃。巨大な生物の尾のように、その赤が暗闇の最中、邪魔な木々を薙ぎ倒していく。
「ぐ……っ!」
かろうじて回避が間に合ったのは、その魂術を原作で知っていたから。
だから自分から距離を詰め、振り払われる赤い刃を潜るようにスライディング。
そして同時に口の中で、手にした短剣が持つ魂の力を起動する――。
「――《透かせ》」
スライディングから体を起こし、同時に《
もちろん大した意味はない。いくら暗がりでも、こんな目の前で姿を隠してはすぐ見つけられてしまいだろう。――だが今は、その一瞬さえ稼げればいい。
直剣《レッドテイル》。原作にも登場した武器で、ゲーム序盤ではなかなか頼りになる*1。なぜなら大抵の場合、初めて手に入れる範囲攻撃スキルの武装だからだ。
その広範囲の
現に男は、自ら放った魂術による範囲攻撃で、刹那だけ俺を見失った――!
一瞬が稼いだもう一瞬で、俺は正面に手を向けた。
ナイフを持つのとは逆の左手を、開いたまま翳して言葉を紡ぐ。
「《
「――な、に……っ!?」
詠唱に呼応して、掲げた手のひらから火の玉が迸った。
剣の振りに指揮され、紅いエフェクトの刃が通って広くなった林。その中で体勢を低くして、斬撃を潜った俺は敵の視界から外れた。
敵はその一瞬の消失を警戒し、身を固めての防御を選択した。俺を見失った直後に不意打ちを警戒した判断力は見事だろう。
だが同時に失策だ。自分のほうが劣るとわかって、接近戦など挑まない。
ゆえに攻撃に選ぶのは、剣では決して防げない一撃だ。
その発動の手本ならさきほど目にしている。
生命力の流れ。命が燃え、形を変えて炎となる動き。
アロルドの肉体が持つ鋭敏な感覚が捉えたエネルギーの使い方と、俺が持つ設定厨知識を合わせての――土壇場での命術の発動。
それは見事に実を結んで、目の前の男を炎上させた。
「ぐ、あぁああぁぁぁ……っ!」
悲鳴を上げ、男はのたうつように燃えながら小道のほうへと転がっていく。
加減はできない。する意味すらない。
命を奪りに来た以上、等価で贖う覚悟はあるだろ――?
と。そんな風に。
自分が倒した得物をいつまでも見ていたのが、愚かな甘さだった。
「危ない、先輩――!」
「うおぉ……っ!?」
「――《
横合いから飛び込んできた何かに、そのまま地面へと押し倒された。
不可視の風の刃がわずかに頬を掠めたのが、それとほぼ同瞬のことである。
「……づ……っ」
仰向けに押し倒されながら、けれど俺は、自分を押し倒した誰かではなく、直前に掠った遠距離からの攻撃命術のほうに意識を奪われていた。
……死ぬところだった。
本気で。その寸前で奇跡に救われたのだと、心胆が一気に冷え上がる。
「何をしてますか、先輩はっ! 時間稼ぎに徹するって約束だったはずでは……!?」
「っ、いや……クラウ、お前……なんで」
仰向けのまま、胸に抱き留める形になったクラウのオッドアイと瞳が合う。
彼女は本当に泣きそうな表情で、けれど俺の質問には答えず背後へ腕を伸ばし。
――ガキン!
と、続けて放たれた風の刃が、少女の防壁に遮られた。
詠唱さえ行わない、どころか防ぐ先に視線すら向けない一流の命術行使。俺の中のアロルドの感覚が、そのあまりに綺麗な
「いったい何を考えてますかっ! 戦いの経験が足りなすぎですっ! それであんな戦い方してたら、命がいくつあっても足りませんよ!!」
「――、すまん……」
左の頬を流れる血。そのわずかな痛みに、俺も俺の失策を認めた。
俺はどこかで舞い上がっていたのだ。命のやり取りに、恐怖を覚えていない自分が確かにいた。――いや、どころか力を振るえることに歓喜すらしていた気がする。
命を奪うかもしれない可能性を飲み込んで、だ。
あのまま火を消せていれば死にはしないかもしれないが、別に死んでも構わないと頭のどこかで割り切っていた。その発露があの炎だったことは否定できない。
――そんな自分に今さら驚く。
ましてそのために無防備に隙を晒し、隠れていたクラウに庇わせてしまった。
「敵が『いたぞ』と叫んだ時点で、
そうだ。あの男がひとりで先行し、広範囲の木々を斬り払ったのも、背後に隠れている仲間が狙い撃ちをしやすくするためだった。少し考えれば気づけたはずだ。
暗闇で火を放った敵を笑っておいて、自分がこのザマでは始末に負えない。
敵は複数で、こちらと同じく作戦を決めており、それに従って動いている。
定められた行動パターンを踏襲するだけの
自分を囮に仲間の仕事を助ける――その覚悟が、敵にもないとは言い切れない。
――そんなことは、とっくにわかっていたはずだったのに――。
たまさか策が上手く嵌まって、ふたり倒せただけで簡単に油断した。
倒した敵のことなど、その瞬間に忘れて次に思考を回すべきだったというのに。
その甘さがこちらの作戦を崩壊させて、
――その失態が、助けるはずだった相手を苦しめる。
「くっ……づ、ぅああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
「クラウ!? おいクラウ、どうした!? 大丈夫か!?」
突如として、腕の中の少女が苦悶を上げた。
全身を痙攣させ、顔を歪めて涙を流しながらも、伸ばした腕は決して下げない。
散弾のように迫りくる不可視の刃を、クラウは呻きながら防いでいた*3。
「うぁ、あ――かはっ、ぁ……ぐ、うぅ……っ」
「しっかりしろ! くそっ、これが言ってた《
見れば抱き留めたクラウの背中に、紅い紋様が浮かび上がっている。まるでクモの巣のような網目模様だ。
夜の底で、流れる血よりも鮮やかに光るそれが、おそらくかけられた命術の印。
咄嗟に俺は《
「大丈夫か、クラウ……!」
「……っ、問題……ない、です……この程度。回復、上手いですね……、先輩」
「喋らなくていい、無理するな!」
「いいですよ、別……に。無理じゃない、です。あはは、わたし……治癒術はホント苦手で、して……。神様とか、信じたこと……ない、から……。っ、はあ……」
荒れた息で震えるクラウを抱き締める。
その行為に意味はなかったが、せめて少しでも苦しみが紛れればいい――癒す術の効果が上がればいいと、意思を込めて小さな体を支える。
「くそ、悪い……俺のせいで」
「は。何を……言っているのやら。わたしは……自分のためにしか、動きませんよ。そういうふうに、育てられましたからね……。打算の女、……です」
「打算、って……」
「決まって、……ます。助かると踏んだ、から……やっただけ、……です」
どう考えても違う。究極、クラウは俺のことなんて見捨ててもよかった。
それでも飛び出して俺を庇った奴が、いったい何を言うのか。
だが。
だがクラウは、それでも俺をまっすぐ見つめて。
赤い血の流れる俺の頬に、――ほんのささやかな口づけをした。
「ほっぺに、ちゅー。……しちゃい、ましたね?」
「……クラウ、お前――」
「だいじょうぶです、先輩。……
「――ッ!」
左右で色を違えた一対の瞳が、正面から俺をまっすぐ捉える。
だから俺も、――そのまっすぐな双眸から、彼女の意志を受け取った。
「う、っ――あ、くぁああぁ……っ!!」
ざし、と土を踏む音がした。正面から近づいてくる足音だ。
「――この状況でまだ俺の《
ゆらりと暗がりから現れる、黒ずくめの男の人影。
その手には、内部が仄火に紅く輝く水晶のような石がひとつ握られていた。
――《
「だからこそ安堵したぜ。男を作ってるとは驚いたが、まさかそれのためにノコノコ姿を晒すなんてな。だがお陰で男だけが死ぬ。――道具が情など持つからだ」
一定の距離を取ったまま、見下すように語る男。
それに対し、腕の中のクラウはこちらを見たまま笑って答えた。
「……は。吠えんなよ、下っ端。わたしが何かも知らない末端、だろ……どうせ」
「そうだな。だから受けた指示は『殺すな』だけだ。それ以外はない。逆らうのなら痛めつけても構わないって意味だ。そう、――こんな風にな」
言葉と同時。一歩だけ、男はこちらに足を運んだ。
「あ、ぐ――っ!?」
「――クラウ!?」
腕の中でクラウが跳ねる。くそ、対象との距離で痛みの度合いも変わるのか……!
歯噛みする俺に、そこで初めて
「お前もお前だ。意味ねえぞ、そもそも冥術なんて」
「……、……」
「この術は対象に痛みだけを与える。肉体はまったく傷つけない。治癒術じゃなんの意味もねえのさ。多少の術は使えるようだが、素人が調子に乗るもんじゃないな?」
「……うるせえな」
「は。まあ泣かせるがね。意味のない回復術に感謝する小娘は健気じゃねえか。大の大人でも普通なら耐えられねえ拷問用の術を受けて、こうも耐えるとは……上が重宝するだけあるな」
パキリ、と。指を鳴らして男は言う。
それ以上は一歩も近づかず、その目は今も鋭かった。
「だからこそ油断はしねえぞ? 普通ならそんな状態で術なんざ使えねえが、お前は別だ。現にこの痛みを受けてなおオレの風を防ぎきった。あり得ねえよ、正直。この状況でもまだ安心できねえ。……仲間が来るのを待たせてもらうぜ」
「――――――――」
「ったく。しかし、まあ……お前と正面からやり合う羽目になったらと思うと、この石があってもまったく安心できなかったな。本当、――馬鹿な情に流されたもんだ」
ニヤリ、と。男は口角を歪めて笑う。
だから俺も不敵に笑って、男に向かってこう告げた。
「――いくら待っても仲間は来ねえぞ」
「何……?」
「罠を張ってたのはこっちも同じだ。そしてお前は勝ち筋を逃した。慎重っつったら聞こえはいいが、要はお前――クラウが怖くてビビってただけだろ」
「なん、だと――」
「だから負ける。そうだろ、――クラウ!」
「――その通りです」
瞬間。目に見えない圧力に真上から叩きつけられ、男は地べたに這いつくばった。
「が――っ!? ぐ、おぉお……っ!?」
何が起きたかなんて、男にはわからなかっただろう。
ただ指一本すら動かせず、巨大な圧力で地面に張りつけられている。
まるで目に見えない巨きな神の手で、上から押し潰されているかのような光景だ。
その術は、少し前に屋敷の書斎でアビ子が喰らったものと同じだった。
だが威力が違う。出力が違う。書斎ではどれほど加減されていたかよくわかる。
すでに男は地面にめり込み、口すら動かせなくなっていた。
「ば、ご……ぼっ!? ぐぶ、ず……っ!!」
断続的な悲鳴。目には見えないが、おそらくただ潰されているのではなく、衝撃が何度も降り注いでいるのだろう。――なんの術なのかまるでわからない*5。
こんな、当てたら勝ちみたいな術を詠唱もなく行使できるのがクラウなのか……。
やがて男は動かなかくなった。
おそらく考えていただろう『なぜ』には、俺からもクラウからも答えはなく。
事実その答えは、言うまでもないほどシンプルだった。
冥術《
サロスの地下室でも使った
俺はただ、それをずっとクラウに使っていたに過ぎない。
そう。俺は途中から回復をやめ、代わりに《
なにせ
本来、自力でオドを使い切るのは難しい。
そして他人のオドを奪い続けることも難しい。
だが相手がいて、
――俺は俺ができることしかできない。
呪文を知っている術ならいくつもあったが、それらを詠唱破棄でいきなり使えると思うほど自惚れてはいない。――だから確実にできることをやったのだ。
クラウが《打算》と称した献身を、俺の失敗を拭ってくれた優しさと覚悟を無駄にしないために。
まだできることがあると、信頼を込めて向けてくれた視線に応えるために。
頭を回して捻り出した――俺にとっての
やがて男はピクリとも動かなくなった。地面に陥没して意識があっても動けそうにないが。
俺は立ち上がり、男が落として転がった宝玉を拾った。
そしてそれを《
「――本当。見ててハラハラするったらないよ」
そんな俺たちにかけられる声。
見れば気絶した男をふたり引きずる、アビ子の姿がそこにあった。
「さすがアビ子、最後のひとりは倒してくれてたか」
「隠れてたからね。たぶん全滅しそうになったらひとりで逃げるつもりだったんじゃないかな。作戦か独断か知らないけど……それを後ろから殴っただけだから、ぼくのほうは楽なもんだったよ。ああ、あとなんか火で悶えてた奴も気絶させといた」
「……そいつ生きてるのか?」
「そうだね。こいつがいちばん重傷だろうけど、まあ死んではないかな」
「そう、か……」
ということは、俺はまだ人殺しにはなっていないわけか。
いや。ほとんど偶然に等しかったけれど。
かぶりを振って、それから俺はアビ子に訊ねる。
「ところでヤミは来てないのか?」
「こっちにも尾行がひとり来てただろ? それを任せてぼくは早めに来たんだ」
「なるほどね」
いつの間にか、音もなく人数を減らしてくれていたのだから、まったく頼りになる味方だった。本当に、ヤミが間に合わなければ危なかったかもしれない。
とはいえ――俺の主観では激戦だったが、時間にしてみれば、せいぜい数分程度の戦いだ。もう少し時間を稼げていれば、もっと簡単に済んでいた可能性もある。
と、そこでアビ子は腕を組みながらこちらをジトっと睨んで。
「にしても、まったく。アロルドは逃げ回って時間稼ぐって話じゃなかったっけ? 何を普通に戦ってるんだよ」
「いきなり刃物を突きつけてきたんだよ。話聞かねえんだもん。こっちも強硬手段に出るしかなかったんだ」
「……あとで絶対、ヤミに怒られると思うけど」
「そ……れは、甘んじて受けるけど……」
実戦経験は必要だ。その意味では戦ったことに後悔はない。
ただ、判断の甘さでクラウに窮地を招いたことは反省しなければならないだろう。
軽くかぶりを振って俺は語る。
「実際、アビ子が遅かったらと思うと割と怖ゲバッ」
「――ってアロルドぉ!?」
喋ってる途中に口から血が零れた。アビ子が愕然と目を見開いて叫ぶ。
俺が吸い取ったクラウのオドがまったく体に合わなかったのだろう。他人のオドは基本合わないため、むしろ俺とヤミみたいに馴らしてあるほうが稀なのだが。
ひとり分をまるまる勢いよく奪ったせいで、どうやら拒絶反応が出てしまった。
「だ、だいじょぶだいじょうぶ。俺、治療、得意ヨ。ホント」
「片言になってんじゃん……」
幸いオドは大量にあるため、俺は自分を《
そんなこちらを見ていたクラウが、そこで。
「やー。ともあれなんとかなりましゴボッ」
「――クラウぅ!?」
「ねえこっちも血ぃ吐いたけど!?」
アビ子の叫びはもはやツッコミだったが、普通に洒落になっていない。
「あははは……。急激にオドを減らしたのと術の後遺症で中身がダバパァ」
「もう喋るなって!? なんなんだよもうふたり揃って!!」
「治す治す治す! クラウ、こっち来い! あとオドも返す!」
慌ててクラウに駆け寄って、その小さな体を抱き留める。
クラウは体力を使い果たしたのか、ずるずる滑るようにもたれかかってきた。俺も屈み込んで受け止めると、そのまま彼女はもぞもぞと背中を預けて寝っ転がって。
「……大丈夫か、クラウ?」
「ええ。先輩がわたしの視線に気づいて、オドを奪ってくれましたから。てか先輩は純粋なオドの扱いが異様に上手いですよね。これは天性のものですよ」
「ん? ……そうだったのか?」
「はい。なにせ効かないはずの回復術ですら体が楽になってましたからね。おそらく先輩が無意識にオドをかき混ぜて、わたしの体内で暴れる術式を阻害してくれていた感じかとー」
「ん? ……どゆこと?」
「まあ、要はわたしの体内でわたしのオドが暴れてたわけです。先輩は冥術を使っていましたけど、それも結局は《他人にオドを馴染ませる》行為なので。それが抜群に上手いから、わたしの呪いそのものに干渉して楽にしてくれてたって感じです」
なるほど。つまりクラウの体内で暴れるオドを、俺のオドで落ち着かせるみたいな効果が出ていたってワケか。それはオドの扱いが上手くないとできない、と。
理屈はわかったが、上手いという実感はあまりなかった。
「まさか、その上で《
「ああ……そうなんだ? 俺の血に触れたのはそういうことかと思って」
「いやあ。血を舐めたのは、せいぜい先輩のオドが少しでも伝わりやすくなればって程度のものです。なんとかギリギリ術が出せるくらいまで回復してくれればと思っていたんですが、期待以上でした。……人を信じるのも、悪くないですね?」
「……それはよかった」
「はい。――ありがとうございます、アロルドさん」
仰向けのまま、俺の脚の上に頭を乗せて。
そしてクラウはほのかに笑い、満足したように呟いた。
「こんな風に、――誰かに助けてもらったのは、生まれて初めてでした」
俺は、クラウの背景事情を断片的にしか知らない。
ゲームで語られていないからだ。――とはいえこの場合だと、断片的であれ知っていることのほうが《アロルド=ラヴィナーレ》としてはおかしいのだが。
だからこそ思う。
知ってしまっていることを、何も知らない振りまですることはないだろうと。
だから俺は笑顔を作って、彼女に向かってこう答えた。
「なら、これからは違うな。この先は何度だって助け合うことがあるさ」
「そう……ですか。そうなら、わたしも嬉しいですね」
「ああ、そうさ。だって俺らはもう友達だ。――そうだろ?」
「――あ、それは嫌ですけど」
「嫌なんだ!?」
思わず俺は身震いした。あ、あれ、そうなるんだ?
俺、これ結構、あの……キメのシーンかな、みたいな意識で、なんならちょっと、気取って言っちゃったみたいなところまであるんですけど……あ、マジ?
うそ、恥ずかしい。マジかよ。なんか泣きたくなってきた。
予想外の反応に思わず硬直してしまう俺。
そんな俺を、仰向けのまま見つめながら――ふと、クラウは言った。
「わたし、先輩のことがすごく好きになりました」
「え? お、おう。それは俺も、まあ、同じだけど」
「――なので結婚してください」
「うん。……うん? ――うぅんっ!?」
「だから結婚してください。――わたし、先輩の赤ちゃんが欲しいです」
「は? な、な――っ、」
「――何を言ってるんだコイツはああああああああああああああああッ!?」
と。最後に叫んだのは、なぜか俺ではなくアビ子のほうだった。