自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
クラウの髪色:水色→白
★
クラウディア=ミュールマイスターは合理主義者だ。
なぜならそのように育てられ、ほかの生き方を知らないからである。
元より命術師とはそういうモノだ。
三大術などと言っても、三つ全てに精通する術師は少ないし、必ずしもそれがいいとも限らない。基本的には、どれかひとつを極めるのが最も効率的である。
その中で《
理由はひとつ。単純に、三大術では最も難しいからだ。
つまり根本的にこの二系統は、努力以前に才能や適性の有無が問われる。
一方、
難しいとは、可能性だ。ほかふたつと違って、そもそも無理とは言われない。
それを合理と取って魅力と感じ、学ぶ対象に選んだ者が命術師である。
ただそういう意味では、クラウディアは命術師として半端だった。
選んでなったわけではないからである。
人生に選択肢などなかった。なれと命じられたからなったに過ぎず、天賦の才能があったのは偶然だ。――とはいえそれでも、命術を学ぶこと自体は好きだった。
命術を学ぶという合理を為すには、それに全てを捧げる覚悟がいる。
時間を費やし、命を燃やす。それらを為し得る情熱がいる。
そう。結局のところ人知を超えた合理を得るには、不合理なまでの心が必要だ。
そちらのほうには持ち合わせがあったのが、クラウディアの幸運だった。
――そんな彼女にとって、だからこそアロルド=ラヴィナーレは、実に不可思議な男だった。
自分と関わってもなんの得もない。合理で考えればそれはわかるはずだ。
だって、彼はこちらの事情を知っている。
アロルドに設定厨としての異常な知識があるから、ではない。そんなことはまるで知らないクラウだが、彼女の認識ではアロルドは《事情を知っている人》だ。
だって説明は済ませている。
逃げてきただけの被験体だと伝えている。
クラウディア=ミュールマイスターの過去は
学習。研鑽。被験。実戦。
学習。研鑽。被験。実戦。
術を学び術を磨き術を受け術で殺す。
彼女の人生に、これまでその繰り返し以外の時間はなかったのだから。
『完成品だ! 最高の才能だ! ――新たな魔王にすら届き得る!!』
恍惚の笑みで宣う
下らない上に誤っている。連中の実験など彼女の才能に何ひとつ寄与しておらず、ただ悪戯に苦痛を受けさせられているだけだった。雁首揃えて馬鹿しかいない。
彼女は知っていた。自身の才能が単純に天与のものであり、それを磨き上げた己が努力の成果であると――冷静に。合理的に。
だがその対極にいる狂信者どもは、下らない実験が偶然に実を結んだのだと宣って憚らない。自分たちが神に選ばれ奇跡を下賜されたのだと信じて疑わないのだ。
――いや、ぜんぜん違うけどね?
だからクラウディアは施設を脱走することにした。
馬鹿馬鹿しいことに、本気になったクラウディアを止められる人間など、そこには誰も存在しなかったのだ。
ついでに同じ実験体を――クラウディアとは異なり《失敗作》の烙印を押された、実際にはただ
かくして人生初の自由を手に入れた少女が、次に求めたものは何か。
それは《普通》だ。
一般的な同い年の青少年と、同じように生きたいと思った。
普通こそ最も目立たないはずという教えられた合理が理屈であり、間違いなく普通ではなかったからこそ普通に生きたいという――教わっていない情熱が理由だった。
そう。作られた命術師である彼女には、ただひとつだけ。
合理による判断と、情熱による衝動の
そうして彼女は己の願いを、合理的判断と誤認してここまで来た。
誰かの持ち家っぽい屋敷を利便性が高いと隠れ家に選んだ。
――もしかしたらこの屋敷に住んでいる人が学生かもしれないし、なかよくなれるかもしれない、なんて期待には気づかないまま。
屋敷の防御陣は、無関係な者を巻き込まないために相手の敵意に反応してレベルを変える調整まで加えた。
――もしかしたら普通に話せる誰かが来るかもしれないから、と低い可能性に賭け加減していたという自覚もないまま。
そうして現れたアロルドとかいう奇妙な男に、逃走中の身にも関わらずついて行く判断を下した。怪しいこいつらから何か情報が引き出せるかもしれないから。
――なんだかいい人みたいだし、もしかしたら友達になってくれるかもしれないと浮かれていたわけでは決してないと思い込んで。
だから。だから、まったく合理的ではない理由で、自分に構ってくれるアロルドに強く興味を持ったのだと思う。
思わず飛び出して助けてしまうくらいには。自分は隠れて隙を伺うという作戦を、咄嗟に放り投げてしまうくらいには――気づけば彼に入れ込んでいた。
『戦ったとき怪我しないように気遣ってくれた。いっしょにメシを喰って楽しく話をした。それで充分だろ。ほかにいるかよ理由なんか、うるせえな』
それは合理を重んじる――まったく合理的ではない少女にとって。
同じ立場の子どもたちを見捨てられずに逃がすような、そもそも
この上なく、心の琴線を揺らす言葉だったのだ。
――ただしあくまで自覚はない。
彼女は自分が合理的に生きていると思っているし、アロルドという男を気に入った理由は自分と正反対だからだと思っている。
だから彼女の口からは、あくまで合理的な判断としての言葉が出た。
ほら。貴族は子孫を残すものだし、術師は後継ぎを欲しがるもの。お互いに需要は噛み合っているし、むしろそう考えれば優良物件。ならば目的は最初から言っておくほうが合理的なのだから、それをそのまま言葉にすればいい。
――かくして少女は合理的に結婚を申し込んだ。
どうすれば赤ちゃんができるのかは、まあ――実はよく知らないんだけど。
※
「クラウはさ。結婚ってどういうモノか知ってて言ってんの?」
「知ってますよ失礼な。いっしょに住むことでしょう」
「もうなんか違う。いや基本は違わないけどニュアンスが全て違う」
「でもわたし先輩のこと好きですよ?」
「こ、ぁ――う、お……」
まっすぐ告げられるとさすがに面食らう。
駆け引きとか何もなく、純粋に本心って感じだから結構効いた。
俺は慌てながら話を誤魔化すように、
「だからって、お前……そんな急に。赤ちゃんって。本当に意味わかってんのか?」
「もちろんですともー。貴族も術師も跡取りは大事ですよね?」
「……さっきまで『ほっぺにちゅー』とか言ってた奴が……クラウお前、赤ちゃんがどうやったらできるのか知ってんのか?」
「知りません!」
「元気!」
「教えてください!」
「無理!」
「なぜ!?」
俺は頭を抱えた。どういう情緒だよ。勘弁してくれや。
いやわかるよ? 特殊環境で育ったもんね。
まともな情操教育なんて絶対に受けたわけがない。
でも、だからってこれはどうよ。俺は目を細めてアビ子に訊ねた。
「――アビ子。俺はどうしたらいい?」
「しらないよばか。このばか。ぼけなす。すけこまし。あくとくきぞく」
「なんで味方いないんだ、これ?」
俺のせいじゃないだろ今回は、何ひとつ。
たぶんクラウも、自分が言っていることの意味を完全には理解してないぞ?
――そもそもコイツも原作とキャラが違いすぎるて。
原作のクラウは、もっとなんか冷酷で、感情のない機械みたいな奴だった。
間違ってもこんなアホアホ発言をする奴ではなかったはずだ。
ともあれ俺たちは、ひとまず三人で街側に戻っていた。
クラウは背中に背負っている。オドを吸う術は知っていたが、オドを分けるほうの術は知らなかった*1ため、自力でのオド操作でちょっと回復させたに留まっている。
術を経由しない直接操作だと扱えるオドの量が少なく、万全まで回復させることはできなかった。
まあこれでオド操作は習得したから、ヤミの体の問題は解決できたけれど。
オドが空っぽも同然になったせいで――というか単純に体力がないせいで動けなくなったクラウのことは、俺が背負って運ぶしかなかったのだ。
「…………」
が、あまりにも変なことを言われたせいで、背中の感触が気になってならない。
身長は低いのに胸がデカい*2んだよな、クラウは……何ひとつ気づいておりませんという顔でスルーしているが、正直この柔らかい感触を無視するのは意志力が削れる。
「先輩の背中はおっきいですね。ふへ、いい匂いもします。好き」
やめてホントやめて。ああクソかわいい気がしてきた。まずい。助けて(?)。
俺は割と情けない顔を晒しながら、助けを求めてアビ子を見る――が、相変わらずなぜかアビ子は、俺を助けてはくれないのだった*3。
――まあ懐いてくれるのは嬉しいけど。
本当、感覚的には《好かれている》というより《懐かれている》が近い。人間的に好かれただけで、恋愛的な意味で好意を持たれたかはわからないと思う。
正直その辺りの機微を、クラウが理解しているかは怪しいところ。
結婚を、なかよくなった男女がいっしょに過ごす契約、くらいに捉えているような節があったし。あとで黒歴史にならないよう、しっかり誤解を解いてやらねば*4。
「しかし、さすがインフィディアだな。大通りが賑やかっつーか、光が多い」
「確かにそうだね。この時間でも明るいのは、イースティアとはやっぱり違う」
俺の呟きに、応じるようにアビ子が頷く。
「アビ子はインフィディアは初めてか?」
「まさか。一応ぼくは冒険者だったんだから。寄ったことくらいある」
「寄ったことくらいしかねえのかよ、逆に」
「……この辺りの宿はね、高いんだよ」
「わかるー」
と、俺の代わりにクラウが頷いた。
だからって勝手にヒトん家に泊まるか? いいけどさ。
この学院都市インフィディアは、ゲームでは主人公たちの序盤における拠点となる街であり、世界観的には王国西部の少し南寄りに位置する。
ざっくり北に行けば大森林、その先に大山脈。西側には古代文明の遺跡が点在する砂漠が広がり、東に行きイースティアをずっと過ぎれば、王国中央――王都に着く。南は平野が広がる田舎で、長い街道が南の国まで延々と続いている*5。
ちなみにここから北部~大森林手前のエリアが旧ラヴィナーレ領だ。暗黒時代から少しずつ趨勢が衰え、今では王国直轄地区であるインフィディアに、半ば以上は吸収されていると言っていいのだが。かつては一帯を治めていた過去がある。
街自体にも特徴があり、綺麗な円形をしたインフィディアは、その南北で大まかに違った色を持つ。
俺たちが今いる北区画は、基本的に商業と冒険の街だ。近隣最大の冒険者ギルドが存在し、さらに大教会も備えているため、かなり治安がよく経済が活発。西の砂漠を超え隣国まで貿易の経路があり、また南の平野を超えた先にも別の国がある。
夜になっても明るく賑やかなのはそれが理由だ。無論、光源となる術やアイテムが存在する、異世界ファンタジーならではの《設定》も理由ではあるが。
逆に街の南部、下半円は完全に学院と術法研究の区画だ。
境目が最も活気がなく、さきほどいた林だったり、ラヴィナーレの屋敷があったりする何もない場所。だがそれを越えると、またひとつ違った光景が広がってくる。
家屋が雑多にいくつも隣接するそこは、一見すると住宅街にも思える。
実際そのほとんどが民家ではあるのだが、中身は寮であったり教師の自宅だったり研究室だったり――いずれにせよ、術法研究のメッカとしての趣きが強い。
そしてその奥にある、背の高い城のような建物こそエルピス学院――正式な名称でエルピス王立術法研究学院だ。研究機関であり、現実で言うところの大学に近いが、入学はもっと低い年齢からできる。高校+大学セットくらいのイメージだろう。
基本的には落ち着いており、日本の学生街めいた騒がしさと、あくまでも研究者の街としての静けさが奇妙な形で両立する。
とゲームでは言われていたが、実際のところはまだ一度も見られていない。時間ができたら、学院の見学にも行っておきたいところだ。
「……ふむ」
やっぱ術をしっかり学ぶべきな気はするよな。
どうにも感覚でやっているのがマズい。オドの操作が得意(らしい)な俺は冥術が今のところいちばん楽だ。詠唱さえできれば上位術も習得できそうな感覚がある。
逆に命術のほうは、なんかやっぱり
問題は、冥術が根本《教会のもの》という認識があるところだ。
そのせいで冥術は、あまり人が見ている場所で使われない。もし使う際は無詠唱とするのが原則みたいな縛りがある。
だから作中で、意外と冥術詠唱の聖句って明かされていないのだ。
上位の術自体が使用されるシーンはあるが、それは上位の編纂官みたいな連中が、無詠唱で使ってしまうシーンが大半。詠唱がわかる術は人口にも膾炙している低位の術か、反対に今の俺じゃ使えねえよレベルの高度すぎる術に二極化されていた。
まあ、とはいえ安堵もある。
なにせ今の俺には命術のエキスパートと言っていいクラウの存在がある。
少なくとも原作に登場した命術メインのキャラの中では、シリーズトップクラスの実力者と言える奴だ。つまり、今後はいいお手本が見られるわけだ。
俺らを襲ってきた連中も、クラウによる昏睡の命術で意識を奪って置いてきた。
無詠唱だったのでなんの術かはわからないが、教えてほしいところだ。
――なんてことを考えているうちに、俺たちは目的地に到着した。
乂印教の大教会である。
さきほど倒した連中の通報のためにやって来たわけだ。俺たちで葬っておくなんてさすがにできないため、さっさと教会に引き渡してしまうのが吉と思ったのである。
教会ではなく騎士団詰め所に直接向かってもよかったが、敵は乂印教会にとっての仇敵たる
「……ところでクラウ?」
「なんでしょー」
教会の前でクラウを下ろした俺は、そこで前から気になっていたことを確認したくなって口を開いた。
別にクラウでなくてもよかったのだが、まあ近いからな。
目線の高さをクラウに合わせて、その顔を正面からまっすぐに見つめる俺。
「なあ。ちょっと、なんでもいいから何か喋ってみてくれん? できればはっきりとわかりやすい発音で」
「はー。では、おひとつ」
意外と表情の読みづらいぽやぽやフェイスで頷くクラウ。
それから彼女は俺の目をまっすぐに見て、
「大好きですよ、先輩」
「――おぐぅ……!?」
予想外過ぎるコラテラルダメージに俺は思わず胸を押さえた。
なんでもいいでそれ言ってくるか、こいつ……!
思わず細い目を向け返してしまう俺に、クラウはきょとんと首を傾げ。
「なんかリアクションが想定と違いますね。嬉しくないですか?」
「……い、いや。嬉しくない、わけでは……ない」
「ならよかったです」
にこりと笑ってクラウは言った。
そんな――急にはっきり嬉しそうだとわかる顔をされるのも、困る。
「先輩はまだわたしを恋愛対象として好きではないようなので」
「ん、ぐ……えと」
「まずは繰り返し伝えるところからでしょう。なんであれ言葉にしておくのは大事と聞きますから」
「……お前は、本当に……その、異性として俺のことが好きだと?」
「? 性別は違いますよね」
「いや、うん……まあ、……うん。でも、そうだけどそうじゃないというか……」
はっきり恋愛対象として好きだと告げられているようで、
なんだか絶妙に、感覚としてはやっぱわかっていない空気もあるのが難しかった。
特殊すぎる環境で育つと、こういうアンバランスさになるものなのか……?
「……アロルドは何をやっているんだ?」
横合いからじとっとした声でアビ子がそんなことを訊いてくる。
わかんねえよ。俺だって、今の衝撃で確認したかったことを見逃したよ。
いや、たぶん想像通りだったんだけど。念のためもう一度。
「じゃあアビ子。アビ子も次、頼む」
「は!? ぼ、ぼくも!? ぼくも言わないといけないのかい!?」
「確認しておきたいんだよ」
「あ――ぅや、でも、そんな……きゅ、急に……」
「頼むよ」
まっすぐ瞳を見つめる俺。
その視線を受け止めてなぜか体を硬直させるアビ子。
なんか再び勝手に背中に乗ってくるクラウ(こいつはもういい)。
「わ、わかった。わかったよ……!」
やがてアビ子は顔を赤くして、身をくねらせながらも、小さくこくりと頷いた。
そこまで覚悟のいることを要求したつもりがまるでないんだけど。
まあいいや、と思って待っている俺。その目を見つめて――アビ子は小さく。
「そ、その……ぼくも、まあ……嫌いでは、ない……よ? 別に……」
「…………」
「な、なんだよ。何か言ったらどうだい。ぼ、ぼかぁちゃんと頼みには応えたぞ!?」
「……………………」
「う……あぅ。ま、まあ、なんだ。二択なら、その……、す……好き、……です」
「……俺、なんでもいいから喋ってくれって頼んだだけで、別に俺をどう思ってるか訊いたわけじゃないですけど」
「――――~~~~ッ!!」
涙目になったアビ子に、なぜか胸元をぽかぽかと叩かれてしまった。
痛い痛い。いや、悪かったって。俺も途中で勘違いしてることには気づいてたんだけど、あまりに面白すぎて放置してしまっただけなんだ。
じゃあ有罪だね。
ということで甘んじて拳を受けておく。嫌われてはいないようでひと安心だ。
それに必要なことは確認できた。
かぶりを振り、――思っていた通り
まあ、それが何を意味しているのかは今のところ謎なのだが。
――クラウも、アビ子も。
たぶんそれ以外の誰であっても。
口の動きまで含めて明らかに