自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
そんな感じで俺たちは一路、インフィディアの教会を目指して歩いていた。
俺らを襲ってきた連中は、クラウによる昏睡の命術で意識を奪って転がしたままにしてある。放置もできないがトドメを刺して隠蔽も論外なため、さっさと
教会ではなく騎士団詰め所に直接向かってもよかったが、敵は乂印教会にとっての仇敵たる
「すみません、ちょっといいですか?」
教会の扉を押し開き、俺が先頭に立って中に入る。
教会は常に誰かしらいて開放されている。まあ背中にクラウを負ぶっているのが、厳かな雰囲気に合わなくて恐縮だが、ともあれ来るのはちょっと楽しみだった。
乂印教会。
原作ゲームにおける善側の組織――と単純に見做すにはちょっとダークすぎて怖い部分も多い*1が、それでもまあ、基本的には正義の味方の団体だ。
実際、この第一作の続編は乂印教の起こりとなる歴史的事件を描いたものであり、シリーズを通して出番が多い組織だ。一ファンとしては俺だって正直すこ。
カッコいいやん……。教会は。それだけでよ……!
なんて思考が頭にある。
のだが、このときばかりは、物珍しい夜の教会の雰囲気を楽しむ暇はなかった。
「おや。これは、……アロルド殿?」
「え……?」
このインフィディアの教会聖堂は広いため、入って最初に小さな横の通路がある。
すぐ正面には柱が並んでおり、その奥が礼拝堂になっているといった形だ。
俺に声をかけたのは、その礼拝堂手前の柱に背中を預けていた、白いローブを纏う誰かだった。
「……もしかして今朝の?」
「ええ。まさかインフィディアでお会いするとは思いませんでした。こんな時間に、なんの御用ですか?」
あまり驚いている、とも思えない口調の白ローブ。
――編纂書院の編纂官。
今朝、イースティアの屋敷で会った彼女と、俺は偶然の再会を果たしていた。
最初の『おや』には少し驚きが含まれていた気がするけど、どうもローブ越しだと感情が掴みづらくて話していて違和感だ*2。
というか、知らん女の子を背負って入ってきてる時点で、いっそ驚いておくほうが自然な気がするんだけど。
ともあれ俺は、彼女に答える。
「通報です、通報」
「通報? ……二日続けて、ですか?」
何やら怪しむような口調だった気がするが、そんな謂われはない。
俺は毅然と答えた。
「そうですよ、仕事してください。いきなり襲われたんです」
「それは大変でしたね」
「あっち――大通りを少し南に行った先。雑貨屋近くで南東に逸れた林の小道の辺りです。適当に転がしてあるんで、確保頼めますか。寝てるんで簡単だと思いますが、別に見張りとか置いてきてないんで仲間がいたら回収されるかもですよ」
「――、少々お待ちを」
言って編纂官は、少しだけ腕を組んだまま黙りこくった。
なぜ急に押し黙るのか意味不明だったが、やがて数秒の間のあと顔を上げて。
「今、人を向かわせました。すぐに済むでしょう」
「……そうですか」
何も感じなかったが、今のは術で仲間に連絡を取ったわけか。
編纂官に連絡用の冥術があるのは知っていたが、冥術光も発生させず静かに連絡を済ませた辺り、――かなり高位の実力者であることが察せられる感じだ。
俺も覚えたいよな、連絡用の冥術。問題は俺がその術を知ってるわけがないところだから、バレたとき用の言い訳が思いつければ採用したい。
「――お送りしましょう」
「え?」
ふと、その編纂官が言った。きょとんと首を傾げると、編纂官の女性は認識阻害のローブ越しでもわかるジェスチャーでわずかに苦笑し。
「戦闘になったのでしょう? お疲れかと存じますのでお送りますよ」
「……、ええと」
「確かこの街にもラヴィナーレの屋敷がありましたね。そこまでの道ならわたしにもわかります。何、大した距離もなし。敬虔な信徒の安全確保は我々の仕事です」
「…………」
どうせお前の家は知ってんぞ。後ろ暗くないなら別にいいよな?
――にしか聞こえないのは俺の過剰反応か? やっぱ怖えよ編纂書院*3。
「わかりました、お願いします」
「では参りましょうか。ウィンベリー殿は確かアロルド殿のお客人でしたね。お送りする先は同じお屋敷で構いませんか?」
「え、――へ? あ、うんっ……構わないけど」
名前を呼ばれて肩を跳ねさせるアビ子。
しれっと身元はわかってますよ宣言を交ぜてくる辺り抜け目ないが、それって言う意味ありますかね? もはや脅して楽しんでねえかコイツ?
若干そんな疑いを持ち始めてしまった俺を尻目に、続けて編纂官は訊ねる。
「そちらの……その背中の方とは初対面ですよね。あなたも同じですか?」
「はー」
クラウディアはぽやぽやとした様子で、返事なのか違うのかわからない謎の声。
それからちょいちょいと俺の肩を指でつついて、彼女は言った。
「先輩、先輩」
「なんだ?」
「何やらフレンドリーで友達の多そうな人に話しかけられてしまいました。陽の雰囲気を感じます。こわっ」
「その理由で怖がられたのは初めてですね……」
「その理由があって俺のことは平気なの釈然としねえよ」
俺と編纂官で、なんだか揃って似たような反応をしてしまう。
だがさすがは未来の魔王。クラウのほうは至ってマイペースな調子を崩さず。
「先輩は……、ほら。独特の濁りがありますからね」
「なんで? ねえなんで追撃したの? 俺のこと嫌いか実は?」
「まさかまさかー。そこがいい味というお話をしてます」
「せんでええわ」
「というわけでクラウディア=ミュールマイスターと申します、明るい人」
「……は、はあ。ご丁寧にどうも」
あっさり名乗ったクラウに、どうやら編纂官も毒気を抜かれたようだ。いや、この編纂官はローブでまったく感情が伝わらないから、明るい感じはちっともしないが。
でもいいぞ、押し勝ってる。やるじゃないか。何がやるのかはわからないが!
内心で謎の応援を繰り広げる俺。さらにクラウは続けて言った。
「ふむ。それで、明るいお嬢さんはどちら様です?」
「――っ」
思わず息を呑んだのは俺だ。事情を知らない以上は自然な質問だが、編纂官相手に身分を訊ねるとは、なかなか面白――恐ろしいことをする。
しかもしれっと認識阻害効果を突破して性別を当てているし*4。
まあ、つっても答えられないだろ――と思う俺。
その視界の先で、けれど編纂官はしずしずと丁寧に頭を下げて。
「……おっと、申し訳ありません、お三方。それでは改めまして」
それから――まるで予想していなかったことに。
彼女は、被っていた顔を隠すフードを、あっさりと外して。
「――わたしの名前はミリアステオル=キスリンタス」
「え……」
「若輩ながら、乂印教は編纂書院、――十三夜戒が末席を預かる者です」
名前も身分も、その立場も――何ひとつ偽らず全て真実を口にした。
それに絶句したのは俺だけだろう。アビ子もクラウも『はあ、そうですか』という程度のリアクションしか見せていない。
当然だ。そもそもふたりは言葉の意味がわかっていない。
編纂書院――
それは編纂官のトップに立つ十三名限りの超越者。
決して光の当たらぬ世界で、太陽なき夜の世界に戒律を敷く十三の頂き。
裏の教会勢力における最強戦力の名だ。
中でもミリアステオル=キスリンタスといえば、それは原作の教会ルートにおけるヒロインであり、主人公と共に爻印教を容赦なく殲滅する神の使徒だ。
つまり初めて会う原作の味方側メインキャラ。
しかもその中で間違いなく最強の、――この世界の頂点に最も近い存在だ*5。
「…………」いや。
いや、そりゃまあテンションは上がるよ?
教会の裏組織における最強の十三人とかそういう設定、俺だって大好きだからね。主語はでっかく、男の子ならみんな大好きと言ってしまってもいいくらい。
もし俺になんのしがらみもなければ、手を叩いて喜んでいた可能性まである。
――でも正直、今ここでは会いたくなかったなあ……。
いや、すでに会ってはいたんだから、何もかも今さらでしかないんだけど。
コイツらは疑わしきを罰する権限を所有する。そしてアロルド=ラヴィナーレとかいうアホは普通に黒だ。疑わしいっていうか普通にアウト。たぶん過去にやってる。
俺にはまったく心当たりのない罪で敵対したらマジでどうしよう。
黒だ、どころか、黒かも、でアウトなのに。事実マジ黒なのがホント終わってる。
「はあ……なんかすごそうですね。どうも」
「ええ、実はちょっと、すごいんです。詳しくはアロルド殿に聞いてくださいね」
ミリアステオルは可憐な笑みを浮かべて言った。
年の頃は俺らと変わらない。だがその実力は今のクラウをおそらく凌ぐ。魔王化を果たしたクラウでようやく対抗できるレベルなのだから、ガチの世界最強クラスだ。
それでも十三夜戒の中では第十三席――最も下っ端なのだからおかしかった*6。
フードに隠れていた金の長髪と、深い月夜を映したような蒼の瞳が俺を向く。
その表情は笑顔だ。こうして微笑んでいる分には実に愛らしく、それこそ聖人かと思わせるような手の届かない美しさを纏いながら、村の酒場の看板娘みたいな身近で気楽な気立てのいい表情をしていた。――でも指先ひとつで俺を殺せる。
なるほど、隠蔽のローブは実にいい仕事をしていた。
まさかアレの中身が、こんな可憐で表情豊かな少女だったとは思わないから。
「それでは参りましょうか。道中いろいろと聞かせてください。あ、わたしのことはミリアと呼んでくださって構いませんよ?」
「ソウ、デスカ」
「他人行儀は寂しいですからね。わたしも仕事柄、同年代のお友達ってそんなに数がいませんから、できればなかよくしてもらえたら嬉しいですっ!」
「ハイ、デキレバ」
お見事。ほんま君は原作とぜんぜん変わらないね。
素敵な笑顔に弾むような声音。どこを取っても愛される要素しか見当たらないその姿は、もし現実世界にいたらアイドルにでもなっていそうだ。
だがその本性は、教会に逆らう全てを笑顔のまま殺し尽くすキリングマシーン。
悪即惨殺。見敵必殺。お花より流血の似合うスプラッター系美少女。
でも大丈夫。だって神の思し召しだからね! ――みたいな女なのだから。
――かくして俺は、屋敷に帰るまでの時間を針のむしろで過ごした。
何がいちばん怖いって、アビ子とクラウは一瞬のうちにミリアに絆され、なかよくなっているところか。この女、相手が喜ぶことを言うスキルがもう抜群に上手い。
「大丈夫ですよ。神はいつでも見ています。貴女の努力はいつか正しく報われます。きっと英雄たるひいおじい様も、天の国から貴女の雄姿を見守っておられるかと」
「そうですか、ひとりでこの都市へ。大変でしたね……ですが大丈夫です。学院での生活は、きっと実りのあるものですよ。不束ながら、わたしが保証いたします!」
この人すっごくいい人! と秒殺で取り込まれていくふたりに、俺からできることなど何もなかった。
いい人だからね、実際ね……。演技でもなんでもなく善人ですから彼女は。一般の市民、善良な信徒には誰よりも優しい女の子です。
ただ爻印教の関係者は例外なく殺します。
禁術を使うような輩もやっぱり殺します。
――地下室で使ったのバレてなくてマジよかったァ……!
屋敷までの道のりを、もはや俺は『そっすね』『はいっす』『違いないっす』の曖昧肯定三単語だけで乗り切るほかなかった。何を話してたかほとんど聞いていない。
自分でもちょっとビビりすぎじゃないかと思うのだが……わかるのだ。
ミリアは、強い。マジで強い。
さっき倒した連中など本気で比較にならない。
生物として完全に次元が違っている。
クラウにも似たようなものは感じたが、彼女の場合は、それが自分には向かないとなぜか確信できたため気にならなかったものが――ミリアの場合は重く纏わりつく。
アロルドの肌感覚なのかなんなのか。
優しいライオンが隣にいて、一見して友好的だからといって安心できないだろ――みたいな感覚が、ずっと背中にのしかかってくるイメージなのだ。
「着きましたよ」
そんな心境だから、到着の合図が何やら天使のラッパの如く聞こえたものだ。
門の前に立って屋敷を見上げる。暗い建物は、こう見るとやっぱり幽霊屋敷っぽいヴィジュアルに感じられるな……なんてことを意味なく脳裏で考えた。
と、そこでこちらに振り返ったミリアが。
「暗いですね。あのメイドさんはご不在なのですか?」
「――、え……?」
確かにおかしい。そうだ、そもそもヤミなら俺に気づいて出迎えくらいする。
アビ子が眉根を寄せて俺を見た。背中のクラウが静かな声音で「……先輩」と短く呟き、俺の背中を降りた。
見上げる屋敷は恐ろしいまでに静かだ。人間の気配がまったくない。
もちろんティーやヤミがいたところで騒がしくしているはずもないが――なぜだか胸の中に、黒い靄のようなものが急速に広がっていく感覚がある。
こちらの雰囲気がミリアにも伝わったのだろう。
彼女は真剣な面持ちに変わって、
「――開けます」
と、ラヴィナーレの屋敷の、鉄柵状の門扉に触れた――その瞬間。
突如として青白い霞のようなものが門扉から放たれ、ミリアの胸に吸い込まれた。
「っ――!?」
「お、おい――ミリア!?」
「問題――ないです。貴方がたは中へ。早く」
自身の右手で心臓を押さえたまま、ミリアは鋭く告げてきた。
一瞬の迷いを振り払って、俺は言われた通り門扉を蹴り開いて走り出す。
青白い靄は、俺には襲いかかってこなかった。
――今の術なら知っている。
原作にもあった術だ。ミリアならば問題なく対処できるだろう。
「っ……ヤミ! ティー!!」
屋敷の前まで行き、扉を開いて中へ駆け込んだ。
鍵は、かけられていなかった。
屋敷の中。ヤミはその正面の広間に、探すまでもなく見つかった。
――ただし血塗れで、壁際に背中を預けたままくずおれた、ぼろぼろの姿で。