自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい   作:涼暮皐

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1-27『設定厨の戦い』

 ――《血河流流(けつがりゅうりゅう)》。

 シギナス=アークタイドが己が固有術式()に名づけた名前である。

 

 血液を操り、己の肉体や扱う術を強化する。

 言葉にすればそれだけなのだが、この固有術式は強化技であるという理由だけで、通常ならあり得ないほどの汎用性と拡張性を持っていた。

 

 正直、ゲーム本編では、それこそほぼ香りづけ(フレーバー)の設定である。

 使ってくる技が普通より強いことの説明的設定。最終盤のボスなのだからちゃんと強敵でなければならないし、どうせならエフェクトだって派手なほうがいい。

 今までも見たことがあるような技を、紅い色にして派手にして、ついでに強くして放ってくるボスだということだ。

 

 だが。

 それを現実に目の当たりにすると、あまりのレベル差に笑いすら零れてきた。

 いや――笑えるのは、あまりにも左肩が痛いからか。

 痛くて痛くて涙が出てきて、それがいっしょに笑いまで呼んできただけ。

 

「…………っ」

 

 俺は左肩を押さえ、涙を堪えようとしながら回復を用いる。

 自分が自分を回復できることすら、痛みのせいで忘れかけていたほどだ。

 

冥術(ブライト)も使えるか。なら少し力を込めても死にはすまい」

 

 シギナスは語る。彼は明らかに手加減をしていた。()()()だ。

 格上という自負からくる余裕もあるだろうが、単純に俺を何かの実験に使うために生かしておきたいから――だろう。そういう点では、まだよかった。

 

「……、はっ」

 

 ともあれ、オーケイ。理解した。

 想定が甘かったことを俺はしっかりと理解した。

 

 問題は、なんの見積もりが甘かったか、だ。

 敵の強さか? 違う。シギナスが強いことくらいよく知っている。ゲームで何度も倒したし、なんて理由で油断するほど俺だって馬鹿じゃない。

 では敵の悪辣さか? いいや、それも違う。確かに挑発するつもりが冷静にさせてしまったことは想定外だが、元よりそんなものはハマればベターという程度。

 

 俺の見積もりが甘かったのは、俺自身についてだ。

 

 本物のアロルドならもっと上手くやった。中身の俺が弱いから押されている。

 別に覚えている術の量や技術の高さが問題じゃないんだ。

 ちょっと肩を抉られたくらいで――ちょっと劣勢になったくらいで簡単に狼狽える俺の覚悟のなさ。覚悟したつもりでまったく足りていなかった想定の甘さが問題だ。

 

 でも、それでも構わない。

 この痛みは学習の費用だ。

 元より戦闘経験なんてあるわけのない俺が、最初からしっかりと覚悟を持てる――なんて自惚れたことが甘いというんだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこれでいい。

 問題がわかったのなら克服する。

 対応を考えて調整を施す。

 

 これまで見てきたことを思い出せ。目で見た術なら覚えて使え。

 それができるだけの下地なら――この世の誰より、設定厨の俺が持っている!

 

「《千流穿(ユクリューエ)(アギス)》――」

「――《空を断つ(アデル・スティム)》」

 

 傷口に触れたことで血に濡れた、腕を振るって呪文を唱える。

 流血すらも上手く使え。シギナスの真似は無理だが、血にオドを伝える能力があること自体は流用できるのだから。

 手本はさきほど、クラウが見せてくれている。あれはもっと上位の術みたいだったから、完全再現はできないけれど――その最下級術なら血があればできる。

 

 かくして俺の発動した防御命術が、シギナスの血液の弾丸を受け止めた。

 

「……ち」

 

 短い舌打ちがシギナスから漏れたことに俺は笑った。

 二度も喰らうか、この野郎。

 でもいい、せいぜい余裕でいろ。その足元を、掬いに行くから。

 

 低級の防御命術《断空(スティム)》。

 血を媒介に、大量にオドを詰め込んだそれでシギナスの攻撃を俺は防いだ。

 奴の《千流穿(ユクリューエ)(アギス)》は、元は《千流穿(ユクリューエ)》という水属性の基礎攻撃命術の最上位術。

 そこに《(アギス)》の追加詠唱で、血液という属性を加えて速度と貫通力を大幅に上げているわけだ。――普通にラスボスクラスの攻撃ではある。

 実際、見てから避けるなんてまず不可能だ。

 速度が速すぎる。一発二発なら魂術で強化すれば不可能じゃないが、連射されたらそれだけで詰んでしまいかねない。防御命術が使えることは攻略の必須要件だろう。

 

 だが、もちろんそれだけではどうしようもない。

 現に奴は、もはや術名の発声もなく続けざまに術を連発している。

 一撃当たるごとに、目の前の防御陣にヒビが入っていく。

 

 防御の術は攻撃の術に対して基本的に圧倒的に有利なのだが、それを力任せのまま貫いてこようとするのだから、シギナスの術の貫通力は呆れたレベルにある。

 もう持たない。――防御術を破られる。

 防御の術が攻撃に対して優位なのは、単純に消費が大きいからだ。一発撃っただけでも明確にわかるくらい体力を削られている感覚がある。

 オドよりもライフが持たない。そう何度も《断空》は連発できない。おそらくその上位術であろう防御を、無詠唱で長時間持続させていたクラウがおかしかったのだ。

 

 ただもちろんこちらも、そのまま見ているだけではない。

 手の中に握ったヤミからの借り物の――その力をここでもう一度使う。

 

「――《透かせ》」

 

 解放令の発声と同時、俺を守っていた《断空(スティム)》が砕ける。

 その砕けた障壁を迂回する形で、回り込むように近づく俺。

 視界に映るシギナスの顔を見ればわかる。障壁と自らの紅い弾丸が邪魔になって、奴はしっかり俺を見失っていた。

 

 ――その隙を突く。

 姿勢を低く。一撃での必殺を目論む暗殺者の魂を自分に下ろすように。

 一気にシギナスまでの距離を詰め、無防備なその心臓に刃を突き立てようと――、

 

「――ッ、甘いわ!」

「な、に――!?」

 

 直前。シギナスが俺に気づいて怒りを放つ。

 だがもう行動は停止できない。

 逆手に握ったナイフを、俺はそのままシギナスに突き立てようと振るい――横合いから心臓を狙ったその刃を、シギナスは己の右手を犠牲に止めた。

 

 ずぷり、と。刃が肉に沈み込んでいく不快な感触。

 ナイフの柄を通して感じるそれは、突き立てた《破希(やぶりき)》がシギナスを右手のひらを貫いたことが原因だった。

 だがそこまでだ。シギナスは右手だけを犠牲に刃を止めてきた。

 

「バカが。気配殺しなど珍しくもない」

「――テメ……っ」

「血を流したまま隠れても意味などないわ、間抜け! ――《赫瀑(アギス・カクタ)》ッ!」

 

 瞬間。シギナスの手から流れ出した血が()()()()

 炎はない。ただ爆発と見紛うほどの勢いで手を流れる血が炸裂したのだ。

 

「っ、ご……あ……っ!?」

 

 俺は炸裂の衝撃によって弾き飛ばされ、再び地べたを転がる。

 散弾のように飛び散った血があちこちに傷をつけ、痛みが全身で叫んでいた。

 ただ今回ばかりは、生き残った自分を褒めたいところだ。

 咄嗟に後ろへ飛んだことと、爆発の勢いでナイフが抜けて、そのまま同じ方向へと吹き飛ばされたことが、結果的に功を奏して勢いを殺してくれたのだろう。

 

「……、ぉあ」

 

 そう思った瞬間、いきなり体から力が抜けた。

 がくりと膝が突然にくずおれ、バランスを崩して思わず転びかける。

 

 ――いったい何が……?

 

 そう思った瞬間、――俺は今の攻撃の名前を思い出した。

 赫瀑(かくばく)。あるいはアギス・カクタ。

 原作でも使用されていたシギナスの攻撃スキルであり、その効果は――。

 

「毒の状態異常付加……!」

 

 道理で威力が低いはずだ。いや、そもそも至近距離では高威力の技なんて使えないだろうが、それならそれで別の追加効果くらいは与えてくる。

 まずい。ステータス異常としての毒を喰らった。

 おそらく体に飛び散った血が、俺の肉体からライフを吸い取っている……!

 毒が必ずしも言葉通りとは限らない――ゲームの仕様から逆算すれば、生命力そのものを減らす効果のことは総じて毒扱い、ってことか……。

 

 俺は『Cross Lord』のゲーム仕様そのものを思い出す。

 ライフポイントは、なくなれば戦闘不能になる体力そのものであると同時に、術を行使するためのリソースでもある。

 そして、ゲームでは0にさえならなければ動けるキャラクターも、現実であるこの世界では――0になる前に体力的な消耗がのしかかる。

 

 ――まずい。あと俺は、いったいどのくらい動けるんだ?

 毒自体は《聖者の癒手(ホワイトハンド)》で回復できる。だがオドだって決して無駄遣いできない。

 ただでさえ俺は命術にもオドを上乗せして使っているのだから。

 ステータスを数値で確認できないこの世界では、感覚的な判断が命運を分ける。

 

 何より約束した作戦を使うには、おそらく大量のオドを消費する――!

 

「――ああ、あぁあっはァ……!」

 

 見つめる先で、そのときシギナスが狂気的に笑い出す。

 血を流す己が右手を見つめ、かと思えばその手で顔を覆って――。

 

「――この私に、血を流させるなよ。貴様如きが」

「っ……!」

 

 シギナスは己の血を舌で舐め取っていた。

 かと思えばだらりと両手を下げ、猫背の顔が跳ね上がるように俺を向いて。

 

「もういい。殺す。貴様は有用性を不快感が上回った」

「――――っ」

「流血を求める行為は上位者の特権だ。貴様如きが私に対して行っていいものでは、決してない。――それくらい言われなくても理解しておくべきだろうが低能!!」

 

 怒りに我を忘れるように、シギナスは目を血走らせて叫んだ。

 

 ――ここでやるしかないと直感する。

 問題ない。仕込みならもう済ませてある。この作戦が成功すれば、必ずシギナスに隙を作ることができるはず。

 

 ゆえに俺は、右手に大きく――可能な限り大量のオドを込め。

 そして目を閉じ、上げた片手を地面に叩きつけて。

 

 

「――《聖者の癒手(ホワイトハンド)》」

 

 

 できる限りの回復を、()()()()()()()発動した。

 

「な、何――!?」

 

 白く染まりゆく景色の中、シギナスが今度こそ驚きの声を発する。

 そう。生じたのは単なる光である。

 冥術を扱う際に必ず発生する白い光――ブライトライト。

 俺はそれを、ただの()()()()()()()使()()ことを作戦にしたのだ。

 

 本来、冥術光(ブライトライト)はそこまで強い光じゃない。

 だがそれは術の効果の問題だ。大きな術であればあるほど光は強く眩しくなる。

 俺はそれを、ある種の閃光手榴弾(スタングレネード)として流用することを思いついたのだ。

 

 発想のネタ元となったのは、さきほどクラウから聞いた話。

 ――この星には巨大なマナが流れている。

 ならば俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えたのだ。

 この星という巨大な対象への回復。

 もちろん効果は出ないだろう。人間ひとりのオドで星そのものを回復したところで何も起きない。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 回復ではなく痛みだけを与える行為ですら光ったのだから、それは間違いない。

 

 かくして俺の読み通り、――校庭は真っ白な光によってその全域を包まれた。

 

 発動前に高く手を挙げたのは、どこかにいるはずの仲間たちへの合図。

 それと同時に俺も目を閉じて光を防いだ。

 

「ぐあ、あ――目が……ッ!?」

 

 シギナスは突然の強すぎる光に、目をやられて呻いている。

 その隙に俺は駆け出した。もう一度、握る《破希》に「透かせ」と命じて、気配を殺したまま一直線にシギナスに向けて駆けていく。

 目が見えなければ対応もない。あとは辿り着くことができるかどうか。

 ――けれど。

 

「だから、気配など消しても……無駄だと、言ったろうが――!」

 

 まだ目が潰れたまま、それでも俺の位置を確認してシギナスが術を撃ってくる。

 本当に大した対応力だ。普段は実験場に籠もっているマッドのくせに、実戦経験がありすぎる。その実力には、もはや敵ながら感心すら覚えるほどだ。

 

「お――らぁああぁ……ッ!!」

 

 それでも俺は、飛来する紅い弾丸をスライディングでかろうじて潜り抜け。

 その上でなおも術を乱射しようとするシギナスに、立ち上がりながら宣告する。

 

「だから無駄だ――、と」

「――お前がな」

 

 どすり、と。

 その瞬間――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……、ごふっ」

 

 術の発動を阻害され、よろめき、シギナスは唇の端から血を流した。

 何が起きたのかわからないという表情で、目を閉じたまま痛みの元に顔を向ける。

 

 やったことは単純だ。俺は《透かせ》を発動した《破希》を、投げナイフの要領でシギナスに向かって投擲しただけ。

 魂術による身体補正で投げることには問題ない。

 そして視界さえ潰してしまえば――気配のないナイフが飛んできているなど奴には気づきようもないということ。

 

 気配を消しても視界を潰しても、奴はオドの気配で俺を捉えてくる。

 さきほど奴は「血を流したままでは意味がない」と言ったが、それは血の痕跡から見抜いたなんて意味ではなく、そこに含まれたオドの気配を追ったという意味だ。

 

 ――だがそんな設定(コト)は俺だって知っている。

 設定厨、舐めんな。

 お前に気配殺しが通用しないことくらい俺だってわかっている。

 その上でやって見せたのは、二度目の投げナイフを完全な不意打ちに変えるため。

 

 ――勝った。

 

 と。俺はそのとき、完全に確信していた。

 そして確信を現実にするべく、いくつかのことが立て続けに起きた。

 

 ――ズン、

 

 と。なんの前触れもなく、目に見えない圧力に押し潰されてシギナスが倒れ込む。

 まるでそこだけ重力が強くなったように、地面に陥没して彼は叫んだ。

 

「ご、あぁあぁぁぁ……っ!!」

 

 バキバキと骨が軋み、砕ける音すら響いていた。

 超重力は一瞬で収まったが、その威力は今まで見たものでも最大だった。

 こんなものに呑まれた人間はもう、二度と動けるとは思えない。

 

「――アロルドっ!」

「アビ子か!?」

 

 そして祭壇のほうから声が聞こえて、俺はアビ子を振り返った。

 おそらく今の隙にティーを助け出してくれたのだろう。

 クラウも、ここぞという瞬間に、しっかりとトドメの一撃を放ってくれた。

 

 終わったと安堵しながら、俺はアビ子を振り返る。

 けれどそのとき目が捉えたのは――焦った様子で叫ぶアビ子の姿。

 

「ティーに触れない! 何かの術で覆われてる!」

「――な、」

「そいつはまだ死んでない!! ――逃げるんだアロルド!!」

 

 瞬間、尋常ではない圧力を感じて、俺はシギナスを振り返った。

 そして俺は見る。

 立ち上る紅い血液の糸と、そこから生じる血霧にまみれて体を起こす男の姿を。

 

「――なぜお前がいるのか知らんが、お前は俺に逆らえまい、クラウディア」

 

 ふらりと、血に塗れながらも起き上がるシギナス。その視線は、俺ではなく背後の校舎――屋上のほうに向いていた。

 まずい。まずいまずいまずいまずすぎる。

 クラウがバレた。いることどころか位置までバレている。逃げてくれたことを期待したいが、たぶん《煉獄の蜘蛛(ヴィダム・クルゥ)》も使われた。もう頼ることはできない。

 

 いや、というかそういう問題じゃない。

 なぜ――なぜコイツは、ここまで攻撃を受けてなお、立ち上がってこられる?

 なぜ乂印(がいいん)教の冥術など使えないはずのシギナスの()()()()()()()――?

 

「――《赫灼装術(かくしゃくそうじゅつ)》。私の血河の術の真骨頂だ」

 

 一周回って上機嫌にでもなったのか、シギナスはそんなことを語り出した。

 感情の振れ幅が大きすぎて、もはやついて行けない。

 

「血の糸と霧を纏った私は、攻防において隙はない。悪かったな、手を抜いていて。君の奮戦に敬意を表して、ここから私も本気になろうじゃないか」

 

 知っている。そんなことは俺だって知っている。

 だがそれだけじゃ説明がつかない。立ち上がってこられるはずがない。

 

「……なんで、傷が……治って」

「は。乂印の神に見放された私が治癒を使うのが不可解か? 下らない。いつまでもそれが連中の特権だなどと思うなよ。治癒ができずとも別のもので埋めればいい」

「……何を言ってる」

「血だよ。血はいいぞ。これぞ命の証だ。どんな聖者もどんな下種も、血の色だけは誰も変わらず美しい真紅だ。必要なエネルギーさえ用意できるなら、肉体の欠損など血液でいくらでも補填が利くのさ」

「――――」

 

 俺は思わず絶句した。

 つまりコイツは、血液を操って肉体の欠損を埋めているのか……?

 そんなこと――どれほどのオドがあればできるんだ。

 

「――お前の間抜けだ、アロルド=ラヴィナーレ」

「な……っ」

「儀式の用意などほとんど終わっている。必要な同調を待つだけだった。こんなもの所詮は、暇潰しの児戯なんだよ。なぜ俺が今、この場に来たと思っているんだ」

 

 思わず俺は目を見開いて背後に振り返る。

 祭壇に備えられたティー。その姿を確認する俺に、彼は告げる。

 ――そういえば、いつの間にか俺がつけた火は、とっくに消え去っていた。

 

「そのガキは、凄まじいぞ。なんだ、わかっていなかったのか?」

「何……を」

「そいつはな、この星そのものと繋がっているんだ。扉が開いて回路が通じたということさ。そいつは直接、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――あり得ない設定(コト)を聞いた気がして、俺の思考は凍りついた。

 だがシギナスは、そんな俺など気にも留めずに優雅な調子で。

 

「ふん。別にそのつもりはなかったがな。その陣は単に私とそのガキを繋げるための役割しかない。陣を焼いておけば儀式を止められると勘違いしたな。流れる量が多くなればお前如きのオドなど洗い流せる」

「……っ!?」

「何より今宵の本命の陣は――最初から私が持っていた!」

 

 血によって描かれる陣が、その瞬間、シギナスの足下に広がった。

 淡く光を放ち、複雑な紋様が意味を成して――シギナスに変化をもたらしていく。

 その紋様に俺は見覚えがあった。

 設定厨だった俺は、複雑な陣の紋様さえ形ごと暗記している。

 

 ――だからその絶望が理解できた。

 

()()……()()……!?」

「ふん。もしや《失墜》に聞いていたか? いいだろう上出来だ。なにせせっかくの機会――誰もこの奇跡を解さぬのでは、甲斐というものがないからな!!」

 

 王権宣言。それは文字通り、王になるのだと世界に言い放つ儀式。

 混術儀式のひとつの奥義であると同時に、原作における最大の絶望でもある。

 

 原作のアロルドが失敗し、

 原作ではクラウが成立させた、

 それ以外では使われるのことなかった――()()()()()()()()()

 

「――宣言する。己が最強をここに誓い、七番目の頂を簒奪する!!」

 

 その瞬間。膨大なエネルギーが、渦を巻くようにシギナスに集っていった。

 ティーを通じて奪ったのであろう、人間の尺度ではとても測れない濃密なマナ。

 だが吹き荒ぶ風は、俺にもシギナスにも影響を与えない。

 王の誕生に、――凡夫はただ平伏してその以降に拝せと言わんばかりに。

 

 シギナス=アークタイドは。

 己が、魔王の座を戴くのだと宣言した。

 

 だからといって、何も変わらない。

 別に、シギナスにいきなり角が伸びてきたり、翼が生えたりするわけじゃない。

 なにせそれは宣言だ。

 世に悪成す中で最も強い《魔》が己であるという宣告。

 ならば必要なのはその証明で、――対象なら都合よく目の前にいる。

 

「――――」あ、

 

 死んだ、と俺は思った。瞬間の知覚は、納得もなければ疑問もない無色の事実だ。

 ただ俺にはなんの前触れもなく飛来する紅い弾丸を、止めることも躱すこともできなかったし――まずしようとする発想すら湧いてはこなかった。

 気づいたときには全てが遅く、ただ貫かれて死ぬだけの刹那だけを悟る。

 

 だから。

 

「うっ――ああああああああああああぁぁぁぁッ!!」

 

 その運命を変えたのは、聖剣を持つひとりの少女だった。

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