自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい   作:涼暮皐

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1-29『王権宣言』

「が、はあッ、ハ――はああァ……ッ!!」

 

 アビ子が持つ魔剣によって放たれた斬撃は、シギナスに直撃していた。

 聖剣ソルクレイヴ――改め、魔剣ルナクレイヴ。

 その一撃で、シギナスは胴をほとんど真っ二つに両断されかけるほどの重傷を負い血溜まりに倒れ伏す。だがそれでもなお血走った両眼で、奴はアビ子を睨んでいた。

 この状態でもまだ生きている。

 いや、――どころか飛び散った血が集まるように、急速にシギナスを回復させる。

 

「は――はは、は……! 無駄ァ……無駄無駄、無駄だよ……ッ!」

「これでも……まだ死ぬことすらできないとはね」

「当然だ。私は何より肉体の保存を最初に優先して構築した。同調が完了する前に、下らぬ死に方をすることだけは避けるべきだからな!」

「……こいつ……」

 

 呆れたようにアビ子は言ったが、彼女も彼女で驚いているだろう。

 聖剣の反転によって魂術を使えるようになったアビ子だが、単に戦闘力が爆発的に増しただけとも言える。

 斬ってもしなないような怪物を、殺しきれるかどうかはまた別の話だった。

 

 そして、言っちゃなんだが、たぶんアビ子の強化は()()()()()()()はず。

 だって俺は《剣の属性を反転させる術》など知らないからだ。

 回復術を、神の祝福を受ける術と定義し、その意味を逆転させることで強引に剣の属性変化術として二次創作しただけ。

 

 混術の詠唱であれば、意味が通っていればオリジナルでも通用する。

 そのことはサロスの地下室で確認していた。

 だからこそできると踏んだのだが――感覚的には永続するほどの効力はない。

 ぶち込めるだけのオドをぶち込んだ、言ってみれば力尽くの行為。そんなものすぐ無理が露呈して、――おそらく元の聖剣に戻る。

 

 決着はその前につけなければならない。

 

「――もっとだ。もっと寄越せ……まだマナが足りん……!」

 

 そうこうしているうちに、俺はティーの祭壇の下まで辿り着いた。

 ティーは、祭壇の上で苦しそうに呻いていた。

 

「――、――っ! ……!!」

 

 声は聞こえない。触れようとしても見えない壁に弾かれる。

 何かの防壁でティーが保護されているからだ。

 

「ちっ、クソ……! どうしろっつーんだ、これ……!」

 

 見えない結界を叩いてみるが、そんな程度で割れるようなものではなかった。

 何か術を使ってみるか……? しかし攻撃で砕こうとして中のティーにまで影響を及ぼすわけにはいかないし、詠唱を知っている冥術の中に結界を破るものはない。

 クソ、結界破りの術自体は確か原作にもあったんだが……冥術は作中でしっかりと詠唱されるシーンが少なすぎてダメだ。そっちなら使えそうなのに……。

 

「ははっは、――ハァ!!」

「く――!?」

 

 連発される血の弾丸。俺に放ったものなど児戯でしかない連射を、凄まじい反応でアビ子が斬り払い、魔剣に吸わせていく。

 そうして吸ったエネルギーをそのまま弾き返し、斬撃として跳ね返す。

 二度目はさすがにシギナスも防いだが、受けきれずに細かく傷を負っていく。

 

 アビ子が放つ斬撃が上手い。大きな一撃の周りに細かい一撃が纏わされている。

 魔剣を携えての初戦にもかかわらず、すでにアビ子は敵を凌駕していた

 だがそれでも――シギナスは受けた傷を全て回復していく。

 

「無駄だ! こちらの同調もさきほどより大きく進んでいる――!」

「ちっ……」

「だが、やはり術は喰われるか。倒すなら物理だが――ああ、まったく。貴様は少し面倒がすぎる」

 

 起き上がったシギナスは、そこでだらりと両手を下げ。

 そのままの様子で自嘲するように薄く笑うと、それから顔を上げて言った。

 

「参った。私ではお前を殺せないな。もっともお前も私を殺せないが――」

「――ふん。だったら諦めて大人しく――」

「いいや。――()()()()()

「な――は、はあ!?」

 

 アビ子は思わずといった表情で、目を見開いて絶句する。

 反応は俺も同じだ。――こいつ……この野郎、今なんて言った……!?

 

「お前を殺すのは今は骨らしい。まだ馴染みきっていない。だが時間さえあれば私は完璧へと至るだろう。――その剣を超えるのは、別にそのあとでも遅くはない」

「……ふざ、け……っ!?」

 

 信じられないことに、奴は魔王を名乗りながら逃走を宣言した。

 だが実際、理屈で言えば奴は正しい。時間があればあるほど、奴はマナを引き出す能力に慣れるし、そこから新しい術を開発するだろう。

 

 なにせシギナスはまだ()()()()なのだ。

 

 奇しくもそれは、シギナス自身がさきほど俺に語ったこと。

 余計なエネルギーを術に込めることは難しい――。

 ゲーム風に言うのなら、消費MP量が10と決まっている術に、20使って威力を倍にするような真似はできない。俺が使っているオドの上乗せは特殊技能なのだ。

 まあ今回はオドではなくマナだが、原理としては大差ないだろう。

 何を消費するとしても、込められる量は一定。同じ量でもマナのほうが効率がいいという程度の違いしか今は存在していない。

 

 つまり今の奴には、膨大なエネルギーを持つマナの使用を前提にした術がない。

 だから今まで使った技が、多少強化される程度に留まっている。

 だが時間をかければかけるほど、奴はこの状況に適応し、おそらくマナを用いての超規模術を開発するだろう。奴の《血河》はそもそもそれに向いている。

 

 いや。どころか奴は、今は()()()()の可能性すらある。

 マナを引き出せる量には限りがあるだろう。

 ただでさえ引き出している主体はティーであってシギナスじゃない。ティーを経由している以上はロスが出るだろうし、マナをそう簡単に扱えるとも思えない。

 奴は10の消費量を、3か1か――あるいはそれ以下で補っている可能性すらあるわけだ。そのレベルですら、マナを使った術は次元が変わってくるから。

 

 ――シギナスは今ここで止めなければならない。

 

 だが、何ができる?

 今の俺に、できることがあるとすれば――。

 

 

「――《鳴神判じ(エオス・フェルド)》」

 

 

 突如として、シギナスの身体が真白い光に包まれた。

 いや違う――雷だ。強力な雷撃が、シギナスに向けて落とされたのだ。

 

「ご、――あ……ッ!?」

 

 不死に近い肉体の、動きどころか思考さえ停止させる天墜の一撃。

 原作の本当のラスボスが放ったのと同じ術。それを放ったのはほかでもなく――。

 

 

「お待たせしました、――アロルド様」

 

 

 ティーの周囲を覆っていた結界が、幾本もの青白い光の杭に貫かれた。

 結界は構造を保てなくなり、ガラスが割れるかのように砕け散る。

 それを為した少女が、もうひとりの少女を背負った状態で俺のすぐ隣に現れた。

 

「――ヤミ、クラウ!? き、来てくれたのか……!」

「当然でしょう」

 

 当たり前だと答えるヤミを心強く思いつつ、俺はティーに駆け寄った。

 まだ苦しそうだったが、ティーは薄く目を見開いて、こちらを見て儚く微笑んだ。

 

「おにい、ちゃ……」

「大丈夫か、ティー。もうちょっとの辛抱だ、すぐに助けてやる」

「……うんっ。ありがと……おにいちゃん」

 

 少女の小さな手を握り、俺は視線をヤミに戻した。

 その視線だけで彼女は察して、ここまでの経緯を説明してくれる。

 

「ミリアステオルがもうひとりの大司教と交戦に入ったため、ご命令であった監視は充分と判断しこちらへ合流を」

「……え、監視? 俺、そんな命令したっけ?」

「……『ミリアといっしょにいてくれ』とは、そういう意味では?」

「…………」

「…………」

「……そういうことにしとく?」

「ではそれでお願いしますね、ご主人様。さすが有能な指示でございました」

 

 語尾にハートがついていそうなくらい甘い声で、バキバキに皮肉を言われた。

 いや、まあでも確かに、ここにミリアが来られたら困るしな……。もはや逆に来てほしい気もするが、いずれにせよ彼女の手も空かないらしい。

 ウチのメイドが一生有能。

 俺の納得を感じ取ってヤミは話を続ける。

 

「クラウに関しては途中で拾いました」

「拾われました。メイドさんぱねぇっす。姉御とお呼びしてもよろしいかー?」

「黙っててください」

「うっす姉御」

「……やめてくださいと言うべきでしたね」

「いや、でも大丈夫なのか? ヤミもクラウも、奴に――」

「私の《煉獄の蜘蛛(ヴィダム・クルゥ)》はミリアステオルが完全に封印してくれました」

「ミリアやっば!」

「そこで方法を覚えたので、クラウの術式は私が封印しました」

「ヤミもやっば!?」

 

 クラウでも解除できない術を、解除できないなら封じればいいじゃないでどうにかしたってことか……。さすが教会最強クラスの冥術使いだけはある。

 加えて言えば、それを一度見ただけで覚えて帰ってきたヤミも大概ヤバい。

 この子、オドを自力で回復できないだけで、実は冥術に才能があったのか……!

 

 とはいえ、これは実に大きな進歩だ。

 俺は未だひとり前線にいるアビ子に向けて叫んだ!

 

「アビ子! もう少しだけ足止め頼む! 一分でなんとかする方法を考える!」

「任せた! だから、任せて!」

 

 現状、まだアビ子はシギナスを圧倒している。

 奴に不死かと思えるほどの異常な回復力さえなければ勝負はついている。

 だから問題は、奴からその能力を剥ぎ取る方法があるかどうか。

 

「さて――どう思うクラウ? 奴は基本は命術師だ。何か知見はないか?」

「ふむ。まあ要するに、シギナスはまだ魔王になり切れていないと見るべきですね」

「……魔王になりきれてない、か……」

「おや。そのご様子ですと先輩もお気づきでしたか」

「まあ……魔王にしちゃ、ちょっとあいつは弱すぎるとは思ったな」

 

 この世界において、魔王とはあくまで人間が至るものだ。

 時代における人類最強の術師。

 そいつが己に悪を任じ、世界を壊す側に回る際に誓うための宣言。

 

 それが儀式混術・王権宣言。

 

 必要なのは、己が最強の証明である。

 それを為すことで、術者は魔王としての莫大な力の増加と、世界を壊す権利を得るという。

 つまりは、――シギナスはまだ()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 ならば、つけ入る隙はそこにある。

 

「――ひとつだけ、方法を思いついたんだが」

「ふむ。なんでしょうか?」

「それにはここにいる全員の協力が必要になる。方法はひとつ――」

 

 俺は背後に振り返り、握る小さな手の先を見つめて、ティーに告げた。

 

「ティーの力も借りていいか? 少しだけ、もしかしたら無理をさせるかもしれないけど……」

「……だいじょぶだよ、おにいちゃん」

 

 にへら、と少女は仄かに笑った。

 それを受け取って、俺は少女を抱き起して詠唱を始める。

 

 そう。奴が倒せないのは、奴が魔王という唯一の席を奪おうとしているからだ。

 ならばその座をこちらで簒奪する。

 奴の魔王宣言に、待ったをかけるための対抗宣言。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔王化の詠唱なら知っている。

 だがアロルドは、原作で魔王化に失敗した存在である。

 それより弱い俺が最強を宣言しても、世界が受け入れるはずがない。

 

 だが今の俺には、原作のアロルドですら持っていなかった力が確かにあるのだ。

 

「行くぜ」

 

 ゆえにこれから行うのは、最も恥知らずな原作改変。

 ただの二次創作なんてレベルじゃない。

 自分を主人公にした挙句、そいつが最強なんだぜと世界に叫ぶ――それは、世にも恥ずべきチラシの裏の黒歴史だ。

 

 だが関係ない。

 それでみんなと帰れるならやってやる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 腕の中で小さく弱っている、異常を植えつけられただけの少女を思う。

 最初の瞬間からずっと助けてくれている、有能なメイドの少女を思う。

 出会ったばかりでも慕ってくれる、魔王になるはずだった少女を思う。

 そして――今もなお敵と戦ってくれている、魔剣を振るう少女を思う。

 

 そこに自分を含めた五名を、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――宣言する。我らが最強をここに誓い、七番目の頂を借り受ける――!」

 

 

 その瞬間、凄まじいまでのエネルギーが体の中に流れ込んできた。

 この世界を――この星そのものを巡る力の流れ。

 膨大なマナが俺の肉体と繋がり、器に収まりきらないほどの熱量に肉体が悲鳴さえ上げ始めた。

 口の端から血が零れ、塞がっていたはずの肩の傷が開き始める。

 

 その全てを無視した上で、俺は告げる。

 偽の玉座に座る王を、――その座から引きずり落とすために。

 

「今だ、離れろアビ子!」

 

 ティーにはマナを吸い上げる能力がある。

 ヤミには冥術、クラウには命術、アビ子には魂術の天賦がある。

 そして俺――アロルドは、原作で保証済みの混術の天才だ。

 

 この五人であれば、シギナスひとりに劣っているはずがない。

 

 

「そんで喰らえ、――このゲス野郎」

 

 

 かくして俺の放った炎が、シギナスの全身を炎上させる。

 単純な火の命術。初歩の初歩である《火走(イア)》。

 だがマナによって膨れ上がったその術は、今や最上級の《火焔葬(イレイア)》を上回る。

 

 ――今のは上級術ではない、初級だ、ってヤツだよ、シギナス。

 

「が、ぁ――あ、ぐぁああああああああああああああああああああァァァァァッ!!」

 

 膨大な火焔の柱に包まれて、シギナスが絶叫を上げていた。

 その状態でもなお死ぬことはなく、だがティーは今や俺の勢力下だ。理屈を抜きにして、マナの制御権をシギナスから奪っている。

 今や回復だけで手いっぱいで、それすら徐々に間に合わず崩壊していくシグナス。

 

 奴はその上で、炎に包まれながら俺を睨んだ。

 自らが手に入れたはずの権限を、俺によって奪われたのだと自覚して。

 

「ふざけ――ふざっ、ふざけるな貴様……ふさげるなァ――ッ!!」

 

 死にゆくその寸前であれ、一度は魔王を名乗った男だ。

 奴は再び王の権限を俺から奪うべく、術を向けようとこちらを睨んだ。

 だがその意思が、俺に届くことは永久にない。

 

「――アビ子、決めろ!」

 

 その行く手をひとり遮っている、魔王殺しの英雄がいる限り。

 

 

「――斬り拓け、ルナクレイヴ――!」

 

 

 そして振り下ろされるのは、かつて六代目の魔王を葬った一撃。

 それを魔剣の形で再解釈した――今のアビ子が放てる最高の斬撃である。

 

 

 

 かくして七代魔王を僭称した男は、望んだ玉座を許されることなく両断された。

 

 

     ※

 

 

 ――後世の記録に曰く。

 七代魔王は、歴代で唯一の、個人ではなく集団で魔王になった存在だという。

 魔王とは悪を為す存在だ。本来なら決して人の歴史とは相容れない。

 だがそれでも七代魔王は特殊だった。

 歴代で最も悪辣で、けれど最も愛された魔王と呼ばれた者。

 

 その代表を、二つ名で《悪貴》と呼んだ。

 

 本来なら存在するはずのなかった、新たな魔王。

 アロルド=ラヴィナーレの、――それが物語の始まりである。

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