自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
「――お目覚めですか」
「ひうっ」
目が覚めた瞬間に目にした顔に、俺は思わず息を呑んだ。
「……あの。その反応はさすがにわたしもちょっと傷つくんですが……」
「す、すんません、……ミリアさん。おはようございまっす……」
なぜだ。なぜ俺は光に包まれた明るい部屋でミリアとふたりきりなんだ。
目をポカンと開けて困惑する俺に、ミリア自身から説明が入った。
「昨夜、貴方は教会に運ばれてきたんですよ。ボロボロで、ライフもオドもほとんどゼロみたいなものでしたからね。正直、割と死にかけだったんですよ」
「……あ、ああ。そういうことか。じゃあミリアが?」
「ええ。治療に関してはわたしの責任で。さすがに肩の傷は深すぎて塞ぐくらいが精いっぱいでしたが。完治には程遠いので無理をしてはダメですよ」
「あっす……」
「というか、たぶん一度は無理やり塞ぎましたよね? なんか傷口が妙でしたから。ダメですよ? あまり無理に術で治すのは。治りが悪くなっちゃいますよ」
「っす……」
「……あの。だからなんでそんなに他人行儀なんですか?」
「そんなことないっす、ミリアステオルさん」
「わたしもそろそろ傷つきますよ!?」
――いや。だってほら、昨日の夜、あり得んほど混術を使っちゃったから……。
禁術の使用がバレでもしたら、マジでとんでもないことになる。寝起きの一発目に見る顔としては、申し訳ないけどいちばん嫌だった。
まあ、この態度を見れば、バレてないってことはわかるけどさ。
ほっとひと安心して、ひとまず落ち着いてみることにする。
いや、よかったー、あくまで《借り受ける》って文脈にしといて。
魔王化しちゃったらまともな生活を送れなくなっちゃうからな。あくまであのとき限定で、五人揃っているから、という前提だけの王権宣言にアレンジしてみたのだ。
借りたものは返すのが当然の理屈。
七代魔王の座は再び、今の時点では誰の手にも渡らず宙に浮いている。
自分の思惑が成功した喜びと、――でも改めて振り返っても、やっぱあの宣言クソ恥ずかしいよなという羞恥に襲われつつ、なんでもない顔でミリアに訊ねる。
「ええと……あれからいったい?」
「まずは謝罪ですかね。――申し訳ありませんが《失墜》の確保には失敗しました」
「え。あ、ああ。そうだったんだ? 確か見つけたって聞いたけど……」
「まあ、間に合った時点でおかしかったんでしょうね、きっと。おそらく私を足止めすることだけが目的だったんでしょう。逃げ道は確保してあったみたいでして」
「そう……なのか」
「こういうのは珍しいですが。普通、
「……、みたいだな」
軽く答えた俺に、うっすらと頷いてミリアは笑う。
それから彼女は姿勢を正すと、改まって俺に頭を下げて言った。
「――ご協力に感謝します、アロルド=ラヴィナーレ殿」
「え、……へ?」
「爻印教の大司教の一角が墜ちたのは、ほかでもない貴方の功績です。勝手ながら、教会を代表してお礼を。――いずれ近いうちに正式な形で報奨を考えますが、今日のところは私の言葉を受け取ってください」
「い、いや、ついて来るなっつったの俺だからな……」
ついて来られていた場合、絶対やれなかったことばかりやってるし。
お礼を言われても、それはそれで申し訳ない気分になる。まあティーがシギナスのマナ供給源として利用されていた以上、ミリアは容赦なくティーを殺しただろうが。
「そう気にするなよ。ミリアなら別にひとりでも勝ってただろうし」
「それはそうでしょうが。それでも、わたしの仕事を貴方は代わりに果たしてくれたわけですからね。――今までの非礼も含め、貴方には謝罪と感謝をお伝えします」
「まあ……そこまで言うなら受け取っておくけどね」
「あはは。もともと、ラヴィナーレ家は代々、かつての編纂書院総括でしたし。今の時代ではその任も解かれていますが、できれば個人的にもなかよくしてほしいです」
「…………」
そう。これが、俺とヤミが編纂書院の存在を知っていた理由である。
かつてのラヴィナーレ家は、編纂書院のまとめ役だったのだ。暗黒時代の裏切りのせいでその任から外されてしまったが、編纂書院の存在自体は未だに伝わっていた。
でもあんまりミリアとはなかよくしたくないです正直。
いやマジ、ミリアならひとりでシギナスを倒せただろうしな……。
悪じゃないから王権宣言の資格がないだけで、能力的には充分に条件を満たしてるはずだ。ホント、こいつが正義側の人間で、救われてますよこの世界……。
「それでは! また逢いましょうね、アロルドさんっ!」
「う、うぃっす。あっす。えっす。――じゃっす」
「……あの、すみませんけど、何を言っているのかよくわからないんですが……」
「いや、ホント、あの。さようならです」
「はい! さようならアロルドさん。またお見舞いに来ますからねっ!」
「いっす(注:いいです来ないでください)」
かくして。
ひらひらと可憐な笑顔で手を振って出ていくミリアを、俺は実に小物っぽい反応で見送った。……え、なんか呼び方が『アロルドさん』になってる……。こわ……。
シギナスに勝っちゃったせいで目をつけられたっぽいんだけど。
どうしよ。二度とミリアと会わなくて済む方法、どこかにないのかな……。
――と。
そんなことを考えていると、入れ違いに姿を現す四人の少女。
「おにいちゃーんっ!」
「うぉ……っと」
ぼすっ、と勢いよくベッドに飛び込んでくる、小さな体の銀髪の少女。
花開くようなティーの笑顔に、思わず癒されながら抱きかかえる。
「おぉ、ティー。体のほうは大丈夫なのか?」
「うん! 教会のね、キレーなお姉さんが診てくれたから大丈夫!」
「……ミリアさんには頭が上がんねえっす本当」
本当にいい人なんだけどなー。
正直めっちゃかわいいし普通に好きだったし、つーかなんなら原作でいちばん好きだったヒロインがミリアなんだけどなー。
実際に会うと怖すぎるという問題がどうしても拭いきれない俺だった。
「せんぱうぃー」
「うおっ!」
と、幼女に紛れようとでも思ったのか、続けてクラウがベッドに飛び込んできた。
「ちょ、やめろ! ティーはともかくお前まで乗ってくるな!」
「む? つまり先輩は幼児体型がお好みですか」
「言ってない!? やめて!? 殺す気か、社会的に!?」
「とすればわたしは結構惜しいですよ?」
「確かに惜しいけどね! ――いや別に好みって言ってるわけじゃないけど!」
クラウはダメ。背は小さいのにスタイルがよすぎて、正直ぜんぜん緊張する。
遠慮なくひっついてくるクラウとティーにもみくちゃにされた俺は、助けを求めて視線を彷徨わせ――そこで、なんだか恥ずかしそうに唇を尖らせるアビ子を見た。
「どうした、アビ子?」
「い、いや……別にどうってこともないけど。別に」
「ん?」
「彼女は気にしているのですよ」
「ちょ、ヤミ!?」
突如として話題に押し入ってきたヤミが、やれやれと首を振りながら言った。
「気にしてるって……何を?」
「聖剣を魔剣に変えられたことに怒って叩いたら、アロルド様が気絶したことです」
「トドメお前だったのかよアビ子」
「あうぅうぅ……っ」
顔を真っ赤にして呻くアビ子を見て、俺は思わず肩を揺らした。
こんな風に笑い合えている時点で奇跡みたいなものだ。ならそれでいい。
「そ、そんなに強くはやってないよ!? ちょ、ちょっと触っただけだったのに……」
「アビ子お姉ちゃんはねー、お兄ちゃんが倒れちゃったあとずっと泣いてたよ」
「ティー!?」
予想していなかったらしい不意打ちに、アビ子は狼狽えてわたわた手を振った。
なんかのパントマイムみたいな挙動をしばらく見せたあと、観念したように彼女はベッドまで近づいてくると、その脇にちょこりと座って俺の顔に手を伸ばす。
そして俺の頬を、片手でぎゅーっと引っ張ると。
「なにふんねん……」
「……心配した」
「……まあ、それは悪かった」
「いい。ゆるす。……でも、次はないから」
そう言って、赤い顔のままフン、と顔を背けるのだった。
こいつのこともわかるようになってきた俺は、そんな照れ隠しに思わず笑う。
「わかってるよ。こんなこと、そうそう何度も起きないって」
「……あれ、なんでだろ。今の言葉でいきなり不安になってきたんだけど」
「それやめて。フラグ立てたみたいになる」
「ふらぐ?」
きょとんと首を傾げるアビ子。
あー。なんか、伝わらない言葉もそれはそれであるもんだな。
まだまだこの世界には、ちょっと
「――アロルド様」
すすい、と俺の近くに寄って来たヤミが、そこでそっと小声で囁く。
「ヤミ?」
「いえ。アビーはともかく、私はいろんなことをまったく許していないので、言っておきたいことは山のようにありまして。いったいどれほど無茶したのか、とか」
「――ひぅ……」
「同時に訊きたいことも山ほどあります。なぜ爻印教の大司教の名を知っていたか、とか」
「…………、あー」
なんのことかと一瞬思ったが、そういえばと思い出す。
ヤミにフルネームを名乗ったのはフォルロムのほうだけで、シギナスのほうは別に名乗っていなかったのに、俺はあっさり名前と二つ名を当ててしまっている。
原作の知識がポロッと出ちゃう癖、マジ気をつけないとだな……。
こういうケースなら、違和感に気づけるのがヤミしかいないからセーフだけど。
「まあ、その辺りは追々ってことで」
「……はあ。本当に、困った主を持ったものです」
溜息を零すメイドに苦笑しつつ、ふと俺は考え込んだ。
逃走し、あのミリアですら捕らえられなかったという大司教。
――《失墜》のフォルロム=ルヴン。
まあ原作でも爻印教の大司教は十人全員は登場していない。
というか登場している奴のほうが稀で、ほとんどは設定資料集で二つ名だけが公開されるに留まっている。つまり大司教の大半は、詳細な情報が何もわからない。
ただもちろん全部を暗記している俺でも《失墜》なんて知らなかった。
まあ資料集では《因斬》を含めて十だ。
それをミリアが倒した後釜ならば辻褄が通っているが――少し引っかかる。
俺にとっては珍しく、それはなんの根拠もない勘に過ぎなかったが。
まあ、それでも今はいい。
こうして日常に戻ってこられたことを喜ぼう。
「アロルド様」
と、そこでふとヤミが言った。
今度は周りにも聞こえるほどの大きな声で。
「ん、どした、ヤミ?」
「いえ。そういえばまだ、今回のがんばりの報酬を頂いておりませんので」
「え? あ、あー……そりゃそっか。ああ、やっぱなんか用意するべきだったり」
「――いえ」
彼女は途中で俺の言葉を遮り、――それから。
「疲れた分を、癒してくだされば大丈夫です」
「え?」
「――んっ……」
言うなり俺を押し倒して、強引に唇を奪ってきやがった。
こ、こいつ……それ何度目だっつーの……!?
「わー」「おー」「えええええええええええええええええええええええっ!?」
傍で見ている三人から、三者三様の反応があるのも無視するヤミ。
今度こそ抵抗しようと暴れてみるが、肩が痛くてあんまり動けそうにない。
「ん、んんっ、んんん――!?」
「……んふ、ぷあ……はむ、れろ……」
「んんんんんんッ!?」
「ん、ふ……あむ、んんん……っ」
「――――~~~~ッ!?」
しかもなんかねちっこい。ちょ、おまっ、こいつ……それはダメ……っ!
あ、あかん。なんか、なんか入って……おぉあぉぉぉぉっ……!
「……ぷはっ」
やがて一分近く俺を舐り続けてから、ヤミはようやく顔を上げて。
実に満足した表情で、見たこともないほど妖艶に、だがどこか愉悦を交えて。
「ご馳走様です」
「……もうこれやんなくてもオドは渡せるようになったんですけど」
「そうですね。――だから不意打ちです」
「お前……」
「アロルド様のせいですよ。これから屋敷の住民もおそらく増えるでしょうからね」
そんなことを言って、ヤミはポカンとこちらを見つめている三人に。
なぜか笑って――こんなことを言うのだった。
「格付けは、最初に済ませておかないと」
ヤミが言っていることの理解を放棄し、俺はバタリと再びベッドに倒れ込んだ。
設定厨もこういうときは無力だ。
何を言っているのか、だってさっぱりわからない。
一瞬の静寂。この数秒後に、部屋がきっとうるさくなることは予想するまでもないことだろう。その嵐をどう凌ごうか、きちんと考えないと大変そうだ。
けれどまあ、そういうのもきっと悪くはない。
妙な満足感を覚えながら、俺は――この世界で生きていく未来に思いを馳せた。
――この世界に来れて、よかったな……。
第一章、完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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