自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい   作:涼暮皐

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幕間1
S-01『メイド少女は考えている』


 部屋を貸してもらっていた教会の個室を退院した。

 事情が事情なので、通常の治療院ではなく教会のほうに匿ってくれたという話を、ヤミ経由で聞かされた。その辺りの手配はミリアがやったということだ。

 

 ……やっぱなんか怖いんだよなー……。

 

 というのもだ。

 ほら、俺の与り知らぬところでアロルド(本物)が爻印(こういん)教といらん取引をしていた過去が急にのしかかってきたじゃないですか。

 しかも大司教クラス。ここはゲームじゃないからレベル制じゃない、という前提があるとはいえ、いきなりラストダンジョンのボス級と戦わされても困りますって。

 いわゆるアレです、アレ。ラスボス戦の前ってボスの連戦があったりするじゃないですか。シギナスってああいうところに出てくるヤツですよ。勘弁してください。

 これ《本当にゲームの中に入る》タイプのファンタジーだったら逆に詰んでた感がありますね。そういう意味では、あくまで元がゲームの《異世界》で助かりました。

 

 ――と、思わず心の中で敬語になってしまうくらいには正直焦ったものだ。

 

 ただ幸い今のところ、ミリアが俺を疑っている様子はない。

 見た感じ彼女は、割と原作通りの性格に見える。というかほかの原作キャラが割と軒並み『なんか微妙に違うな?』感を覗かせている中、ほぼ唯一と言っていいくらい原作そのままの、明るく優しくかわいい女の子感が揺らいでいない。

 

 そしてミリアは原作そのままなら、そこまで腹芸を得意とするキャラじゃない。

 さすがにアビ子ほど筒抜けだとは言わないが、もし俺に対して何か爻印教との関連性を疑っているなら、それとなく探りを入れてくるくらいはするだろう。

 腹芸ができないわけじゃないが、それを我慢することがないだろうという意味で、ミリアはわかりやすいほうだ。

 それが現状まったくないと言えるのだから、余計な疑念は持たれていないはず。

 

 叩けば埃が出ちゃうからな……。できたらそもそも叩かれないところを目指したいと思う。

 ただそれはそれとして、なまじシギナスを倒してしまったせいか、逆にミリアから興味を持たれているっぽいのがちょっと怖かった。妙に好意的すぎる気がする。

 編纂書院の、それもトップの十三人である夜戒の一角と絡むことなんて、一般人として暮らしている限りそうそうあることじゃないんだけど。

 

「あ、痛でででで……」

 

 考え込んでいたせいで、つい勢いよく肩を揺らしてしまった。

 痛みが軋む。傷自体は術で塞がっているが、中の組織がまだ治りきっていないのがわかる痛み方だ。下手に動かすと再び裂けかねない(現に昨夜は一回裂けた)。

 

 ――現在、俺は屋敷の二階の部屋にいる。

 階段を上がって左手側に並ぶ、三つの部屋のうちの真ん中だ。

 外から入口を見て階段(ひだりて)側がアビ子の部屋、書斎(みぎて)側がクラウの部屋の割り当てだ。

 ヤミとティーのふたりは一応、使用人扱いということで部屋が一階の奥側だ。

 ここからだと屋敷の中でいちばん遠い場所になる。

 階段を降りたすぐ近くにも部屋はぜんぜん余っているのだが、その辺りは我が家の長が譲らなかった。俺のことじゃないよ、ヤミのことだよ。

 

「お」

 

 こんこん、とそのとき部屋の戸がノックされる。

 どうぞ――と声をかける寸前に、ガチャリと部屋の戸が勝手に開かれた。

 

「失礼します、アロルド様」

「ヤミか」

「ええ。扉を開けても問題なさそうな気配でしたので」

「気配でしたか……」

 

 何を言うよりも先に扉を開けた理由を、ヤミはそう説明した。

 すげえよ、ウチのメイド。入っていいか悪いか、気配だけでわかるんですって。

 ……どういう理屈? まあ、なんかもうヤミが言うならいいけども。

 

 時刻は昼過ぎ。今朝方に教会を出てきたところで、各々ひとまず自由にしている。

 とはいえヤミは部屋の手入れで忙しい。一応、ヤミも昨日はそれなりにボロボロにされたはずなのだが、俺とティー以外もみんなミリアが診てくれたらしい。

 結局、いちばん重傷だったのは俺という話だった。

 

「ほかのみんなはどうしてる?」

「ティーヌは寝かせてあります。体はむしろ元気すぎるくらいですが、少しいろいろありすぎましたから。今日のところはしっかり休ませようかと」

「なんなら別に働かせなくてもいいんだけど……」

「それはダメです」

「あっはい」

「……どうもアロルド様に任せると甘やかしすぎそうでいけませんね」

「そう、かな……いや、まあ、そうなのかもな……」

 

 希少すぎる能力に目覚めてしまった少女だ。

 ただでさえ両親を亡くしたばかりで、あんまり負担はかけたくなかったが、今後のことを考えればある程度の自衛能力は鍛えるべき――という意見は俺たちの間で一致していた。

 ティー自身の才能がどこにあるのかわからないが、もし自由にマナを扱えるようになれば、全ての術に適性を持つパーフェクト美少女が誕生するかもしれない。

 そういう意味では将来が楽しみだ。

 

「アビーとクラウはふたりで買い出しに行きました。昼食はふたりで作るそうです」

「え、そうなんだ? ……いや、まあアビ子は料理できるだろうけど」

 

 料理シーンそのものはなかったが、ひとりで生きてきたんだから最低限はできると自己申告するシーンなら原作にもあったはず。実際まあアビ子はできるだろう。

 問題はクラウだ。境遇を考えれば料理など教わったとは思えないが。

 いや、しばらくこの屋敷で勝手にひとり暮らししていたんだし、その間に習得していたのかもしれない。……どっちに転ぶか予想できんな、クラウは……。

 なんとなく、やたら上手いか恐ろしく下手か、極端な二択のどっちかな気がする。

 

 アビ子も同じ不安があるのか、軽く息をついて言った。

 

「クラウが言い出したんですけどね」

「そうなんだ? それは……割と意外だな。料理するとか言い出すんだ、あいつ? どっちかっつーと『疲れるからイヤ』とか言ってそうなキャラだけど」

「自分は無傷だから今日は任せろ、とのことです。それでアビーも引率に、と」

「《煉獄の蜘蛛(ヴィダム・クルゥ)》は傷は負わないとはいえ、結構元気だな……」

「なんだかんだでかなり軽減できていたのでしょう。解除不可能とはいえ、仕組みが理解できていれば……彼女であれば痛みを減らす細工くらいはできたでしょうから」

「すげえな、あいつ……」

 

 自分で術を開発する、というシステムが今のところ俺にはさっぱりだ。

 その辺りの説明って原作でも省かれてるから、何をどうしているのか謎である。

 ふと思いついて、俺は近くに置いてある椅子に向かって詠唱をした。

 

「――《忘れる勿れ(イス・ガ・ブライブ)我は恨みを喰らう者(ア・ニヴィド・ナデュカ・オルス)》」

 

 そして――やっぱり何も起きない。

 ヤミはそんな俺を、細めた目で見ながら訊ねる。

 

「……《恨み喰らい(ニヴィド・ナデュカス)》ですか? 急に何を」

「いや……やっぱ使えないんだな、と思って」

 

 気づいたのだが、たぶん俺は四大術で命術がいちばん苦手っぽい。

 オドに比べてライフを使う感覚というものがいまいち理解できないせいで、詠唱を知っているだけでは術が発動しないのだ。

 一度は目で見て力の流れを把握しないと発動することができない。

 

 この術は現物は見たものの、詠唱の瞬間は見ていない。

 詠唱を言葉にするだけでは意味がないことを、理解させられる事実だ。

 

「……その術は、おそらく特定の誰かを強く恨んでいないとそもそも使えませんよ」

「ああ。まあ言われてみればそうか。……でもまあどっちにしろだな」

 

 冥術を(意図して)失敗するときとは明らかに感覚が違う。

 間違って発動するのではなく、そもそも何も起きていないし起きる気配もない。

 少なくともすでに爻印教相手には負の感情がたんまり溜まっているし、それで何も起きないのだから、俺は術自体を発動するところまで行けていないと見ていい。

 

 この辺の感覚がどうも難しいんだよな……。

 体の中に流れる二種類のエネルギー。その片方を使うことはあっさりできるようになった反面、もう片方を動かすのが非常に難しい――というか自力ではできない。

 ふたつとも本質的には同じエネルギーだというのが邪魔をしていそうだ。

 ライフを使おうとしても勝手にオドのほうが流れてしまう、みたいな感じだった。

 

「……うーむ。アロルドは、むしろ命術(バーン)寄りの混術(ケイオス)使いだったはずなんだが」

 

 まあ、そもそも俺が最初に使ったのは、アロルドが原作ではまったく使っていない冥術だったし。俺と元のアロルドの適性は、中身の影響で差が出たのかもしれない。

 

「あまり軽々に混術(ケイオス)使いなどと名乗らないほうがよいかと存じますが」

「まあ、それはそう」

 

 釘を刺すようなメイドに苦笑して頷く。それから俺は話を戻すように、

 

「でも、思いのほかみんな元気でよかったよ。ティーもぜんぜん体に負担とか残ってないみたいだし。ヤミもクラウも蜘蛛でかなり精神削られただろうし」

「あの術は肉体に傷はつきませんから。いちばん重傷なのはアロルド様ですよ」

「そうなんだよな……」

 

 なんならアビ子は昨日、完全に無傷で凌ぎきったし。

 

 もともと剣技には優れていた彼女だ。聖剣が魔剣に属性を変え、同調可能になった時点で彼女の戦闘能力は著しく跳ね上がったと言えるだろう。

 結果的に魔王に至らなかったとはいえ、その手前までは到達した奴を、後半からはほぼひとりで完封していたに等しいのだから凄まじい。

 

 原作世界線ではついぞ気づくことのなかった魔剣の適性を自覚したことも含めて、もはや彼女が闇堕ちする理由は完全になくなったと言えるだろう。

 元より彼女は、どれほど努力しても強くならない自分と、凄まじい勢いで強くなり続ける主人公との違いに心を折られて闇堕ちするキャラだった。

 そのコンプレックスの根幹がなくなったのだから、これで俺もひと安心だ。

 

 まあ、魔剣化した聖剣は、俺が気絶している間にあっさり聖剣に戻ってしまったということだが、アビ子としては『複雑……』という感想らしい。

 今後を考えるなら完全に魔剣化するほうが合理的だが、先祖伝来の聖剣の属性を、自分の一存で変えていいものかは迷いどころだそうだ。

 アビ子の剣を永続的に魔剣化する術も、そのうち探しておくべきだろう。

 

 わきわきと、自分の手のひらを閉じ開きしながら無言で見つめる。

 どうにも死線を潜り抜けたことで、まあ燃え尽き症候群とまでは言わないが、張り詰めていた気が少し抜けた感覚があった。ぬるま湯に全身が浸かっているみたいな。

 

「――アロルド様は、なんというか不安ですね。このままだと」

 

 そんな俺を見て、ふと溜息を零すみたいにヤミがそんなことを言った。

 

「え、何それ。どういう意味?」

「どうも今のアロルド様の知識は、いろいろ偏っているようですから」

「あー……あはは」

 

 思わず笑って誤魔化してしまったが、まあ実際それはその通り。

 アロルド本人の記憶がない、という問題もあるが、それ以外にも俺は普通使わないような設定面の知識ばかり持っている一方、この世界の常識には割と疎い。

 記憶の話をするなら、地球にいた頃の記憶もなぜかさっぱり残ってないが……。

 

「そのくせ、いきなり女性ばかり連れ込みますし」

「それは人聞きが悪いんですけど」

 

 さらにヤミからの文句が続き、さすがの俺もそこには反駁した。

 別に、俺が狙って女の子ばかりを連れ込んでいるわけではまったくない。クラウに至っては勝手にいただけだ。……まあ、引き留めたのは結局、俺だけど。

 だがヤミはそんな俺に白い目を向けて答える。

 

「おや。外聞が悪い自覚はおありだったのですね」

「どういう意味だよ……」

「どうもこうも。ラヴィナーレ家の跡取りが若い女ばかり自宅に侍らせている――というふうに、外から見れば思えることは事実でしょう」

「……、もしかして俺が思ってるよりまずい?」

「アロルド様がお望みであれば、私はそれを叶えるだけの立場です」

「…………」

「……別に、次から次へとっかえひっかえにするようなことがないのなら、何も問題ありませんよ」

「するわけないでしょ、そんなこと……」

「では、きちんと責任を取る覚悟はおありですね?」

 

 まっすぐ訊かれて、俺は言葉を返す。

 

「それは……どういう意味での責任を言ってる?」

「彼女たちを妻として迎え入れる覚悟があるのか、という意味です」

「…………」

 

 いや。そんな覚悟は、ない。

 というか、そもそもそんなとこまで考えていないんだけど。

 考えなきゃいけないもんなのかな、それ……。

 言葉に詰まった俺を見て、ヤミは『やっぱり』みたいな顔でやれやれと首を振る。

 

「そんなことだろうとは思っていましたが。ダメですよ、遊びで手を出しては」

「出さねえよ!」

「別に何人招き入れても構いませんが、もし抱くのなら全員しっかり娶ってくださるようお願いしておきます。そういうの厳しいですよ、乂印教会は。特に貴族には」

「妻を何人も娶ろうとするほうにはなんで甘いんだ……」

「教会の教えがそうだからとしか」

 

 そう。それがこの世界の一般的な価値観だ。

 この王国の倫理的な根幹は乂印教会の教えであり、乂印教の正典では一夫多妻制を認めている、というかむしろ推奨している。産めよ増やせよというわけだ。

 実際、複数の妻を持つ人間は、特に貴族には珍しくもない。

 ただし浮気や不倫などの不貞については非常に厳しい。他人の妻に手を出すとか、一夜限りの遊びだとか、そういうことを強く嫌悪する価値観が一般的だ。

 逆に言えば、責任取ってきちんと家族として迎えるなら何人でもオーケー、むしろ多いほう推奨――という思想がこの世界の《普通》である。

 

 まあ貴族と平民では事情が少し違う。

 一般の市民はもう少し緩く、基本的に妻はひとりであることが多いし、夜の街には娼館なんかもある。ただそういう場所を貴族が利用する、ということはあり得ない。

 国の繁栄に寄与すること、そして選んだ女性には真摯であることが、今のこの国で最良とされる現代的価値観なのだ。貴族ならば、その規範であらねばならない。

 

 という設定は、まあ、確かに知ってたんだけどさ……。

 やっぱ慣れないな、この異世界倫理観。俺の中の令和が何かを叫んでいる。

 

「これ、そこまで重い話だったのか……」

「手を出すなら、という前提ですけれど。とはいえ歳が近すぎますので、どうしても穿った見方をしてくる者は現れるかと」

「気にしなければ済む話か?」

「いえ。囲っておいて手を出さないのも、それはそれでどうかと思われます」

「囲った覚えがない……」

「存じてますよ。――だから申し上げています」

 

 バッサリと言い切るヤミだった。

 要するに、外からの見え方はそうだって話なのだろう。

 軽く肩を竦めて、それから俺は今朝のことを思い出してヤミに言った。

 

「そこまで考えてんなら、朝からあんなことしてくるなよ……」

 

 ヤミと出会ってから、ペース的には一日一回は唇を奪われている計算になる。

 オドの供給が必要という理屈はわかっているが、今の俺ならもうキスをしなくても供給できる。

 だがヤミは表情を変えずに、むしろ当然だとばかりの様子で。

 

「考えなしに手を出されては困りますので」

「だからしないって」

「向こうから、という意味です」

「…………」

「貴族に抱かれれば人生を保証される、なんて目論見で若い貴族を誘惑しようとする女は遥か昔から大勢います。既成事実さえ作ってしまえば安泰ですからね、実際」

 

 正妻や側室、というような概念はこの世界には基本ない。

 妻は順番に関わらず等しく愛すべし。一夫多妻が続いてきた世界の価値観だ。

 目を細めて、それから俺は少し考えて答えた。

 

「……アビ子とクラウは、そういうことをしてくるタイプじゃないと思うけど」

「ハッ」

「コイツ鼻で笑いやがった……」

「まあ、その手の吹けば飛ぶようなかわいい幻想を抱き続けるのは勝手ですけれど」

「すげえこと言うじゃん」

「そこまで考えていなくても、発情して流れで、ということもあり得ます。私が目を光らせていることは最初に理解させておくべきでしょう」

 

 いつも通りの表情でヤミは語った。

 恐ろしいことに、ヤミから言われると正しい気がしてきて怖い。

 

「じゃあ、何? アレはアビ子とクラウに対して釘を刺してたってコト?」

「今のところは、そういう理解でよろしいかと。複数の妻を持つ貴族など珍しくないですが、やはりひとりいるのといないとでは違いますから」

「ひとり目っぽく振る舞ったってわけか……」

 

 軽くかぶりを振って、小さく息をつく。

 それから俺は、思わずじとっと湿った目になりながら。

 

「どうすんだよ? それで、もし俺のほうが我慢できなくなったりしたら」

 

 その問いに、ヤミはなぜだか薄く笑った。

 すっと俺に顔を近づけ、上目遣いにこちらを見上げながら。

 

「そのときはここに、我慢する必要のない相手がきちんといますから」

「…………」

「その際は私をお呼びください。私なら、いつでもお召し上がりいただけますよ?」

 

 あれこれ正論を言っていたようで。

 ――それ結局、貴族はこっそり使用人に手を出してるって話じゃねえの?

 

「使用人ならいいんだったら話が違うじゃねえか……」

「いいわけではありませんよ。バレない、というだけの話です」

「実質同じじゃん」

「嫌ですね、アロルド様。ご存知ないのですか?」

「何を?」

 

 訊ねた俺に、ヤミは妖艶に微笑みながら。

 悪戯っぽい表情で、実に楽しそうにこう答えた。

 

「――貴族と使用人の身分違いの関係は、昔から恋物語の定番ですよ」

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