自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
「カエルの肉がいちばん安かったものでー」
「……買い物上手っ!」
買い物からカエルを買って帰ってきたクラウは言った。
カエルを渡された俺は帰ってきたクラウにそう返した。
アビ子は帰ってくるなり逃げた。
カエルは(たぶん)食べたことねえな……と思う俺の前で、クラウは『むふー』と自慢げな表情で胸を張った。ぽよん、と揺れるものに思わず目が吸い込まれるし正直ちょっと抗えないため、その辺りどうにかしてほしいところである。
コイツは無防備すぎる。育ってきた環境が環境だから仕方ないが、もう少し慎みというか、男の視線みたいなものを気にしてもらいたいところだ。
自分を監視する奴の存在には気がついて、なぜこっちには意識が向かないのやら。
ヤミがよくないヤミが。
変な話するから。
責任取ってクラウを教育してください(丸投げ)。
「まあ任せてくださいよ。ふふん。わたし、これでもカエル料理は得意ですよ」
そんな俺の考えには露ほども気づかない様子で、クラウはぽやぽや語る。
「なんでそんな特殊なスキルツリーしてんだお前?」
「すきるつり? とは?」
「……これは通じねえのか。いや、普通はもっと牛とか豚とか鶏で料理覚えるだろ。なんでカエル料理にだけ自信持ってるの?」
「捕まえるのが楽で捌いて焼けば食べられるからです。丸焼きはいいですよ」
「サバイバル訓練でもしてたんかお前?」
「そですねー。まあ、自力で食料を調達する方法は仕込まれてますよ」
「してたのかよ……」
『サバイバル』は通じる辺り、別にカタカナ語が駄目ってわけでもないらしい。
にしてもシギナスの奴、いったいクラウに何を仕込んでたのやら。
結局、カエル肉は『私が預かります』とヤミが没収していった。
クラウはヤミには逆らわない方針らしい。この家でいちばん偉いのが誰なのかを、しっかり見抜いているのだろう。正解。俺じゃない。
取り残された俺たちは、暇を持て余しながらなんとなく雑談を続けた。
「ふ……腕を披露する隙がありませんでしたね」
「どっちかっつーと隙だらけだったんじゃねえの、クラウが?」
「よくわかりませんが。まあ、さっきの買い物で今日の分の体力の八割は使いましたからね。ここで料理までしたら残り二割も使い切るところでしたよ」
「買い物で八割使うんだとしたら、料理は二割で足りるのか?」
「足りますよ。歩かないし家の中なので」
「お前の中で《外を歩く》ってめちゃくちゃハードル高いんだな……」
「当然では? わたしは叶うことなら一生室内で生き続けたいと思っています!」
体力のない奴だ。いや、体力がないっていうか、単に怠惰なのか*1。
実際、昨夜は割と動けていた。必要に駆られれば動けないわけじゃなさそうだが、できればしたくない、ってところか。実際、見た目相応の運動能力ではあった。
それでよくカエルを捕まえて食べたりしていたものだ。
「クラウってどういう教育されてたんだ? 食べられる野草を教わったりしてた?」
「あ、いえ別に、誰かが教えてくれたってわけじゃないですよ。確かに教育の時間はありましたが、ほとんど三大術の授業でしたからねー。たまに魔物の棲む巣穴とかに放り込まれたりしてたんで、食料調達は必要に駆られて覚えただけです」
「…………」
「あとは一般教養……というか、
――なるほど。攫ってきた人間で安価に兵士を量産してたわけか。
実に居心地の悪くなる話だ。なんとなく、背中がむずむずとしてくる感覚がある。
「……まあ、クラウは洗脳されなかっただけよかったか」
「わたしはそうですねー。でも、しっかり洗脳されちゃってる子もいましたよ。特に物心つかないくらいの時期から研究所にいた子はそんな感じでしたねー」
「……へえ」
「それなりに大きくなってから来た子は、痛みとか恐怖で縛られてた感じですねー」
「……《
「あ、それはわたしだけです」
「あれ、そうなのか?」
「それ使えるのシギナスだけですし、シギナスはいるほうが稀でしたから。それに、ああいう設置型の命術は運命力の上限を削るので、そうそう使えません」
「お? その話は知らないかも。詳しく」
「では一席」
こほん、と頷いてクラウは指を立てた。
クラウ先生の命術教室のお時間だ。
「
「うん」
「ただしこの《ライフ》という概念は、オドと違って少し捉え方の難しいものです。一般的には体力や生命力……つまり減少すると疲れるし肉体の調子が崩れるものだと見做されており、それは間違いではありませんが、決して充分でもないです」
「そこは知ってる。運命力みたいなものも含まれてるからだろ?」
ライフとは星から与えられる、生命が持つ根本の生きる力である。
ゲーム上ではLPと表記されるが、まあ一般的に言えばヒットポイントか。だから術で消費する以外にも、傷を受けたり病気になったりすれば、もちろん減少する。
体力。生命力。精神力。存在力。運命力。
そういったものを包括した概念として捉えるべきだろう。
だからライフを減らしたり使い切ったりした際は、言うなれば《非常に死にやすい状態になる》と見做すのが近いわけだ。
体力がなくなって俊敏に動けなくなったり、咄嗟の判断力が低下したり、自然治癒力が低下して傷や病に弱くなったり――土壇場であと一歩の幸運が掴めなかったり。
この世に生きた命として存在する力。
そういう
「はい。そして減ったライフは時間経過で回復します。これは食事をしたり、睡眠や休息を取ったり、冥術による回復術……つまりオドを変換することでライフに変えることで補えるわけですね。――ですが」
ひと息。間を開けてからクラウ先生は語った。
「このとき回復の上限が削られることがあります。満タンまでは回復できなくなるということです。それが《
「なるほど」
「設置型の術は、一度設置してしまうと、発動して術が解除されるまで消費した分のライフを回復することができません。いえ正確には回復はできるのですが、不足分を運命力で自動的に補ってしまうカタチになるのです」
「ん、補う……というと?」
きょとんと首を傾げた俺に、クラウは指を立てて解説を続ける。
なんだか少し楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「たとえば、術者Aのライフ総量を10とします。消費1の
「うん」
「ですがこの術者Aが《
「つまり、消費1の
「と思いきや、別にこの状態のAも10回撃てるのが難しいところなんですよね」
「ふむ……つまり、10回撃つとマイナス2になるわけか?」
「観念的にはそうなんですかね? とにかく、上限が削れていても扱えるエネルギー総量に変化はないのです。ただしこの状態では通常より運命力が削れて物事が上手く運びません。決死の反撃が読まれて躱されたり、これと思った賭けに失敗したりと、そういう土壇場での運が削れるんです。目には見えないところで。これが、運命力で補っている状態――ということです」
なるほど。その状態を嫌って、設置型はそうそう扱えないというわけか。
実にわかりやすい。クラウは天才肌だが、感覚派ではなく理論派で説明が上手だ。
「特に《
「だからシギナスも、クラウみたいに相当強い奴にしか使えなかったわけか……」
「そういうことですね。わたしは、割と立場から特殊でしたので。ほかにいた普通の被験者たちとは扱いが違いましたから」
「それは……クラウが実験の成功例だったから?」
「そういう勘違いを研究所の連中はしてましたし、それもありますけど。根本的には違いますかね。わたしは、来た瞬間からそもそも別枠でしたよ」
「ふぅん……?」
そうなのか。あんまりその辺りはよくわかっていないんだが。
でも確かに思い返してみると、クラウが爻印教団の研究所にいたのって、せいぜい五年かそこらなんだよな。それ以前の経歴は、まったくもって明かされていない*2。
実際の両親とかどうなっているのか……まあ、安易には訊けないけど。
「ま、オドが余っていれば体内でそれを変換するのでどうとでもなるんですけど」
「――あ、そうなんだ?」
「ですねー。体内のライフが少なくなったら勝手にオドが変換されて自然回復を早めますから。とはいえそこまで変換スピードは速くないので、一度に大量のオドを変換しようと思ったら《
「なるほど……」
「そういう意味でも《
回復術とは、要するにオドをライフに変換する術のことだ。
傷の治療や解毒効果などは、言ってみればむしろオマケ効果である。回復術という名前ほど治療効果が高くないのは、その辺りが理由というわけだ。
確か設定的には、傷を治さずライフだけをじかに回復する冥術もあったはずだが、ゲーム的には使用されることがないため、俺も存在するということしか知らない。
「さて。しかしどうしましょうかね」
ぽつり、とクラウは零す。
現在、俺たちは一階、階段正面の客間にいる。頻繁に来客があることを想定された建物なのだろう、待合室めいたこの場所もそれはそれで居心地がいいものだ。
「まあ、やることなくなったもんな」
「……ふむ。ではひとつ、この機会に訊きたいことがあるのですが」
ふとそう言ったクラウは、とてとてとこちらに近づいてくる。
そしてソファに座っている俺の膝の上に、ぽとりと飛び込むように乗っかって。
「ふぅ。遠かった……」
「五歩くらいしか歩いてないやんけ」
「なにぶん普段は引きこもりなものでしてー」
へふー、と息を吐き出すクラウ。こうしてると、まあ小っさいな……。
腕の中にすっぽりと納まってしまいそうなフィット感。それに気づくと、買い物で疲れたんならこれくらいはいいか、みたいな気分になってくる。
こいつも昨日は相当がんばったしな……。
「ほんで。言いたいことってなんだ?」
という感じで膝に乗るクラウを受け入れて訊くと、彼女はこくりと頷いて。
「――これです」
「おぉおおぉ!?」
突如として、足元から白い光が放たれる。それと同時になんらかの魔法陣――いや光が白いから冥術陣か――がソファの下に浮かび上がる。
なんらかの設置型冥術が起動されたということか。
やがて白い光が周囲に散る。たとえるなら舞い上がる新雪だろうか。
「な……なんだこれ?」
「なんだも何も《
「知ってる!」
範囲回復の冥術だ。原作にも存在している。
ゲーム上だとかなり上位のスキルで、味方全体に継続回復効果をかけるフィールド対象の術だ。それが突如としてこの場所に発生した……ということか?
「これ、……クラウが?」
「違いますよ。わたしが来る前からありましたから」
「こんなところに、最初から術が……?」
「この屋敷、なんか至るところにやたらと術が設置されてるんですよねー。今までは発動条件がわからなかったんですけど、もしやと思って試してみたら正解でしたね」
――至るところに術が設置されている……?
思わず首を傾げたが、そう聞くと『そういえば』がひとつある。
この屋敷が襲撃されたときのことだ。
ヤミを襲ったシギナスが、ふと『仕込みが多い屋敷だ』などと言い出して、直後にヤミを見逃したのだ。ヤミの記憶を覗いたときはスルーしていたが、今にして思うと少し奇妙だ。
奴の言っていた『仕込み』が、つまりこの屋敷に仕掛けられた術なのか……?
「ちなみに発動条件って……」
「複数人でこのソファに座ることでしょうね。たぶん膝に乗る意味はないので」
「ならなぜ膝に……いや、というか、なんでこんな」
「まあ応接間に回復術があるということは、歓待用なのでは? 効果としてはそんな大きくもないですし。ちょっとしたリラックス効果って程度っぽい*3ですね」
「…………」
「あ、込められていたオドが切れましたね。終わりみたいです」
白い光が収まったのを見て、クラウはそう言った。
「じゃあ、もう使えなくなったのか?」
「いえ、術式は残っているのでオドさえ込めれば再発動しますよ。
「へぇ……」
「術としては大したものじゃありませんけど、珍しいですね、こういうのは。屋敷が建てられたときに教会の冥術師を招いたか、元の家主がそうだったのか……あるいは建築家自身が冥術師だったのか。先輩が知らないならそのどれかですかねー?」
「…………」
記憶がないから確かなことは言えないけれど。
元のアロルドも、そしてヤミも、冥術はほとんど使えなかったはず*4だ。
設置したのが俺たちふたりのどちらかということはないだろう。
「こういうのが結構あちこちにあるんで、わたしも書斎にしか防御を布けなかったんですよねー。下手に弄って壊しちゃうのもなんだったので」
「そうだったのか……これは、近いうちに何がかかってるのか確認しとかんとな」
「いいですねー。いっしょに冒険しましょう」
ニコニコ笑うクラウに俺も頷く。
なんだか結局、やっぱり家の中にいることになる辺り、異世界転生をしたにしては引き籠もる方向に事態が動きがちだけれど。
まあクラウの言う通り、これはこれでひとつの冒険だろう。向こうの屋敷も全部はまだ見て回れていないから、楽しみがひとつ増えたと思っていい。
「まー、害のある術は仕掛けられてないと思いますよ。自分の住む家にそんなものを仕込む人もいないでしょうから」
「前の住人とかいたのかな、ここ……ヤミなら何か知ってるかもしれないし、ちょい訊きに行ってみるか」
「ではキッチンに行ってみましょうか。カエルを焼く役目はまだ狙えるかもです」
「焼きたいんだ……」
「カエルの丸焼きには一家言あるわたしですよ」
「たぶんだけど、丸焼きしかレパートリーがないから止められたんだと思うよ」
「なんとー」
間延びした声で、驚いている風もなく驚いたようなことを言うクラウ。
そんな彼女に苦笑しながら、腕の中の彼女をそのまま抱きかかえて立ち上がる。
ちょうどお姫様抱っこの形と言えばいいか。
クラウは本当に軽いから、こうして運ぼうとしてもまったく苦にならない。
「――ほぁ?」
と。抱えて立ち上がると、なぜか腕の中でクラウは妙な声を上げる。
「どうかしたか?」
「あ、あの、……このまま行くんです?」
「そうだけど……」
「あぅ、えと……なぜ?」
「ん? まあクラウも疲れてそうだし。買い物も行ってくれたし、それくらいはって思ったんだけど……あれ、もしかして嫌だったか?」
クラウのことだから、自分の足で行くより運ばれるほうが楽だとか言い出しそうなものなのだが。意外にもなんだかもじもじした様子で、クラウは少し焦っていた。
違ったのかなと首を傾げる俺に、彼女はそのまま腕の中で小さく縮こまって呟く。
「……いえ、このままがいいです。……ありがとうございます」
「んな大袈裟な。別に運ぶのに苦労する距離じゃないし、礼を言うほどじゃねえよ」
やっぱり歩きたくなかったのか、と思ってわずかに俺は苦笑する。
そんな俺の顔を見上げ、クラウはなぜかもにょもにょと唇を窄ませて。
「……せんぱいって、そういうとこ、ちょっとずるくないですか?」
そうでもない。
これくらいはしてやりたくなる、お前のほうがずるいんだ。