自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
夕方頃になって、俺は日課の鍛錬を終えたアビ子とふたりで出かけていた。
もともとこの学院都市にやってきた理由は買い物だ。
俺はヤミからお小遣いを貰い、護衛の名目でついて来たアビ子と連れ立って必要なアイテム類を買い漁りに出てきたのだ。
もっとも、その結果はあまり芳しいものではなかったが。
インフィディア北地区は冒険者の多い商業都市だ。
つまり、現実では基本的にお目にかかることがない《武器屋》や《防具屋》などのファンタジー商店が至るところに立ち並んでいる。
こういう街並みは、やっぱり異世界に来たなという気にさせてくれて心が弾む。
「こら、アロルド! あんまりうろちょろするんじゃあないよ」
そんな中、ふんすと気合い充分のアビ子は半ばオカンみたいになっていた。
「いや、別に大丈夫だって」
「なーにが大丈夫なものかねキミぃ。いいから、ほら、近くにいなさい」
「俺のコトなんだと思っとるん……?」
腰の剣をいつでも抜けるよう手を添え、アビ子は辺りに注意を巡らせている。
先日の一件以降、なんだかすっかり警戒心が強くなってしまったらしい。午前中はクラウの買い物にも同行したらしいが、そのときもこんな感じだったのかしらん?
思わずじとっとした目を向けてしまう俺だが、アビ子は至って真剣だった。
「いやいや。昨日だって、ちょっと街に出ただけでクラウの追手に見つかったんだ。そのあとは
「そのふたつは別件だったっぽい気するけどな……まあそりゃ断言はできないけど。でもクラウのほうの追手は、割ともう解決したんじゃないか?」
爻印教徒同士の縄張りを考えれば、この辺りの長だったシギナスが消えた時点で、クラウがいたという施設も行く末が宙ぶらりんのはず。
その後どうなるのかまでは知らないが、クラウを探す暇などなさそうだ。
シギナスも割と、ダメなら次――くらいの、よくも悪くも割り切りの潔い研究者然とした性格をしていると思う。同時に激しやすい短気な性格でもあったが、怒るのが早ければ冷めるのも早いタイプだ。実際、追手はたった五人で、しかも弱かった。
「でもフォルロムって奴のほうは見つかってないだろう」
「まあ、それはそうだけど……あいつもこの辺りにはいないんじゃないか?」
割と気楽に考えている理由は、もちろんミリアの存在ありきだ。
十三夜戒の中でも戦闘力/積極性ともに上位な、ゴリゴリの
実際、ヤミの記憶越しに見た限り、フォルロムもミリアの存在を知ってすぐ逃走を決め込んだ雰囲気がある*1。
でなくとも戦える人間が多い街だ。
教会騎士団が常駐している上、冒険者までたくさんいる。
爻印教徒が簡単に出歩けるような街ではない。こんな場所に幹部クラスがふたりもいたことのほうが異常事態である。
「でも注意しておくに越したことはないだろう。キミももう少し警戒したまえよ」
だがアビ子は、それでも心配が拭えないらしい。
いや、というかこれは、単純に張り切っているという感じだろうか?
「……なんかテンション高いな、アビ子?」
「む……。まあ、ぼくもちょっと、護衛の仕事に張り切ってるのはあるかもだ」
「ん? それ、どういうこと?」
「そりゃまあ……貴族の護衛なんて仕事、一介の冒険者にはそうそう回ってくるものじゃないからね。気合いも入るってものだよ」
「あー。そういうことか。……そういや聞いたことあるな……」
これは原作の話だが、学院ルートの主人公は王族の護衛という立場に就く。
そのときの主人公が『これは美味しい仕事だ』と喜んでいたのを思い出したのだ。
「聞いたって誰に?」
俺の呟きを疑問に思ったのか、アビ子から問われる。
ゲームで主人公に――とは答えられないため、ここは適当に誤魔化しておく。
「ん? 忘れた」
「忘れたって……冒険者の知り合いがいるとかじゃないのかい?」
「たぶんいないと思う。――ああ、でも仕事を振る冒険者を探すのはアリだな」
「……、……ふぅん」
と、答えを聞いたアビ子が少しつまらなそうに唇を尖らせた。
なんだろう、と一瞬だけ思ったが、すぐに不機嫌の理由に思い至って少し笑った。
「別にアビ子をクビにしてほかを雇うみたいな意味じゃないよ?」
「べっ――!? ……別に、そんな心配、してないけどねっ」
顔を赤くしてそっぽを向くアビ子だった。
でも嬉しそうなのはわかる。アビ子は見ていてわかりやすいところがいい。
「今後いろいろやらなきゃいけないこと多いからな。特に情報収集がしたくて、この街の冒険者とは単純に繋がりが欲しいんだよ」
「情報収集……?」
「まあ、ほら。今後また爻印教の連中に絡まれることがあるかもしれんし。そのとき抵抗できる力を蓄えとくのは必須だろ。また前みたいなギャンブルしたくねえし」
「いや、あんなこと何度も起こってほしくないけど……でもまあ、それはそうだね」
昨夜のことを思い出したのか、アビ子も難しい表情になる。
なんせ、ほら。一瞬とはいえ魔王化しちゃったからね。
それしか手がなかったとはいえ、ヤミもアビ子もクラウもティーヌも、みんな巻き込んで教会から目をつけられる立場に陥れちゃったと言ってもいい*2。
ホンマごめん、としか言いようがない。
「それ以外にも武器と防具とか、金はあるんだしケチることないかなって」
「それで買い物……かあ。まあ強い武器が欲しいってのはわからなくもないけど」
俺の言葉にアビ子は難しい顔をする。
聖剣ひと筋だった彼女的に、いくつもの武器に手を出すのは反対らしい。
「単に強い武器だけ持ってても意味ないんだよ。むしろ一から武器を育てていくのもそれはそれで醍醐味だし。素人が武器に頼ってもいいことないんだぞぉ」
「聖剣持ってる奴に言われてもなあ……」
「ぼくの剣は先祖伝来なんだから事情が違うじゃないか。それに、ぼかぁ剣の鍛錬は欠かしてないよぅ」
喋りに熱が入ると『ぼくは』が『ぼかぁ』になるよな、アビ子……。それと語尾が丸くなって、なんか小さいア行っぽい音が入ってくる。ちょっとかわいい。
なんてどうでもいいことに意識が向きつつ、しかし意見としては確かに真っ当だ。
「アロルドも体はしっかり鍛えてるみたいだけど、その割には動きが悪いよねぇ」
「……なるほど。アビ子から見るとそういう風に映るのか」
「うん? うんまあ、そうだね……そう言われてみるとちょっと変だな、アロルド。武芸をやってる動きじゃないけど、筋肉のつき方は割と剣士に近い気が……?」
元のアロルドと今の俺の違いが出た部分、ということだろう。
確か原作アロルドは嗜み程度に剣を齧っていたはず。だから体はそれなりに鍛えてあるが、中身の俺に剣術の知識がまったくないせいでおかしくなっている。
「やっぱ、今から剣術を覚えてみるのって意味ないかな?」
「別に意味ないってことはないと思うよ。興味があるならぼくが教えるしね!」
ふと訊ねてみたところ、アビ子は少し目を輝かせて言った。
剣術仲間ができるかもしれないのが嬉しいのだろうか。
こういうとこ、アビ子ってなんか仔犬っぽい感じするんだよな。機嫌のいいときがわかりやすいところが、なんというか、尻尾で感情を表すワンコを思わせる。
アビ子に尻尾は生えていないが、それでもたまに幻の尻尾が見えた。
逆にヤミは見るからに黒猫って感じがする。孤高で気位が高く、簡単には靡かない感じが実にそれっぽい。気づけばすっと現れて、気づけばすっといなくなるし。
クラウは……クラウはなんだろな。
今日一日、だいたいぐでーっと動かずじっとしていた辺り……ナマケモノか?
いや、でも俺が移動するとなんとなくついて来ようとするし、寂しがりっぽいって捉えればウサギと表現するほうがかわいさは出るか。ちょうど色も白だし。髪が。
「まあ、そうだな。アビ子が教えてくれんなら習ってみるのもいいかもな」
「うんうん、それがいいと思うな! アロルドは割と器用っぽいし、二年もあったらひとまず一端にはなれそうだよ」
「じゃあ諦めるか……」
「どぉして!? なんで今の一瞬で気が変わっちゃったの!?」
「いや……」
別に諦めたってワケじゃないんだが、二年でひとまず程度じゃちょっと遅すぎる。
しかもこれ、才能があると見做しての皮算用だもんな。当たり前だが、一から剣を覚えようとするとやっぱりハードルが高い。
だが俺に必要なのは、今すぐに身を守る方法である。
「い、今のはアロルド自身が剣技を覚えるならって話だよ?
「ああ、
とはいえ、それならやっぱり強い武器が必要という前提に戻ってくる。
だが、こっちはこっちで意外と難航していた。
考えてみれば当然なのだが、ここはゲーム的には序盤の街だ。つまり店売り装備はゲーム的に序盤の装備しか売っていない。これというものは見つからなかったのだ。
もちろんこの世界でなら、ゲームでの性能そのままってわけじゃないが、とはいえせっかくの設定厨知識を活かすなら、何か掘り出し物を探してみたい。
なんとなく、俺はそこで立ち止まって周囲を見回した。
こうして見てみると、やっぱり異世界に来たんだなという思いが強くなってくる。
「アロルド?」
「いや……この辺りって武装した人間ばっかだな、と思って」
「……? そりゃそうでしょ」
もちろんそりゃそうなんだが、やっぱり現実とは違う。
道行く人が剣だの槍だの持っていることに、俺としては強く違和感がある。
ごく普通に一般人が武装しているってのは……平和な日本で暮らしていた人間には新鮮すぎる感覚なのだ。
まあ、あんまり記憶はないんだけど。
「――ここで立ち止まるかよ」
「うん?」
ふと声をかけられて、俺は視線を低く下げた。
道の脇。居並ぶ露天の隙間に、何やらマットを広げて座っている老婆がいたのだ。
その上に天幕らしきものを張って、老婆はその中に胡坐をかいて座っている。
老婆……だと思ったのは声の雰囲気からだ。実際には顔は見えない。
頭から被った布が顔まで垂れて表情を隠している。紫色の天幕も相まって、どこか占い師のような雰囲気だ。
これで水晶玉でもあれば完璧だが、……それは異世界では通じないかもしれない。
「どうした、お婆ちゃん。……ここなんかの店か?」
「しがない武器屋だよ、今はね」
「武器屋? 武器屋ってのは予想外だな……見えなさすぎる」
「ヒヒ。そうかねえ。まあ、なんせウチは気に入った客にしか売らないからねえ」
「わーお」
こんなに怪しいことねえだろってレベルで怪しい老婆だった。
ちょろいでお馴染みのアビ子ですら『怪しい』と表情に出しているレベル。
あまりに詐欺っぽすぎることに、逆に興味が湧いてきたくらいだ。
「へえ。じゃあお婆ちゃん、俺のコト気に入ったってコト?」
「んなわけないだろ、金髪坊主。店の前で立ち止まるんじゃあないよ。邪魔をした分くらい見ていきなってだけの話さね」
「……売り込みで声かけてきたんじゃないんかい」
思わず笑ってしまう。ただ確かに老婆の言う通りではあった。
「悪い悪い。実は武器を探してるんだけど、何かオススメはないか?」
「……ちょっとアロルド」
「いいよ。立ち止まって邪魔したのは事実だしね。……目立たなすぎだろこの店」
裾を引っ張って止めようとするアビ子に、構わないと首を振る。
なにせゲームの世界だ。声をかけられたことに、何か意味があるかもしれない――なんて思ってしまったのである。
もしかしたら原作キャラかもしれないし。いやまあ、今のところ思い浮かぶ人物は誰もいないのだが、顔を隠しているし、原作キャラの関係者って可能性もある。
そんなことを考えて屈んだ俺に、老婆はヒヒと笑って告げる。
「アンタはあんまり武器は持たないほうがいいね、坊主。調子に乗って怪我するよ」
「売る気ないんか、お婆ちゃん」
「別に。こんなものはただの忠告さ。聞くも聞かないも自由。ババアは余計なことを言うものだろう? ジジイよりは芯を食うことが多いだけでね」
「その差は知らんけども」
「で、武器だっけ。今日はひとつしか持ってきてないよ」
「武器屋なのに武器ひとつしかないん?」
「言ったろ。今は、と。アンタが客になったから武器屋と言っただけさね坊主。別の客が来たら別の店になるんだ、ここは」
「へえ……てことは武器以外のものも置いてあるのか?」
「あるよ、なんでも。防具もあれば薬もある。指輪があればシャベルもある。手帳もあるし干物もあるし、なんなら時には仕事だってある」
「…………」
「今日のところはコイツさ、坊主」
言って老婆は天幕の奥、陰になって見えないところを老婆はガサゴソ弄り始めた。
やがて何かを手に取ると、それをポンとこちらに向かって放り渡してくる。
「っと」
咄嗟にそれを両手で受け止めてキャッチ。
見てみると、それは鞘に収まった一本の短剣だっ、
「――あ、」
瞬間。脳に/ノイズが/走――切れ、頭、――割、っあ。
※
――その塔の頂上には、白い花が咲くのだという。
花は煎じることで薬になり、教会でも癒せない呪いを解くことができるという。
だが塔の頂上まで辿り着いた者はいない。
その美しい白い花を、見たことがある者は誰ひとりとしていないという。
口さがない者はその噂を笑い話に酒を飲んだ。
誰も行ったことがない頂上に、花が咲くなどなぜわかろう。
少し考えるだけで嘘だと知れる。そんな噂を真に受けて死ぬ者のなんと愚かか。
確かに正論だ。
だが男は知っていた。
かつてその塔に頂上まで辿り着いた者が確かにいる。花を持ち帰り、確かに呪いを解いた者がいるのだと――その記録が残っていると。
ゆえに、男は塔に挑んだ。
呪いに侵された恋人を救う方法は、それ以外にはなかったのだ。
恋人は男を引き留めたが――男は聞かずに旅だった。
ただ一本の短剣を、握り締めて塔に入った。
女は、それを塔の下で待った。
塔の下の、少し離れたところで待つようにという、男の言葉をただ信じて。
一日が経ち、二日が経ち、七日も経つ頃には死んだと言われ、それでも女は帰りを待った。毎日見上げる高き塔――その雲より高きに、愛する男がいると信じて。
そして月の色が変わり、その日、塔から何かが落ちてきた。
白い――真白い花であった。
この世のものとは思えぬほど美しい、天の世界の花であった。
その一輪の花が、一本の短剣に括りつけられて塔の上から落ちてきたのだ。
――女の呪いはその花によって癒された。
男はついに、塔の頂上まで辿り着くことができたのだ。
だが男にできたのはそこまでだった。
頂上には着いた。
花を手に入れた。
その花を地上に届けることもできた。
愛する女にかけられた呪いは、その男の挑戦によって癒された。
――ただひとつ、男にできなかったことは。
再び地上に戻ってきて、その腕に女を抱き締めることだけであった――。
※
「――起きなッ!」
「がっ――!?」
足に、何か痛烈な痛みを感じて目を覚ました。……目を、覚ました?
そこで初めて、自分が何か、意味のわからない物語を見せられていたと自覚した。
「あ、アロルド? どうしたんだい、キミ……?」
「アビ子……? なんだ、俺……今、どうなってた……?」
「どうも何も、その短剣を持った瞬間、ぼうっとして動かなくなったんだよ」
「――――」
思わず手の握った短剣を握り締める。
だが何も起きない。では今のはいったいなんだったのか?
まったく見たこともない誰かの記憶か、あるいは何かの創作なのか。とにかく何か物語のような光景を、早送りにされるビデオのように脳に流し込まれた感じだ。
ヤミの記憶を覗いたときのような、はっきりとしたヴィジョンじゃない。全体的に靄がかかっていて、しかも複数人の記憶が混在してきた気がする。
最初のほうは男の記憶を覗いていたようで、男が塔に入ってからは女の記憶に移り変わったみたいな……。
「思った以上に同調が激しいね。相性というより才能だけど……痛ましい坊主だ」
「お婆ちゃん?」
「――銘は《
首を傾げた俺を、その老婆は無視して首を振った。
ただ、その名前には聞き覚えがあった。
「東方由来の短剣さね。そう簡単には手に入らん品だよ」
「《架限》って……えっマジで!? それ、めっちゃ貴重な品なんじゃ……!」
「知ってるの、アロルド?」
「そりゃもう!」
なにせ原作では冒険者ルートと学院ルートのラストダンジョンでしか手に入らない最強クラスの武器である。
短剣としては初代『Cross Lord』での準最強武器。最強の短剣は複数のクエストをこなして非常に面倒臭い手順を踏まなければ手に入らないのだが……、マジか。
正直、やり込みだとあまり見向きされないタイプの武器ではある。
強いは強い*3。めっちゃ強いんだが、入手がルート限定の上、時期が遅い。方法さえ知っていれば先に最強の短剣が手に入ってしまうため、知らずに辿り着いてしまった初回プレイくらいでしかあまり使われないんだが――それでも強い武器である。
でも、なんでこんな場所にある?
原作で入手できるのは、冒険者ルートと学院ルートの2ルート。それぞれのラストダンジョンでようやく手に入る武器で、これらは場所が違うから、もしかしたら複数存在する武器なのかもしれないけれど――え、いや、でも、じゃあさっきのは……?
さきほどの光景が武器に宿った魂――かつての持ち主の記憶なのであれば、これは同じものがふたつは存在しない固有武器でなければおかしい。
ならなんで原作では、この短剣がルート次第で別の場所に存在しているんだ?
いや、ルートが違うから二本同時に手に入ることはない。
各ルートで一本ずつ限定だし、教会ルートのラスダンには置かれていない。
……あれ?
じゃあもしかして、あの二本ってどっちも同じ武器か……?
ルートごとの分岐で置かれる場所が変わったと考えれば納得できる。教会ルートの分岐では、どういう経緯か知らんが途中で行方不明になったのかもしれない。
今まで考えたことがなかったが、もしかして『Cross Lord』は、ダンジョンなどに置かれた武器が
誰かが置いたからそこにある。
言われてみれば当然だが、普通そこまで考えねえだろ……!?
いや、でもやる。このゲームならやる……!
作中で公開される設定が、全体設定のほんの一部でしかないという狂気の作り込みこそ『Cross Lord』の売りなのだから。
「持ってきな。くれてやる」
思わず愕然とする俺に、老婆は言った。
俺は絶句を呑み込み老婆に訊ねる。
「……あんた何者だ?」
「言ったろ。今は武器屋だと。持つべき者に持つべき物を持たせるのがアタシの仕事さね。それ以上はないよ。わかったらとっととどきな。商売の邪魔だ」
「今の仕事の説明じゃ何も儲からねえだろ……」
「なんだ、金が払いたいんかね?」
「…………」
――この老婆が、なんか知らんがとんでもない背景のキャラなのは間違いない*4。
だとしたら本当にすげえ。俺が知らない設定に、こうも簡単に出会えるだなんて、ちょっと楽しすぎて参ってしまう。何者なんだよ本当に。
「――なあ、お婆ちゃん。さっき手帳もあるとか言ってたよな?」
「あん? なんだい、坊主。なんの話さね」
「それ売ってくれ。ちょうどほしいと思ってたんだ。買っていくよ」
「――――」
老婆はしばらく黙り込んだ。
そして、数秒ののちに口を開いて答える。
「安かぁないよ」
※
「……高すぎだろ手帳……」
「そりゃそうでしょ。紙ってそんなに安くないよ。最近は割と下がったけど」
ヤミから貰ったお小遣いをほとんど使いきって呟いた俺に、アビ子はそう答えた。
確かに考えてみればそうか。紙の価値は、現代に比べたら圧倒的に上だろう。
逆に剣の一本くらいなら現代より安いかもしれない。何か間違っているような気がするが、まあ、需要と供給ってのはそういうものなのだろう。
「とはいえ、いいもん貰ったわ。武器のほうはこれで安心と言ってもいい」
「むぅ……ナイフか。剣じゃないんだね……。別にいいけど……」
ちょっと不服そうな様子でアビ子は呟く。
俺に剣を教えられると思って、楽しみにしてたっぽいからな。そういう意味では、少しばかり悪いことをしてしまったかもしれない。
なんとなく物言いたげにこちらを見る少女へ、俺は苦笑を零しながら告げる。
「ヤミには秘密な、アビ子」
「え?」
「ほら。怪しい老婆に短剣を貰って手帳を買ったとか、ヤミに怒られそうだし」
「……まあ確かに正直、怪しすぎたね。なんだったんだろ、あれ……」
「悪い人ではなかったっぽいけどさ」
軽く肩を竦める。俺としては面白い出会いだったが。
原作キャラにも会いたいけれど、さきほどの老婆のように、原作には影も形もない人物だってたくさんいる――というか、どう考えたってそっちのほうが多い。
キャラの多いゲームとはいえ、所詮は原作キャラなんて数えきれるレベルだ。
そうではない人間が何千、何万とこの世界には住んでいる。
そんな当たり前の事実を確認できたような気がする出会いだった。
「剣とナイフじゃ少し違うとはいえ、同じ武器だし。使い方、教えてくれよ」
「……ぼくでいいの?」
なぜか少し不安げに、アビ子は上目遣いにそんなことを訊いてくる。
俺は笑った。まったくコイツも人が好いというか、頼られるのが好きすぎる。
「アビ子がいいんだよ。頼む」
「……っ」
「なんならほら、そこの露店のリンゴ」
「ぅ――あ、え?」
「口止め料に奢るからさ。俺とアビ子の秘密にしとこうぜ、バレるまでは」
きょとん、とアビ子は目を見開いて。
それからわずかに噴き出しながら肩を揺らすと、
「……どうせすぐバレるでしょ」
「かもな」
「ふふっ、でも仕方がない。そこまで言うなら黙っててあげよう」
くるりと、円を描くみたいに。
こちらに振り返って、花が咲くようにアビ子は笑った。
「ぼくとアロルドの……ふたりの秘密ね?」
「おう。それで行こう」
「まったくもう。ホント悪い奴だな、アロルドは」
「なんだよ、お前もこれで同罪だろ?」
「……うんっ。これで、ぼくもアロルドと同罪だねっ。……えへへへっ」
ほんの些細な秘密の共有を。
少女はまるで、宝物のように喜ぶのだった。